第130話 楽しい家族計画
それからは特に問題も無くおもてなしを終える事ができた。俺の方は。
問題はクレナの方で、あれから魔王と面と向かって話していたのだが、なんというか妙に空気が緊迫していた。
後で聞いたところ話の内容自体はそんな物騒なものではなく、魔王はクレナの家族について知りたがったようだ。
正式に結婚しておらず父親が行方不明という事で、実家での扱いは微妙だったという話を聞くとクレナの家族に対して怒り、その行方不明の父親を探すために旅をしていたと聞くと、その怒りの矛先を『闇の王子』へと向けたとか。
なるほど、それで緊迫した空気が漂っていたのか。
俺とクレナと春乃さんの三人はおもてなしを終えてからの食事となっているが、クレナは緊張しっぱなしだったようでぐったりとしている。
魔王達は白蘭商会の仕事があるとの事で既に退出しており、今は『無限バスルーム』の扉も閉じている。今夜はゆっくり休ませてあげよう。
俺としてはおもてなしの最中『炎の魔神』がおとなしかったのが気になるが、彼も今は魔王と一緒に外なのでひとまず置いておく。
「ああ、あの人なら『邪道』って呟きながら、何杯もお茶を飲んでましたよ」
なにやってるんだ『炎の魔神』……。蛇口のお茶は茶葉を使ってすらいないだろうから否定もできないけど。
春乃さんによると、彼等が言うお茶というのは緑茶は緑茶でも茶葉を粉末状にした「抹茶」であり、蛇口から出てくるのは茶葉をお湯に浸して煮出す「煎茶」なのだそうだ。色も当時は文字通りの「茶」色であり、緑色のお茶ができたのは江戸時代の話だとか。
そうか、『炎の魔神』のいう邪道とはそういう意味か。
「魔王は気に入ってたみたいだけどね」
「そうなのか?」
「翡翠みたいって言ってたわ」
なるほど、魔王も色に注目したのか。
そういえばリンゴジュースも気に入っていたな。ああいう透明感があるものが好みなのかもしれない。
そんな話をしながらの食事を終えるとお風呂に入る訳だが、やはりこちらも皆とは時間がずれた。今日は三人で入る事になる。
以前混浴は女性の人数が多いと肩身が狭くなると言ったが、あれは訂正しておこう。
女性が少なくても、向こうが堂々としていると肩身が狭くなるのは変わらない。
二人の頭はいつものように俺が洗ったのだが、その後クレナが俺の頭を洗い、春乃さんが俺の背中を流すと言い出した。クレナが前に立って頭を洗い、春乃さんが後ろで背中を流す、挟み撃ちの形である。
というか距離が近い、距離が近い。不必要に身体を近付けてくる。たわわが、たわわに実った四つの果実が前後から。
「今更何恥ずかしがってんのよ」
「冬夜君、なにかあったら責任取ってくださいね♪」
今なら獅子に狩られるウサギと友達になれるかもしれない。
なおここを耐え切って湯船につかっても、今度は左右から挟み撃ちにあって試練が続くのはいうまでもない。
今日はどうしたのかと思ったが、これについては聞かなくても大体予想がつく。
元は後継者に渡したものだったという『星切』を俺に与えたり、魔王が俺をクレナの相手のように扱ったため彼女も意識してしまったのだろう。春乃さんは、そんなクレナに影響されたに違いない。
だが俺は、ここで負ける訳にはいかない。
もちろん、それは理由がある。
「……というかあの魔王さ、俺を取り込もうとしてるよな?」
「えっ? ああ……そうですね」
春乃さんが、チラリとクレナを見て答えた。
そう、四つの果実を素直に堪能するだけでは済まされない理由がそこにある。
魔王の態度、結局のところは俺を元魔王軍側に取り込もうとしているのだ。それなりに認めてくれてはいるのだろうが、同時に利用価値があると見られているともいえる。
二人の気持ちは嬉しいし、俺達はパーティというか運命共同体だと思っている。しかしそれ以上に、何かしたらあの魔王がどういう反応をするかが分からないのだ。単純に怒るとは言い切れないのがこの件の怖いところである。
いや、冷静に考えると躊躇する必要は無いのかもしれないが、責任を取るならば自分の足場をしっかり固めてからにしたいというのが正直なところである。
「なるほど……」
「確かに、今の私達は根無し草ですものね」
この事を話すと、二人も納得してくれた。でも、離れてはくれなかった。
神妙な面持ちで俺の顔を覗き込んでくる。距離は相変わらず近い。至近距離である。
俺だけ我慢していても仕方ないと考え、二人の肩に手を回す。
「真剣に考えてくれてるっていうのは高得点ね」
「でもそれは一人で考える事じゃありませんよ」
そう言ってくれる二人の笑顔が嬉しい。でも、耐えるのが辛い。
「どうするべきかしら?」
「根無し草じゃなくなる……マイホームとか?」
「当面の目的にも合致するわね」
「キュクロプスとグラウピスの皆さんが腰を落ち着けられる場所、必要ですもんね」
