第131話 光の女神の大予言
コスモス一行が訪ねてきたのは翌日の午前中の事だった。『無限バスルーム』の扉は朝から開けていたので、白蘭商会の店員が知らせてくれた。
夢の中で衝撃的な事を聞いてしまったため、今日は朝から呆然として皆に心配を掛けていたので、早めに来てくれたのはありがたい。
訪ねてきたのは自称コスモス、フランチェリス王女、エルフのフォーリィの三人のみ。扉の前で三人と会う。
昨晩港町でパルドー達に出会った彼等は、俺達が『魔犬』と一緒に先に進んでいると聞き、親衛隊をリコットに任せて早ゲムボリック便で駆けつけたらしい。
良かった。ここで王女が親衛隊と共に残って二人だけで来ていたら、話が通じなかったかもしれない。フォーリィは悪い子ではないが、天然なのかコスモスのノリについていける。いや、ノリが近いのだ。
ふと王女を見ると疲れた顔をしていた。ここまでの強行軍で疲れたのだろう。
そんなになってまでついてきたという事は、彼女も二人だけに交渉事は任せられないと思っているのかもしれない。こちらとしても王女がいてくれた方がありがたい。
「やぁ、無事だったようだね! 君達が『魔犬』に連れていかれたと聞いて心配してたんだよ! 怪我は無いかい? あ、これおみやげ」
早速魔王復活の予言について聞こうとしたら、コスモスに先を越される。
屈託のない笑顔を見せたコスモスは何やら複雑な刺繍が施された布の包みを手渡してきたので、思わず受け取ってしまった。
「……なんか動いてるんだけど」
「活きが良いだろう?」
なにか生き物が入っているという事か。窒息してはいけないので慌てて包みを開き、そして後悔する。
「身体を返せーーーーーッ!!」
なんと中に入っていたのは顎骨をカタカタと鳴らしながら絶叫する頭蓋骨、魔将をクビになった百戦百敗将軍こと『不死鳥』だったのだ。
流石不死身、頭蓋骨だけになっても元気だ。そっと包みの布を閉じると、まだもぞもぞ動いているが声は聞こえなくなった。
確か『不死者の君主』というモンスターだったか。首から下の骨はどこにいったのか。こいつは塵になってもいつの間にか復活するらしい、というか本当に復活しているが。
「コ、コスモス様、先に説明を! えっと、それは魔除けのマントでして……」
あわあわしているフォーリィの説明によると、このマントは身に着けていると呪いなどの悪い力を遮断し、護ってくれるらしい。彼女が旅立つ際に与えられた、エルフに伝わる秘宝なのだとか。
何度バラバラにしても再び組み上がって復活してしまうため、このマントで包み頭蓋骨と他の骨を遮断したそうだ。
おそらく『不死鳥』は魔力で身体のパーツをコントロールしているのだろう。俺がキンギョを『無限バスルーム』に入れて金属を操る魔法を無効化した時と同じ理屈だ。
布で包むと静かになるという事は、『不死鳥』の声も魔法、いや魔力の波動のようなものなのかもしれない。骨の身体に声帯は無いだろうし。
ちなみに首から下は紐で縛ってまとめ、リコットに預けているそうだ。
「今頃向こうで組み上がってないだろうな?」
「大丈夫だと思います。距離がありますから」
というかコスモスは、これをおみやげとして渡してきて一体どうしろというのか。
……きっと何も考えてないな。多分ノリだけで言ったのだろう。
「バルサミナはどうなったんだ?」
そう尋ねるとコスモスはサムズアップし、ニッと白い歯を見せて笑った。どうやら上手くいったようだ。
彼女は最後までコスモスの「説得」に抵抗していたが、『不死鳥』が無力化されると諦めて仲間になったらしい。
「そうか、おめでとう!」
コスモスに祝福の言葉を贈る。雪菜を助けた時、彼は魔族である事も気にせずに祝福してくれた。次は俺の番だ。
ちなみに彼女は今、魔将に会うのを避けるためリコット達と一緒にいるそうだ。
「そういえばバルサミナは『今王子様が魔王様を復活させる手段を探している』と言い残していったんだが……」
「ああ、こちらでもそんな話をしていましたね」
「そうだっけ? 覚えてないな~」
コスモスには期待していない。
