第32話 丸い丸い
サンドウォームを倒した俺達は、返り血を大まかに洗い落としてからその死骸から離れるべく馬車を走らせた。
奴等は音で獲物の存在を察知して襲い掛かって来るので、出来るだけ音を立てない様に注意しながら進んで行く。
方角は南。そちらに向かうのは、少しでも泉に近付くためである。
俺達の最初の目的地である『賢者の泉』はもう少し南に、『砂漠の王国』に繋がっていると思われる門の跡は、その泉から更に南西に位置するのだ。
御者台に座って夜空を見上げると、満天の星空に大きな満月が見える。元の世界ではそうそう見られないような夜景。
「100万ドルの夜景」と言う言葉があるが、この世界の場合はプライスレスだ。
手綱を握る俺の肩越しに、クレナが身を乗り出して外の様子を窺っている。
彼女のボリュームある胸が俺の頬に当たるが、残念ながら感じられたのはドレス型サーコートに使われている布の滑らかな肌触りと、その中のハードレザーアーマーの硬さだけだ。
「賢者の泉って、『空白地帯』の外からでも見えるんだっけ?」
「この雨だとどうだろうなぁ、背の高い木があるって聞いてるけど」
何より夜だ。目印となる木を見付けるのは難しいだろう。
少し離れた所に大きな岩を見付けた俺達は、そこで野宿をする事にした。
俺達五人が手を繋いでも一周出来なさそうな大きさだ。流石のサンドウォームも、この大岩を飲み込む事は出来ないだろう。いざと言う時は、岩の上に避難すると言う方法が使える。
早速岩のすぐ側に馬車を駐めて野宿の準備をする。
リウムちゃんは夕食がまだだったので、軽く食べられるものを用意するとしよう。
俺達は二度目となるが、戦闘に移動にと体力を使ったので、軽く食べておきたいところだ。
「それじゃ食事の後でお風呂に入るから、その後は交代で見張りを――」
「いえ、今日はトウヤ様達は中でお休みください」
その言葉に俺達四人の視線が一斉にルリトラに集まった。
「……何故に?」
「自分一人ならばサンドウォームの不意打ちが来ても対処出来ます。あれは他のモンスターとは格が違いますので」
キッパリと言われてしまった。
ケレス・ポリスを出て以来交代で見張りをする様になっていたが、ルリトラから見れば俺はおろかクレナとロニもまだまだ未熟な様だ。
リウムちゃんは、一人でアテナ・ポリスからユピテル・ポリスまで旅が出来るぐらいに旅慣れているはずだが、彼女に関しては俺も夜更かしをさせる気にはならない。
「……まぁ、そう言われると反論出来ないわね」
「流石に地面の下から来るモンスターには、私の鼻も利きにくいですしねぇ」
クレナとロニもそう言って納得したので、夕食を済ませてから俺達は『無限バスルーム』の中に入り、そのまま一晩過ごす事にした。
その間、リウムちゃんはずっと俺の腰にしがみついている。
ユピテル・ポリスにいた頃は春乃さんかセーラさんにべったりだったが、今はその二人がいないため対象が俺になっているのかも知れない。
ちなみに彼女は今、俺の予備のマントを羽織っている。元のマントは血塗れだったため、現在『無限バスルーム』の中に入れてあるのだ。後でロニが洗濯すると言っていた。
二度目の夕飯は、小麦粉を水で捏ねて丸く焼いたパンに、豆とイモを塩胡椒で味付けして炒めた物とチーズを乗せて丸めたお手軽サンドイッチモドキ、いやロールサンドだ。
リウムちゃんには、それに加えて野菜を使ったスープを用意している。
ちなみに、スープとロールサンドの具材はロニが手際良く、パンの方は俺とクレナ、それにリウムちゃんが協力して作った。
パンは生地を発酵させずに焼いた物で、短時間で出来る。インドの「チャパティ」と言う物に近い。もっちりしたお好み焼きの様にも見える。
まず小麦粉を捏ねて、水を馴染ませている間に火を熾した。小麦粉を捏ねる力仕事が終わったので、クレナはロニの方を手伝いに行く。
こう言う力仕事をルリトラに手伝ってもらえれば良いのだが、サンド・リザードマンの手はお世辞にも器用とは言えないので、止めておいた方が無難だろう。
そのため彼は、料理関係には一切手を出さず、水浴びを終えた後は馬の世話をしている。
そうだ、ルリトラ用に俺達の物より二回り程大きいチャパティを何枚か焼いておこう。
しゃがみ込み、フライパンでホットケーキを焼く様にチャパティを焼きながら、俺は誰に聞かせる訳でもなくぽつりと呟いた。
「次の町に着いたら鉄板買おうかな」
「盾にするの?」
