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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
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ちょっと! 確認されたら困るじゃないの!

「お電話ありがとうございます。ラブワールド事務所です。わたくしサカイがお受けいたします」


「あ、こんにちは」


 電話に出たのは若そうな声の女の人だった。


「あの、えっと、ラブワールドを始めたいんですけど……」


「かしこまりました。登録のお手続きですね。それでは……」


 サカイさんは手馴れたもので、さくさくと手続きは進んでいく。

 私は質問に答えるだけだった。

 少し緊張していたせいか、危うく本名を名乗る所だったが、ちゃんと美紀の名前で登録できた。

 

「これで電話でのお手続きは終了です。あとは、本人確認のために役所にてクレジットカードのお手続きをお願いします」


 本人確認?

 クレジットカード?

 あらあら、どうしましょう。

 私は思わぬ障害に困ってしまった。

 無言でいると、サカイさんは助け舟を出してくれた。


「クレジットカードリーダーと指紋リーダーがあれば、インターネットでも本人確認が出来ますが、そちらはいかがでしょうか?」


 でも、全然助からなかった。

 その、なんちゃらリーダーは家にあった気がするけれど、問題はそこじゃない。

 本人確認なのだから当然なのだけど、確認のために本人が必要なことが問題なのだ。


「あの、役所には代理の者が行っても大丈夫でしょうか?」


 もちろん、私が行けたとしても、クレジットカードは手に入らないのだから意味はないのだけれど、聞いてしまった。

 私は少し混乱していた。


「申し訳ありません。クレジットカードを取り扱うので、本人様限定となっております」


「そうですか……。分かりました。少し遅くなるかもしれませんが、大丈夫ですか?」


「えぇ。大丈夫ですよ。ですが、本日より3ヶ月以内に本人確認が行われない場合は、再度最初からお手続きをお願いしております」


「わかりました。それでは、そのうちに……」


「はい。お待ちしております」


 困ったわね。

 う~ん。

 私はパパに相談する事にした。




 その晩、牛乳の買出しを言い訳にパパを外に連れ出した。

 まだ半年選手の思い出の染み込んでない新車に乗り込み、駐車場を出て、「まったく、いつもお前は無計画だ」なんてパパの口癖を2回ほど聞いてから、私は話を切り出した。

 

「あのね。この前言っていた、あれ、あるでしょ?」


「あれって何だ?」


「ほら、あれよ。あれ」


「あ~、あの掃除機なら駄目だぞ。今のと大して変わらんに決まっている。この前のシャワー用浄水器だって、俺にはちっとも効果がわからんのだ」


「あら、私は分かるわよ。お肌のハリが違うんだから。そもそもですよ。私は家族のためを想って……」


 じゃなかった。あの、プラズマ掃除機は欲しいし、シャワー用浄水器だって活躍しているけれど、今はその話をする必要はない。

 

「だから、あれよ。ほら、ラブワールド」


「ラブワールド? 何だそれ?」


「だから、あの、ネットゲーム。CMでやってた出会い系ネットゲームのラブワールドよ」


 パパは無言で赤信号を見つめる。

 あぁ、昔はこの横顔にウットリしたものだわ。

 お互い60歳目前となった今では、全然ドキドキしないから、時の流れは儚いものなのよね。

 まぁ、その分、昔と違って安心させられる横顔なのだけれど。

 ドキドキはしなくなっても、白髪だらけになっても、しわだらけになっても、この人の横顔は愛おしいものね。

 あら、変だわ。

 あらあら、ドキドキするわ。まるで新婚時代みたいに、ドキドキするわ。

 何故かと考えれば、答えは明白だった。

 私はこれから怒られるのだ。

 昔から猪突猛進なんて言われていたけれど、親に先生に上司に友達に怒られ続ける人生だったけれど、無茶をする人間だって、慣れている人間だって、怒られるのは嫌なのだ。

 

 私も無言でパパの返答を待つ。

 信号が変わっても、パパは無言。

 でも何か考えているのだろう。

 ずっと信号を見つめていたはずなのに、後ろの車にクラクッションを鳴らされるまで、青信号に気付かなかったみたいだ。


「どうして、お前は、いつもそうなんだ……」


 あら。

 パパは詳しく説明しなくても、もうある程度何が起きているか予想しているみたいだ。

 まだ『ラブワールドってゲームがあったじゃない?』しか言ってないのに、その声は落ち込んでいた。

 流石パパね。私のこと分かっている~。

 でも、私は一応改めて説明した。

 心配症パパの早とちり勘違い事件は、多くもないけれど、少なくもない。

 


