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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
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第109話 異世界の雨は主に海底に降る(前編)

 その後、昼食が運ばれてきたのは正午の少し前。水の女神は俺達が来るのを分かっていたようで、案内役として水の神官を寄越してくれた。

 それまでにしていた準備は、皆に一旦外に出るための準備をしてもらう事。あちらに着いたら『無限バスルーム』の扉を閉じるために外に出てもらう必要があるのだ。そうしなければ俺が動けない。

 水の神官によると水の女神の下に行くには二種類のルートがあり、一つはここと同じようになっている水の無いルート、もう一つは海中を進むルート。それぞれ四つの入り口があり、岩山の中を網の目のように広がっているそうだ。

 どうしてそんなに入り組んでいるといるのかと尋ねてみたが、本殿は水の女神が暮らす住居でもあるのだから当然との事。神殿というよりも王城に近いイメージだろうか。

 ここと同じように広いスペースもあるそうなので、水の女神に会いに行くメンバー以外はそこで待ってもらうとしよう。

 女神に会いに行くのは、まず俺、ラクティ、春乃さん、プラエちゃんの女神関係者。そして魔王軍関係者であるクレナ。これに雪菜、ルリトラ、ロニ、リウムちゃん、セーラさん、デイジィを加えた十一名。

 非戦闘員を残していく事になるが、神殿騎士三人娘にパルドー達、それにグラウピスの戦士達がいれば護衛は十分なはずだ。


 そのまま水の神官に案内されて移動を開始。水の都は広く、移動に時間が掛かるため、水の神官もグラン・ノーチラス号に乗り込んでもらう。

 到着までの間は俺も甲板に立ち、水の神官に詳しい状況を聞いておく事にしよう。

「魔族は交易の話をしにきたらしいが、今はどうなっているんだ?」

「……まったく進展していません。その、女神様には……」

「ああ、受け入れる気も妥協する気も無いのか」

「い、いえ! 私ごときが女神様の御心中をお察しする事は……!」

 しどろもどろの神官。人間ならばハンカチを手に汗を拭いながら喋っていそうな雰囲気だ。この人はギルマンなので汗はかかなさそうだが。

「それ、魔族の方は黙ってるのかにゃ?」

 舵輪を握るパルドーが尋ねると、神官はますますしょんぼりして肩を落とす。

 ちなみにレーダーはマークが担当している。

「分かりません……しかし、このままでは風の女神様に続いて……」

 なるほど、水の女神を取り巻く状況は、あまり芳しくないようだ。

 彼が協力的なのは、その辺りにも理由があるのかも知れない。

 夢で風の女神の話を聞いて思ったのだが、彼女達はこちらでの身体、すなわち仮初の身体をあまり重要視していない気がする。

 おそらく水の女神も、このままでは危険だという事は分かっているだろう。それでも何もしないのは、仮初の身体なら失ってもいいと考えているからだと思われる。

 しかしだ、女神はそれで良くても残された信徒達は大きなショックを受けるのだ。

 プラエちゃん達がそうだ。春乃さん達だって少なからずショックを受けている。きっとこの都の人達だってショックを受けるだろう。

 まったく、心配する人達の気持ちも考えてほしいものだ。

 俺は女神達に弟、身内扱いされているみたいだし、上手く事を収められたら一言言ってやってもいいだろうか。それとも夢で光の女神に説教してもらおうか。

 いや、ラクティに「お姉ちゃんキライ」とか言ってもらうのが一番効くかも知れない。むしろやり過ぎてしまうかも知れない。

「ところでその交渉、どれぐらい続けているんだ?」

「明日……いえ、明後日で二十日ですね」