すぐに反応したのは、俺の隣でしゃがみ込んで焼けるチャパティを眺めていたリウムちゃんだった。
「いや、そうじゃなくてだな。料理用に大きな鉄板が欲しいと思ったんだよ。それがあれば何枚も一気に焼けるだろ?」
端を折り曲げ、底が浅いフライパンの様にしたバーベキュー等に使う鉄板だ。
「……なるほど」
少し視線を上に向けて何やら考えていた彼女は、しばらく考えた後に得心が行ったらしく、こくりと頷いた。
大きな鉄板の上で真ん丸のチャパティが、並んで焼けている光景を思い浮かべたのかも知れない。
「でも、重そう」
「『無限バスルーム』の中に仕舞っておけば良い。幸い、あそこは金属は錆びないしな」
「……そんな事が出来るの?」
「ああ、旅立ってから分かった事だけどな」
そう言えば、この辺は春乃さん達は知らない事だった。
俺はチャパティを焼きながら、旅の間に判明した『無限バスルーム』の能力について、リウムちゃんに説明してやる事にする。
彼女は俺の隣でしゃがみ込みながら、興味深げに何度も相槌を打っていた。
そして完成した夕飯を五人で輪になって食べる。
ロールサンドを同じ様に手づかみで食べる俺とルリトラ。二回り程大きく作ったはずなのに、彼が持っている方が小さめに見える。
神殿に宿泊している時の物と比べるとシンプルな食事だが、個人的にはこう言う料理の方が好みだったりする。
ファーストフードと言うか、堅苦しくなくお手軽なのだ。
素早くぺろりと平らげたルリトラが爪についたチーズを舐め取りながら、もきゅもきゅと食べているリウムちゃんに尋ねる。
「そう言えばリウム。ハルノ殿達は今どうしているのだ?」
「私の師匠の屋敷を拠点にして、巡礼団と一緒に国内のモンスター被害に対処している」
するとリウムちゃんは一旦食事を止め、顔を上げて答えた。
「実戦経験を積みながら、勇者として名を挙げていくってところかしら」
クレナがそう言うと、リウムちゃんはロールサンドにかぶり付きながらコクリと頷いた。
春乃さんは実戦経験を積みながら、人助けも出来る方法を選んだらしい。
いきなり元・魔王の本拠地を目指している俺と比べれば、順当であり堅実だと思う。
続けてロールサンドを食べ終えたリウムちゃんが、俺の方を見て質問を投げ掛けてきた。
「トウヤはどうしてここに? まだ『空白地帯』に用があるの?」
鋭い質問だ。ここまで来ているのだから丸分かり――いや、俺を追い掛けてきたリウムちゃんがこの『空白地帯』の手前に現れた事を考えると、既に何か察しているのかも知れない。
「……『砂漠の王国』?」
小首を傾げながら問い掛けてくるリウムちゃん。
誰が気付いたんだろう。やはりこの世界の常識に囚われていない春乃さんだろうか。
俺がクレナの方に視線を向けると、彼女は小さくため息をついてコクリと頷いた。
「別行動してたとは言え、トウヤの仲間だと言うなら信じるわ。限られた情報でそこまで辿り着けたのなら、頼もしくもあるし」
そう言ってクレナは笑うが、ロニは彼女の隣でおろおろしている。やはり心配なのだろう。
「むしろ、限られていた事がヒント」
「……なるほど」
しれっと言うリウムちゃん。思っていたよりシンプルな理由だったためか、クレナはどっと疲れた様子で肩を落とす。
俺も理解した。『砂漠の王国』の話は、一般には眉唾物の伝承として扱われている。信じている者などほとんどいない。
この世界には一攫千金を狙って宝捜しをする者達がいる。戦闘レイバー達だ。
大きな戦いがそう頻繁にある訳ではなく、その日暮らしに飽き飽きした者達がお宝などを求めて古代の遺跡や廃墟となった屋敷、討伐された賊のアジトなどに潜り込むのである。
そんな者達でさえ無視するのが『砂漠の王国』である。それぐらい信憑性が低い。
だが、空白地帯の情報はその殆どが抹消されている。つまり、空白地帯に向かうとしたら、それくらいしか目的がないのだ。
そう言えば、クレナ達とはトラノオ族の集落で出会ったと手紙に書いた。
そこから俺達の次の目的地が『空白地帯』であると推察されたのならば、そこで目的になり得る唯一の伝承と言う事で『砂漠の王国』に辿り着く事は不可能ではない。
「そう言う事なら私から話しましょうか。『砂漠の王国』はね、魔王と魔族が生まれた国なのよ。私達は、それを調べるためにそこを目指しているの」
「魔王……!」
リウムちゃんは目を丸くしている。流石にそれは予想外だったらしい。
「トウヤがどうして協力したのか理解した。ハルノの予想通り」
