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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
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48/64

動かないわよ!

 ラブグラス。

 その物体はメガネ型ディスプレイの形をしている。

 しかし実際は電源を入れても、何も動かない、役立たずだ。


「やっぱり変よ。何も映らないわ」


 私は一人でチャレンジすること2時間、結局起動できずに諦めた。

 その夜、パパと美紀に相談したのだけれど、2人は冷たく、「今日は忙しいし疲れてるから、週末にね」と言われた。ソファーで寝そべり、紅茶を飲みつつ、テレビを見ている、ダラダラしているようにしか見えない2人にそう言われた。

 

 だから、私は、なかなかラブワールドへは行けなかった。

 電話してから美紀に本人確認をしてもらうまでが1週間。

 本人確認が終わり、ラブグラスが届くまでが3日間。

 ラブグラスが届いてから、土曜日までが3日間。

 約2週間も待たされた。

 

「ねぇ、お母さんさ、カードはいれたの?」


「カード?」


「そう。カードがなくちゃ起動しないみたいだよ」


「そんなのなかったわよ~」


「ここにある」


「あら、パパが隠し持っていらしたのね!」


「箱の中にあったんだ」


「もう。またなの。お母さん、ちゃんと見てよね」


「私が見た時にはなかったのよ」


「はいはい。っていうか、説明書も自分で読んでよね」


「いいじゃない。それで、カードは差し込んだわよ。次はどうするの?」


「あとはイヤホンをして、電源を入れるだけ」


 私は指示された通りに、電源を入れてみた。

 役立たずの物体だったはずのラブグラスは、実は凄いやつだった。


 まるで宇宙の様な黒い空間の中、光の線たちが私を掠めていく。



「きゃ~。何これ? 3Dよ。3D」


 と私は興奮気味にはしゃぐのだけど……。

 イヤホンのくせに遮音性能が高いのか、あるいは家族たちはあまり興味がないのか、誰も反応しなかった。

 

 しばらくして、私は部屋に到着した。

 そこには、おばさんの私でも知っているぐらい有名アイドルの岡崎 さおりちゃんがいた。


「きゃ~。さおりちゃんがいるわよ! すっご~い」

 

 と私ははしゃぐのだけど、やっぱり家族には無視された。

 でもさおりちゃんは無視なんてしなかった。


「ようこそ。ラブワールドへ」


「ねぇねぇ。あなた本当にさおりちゃんなの?」


「これから、この世界についてご説明しますね」


「私ね、いつもテレビで見ているのよ~」


「あなたがつけているラブグラスは、ブレインリーダー、つまりは脳波読み取り技術を使っています」


 ん~。なんか、やっぱり、私、無視されているかもしれないわ。

 なんだか、会話が成り立たない。


「つまり、あなたは特別な操作なく、この世界を動けるのです!」


「あら? そうなの?」


「試してみましょうか。右手を目の前に移動してみてください」


 お、今のは会話が成立した気がする。

 えっと、右手を目の前にね……。


 私は右手を動かした。

 なんだか、中年男性のお腹らしき物体にぶつかった。

 パパが近くにいたのかもしれない。

 そういえば、パパはさおりちゃんが所属する血液型アイドルABOBA(アボーバ)のファンだったわね。

 気になるのかしら。

 気になるのなら、声をかけてくださればよいのに。

 と考え事をしていて、私は右手を動かすのを忘れていた。


「難しいですか? 慣れないうちは現実世界の右手も動かしてみると簡単ですよ」


 さおりちゃんはアドバイス。


「えぇ。そのつもりだったのよ~。ごめんなさいね。ちょっと考えごとしていたわ」


 私は今度こそ、右手を目の前にもってくる。


 すると、マンガみたいな手が見えた。

 私の右手が、私の右手が、マンガになってしまったわ!!