「……『魔犬』も気が長いな」

 じっくり交渉を進められる。ねばり強いのか、温厚なのか。それだけ本気の交渉だとも考えられるな。

「『魔犬』は我慢してても、お供が苛ついているとかはにゃいかにゃ?」

「それも……彼等は部屋に閉じこもったままですので……」

 神官によると『魔犬』が連れてきている部下は三人、全員精霊魔法の使い手だそうだ。

 そういえば過去に、徒歩で海を渡り、海沿いにある砦に奇襲を仕掛けた魔将がいたという話があったな。おそらく今回も同じ方法を使ったのだろう。

 考えられるのは、交代で『水のヴェール』を使って進むという方法。言うまでもないが力技もいいところだ。

 ともかく、それだけしかいないならば残していく非戦闘員は問題無さそうだ。『魔犬』以外の相手が魔法の使い手である事は伝えておこう。


 それにしても分かっていた事だが本当に広いな、水の都。

 中央にそびえる一番大きな岩山が女神のいる本殿だと聞いているが、レーダーが示すその中央が遠い。

 ユピテルを空から見下ろした事は無いが、明らかにこちらの方が大きいと思う。

「…………」

 マークの隣でレーダーを眺めていると、一つの可能性に思い至った。

「……昔、魔将が海を徒歩で渡って奇襲したって話があるそうだが、それをしたのは『魔犬』なんだろうか?」

「そういう事があったとは聞き及んでいますが、名前までは……」

 残念ながら水の神官も詳しい話は知らなかった。

 海底を踏破しての奇襲、その方法を使えるのは一人だけだったのだろうか。

 いや、そう考えるのは危険だ。『水のヴェール』を使える者が何人もいると考えられる以上、他の者にもできると考えた方がいい。

「マーク、周囲を警戒しておいてくれ」

「にゃんで?」

「他の魔将も同じようにここまで来る可能性がある。『水のヴェール』を使える奴が何人かいればできるみたいだしな」

「にゃ、にゃるほど……」

 『魔犬』がのんびり交渉を続けているのも、援軍を待っている可能性が考えられる。

 こうなってくると、ますます『魔犬』の真意が重要になってくるな。

 急いだ方が良さそうだ。パルドーに頼んで、グラン・ノーチラス号のスピードを上げてもらう事にしよう。



 それから道中で攻撃を受ける事なく無事に本殿に到着したのは、昼食を終えてしばらく経ってからだった。

 こちらに案内の神官がいる事を伝えるために、船首を『水のヴェール』で包んでキャノピーを開いていた。

 本殿の周りは槍を持ったギルマンの戦士達とバシノム達が守りを固めている。魔王軍を警戒しているのか、普段からこうなのかは分からない。

 魔王軍と鉢合わせにならない入り口に案内しようとしてくれる水の神官。

 しかし次の瞬間、レーダーを見ていたマークが声を張り上げる。

「上から(にゃに)か近付いてくる! 数が多い!!」

「なんだと!?」

 頭越しにレーダーを覗き込んでみると、確かに上から無数の何かが近付いてきていた。

 距離は……海面辺りだ。海面からこちらに沈んできている。このスピードだと、到着まで数分といったところだろう。

「トウヤ! 外の連中、気付いてないわ!」

「……そうだ! 『精霊召喚』!」

 すぐさま魔水晶に手を当て、右舷の魔砲から上に向けて光の精霊を放った。勢いよく浮上したそれは大きな閃光を放ち、沈んできているものの影を浮かび上がらせる。

 大きな泡の中に錨のようなものがある。よく見れば錨に乗る数人の人影が見えた。それがいくつも沈んできているようだ。

 警備の者達も降りてくる存在に気付いたようで、キャノピーの向こう側で慌ただしく動き出した。

 しかし、一体何者なのか。あんな方法で直接降りて、いや沈んでくるなんて、明らかに水の都の場所を知っている。そうでなければ単なる自殺行為だ。

 しかし警備の者達の反応を見るに、彼等の味方という事は無さそうだ。

