第33話 みんなで仲良くポカポカお風呂
「……木になってる」
クレナに湯着を着せられて浴室に入ったリウムちゃんの第一声がそれだった。
以前より浴室が広くなっているのだが、それよりも浴槽が檜風呂に変わった事の方に目が行くらしい。
「大地の女神の祝福を受けたらこうなったんだ」
「女神、何やってるの……?」
それは俺が聞きたい。
ケレス・ポリスの神殿にあった風呂もそうだったが、この世界の高級な風呂と言うのは全て石造りらしい。王族が使う様な物になると本物の大理石を使うとか。
木製と言うと、お風呂にも入れない人が水浴びに使う桶をイメージしてしまうそうだ。
「私も最初はどうかと思ったんだけど、結構良い香りなのよ」
「香木?」
「私は香木よりこっちの方が好きです。森の中にいるみたいで」
鼻が良いリュカオンであるロニらしい感想だ。
ちなみにこの世界では、貴族ならば香木は当たり前の様に使うとの事。
クレナはあまり使っていなかったそうだが、これもロニが香木の香りを苦手としていたためだったそうだ。
「でも、入るのは身体洗ってからですよ」
そう言ってロニはリウムちゃんの手を引いて壁際の椅子に座らせた。リウムちゃんに対してお姉さんぶりたいロニは、彼女の身体を洗ってあげるつもりの様だ。
まだ俺以外には慣れていない様子のリウムちゃんだが、あえて離れようとはしない様で、ロニにされるがままになっている。
ロニはこの風呂に慣れてきているので、任せても大丈夫だろう。
「それじゃ、俺がクレナの背中を流してやろうか」
「変なとこ触らないでよ?」
「変なとこってお腹か?」
「……お腹は許す」
許してくれるらしい。
仲間になって以来、一緒に入浴していて気付いた事がある。
いや、正確には並んで湯船につかっている時に彼女がぽつりぽつりと話してくれた事で知ったと言うべきか。
全体的にボリュームのあるスタイルをしているクレナは、お腹の事を結構気にしている。
詳しく話を聞いてみると、幼い頃から蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢達と比較され続けた事が原因の様だ。
実際のところどうかと言うと全くそんな事はなく、せいぜい「ちょいぽちゃ」程度。せいぜい「体格良いかな?」ぐらいの印象しか受けない。
貴族の常識ではどうかは分からないが、俺自身は全く気にならないと言うレベルだった。
しかし、クレナは『砂漠の王国』を目指すと決めた数年前からロニと一緒に身体を鍛え始めたため、それまで友人だった令嬢達からも更に距離を置かれる様になったらしい。
クレナはそれが原因で自分はゴツい、太っていると思う様になったのだろう。ある種のトラウマである。
俺に言わせれば、身体を鍛えたのならば筋肉が付くのは当たり前である。
むしろ、それでも女性らしいやわらかさを失ってないのだから誉めこそすれ貶すなんて事は絶対に有り得ない。
その事は以前からずっと言葉で態度でクレナに伝え続けており、その成果が先程の「お腹は許す」なのである。
リウムちゃんの隣にクレナを座らせる。広くなった浴室は、蛇口もシャワーも複数あり、こうして数人並んで身体が洗えるぐらいに広い。
湯着を着たままでは身体を洗えないので、椅子に座ったクレナは一旦湯着を脱いだ。すると透き通る様にきれいな色白の背中が俺の目に飛び込んでくる。
隣のリウムちゃんを見てみると、彼女も身体を洗うために湯着を脱いでいた。実になだらかである。
「……いつも思うんだが、白いよな。リウムちゃんと比べても白いぞ」
ボディソープを泡立て、彼女の背中を洗いながら呟く。
「ユノは北国だからね。まぁ、私はユノの人間の中でも一際白いけど」
彼女は生まれ付きほとんど日に焼ける事もないらしい。北国の人間は、そう言うものなのだろうか。
「焼き過ぎて皮がめくれたりしないなら便利だな」
「赤くなったりするけどね。数日で治るけど」