 

 冷や汗が出てきて、心臓が嫌な騒ぎ方をするのだけれど、


「完璧ですね!」


 とさおりちゃんの声が聞こえてきて、これはゲームだったと思い出す。

 

 このゲームがあまりに本物みたいな映像なので、私はついうっかり一瞬だけ、現実と混合してしまっていた。

 と私が軽いパニック状態から回復しようとしていた時、ラブグラスがグイグイと動かされた。

 パパがさおりちゃん見たさに取り上げようとしているのかもしれない。

 そう思った私は、ラブグラスをしっかり押さえた。


「もしかしたら、驚かせてしまったかもしれませんね。

 この世界では実写はコンピューターキャラで、プレイヤーはアバターなんですよ」


 アバターって何かしら?

 マンガのこと?

 でも、実写は分かるわよ。

 ラブグラスがまだグイグイ動くなか、私は聞いてみた。


「あら、あなた、偽者なの?」


「だから、あなたの右手は偽者っぽいんですよ」


「違うわよ。私が聞きたいのは、あなたがさおりちゃんなのか、別人なのかってことなの」


「顔が分からない。

 それは、このゲームのウリでもありますからね」


 また、無視されたわ……。

 この娘、結構無視するわね。

 テレビではあんなに愛嬌が良さそうなのに、意外だったわ。

 と、私がさおりちゃんの人物像にガッカリしていると、ラブグラスのグイグイは収まった。


「それでは、そろそろあなたの名前を教えて下さい。

 本名ではなく、ゲームで使う名前ですよ」


「えっと、私は、かお……」

 じゃなかった。

 危ない危ない。

 かおりは私の名前で、今の私は美紀なんだから、


「じゃなくて美紀よ!」

 

「ゴメンなさい。うまく認識できませんでした。名前だけを言ってもらえますか?」


 あら、『認識』って、変な言葉を使う娘ね。

 あ、違うわ。

 そうか。

 やっぱりこの娘は偽者なのね。

 だって、さおりちゃんはもっと良い娘ですもん。

 そして、だんだん理解してきたわ。

 このさおりちゃんは、コンピューターなのね。

 私はコンピューターが『認識』しやすいように、はっきりした口調でもう一度名前を告げた。


「美紀!」


 痛っ。誰かが私の二の腕をつねってくる。

 私はつねってくる手を振りほどく数秒の間、さおりちゃんは沈黙していた。

 それから、困り顔をして、私に尋ねてきた。


「本当に、美紀さんで宜しいのですか?」


「良いも悪いも、私は美紀よ!」


 本当はかおりですけど。

 痛っ。今度は、誰かが私の二の腕を強く3回も叩いてきた。

 私はラブグラスを取り、抗議しようかと思ったが、思っていたよりもこのゲームに夢中になっているらしく、無視することにした。


 さおりちゃんは、私の痛さを和らげようとしてくれているような、素敵なアイドルスマイルを作る。


「そうですか。分かりました。よろしくお願いしますね。美紀さん」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「名前の次はアバターの設定をしましょう!」


 さおりちゃんはアイドルスマイルを維持したまま、私に、えっと、えっと、ダブなんとかっていう、えっと、そう、スマートフォンの大きいバージョン、を手渡してきた。

 

 そのダブなんとかには、白一色の人形がいた。

 まる顔、長まる胴体、すっごく長まる手足の、変な人形が映し出されていた。


「これは、どうすれば良いのかしら?」


「まずは画面上部にある、『身長』タブをタッチしてみてください」


 えっと、何言ってるのか良く分からない。

 けれど、なんとか理解できた範囲で、指示通りやってみようと思う。

 画面上部の身長……。

 あ、あったわ。

『身長』という文字を見つけた私は、とりあえずタッチしてみる。

 すると人形が小さくなり、画面右側に選択肢が出てきた。

 3つあって、大、中、小とある。

 私が上から順にタッチしてみると、人形が大きくなったり、元に戻ったり、小さくなったりした。

 なるほど。

 美紀は私の遺伝子を受け継いだのか、かなり小柄な方だ。

 私は『小』を選んだ。


 そうして、私はさおりちゃん指導のもと、横幅を選び、肌色を選び、顔を作って、洋服を着せて、人形をマンガ人間に近づけていく。

 タッチミスしたり、沢山あるパーツのせいでこだわりすぎたりして、中々に手こずったけれど……。

 私に似た釣り目、パパに似た薄唇。

 美紀のチャームポイントをしっかりおさえつつ、そっくりに出来たわ。

 服は私好みに、赤が基調のワンピースを選んだ。

 