「それについては白蘭商会の手を借りてもいいんじゃないかしら。アレス王家にもコネがあるって話だし」
「ああ、お金を貸しているとかいう話……」
そのまま俺を挟んで話し合いを始める二人。なんだかんだで仲が良いというか、気の合う二人である。
建設的な話が進み盛り上がってくると左右からのやわらかな圧迫感が増してきたので、負けじと二人の身体を撫でるように手を下げていき、その腰をぐっと抱き寄せた。
うん、やはり考え過ぎはよくないな。足を止めるよりも、思い切って突っ込んだ方が上手くいく事もある。きっと今もそうだろう。
「どうせならプラエちゃん達にとっても暮らしやすいところが良いな」
という訳で俺も、どんな場所が良いかと二人の会話に参加する。
今日は白蘭商会についてからずっと緊張しっぱなしだったからか、こうして和やかに話している時間がなんとも心地よい。
俺達はそのまま長湯をして、三人で安らぎの時間を過ごす事になった。
その日は夢の中で女神と話す時間を増やすため、早めに床についた。
もっとも女神と会っている時の時間感覚は曖昧なため、実際効果があるのかどうかは微妙なところだ。
今夜はラクティを抱き枕にして愛でながら眠りにつく。
そして気がつくと、俺はいつも通り五柱の女神に囲まれていた。
今日の女神達は華やかな着物姿になっている。
光と水の女神は見事に着こなしているが、風の女神は裾が短いフリル付きのミニスカ着物であり、何故か炎の女神はサラシを巻いて片方の肩と腕をはだけさせていた。そして大地の女神は普通の着物であるため、逆に胸元を閉じきれていない。
腕の中のラクティも七五三で着るような可愛らしい振り袖姿になっていた。俺もいつの間にか羽織袴姿になっている。
女神達が様々な衣装で現れるのはいつもの事なのだが、とうとう俺も巻き込まれるようになったようだ。これも女神姉妹の弟に認定された事と関係しているのだろうか。
ラクティと一緒に立ち上がると、光の女神が前に立つ。
「今日は私に何やら聞きたい事があるようなので、母には遠慮してもらいました」
それはありがたい。混沌の女神が出てくると、ここでの事を覚えていられなくなる。
ラクティに導かれて進むと、いつの間にか周りの風景が広い和室の中に変わった。
部屋の中央には大きなこたつがあったので、皆で足を入れた。
大地の女神は重いのか、今にも着物からこぼれそうな胸をこたつの上に載せている。
水の女神がどこからともなく急須を取り出し、大地の女神が出した七つの湯呑みにお茶を注ぐ。注いだお茶の量が急須の体積より多い気がするが、気にしないでおこう。きっと水の女神の蛇口と同じような仕組みだ。
一口飲んでみたお茶の味は、蛇口から出るものとも違う。一口飲むと身体が温まり、心が落ち着く気がする。
彼女を見るといつもの無表情だが、俺が疲れている事に気付いて気遣ってくれたのかもしれない。どうせ心は読まれているだろうから、感謝の念を送りまくっておこう。
あ、頬が紅くなった。そしてそっぽを向かれてしまった。
光の女神もそのお茶を飲み、ひとつ咳払いをしてから話を切り出してくる。
「さて、何から話しましょうか」
「正直今日は色々と有り過ぎて、何から聞けばいいのか……」
「そうですね……では、魔王についてから」
来た。俺は思わず背筋を伸ばす。
魔王の復活については俺のミスなので、叱られるのは覚悟の上だ。
「よくやりましたね、弟」
しかし、次の光の女神から紡がれた言葉は予想外なものだった。
「えっ? いや、俺、魔王を復活……」
「何を言っている? 貴方のおかげで魔王の誕生は阻止されました」
「ちょ、ちょっと待ってください! 『誕生』ってなんですか!? 『復活』でなく!?」
すると光の女神は不思議そうな顔をして、こう続ける。
「貴方のおかげで、あの娘があの運命の場にたどり着く事ができたのです」
あの娘? 運命の場? クレナが、魔王が復活したあの場に居合わせた事か?
「娘が剣を投げたあの時、運命は変わったのです」
「えっ? それってもしかして……」
「そうですよ? そちらでも新しい魔王になると宣言していたはずですが」
やっぱり『闇の王子』か。しかも運命を変えたのは、クレナが投げつけた剣なのか。
復活した魔王がユピテルと戦うつもりはないと言っていたので、彼を魔王と呼んでいいのかどうかと考えていたが、まさか予言の魔王が『闇の王子』の方だったとは……。
「それも違います」
「えっ?」
しかしここで、光の女神が俺の考えを否定した。
そして彼女は、更にこう続ける。
「私は……魔王に関する予言はしていません」
「…………えっ?」
そのあまりにも予想外の内容に、再び疑問の声を上げるのにしばしの時を要した。
今回のタイトルの元ネタは、テレビドラマのタイトル『明るい家族計画』です。多分。