「ああ、そうだったな」
「……今、何思い浮かべた?」
俺が治した火傷部分である。あれは赤くなると言うのが酷くなった状態だろう。
「……で、ロニは何やってんのよ?」
「ん?」
「何って洗ってるんですよ~。あわあわ~」
クレナの声に釣られて隣を見てみると、リウムちゃんだけでなくロニも一緒に真っ白な泡まみれになっていた。
「リウムちゃん、目とかに入ってないか?」
「……楽しい。ハルノもここまでしない」
首から下が泡に埋もれた姿を見て、心配して声を掛けたが、どうやら大丈夫な様だ。
「と言うか、ここまで泡立つのね」
「すごいな、俺のMP」
共に呆れた様子の俺とクレナ。
そこでクレナの背を洗い終えて交代となったのだが――
「……で、何してるんだ?」
「いや、私でも出来るかな~って」
――すぐ後に、俺とクレナも一緒に泡まみれになった。二人が楽しそうで自分で試してみたくなった様だ。
結局身体を洗うどころではなくなり、しばらく四人で泡にまみれながらじゃれ合う事になったのは言うまでもない。
足下がおぼつかなくなったリウムちゃんは俺に抱き着こうとしていたが、ぬるぬると滑って上手くいかず悪戦苦闘している。そこで俺は左腕を彼女の脇の下に回して抱き寄せる。
クレナ達はと言うと、こちらも楽しそうなのだが泡まみれの足下が危うい。
放っておくと転びそうなので、俺は余った右手を彼女達へと伸ばすのだった。
「ここぞとばかりに触ってきたわね……」
「ちょっと待て、ラッキーだったけど偶然だ!」
誤解とは言わない。上手く二人を支えられず、色々と触ったのは事実だ。
シャワーで泡を洗い流した俺達は、続けて順番に頭を洗っていく。
女性陣の頭を洗うのは大体俺の役目だ。なんだかんだと言って俺が一番上手いらしい。
「リウムちゃん、ちゃんと目をつぶってるんだぞ」
「……ん」
ぎゅっと力を込めて目をつぶるリウムちゃん。未知の体験に少し怯えが見える。目に入ると痛いとおどかし過ぎただろうか。
「がんばって、リウムちゃん!」
隣でロニが励ますと、リウムちゃんは無言のままこくりと頷く。なんとも微笑ましい二人である。
チラリとクレナの方に目をやると、笑みを浮かべて二人の姿を見詰める彼女と目が合った。
クレナも俺と同じ気持ちの様だ。ガマンしているリウムちゃんには悪いのだが、思わず二人で笑い合ってしまった。
「はい、おしまい」
そうこうしている内に頭を洗い終わり、シャワーを使って泡を落とす。
するとリウムちゃんはぷるぷると頭を振って、子犬の様に水滴を飛ばした。
「春乃さんの所じゃ、頭を洗ってなかったのか?」
「……シャンプー初めて」
そう言って拗ねた様な表情を見せるリウムちゃん。どうも今まではお湯だけで頭を洗っていたらしい。もしかしてシャンプーが怖かったんじゃないだろうか。
「よく頑張ったな」
それなのに今日はガマンしてシャンプーで洗ったリウムちゃんの頭を、俺はわしゃわしゃと撫でてやった。
その後、ロニ、クレナの順で頭を洗ったが、その間リウムちゃんはずっと俺の背中にぴとっと張り付いて興味深げに見ていた。
俺の頭は更にこの後クレナとロニが交代で洗ってくれているのだが、この様子ではいずれ彼女も加わってくれるかも知れない。
そして頭を洗い終えると、いよいよ俺達は檜風呂に入る。
この浴槽は以前の物よりも大きく、また浴槽の縁にそって段差があり、そこに腰掛ける事も出来る様になっている。
もっとも、大きいと言っても三人で入ると少々狭いかなと感じる程度の大きさだ。
そのためリウムちゃんは、俺の膝の上に座る形で湯船につかっていた。バランスを崩さない様、後ろから手を回して彼女の身体を支える。
「…………」
俺の膝の上でリウムちゃんは、縁の段差に腰掛けているクレナの事をじっと見詰めていた。
「リウムちゃん、どうしたんだ?」
「な、何かしら?」