 疲れてしまった私は、ここでゲームを止める事にした。


「ゴメンなさいね。さおりちゃん。

 私、少し疲れてしまったわ。

 この部屋には時計がないですけれど、体感ですと3時間ぐらいお邪魔していたんじゃないかしら?

 そろそろ良い時間だと思うのよ。

 今日は、この辺で失礼しますね」


 さおりちゃんは、


「続けて、初期設定を選びましょう」


 と私の話なんか聞いていなかった。

 でも、もう、私には理解できる。

 彼女は、さおりちゃんの姿をした、コンピューターなのだ。

 

 私はラブグラスの電源を切った。




 すると、美紀の怒鳴り声が聞こえた。


「もう! 信じられない!!」


 私はラブグラスを外しながら、尋ねる。


「あら、どうしたの? 何を怒っているの?」


「どうして、名前が美紀なのよ!」


「だって、美紀じゃない」


 私はそう答えながら、ゲームを始める前にはなかったはずの変な線が、ラブグラスから出ているのに気が付いた。

 その線はテレビに繋がっていた。


「だから、さおりんも心配してたじゃん! 言ってたじゃん! 本名じゃなくて、ゲームの名前だって!!」


「そんなこと言ってませんでしたよ」


「いや。言ってたぞ」

 ラブグラスを興味深げにいじくり回しながら、パパも美紀の味方をしていた。


「どうして、2人に分かるのよ」


「だって見てたもん!」


「嘘だぁ~」


「本当よ。ほら、ラブグラスからIMTAでテレビを繋げてるじゃない」


「なにその、あいえむてぃーえーって?」


「昔でいうHDMIよ!」


「なにその、えいちでぃーえむあいって?」


「もっと昔でいう、RCA端子……。あ~、あのビデオとテレビを繋げる、赤白黄色の線だ」


「へ~」


 つまり、良く分からないけれど、


「私と同じ映像を、テレビで見れていたのね?」


「まぁ、そういうことになるな」


「あ~もう。そんなことはどうでもいいの! 本当信じられない! 何で本名をつけちゃうかな……。やっぱり、やらせなければ良かった!!」


 美紀はなんだかえらくご機嫌斜めだ。


「なによ~。そんなに言うなら、すぐに言えば良かったじゃないの~。そうしたら、変更できたかもしれないのに~」


「何度も呼んだし、つねったし、ビンタしたし! 全部無視したんじゃん!!」


 呼ばれた覚えはないけれど、つねられたり、ビンタされたのは覚えている。


「美紀だったのね! 痛かったんだから!!」


「気付いたんなら、その時に中断してよ!」


 ついに私まで声を荒げてしまった。

 そんななか、機械を触っている時のパパは、とことんマイペースで、


「お~。こりゃ、TANI式イヤホンだな。遮音性に優れているとは聞いていたが、母さんの様子じゃ、本当に何も聞こえないみたいだ。凄いなぁ」


 と呑気に1人自分の世界に入り浸りながら、独り言。

 そんなパパから、美紀はラブグラスを取り上げ、カードを抜き取り、


「やっぱり、お母さんにはやらせられない!」


 そう言って、部屋にこもってしまった。


 私と目があったのに、正気に戻ったパパは我関せぬと言うかのように、新聞を読み始めるのだった。

 実は凄いやつだったはずのラブグラスは、また役立たずに戻ったのだった。

 

 こうして、私は、美紀が許してくれるまでの1週間分。

 さらに、ラブワールドへ行くのが遅くなった。

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