 考えられるのはやはり魔王軍か。『魔犬』がこの場所をなんらかの方法で報せたと考えるのが自然だ。

 驚きの表情でそれを見上げていた春乃さんが、何かに気付いたらしく「あっ……」と小さく声を漏らした。

「そうだわ、ここは海底といってもせいぜい海面から数百ストゥート……海底を歩いてくるよりもよっぽど近い……!」

 そうか、そういう事か。

 魔王軍の移動方法の場合、水の都へは海岸から海底を歩いてくるよりも、直上の海面から真っ直ぐに沈んでくるのが一番早い。『魔犬』が報せれば、それが可能になる。

 錨と精霊使いを船で運び、『水のヴェール』を使って錨に乗って沈む。あれは魔王軍の降下作戦、いや沈降作戦だ。

「……あいつら、どうやって帰るつもりなんだ?」

 頭の上のデイジィが呆れ声でつぶやいた。それは俺も聞きたい。

 みるみる内に魔王軍は近付いてきて、今は錨に乗る魔族の姿がハッキリと確認できる。

 銀髪で翼と尾を持った男女、雪菜やバルサミナと同じ魔族か。

 雪菜が空を飛べるのは翼に魔力を乗せているからであって、鳥が空を飛ぶのとは異なると聞いた事がある。もしかしたら彼等は、それを利用して帰るつもりなのかも知れない。錨を捨てれば不可能ではないはずだ。

 まったくよく考えられている。だが、彼等の思い通りにさせる訳にはいかない。

「キャノピー閉じろ! レーダーで戦うぞ!」

 こちらも防御を固めて戦闘態勢に移行する。『水のヴェール』を解除したので、俺とクレナの二人がかりで魔砲が使えるようになった。

 警備の者達に流れ弾がいかないよう浮上しようとした時、レーダーに無数の精霊反応が発生。次いで船体が衝撃に揺れる。

「攻撃されたのか!? クレナ、反撃だ!」

「光の精霊、お願い!」

「! あれか!」

 すぐにクレナの意図を理解し彼女の下へ移動。彼女と手を重ねて同じ魔水晶を掴む。

「『精霊召喚』!」

「『閃光』、貫けッ!!」

 二人の魔法が合わさり、左舷の魔砲から光線が放たれる。

 残念ながら命中はしなかったようだが、レーダーに映る魔王軍の動きが乱れる。突然の光にあちらも戸惑っているようだ。

 それで十分だ。その隙を突いてギルマン達が魔王軍に殺到している。バシノムもその後を追っていた。

 こうなると下手に攻撃すると彼等を巻き込んでしまうな。

 どう援護しようかと考えていると、一つの錨がスピードを上げて乱戦を抜け出し海底に突き刺さった。

 海底の錨の辺りで膨れ上がる力の反応。まずい、乱戦に向けて攻撃するつもりだ。

「クレナ、もう一度行くぞ!」

「分かったわ!」

 その反応目掛けて前方の魔砲から光線を撃ち込む。

 しかし、海底からも攻撃が放たれ、光線とぶつかり大きな爆発が起きた。

「きゃぁっ!?」

 海が震え、船体が大きく揺れる。足に力を込め、『魔力喰い』で振動を無効化。倒れそうになるクレナを、肩を抱いて支える。

「敵の動きは!?」

「本殿に向かってます! 早い!!」

 マークではなく、その隣でレーダーを覗き込んでいた神官が悲鳴のような声で答えた。

 他の仲間を放って、本殿に飛び込むつもりか。

 一連の攻防から察するに、敵の中で一番強いのはこいつだ。おそらくリーダーだろう。

「……上の連中、警備だけでいけそうか?」

「だ、大丈夫だと思います!」

 上への加勢は巻き込みが怖い。それに、本殿の方が放っておくとまずそうだ。『魔犬』と合流されたら手がつけられなくなる可能性がある。

 となれば俺達がやるべき事はひとつ。

 周りを見回すと、皆も同じ考えに至ったようで力強く頷いた。

「よし、俺達は本殿の敵を追うぞ!!」

 そう号令一下、グラン・ノーチラス号は加速をかけて本殿へと進んでいった。

今回のタイトルの元ネタは『マイ・フェア・レディ』です。

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