その視線に気付いたクレナも戸惑い、ロニもきょろきょろと二人の顔を交互に見ている。
リウムちゃんの視線はクレナの胸元に注がれている。そしてその視線を下へと移動させながら彼女はこう言った。
「ハルノより……小さい、大きい、大きい」
何を言うかな、この子は。いや、何の事かは言うまでもないが。
リウムちゃんの様子を見た感じ、悪意があって言った訳ではなく、単に見た物をそのまま口にした感じだ。
「……ほう」
クレナの目がすっと細まる。小さな声だったが、浴室の中ではよく響いた。
「トウヤ……そうなの?」
「俺に聞くな。服の上からしか見た事ないから」
春乃さん達とは一緒に入浴した事が無いので事実である。
ただ、薄い寝巻き姿を見た事があるので、リウムちゃんが言っている事が正しいであろう事は分かる。
「お尻は、セーラの方が大きい……」
それは知らなかった。
防具は春乃さんとお揃いの物で揃えていたセーラさんだが、彼女はいつも足首あたりまで隠れる様なロングスカートを穿いていた。
と言っても彼女の場合はお尻の大きさを気にして隠していたのではなく、単に女神官の身嗜みとしてあの格好をしていたのだと思うが。
ちなみに、膝の上のリウムちゃんは「小さい、小さい、小さい」である。この子は本当に小柄なため、年齢よりも幼く見える。
最初は落ち着いた立ち居振る舞いから大人びた子だと思っていたが、小さい頃から魔法に傾倒して学び続けてきたためか、思いのほか精神的には幼い面がある事が分かってきた。外見と中身の釣り合いが取れていると言えなくもない。
そしてロニは「中くらい、中くらい、中くらい」である。
髪が多くてもっさりしている事を除けば、一番バランスが取れているのは彼女だろう。
少し拗ねた様子のクレナだったが、小さくため息をついて俺の隣に腰を下ろした。いつもならこんなに近くまで来ない。
「……まぁ、いいわ。トウヤはこの体型も好きって言ってくれてるし」
そう言って銀色の髪を揺らし、俺の肩に頭を乗せてくる。顔は見えないが、無理をしている様な雰囲気は無い。
と言うか、顔を見ようと視線をそちらに向けると、顔の代わりに湯着から覗く胸の谷間が見えた。
春乃さんより小さいそうだが、彼女が特別なのであってクレナも十分に大きいのである。
「私もクレナさまの事だーいすきですよ」
ロニも俺達と向かい合う位置に移動して来た。狭い浴槽だった頃は一緒に入っても二人までだったので、こんなに近い距離で揃って入浴するのは初めてだ。
クレナが頭を上げ、ロニに近付いてその手を握る。
「ありがとう、ロニ」
「えへへ」
クレナにお礼を言われて照れ臭そうに笑うロニ。その愛らしい姿を見て、俺も思わず頬が緩んでしまった。
「ん?」
「…………」
ふと気が付くと、リウムちゃんの身体を抱き支えていた手を彼女がぎゅっと握っていた。
こちらを向かず、視線はロニとクレナを見詰めたままだ。もしかしたら二人が羨ましいのかも知れない。
そこで俺はクレナが離れた事で空いた手も彼女の身体に回し、思いっ切り抱き締めた。
すると一瞬ピクンと身体を震わせて身を強張らせたリウムちゃんだったが、すぐに力を抜いて俺に身を委ねて来た。
すると丁度と頬と頬が触れ合う様な位置に来て、リウムちゃんは俺に頬をすり寄せて来る。
俺も負けじと頬ずりすると、リウムちゃんは気持ち良さそうに目を細めてくれた。
「あ、リウムちゃんずるいですよ!」
すぐにロニが気付いて俺に抱き着いてくる。
クレナはその後ろで俺達を見ていた。先程ロニとリウムちゃんを見ていた時と同じ優しい目をしながら。
こう言う雰囲気も悪くない。俺達はそのままゆったりと湯船につかった。
長風呂を終えて寝巻きに着替えてからも、俺達は何かとひっつき、いちゃいちゃしながら寝るまでの時間を過ごす。
「そう言えばルリトラにもう一枚毛布渡してたけど、こっちは足りるの? まぁ、無くてもここなら風邪引きそうにないけど」