「だが、俺達は『魔犬』からこう聞いたんだ。今の『闇の王子』は自分が新しい魔王になるために動いているって」
「新しい魔王!?」
「ああ、大丈夫だ。それ自体は阻止した」
「そ、そうでしたか……良かった……」
胸をなでおろすフォーリィ。
ここでようやく息が整った王女も話に参加する。
「あの、貴方はどうしてそれを?」
「それについては後程……」
現実には新しい魔王の復活は阻止したけど、同時に古い魔王を復活させてしまった訳だが、それについても後で説明しよう。
「では、どうしてバルサミナ達の話と食い違っているのでしょう?」
「多分『不死鳥』が魔王軍を離れている間に状況が変わったんじゃないかと」
聞けば『闇の王子』が新魔王になると言い出してから十五年ぐらいらしいので、『不死鳥』はその動きを知らなかったのだろう。
バルサミナが『魔犬』と会うのを避けたのも、彼女達と魔王軍の間には距離がある事を示している。
「それ以外にも分かった事があるんですが、それについて王女殿下とフォーリィさんから話を聞きたいんです……勇者召喚の根拠となった魔王復活の予言について」
その瞬間、王女が目を見開いた。
コスモス一行を『無限バスルーム』内の本丸外郭の一室へと案内する。そこは板の間でテーブルと椅子があるので畳に不慣れであろう王女達でも問題無いだろう。
こちらは俺、春乃さん、クレナ、そして光の神官であるセーラさんも同席してもらっての四人だ。彼女達も女神から聞いた話についてはまだ知らない。正直、どう説明すればいいか分からなかったのだ。だから先に王女達から話を聞きたかった。
長いテーブルを挟んで座ると、メイド服姿のロニが飲み物は何がいいかと聞きに来た。
うどん出汁以外の五種類から選んでもらうと、コスモスは「懐かしいね~」と言いながらトマトジュースを、フォーリィは物珍しそうにリンゴジュースを、そして王女は炭酸水を選んだ。こちらは俺と春乃さんが緑茶、クレナとセーラさんがオレンジジュースだ。
さて、飲み物の用意ができたところで話を進めるとしよう。
「お二人に確認したいのですが、我々を召喚する根拠となった魔王復活の予言というのは具体的にどういうものだったのですか?」
そう尋ねると、二人は顔を見合わせた。
何故そんな事をと言いたげだが、こちらが王女を真っ直ぐに見据えていると、彼女は小さくため息をついて話し始める。
「我々が受けた予言は光の女神様の神託であり、断片的な言葉の羅列で我々の下に届きました。神託を授かったのは聖ピラカ以来数百年ぶり。しかも聖王家と光の神殿で授かった言葉が異なるという事で、我々も意味を解釈するのは手探りだったんです」
聖王家では聖王その人が、光の神殿では年老いた女性神官が神託を授かったらしい。
「もしかして、フォーリィさんもそのためにユピテルに?」
「その通りです、ハルノさん。私達の長が神託を授かりましたので、それを聖王家に」
「その時既に我々は神託が魔王復活の予言であると判断し、勇者召喚を行っていたのは、皆さんご存知の通りです」
「……その神託の具体的な内容は?」
そう尋ねた瞬間、王女の表情が強張った。セーラさんも焦りの表情で腰を浮かせる。
もしかしたらそういう事は聞いてはいけないのがこの世界の常識なのかもしれないが、こちらはどうしても聞かなければならないのだ。
王女も強気の視線をこちらに向け、しばし睨み合う形となる。
さて、どうやって聞き出したものか。こちらの情報も教えるつもりだが、いくつかを先に話してみるのもいいかもしれない。
そんな事を考えている内に、コスモスが間に入ってきた。
「ど、どうしたんだ~い? ほら、スマイルスマイル!」
取りなそうとする彼にチラリと視線を向けた王女は、小さく微笑んだ。
そしてこちらに向き直り、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「闇……目覚め……光……闇……力を合わせ……魔王……封印……解放……この八つの言葉が神託です」
「『闇』が二回入っているの?」
「私の父が、闇という言葉を二度聞いています」