「春乃さんの? どう言う事だ?」
「ハルノが言ってた。トウヤが協力したのならその人達が何か困っているか、重大な理由があるって」
「重大って……」
「そう言うのを放っておける人じゃないからって」
「…………」
クレナ達二人だけで砂漠に行かせたら不味いと思ったのは事実だが、見透かされているのは嬉しいやら恥ずかしいやらである。いや、恥ずかしさの方が強いか。
「トウヤさま、信用されてるんですね♪」
ロニが我が事の様に喜んで囃し立ててきた。ルリトラも腕を組んでうんうんと頷いている。
リウムちゃんは何故か自慢気だ。
そしてクレナはと言うと、口元を手で押さえ、今にも噴き出しそうになっているのを必死に耐えていた。
お前のそれ、俺が恥ずかしいのを理解した上での態度だろう。
今度ロニが何かクレナを褒める事があったら、一緒になって褒め称えてやる。
とにかく夕食も終わり、ルリトラを残して俺達四人は『無限バスルーム』に引っ込む事になった。
ルリトラは、火はそのまま残し、自身は岩の上に登って休むらしい。
「風があるわね。この火、上にも移しておくわ」
そう言ってクレナは剣の切っ先を焚き火に突き入れ、先端に火を移す。精霊魔法を使ったのだろう。
ロニが木の枝を持ってひょいひょいと岩を登り、上から枝を突き出すと、クレナが放った火が枝に火を灯した。
「ルリトラ、毛布もう一枚持って行け」
「よろしいのですか? リウムも来たと言うのに」
「元々予備ぐらい用意してる。一人外で見張りするんだから遠慮するな」
「ありがとうございます」
予備の毛布を持ってするすると岩を登っていくルリトラの姿を、俺は「やっぱりトカゲなんだな~」などと考えながら見送った。
そして俺達は『無限バスルーム』に入ったのだが、リウムちゃんが目を輝かせている。
ユピテル・ポリスに居た頃から入浴してみたいと言っていたので、ようやく念願叶ったと言ったところだろうか。
「……少し、広くなった?」
「俺自身が成長したのと、大地の女神の祝福も受けたからだろうな。ほら、そこの洗濯機とかが新しく出来たし、浴槽も変わってるぞ」
「ほぅ……!」
興味を持ったのか、リウムちゃんはとてとてと洗濯機に近付き、杖でつつき始めた。
噛み付いたりしてこない事が分かったのか、つつくのを指に変えてあちこち触り始める。
クレナ、ロニとは反応が違うな。彼女達は、もう少し恐る恐るだった。リウムちゃんは好奇心の方が勝っている感じである。
そうこうしている内に洗濯槽の開閉ボタンを押してしまい、顔を近付けていたリウムちゃんは開いた斜めドラムの扉に鼻をぶつけてしまった。
一瞬目を白黒させた彼女は身を翻して俺に駆け寄り、そのまま抱き着いてきた。不意を突かれて驚いた様だ。
「大丈夫ですよ、リウムちゃん。センタッキーは怖くないですから」
ロニがにこにこ笑顔で脱いだ服を入れるカゴを持ってやってきた。おすまし顔でちょっとお姉さんぶってる様子だ。
「ほら、脱いだ服はここに入れて。洗濯してるところ見せてあげる」
「わ、分かった」
神妙な面持ちで服を脱ぎ出すリウムちゃん。革製のマントは普段から洗濯する物ではないので、俺が預かってハンガーに吊す。
ロニとリウムちゃんの二人がぽいぽいと脱いだ服をカゴに入れていくのを横目に、俺も服を脱いで男用の湯着を身に着ける。
クレナもいつの間にか服を脱ぎ、湯着に着替えて俺の隣に来た。
ロニは皆の服を回収し、洗濯機で洗える物を洗濯槽に放り込んで行く。
「ん~っと、ん~っと」
まだ慣れていないのか次の手順に迷っている様だったので、俺は後ろから「洗剤」と声を掛けてやった。
するとロニは耳をピクッと動かし、いそいそと洗剤の用意を始める。この洗濯機は右上の部分に洗剤を入れる場所があるのだ。
リウムちゃんはと言うと、そんなロニの動きを興味深げに見ていた。やはり未知の物に好奇心が刺激されるのだろう。
ロニが尻尾をふりふりさせながら洗濯をスタートさせると、音を立てて洗濯槽に水が流れ込んでいく。
そしてドラムが回転し始めるとリウムちゃんは「おぉっ!」と感嘆の声を挙げた。
並んで洗濯槽を覗き込む二人の微笑ましい姿を後ろから眺めながら、俺は隣に立つクレナに向けておもむろに口を開いた。
「クレナ」
「何? 大体予想つくけど」
「リウムちゃんに湯着の使い方を教えてやってくれ。あと、ロニにも着させてくれ」
そう言う俺の視線の先には、健康的な肌色と小さく色白の丸いお尻が並んでいた。