「大丈夫だよ。ここに仕舞っておけるんだから、余分に持ち歩けるだろ?」
「……ああ、なるほど」
俺が荷物の中から予備の毛布を出すと、クレナは感心した様子でそれを覗き込んで来た。
この世界において旅をする者にとっての荷物と言うのは、いかに余分な物を無くして軽くするかに腐心する物であって、あえて余分な物を持つと言う発想そのものが無いのだろう。
これは俺の『無限バスルーム』の保管能力のおかげである。これがなければ俺もクレナと同じ様に考えていたはずだ。
「と言う訳で、ちゃんと四人分用意出来るぞ」
そう言って予備の毛布を出そうとすると、クイックイッと寝巻きを引っ張られた。そちらに目をやるとリウムちゃんが俺の寝巻きを小さく摘んでいる。
「どうした、リウムちゃん」
「…………」
しかし彼女は何も答えない。
どうかしたのかと顔を覗き込むと、リウムちゃんは真っ直ぐに俺の目を見詰めながら口を開いた。
「……一緒が良い」
一瞬、呆気に取られてしまった。顔を上げてクレナの方を見てみると、彼女も俺と同じ様な表情をしている。
ロニを見ると、彼女はわくわくした様子で目を輝かせていた。
再び顔を見合わせた俺とクレナは、揃ってクスッと笑みを浮かべる。
「……まぁ、全員分あるからって別々に寝なくちゃいけない理由は無いな」
「それじゃ、今日は四人並んで寝ましょうか」
流石に一枚の毛布では無理だが、ひっつけば二枚――床に敷くのも合わせて四枚の毛布で行けるだろうか。
お世辞にも表情豊かとは言えないリウムちゃん。しかし、今の彼女は心なしか頬を紅潮させながら微かな笑みを浮かべている。
見ている俺の方も嬉しくなってきた。
その晩、俺達四人は俺、リウムちゃん、ロニ、クレナの順に並び、身を寄せ合いながら眠る事になる。
並んで横になると、隣のリウムちゃんが声を掛けて来た。
「トウヤ」
「なんだ?」
彼女の方を向こうとするが、その前に頬に何かが触れる感触があった。リウムちゃんの小さな唇だ。
「……おやすみのちゅー」
そう言いつつリウムちゃんは自分の頬を俺の方に向ける。
俺はすぐさま彼女の頬についばむ様なお返しのキスをした。
「ん?」
何やら視線を感じてリウムちゃんの向こうに視線をやると、ロニが何やら期待する様な目で俺を見ていた。
察した俺が身を起こすと、彼女も満面の笑みを浮かべながら起き上がってくる。
「ロニにもおやすみのキスだ」
「はいっ!」
身を乗り出してロニの頬にキスをすると、彼女もお返しにと俺の頬に三度吸い付く様なキスをしてきた。
そしてキスが終わってからきゃーきゃーと黄色い声を上げて照れている。その仕草が何とも可愛らしい。
「……で、そっちの寝たふりしている子~」
その間、クレナはいつの間にか寝返りを打って俺達に背中を向けていた。
しかし、俺の声に反応して肩を揺らしたので、寝たふりしているのは間違いない。
俺としてはクレナだけを仲間はずれにはせず、彼女にもおやすみのキスをしてあげたい。
そこで少しいじわるな事を言ってみる事にした。
「起きないと、違う所にキスするぞ~」
次の瞬間、クレナは顔を真っ赤にしながら勢い良く跳ね起きた。
「ちょっ、あんた、一体どこに!?」
しかし俺はその疑問に答えず、毛布から這い出て彼女に近付いて行く。
俺の手が肩に触れても動く事が出来ず、真っ赤な顔のままぎゅっと目をつぶるクレナ。
しかし俺は動きを止めず、顔を近付け、クレナに熱烈なキスをする。
「……へっ?」
頬ではなく額に。
思わず間の抜けた声を出すクレナ。一体どこにキスをすると思っていたのやら。
「違う所とは言ったが、変な所とは言ってないぞ」
「なっ、なっ、なっ……!」
クレナの顔が更に赤く、耳まで真っ赤になっていく。
「~~~~~っ!」
今にも頭から湯気を噴き出しそうなクレナ。
彼女に押し倒され、顔中に熱烈なキスの雨あられを食らわされる事になるのは、この直後の話である。