「……と、いうことなのよ。それでね、ゲームを始めるには本人確認が必要みたいなの~。どうにかならないかしら?」


 私の説明を聞き終え、パパはため息。それは安堵のため息だったらしく、


「そうか。そうだよな。流石に一日じゃそんな無茶はできんよな」と独り言。


 そして、左折の安全確認ついでに、一瞬だったけれども、確かに私を睨みつけながら、


「どうにもならん」


「え~。パパはパソコンのお仕事をしているんでしょ? ちゃっちゃっとハッキングとか出来ないの?」


「出来ん。そもそも、何度も説明するが、俺の仕事はハードウェア側で……」


「もう。その説明は何度も聞きますけど、良く分からないわよ」


「あぁ。そうだな。今のは俺が悪い。お前にパソコンの話なんて、通じる訳がなかった」


「そうですよ。全く!」


「嫌味だ。お前は怒れる立場じゃないだろ」


 あ、そうでした。


「えへっ」


 と私は甘えた声を出し、自分の頭を小突く。   


「……止めろ。もう、可愛くない」


「あら、じゃあ昔はドキマギしてくださったのね」


 パパはその件については、何も答えなかった。

 

「どうにもならん。諦めるか、美紀に正直に言うか、どちらかだな」


「そう……」


 結局、パパに相談しても、何の解決にもならなかった。

 私は諦めるか、美紀に告白するか、2択を迫られたのだった。




 その後、ママ友に相談してみても、上京した息子に相談してみても、答えはだいたい一緒だった。

 せいぜい増えた選択肢といえば、『現実世界でお見合い相手を探せば?』だけで、そんなもの、出来るならばとっくにやっている。

 はぁ……。 

 提案したときよりも、今回の事後報告の方が、きっと美紀は怒るだろう。

 そう思うと、なかなか美紀には言い出せずにいた。

 かと言って、諦めるのも嫌だった。



 一週間後、そんな手詰まりを解決してくれたのは、美紀だった。

 朝、パパの方が早く家を出るので、美紀と2人っきりの15分間がある。

 その時間、いつも美紀はリビングで紅茶を飲みながらテレビを見つつ時間調整をしていて、この日も例外ではなかった。

 ただ、いつもと違ったのは、こう言ってくれたのだ。


「うざっ。なんなの? 毎日毎日、ラブワールドのCM見るたびに、ため息ついちゃって。言いたい事があるなら、言えばいいじゃないの!」


 こっちだってそんな言い方されるなんてウザイわよ、と思わなくもないのだけれど、確かなチャンスだった。


「だってね、孫が見たいのよ。それにね、あなたのことが心配なのよ」


「だから?」


「でもね、私って何も出来ないじゃない? ウルサク催促するだけで、結局何も出来ないじゃない。

 だけど、これならと思ったの。

 私が美紀のために頑張れることが見つかったと思ったの」


 美紀はカップをぐるぐる回し、紅茶の渦を見ながら、


「分かったわよ。勝手にすれば良いじゃない。その代わり、時々ログを確認するからね。変な事をしないでよ!」


「ログって何?」


「もう。だから、とにかく、変な事をしないでよ」


 美紀は全然こちらを見ようとしなかった。

 ただ、『なんとか』のようで割と『すんなり』、美紀の名義でラブワールドをする許可をもらえた。

 私は思う。きっと、美紀は美紀なりに焦っていてのだ。

 私は反省する。それなのに、今までの私は口うるさく美紀を責めるだけだった。

 そして、私は決意する。きっときっと、ラブワールドで素敵な男性を見つけるからね!


「もう時間だから行くね。詳しい話は夜にしよう」


 やっぱり美紀はこっちを見ずに、家を出て行った。

 私は頬が赤くしつつちょっぴりにやけている美紀を見逃さなかったけど、もしかして期待しちゃってる? と思ったりしたのだけど、余計な事は言わなかった。

 言ってしまえば、きっと怒り出すだろうから。

 ラブワールドへ行くチャンスはなくなるだろうから。

 私としてはめずらしく、余計なことを言わなかった。

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