ちなみに聖王家、光の神殿、エルフが、それぞれ五つの言葉を授かったらしい。
「聖王家は『闇』、『目覚め』、『闇』、『力を合わせ』、『解放』の五つでした」
「私達の長は『目覚め』、『光』、『力を合わせ』、『魔王』、『封印』の五つの言葉を授かりました」
「神殿は『光』、『闇』、『魔王』、『封印』、『解放』の五つだったと聞いています」
なるほど、そういう事か。確かにそれだけ聞くと、封印されて眠っている魔王が目覚めようとしているという不吉な予言に聞こえる。
そして納得した。どうしてそんな「誤解」が発生したのかを。
「……王女殿下」
「なんでしょう?」
「自分は、光の女神から直接言葉を賜る事ができます。先程言った新しい魔王の誕生が阻止されたというのも、女神から直接教えてもらった事です」
「…………は?」
「その神託についても聞きました。言いにくい事なんですが……貴方達の解釈は見当違いです。女神は、魔王復活なんて予言していません」
そう言った瞬間、王女達だけでなくクレナ達も一斉に俺を見た。コスモスだけは左右の二人をキョロキョロと見ている。
春乃さんとクレナは驚きを隠せない様子で、セーラさんに至っては顔面蒼白状態。悪い事をしているとは思うが、事実なのだから仕方がない。
「ど、どういう事ですか……?」
「『闇』の女神を『目覚め』させよ。『光』と『闇』が『力を合わせ』、『魔王』の城にて『封印』されし女神を『解放』せよ。女神はそう言っていました」
「そ、それは……!」
勢いよく椅子を倒して立ち上がる王女。その顔は青ざめており、声が震えている。
王女は縋るような視線をセーラさんに向けるが、彼女は神妙な面持ちで頷き、俺の言葉を肯定した。彼女は俺が夢の中で女神と会っている事を知っている。
どうやら王女達は予言が「断片的な言葉の羅列」と考えているようだが、それがそもそもの誤解である。実際は一部しか聞き取れていないだけなのだ。
神託を授かるのに必要なのは、複数の女神の祝福と膨大なMP。かの聖ピラカもハッキリ聞き取る事はできなかったらしい。
女神達によると、それは闇の祝福を授かっているかどうかが大きいとの事。
あの夢の場所に行く事により、神託を授かるために必要なMPが格段に下がるそうだ。おそらくこの世界より女神に近付く事になるからだろう。
それを聞いて闇の神官の中に行けた者はいなかったのかと尋ねてみたが「光が無ければ何も見えない」と返された。闇の祝福だけ授かっても駄目なようだ。
「更に言うと、女神はこの五百年間何度も神託を下していたそうです。聖ピラカ以降、聞こえる者はほとんどいなかったそうですが」
妹思いである光の女神は、流れ弾で封印されてしまったラクティを解放させたかった。
それにはどちらか片方ではなく光と闇の力を合わせなければならないため、ずっとそれを伝えようとしていたという。
そう、数百年ぶりに神託が下されたのではない。聞き取れる者がいなかったのだ。
それでも諦めずに神託を下し続けて五百年。ようやく断片的にでも聞こえる者が現れたかと思ったら、誤解して勇者召喚に踏み切ったというのが、俺達が召喚された真相だ。
「確かに八つの言葉だけを見ると魔王の封印が解けるように聞こえるわ……」
「聖王家と光の神殿が授かった五つだけを見ると、物騒さが増すから尚更ですね」
「というかエルフが授かったのは、魔王への対抗手段みたいに聞こえない?」
なるほど、『目覚め』よ『光』、『力を合わせ』て『魔王』を『封印』、か。確かにそう聞こえるな。
クレナと春乃さんも勇者召喚を考えたのも仕方がないと判断したようだ。
「そんな……!」
王女は、その場に力なく崩れ落ちた。フォーリィは慌てて助け起こそうとするが、コスモスは理解が追いついていないのか動けていない。
「え~っと、つまりはどういう事だい?」
「アンテナ一本しか立ってなかったから女神の声がよく聞こえなかったんだよ。それで間違った内容で伝わった結果、俺達が召喚された」
「おぉぅ……」
携帯電話にたとえて説明すると、流石のコスモスも一発で理解して天を仰いだ。




