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姫月ちゃん、早く起きて! お誕生日とアジトがなくなっちゃう~><!  作者: 小屋隅 南斎


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第8話



 深夜の避難誘導と消火活動、諸々の後片付けと対応を終えた姫月は、寮の自室へと戻ってきていた。時計の短針は二を過ぎていたが、つい先ほどまで眠っていたため眠気は全くなかった。テーブルの上には、アゲハから貰ったプレゼントが乗せられている。部屋へ戻る時に覗いてみたところ、中身は独特の形をした掌サイズの骨だった。リング状で上面に歯突起が伸びていることから、軸椎のようだ。恐らくカカシに勧められてプレゼントを決めたのだろう。

「ふう……」

 パニエにより大きく膨らんだスカートを押し付け、ベッドへと倒れ込むように座った。布団の上に広がる制服は、所々煤けてしまっている。姫月は肩の力を抜くように、大きく息を吐き出した。忙しなく動き回っていたため、漸く落ち着くことが出来た。先程までの賑やかさが嘘のように、部屋には夜の静けさが満ちていた。姫月はぼんやりと虚空を眺めた後、徐にスカートのポケットへと手を突っ込んだ。抜き出した手をゆっくりと広げると、そこにはPTP包装シートの欠片が何枚か乗っていた。中の錠剤は既に取り出され、全て空の状態だ。

「……」

 一通り対応を終えた後、アゲハとカカシ、そしてノアから全ての事情をきいた。あの砲撃は、姫月を起こすためのものだったということ。誕生日である九月二十日中に起きてもらおうと、彼女達が必死になって走り回っていたこと。姫月の胸を、小さな罪悪感が蝕んだ。

「まさか、起こすのにカールグスタフを使うなんてね……」

 姫月は掌を見下ろす顔に苦笑を浮かべた。……九月十九日の夜、姫月は強い睡眠薬を服用していた。自身の誕生日が近づくにつれて、極度の不安と焦り、恐怖が姫月の心を苛んでいた。もう二度と会えない、大好きな人達の顔が頭から離れなかった。親友達のいない誕生日を迎えることが、どうしようもなく怖かった。学生時代に迎えたある誕生日、その日は姫月の人生の中で最高の一日だった。大好きな二人に祝ってもらえた、幸せな記憶。誕生日を迎えるとあの時を思い起こしてしまって、二人のいない現実を嫌でも突き付けられるようだった。止まることなく時を刻む針が零時に近づいていくのを、姫月はただ黙って見ていることが出来なかった。心臓がドクドクと音を立てて、体が震えて、上手く息が吸えなかった。独りぼっちになってしまったのだと、彼女達と一緒に笑い合うことは二度と叶わないのだと、まるで世界から囁かれているようだった。このまま一人きりの誕生日を迎えたら、大切な人達の後を追ってしまうのではないかとさえ思った。誕生日に一番傍に居て欲しい人達は、もうどこにもいない。そう認識する度、胸が張り裂けそうになるくらい苦しかった。姫月は居ても立ってもいられずに部屋を出て、逃げるようにアジトを後にした。向かったのは『不可侵の医師団』だった。そこで人の目を盗み、強い睡眠薬をくすねた。細かいところに気が付く性格であるたまかがその場にいれば難しかったかもしれないが、幸いその時に周りにいた少女達は忙しくしていて誰も気が付いていなかった。アジトに戻ってきて服用した後、姫月は執務室へ向かった。明日一日不在でも問題ないように準備をするためだったが、疲れていたのかそのままそこで眠ってしまい……そしてアゲハ達に起こされた、という顛末だった。

 結局、十分にも満たなかったが今年も誕生日を迎えてしまった。大切な人達の欠けた誕生日。正真正銘、一人だけの誕生日。……しかし、姫月が後を追うことはなかった。姫月はテーブルの上に乗せた包みへと視線を向けた。リボンに包まれ、可愛くラッピングされている。

「……」

 大切な人達がいなくなった世界にも、姫月の誕生を祝福してくれる仲間がいた。その仲間達によって、大事な人達のいない現実に溺れる暇もなく誕生日は過ぎて行った。……姫月は、今年の誕生日を迎えたことを後悔していなかった。一生に一度の今年の誕生日。死にたい程辛い現実を直視しなければならないが——『ラビット』の子達に向けられた満面の笑みを思い出すと、あれを見ずに終わっていたのは勿体ないなとも思うのだ。姫月は一人ぼっちになった。だけど、独りぼっちじゃない。今年の十分だけの誕生日は、そんなことを姫月に気付かせてくれたのだった。


 プレゼントの横に投げ出されたスマートフォンが、ブルブルと振動し始めた。深夜二時を過ぎているにも拘らず、どこかから着信のようだ。ベッドを離れて画面を覗き込むと、『川村伊勢』と表示されていた。姫月はレースに包まれた手でスマートフォンを持ち上げ、通話ボタンをタップした。

『夜分遅くに失礼します。……カールグスタフの貸付料金について、よろしいでしょうか』

 品がありながらも事務的な口調の声が聞こえてきた。姫月は自身の長い白髪をくるくると人差し指に巻きつけながら、見えない相手へ大きく肩を竦めてみせた。

「……そんなことだろうと思った」

『誕生日割引で、七百五十万円でどうでしょう。本日中にお願いいたします』

 抑揚のない声は、にこりともしていないようだった。冗談というわけではないらしい。

「借用期間一日で?」

『……芸術には金がいるんですよ』

 格言かもしれない。その一言には彼女の苦労が詰まっているようだった。姫月はため息を漏らした。

「……ま、いいでしょう。今のうちは機嫌がいいから、言い値で払ってやるよ」

 イセのカールグスタフのお陰で、姫月は人生で二度と取り戻せない貴重な十分を失うことを避けられた。もとより姫月は財団のお嬢様であり、金に糸目はつけない。姫月の潔い返事に、電話越しにほっと息をつく微かな音が聞こえた気がした。

『ありがとうございます。今後も何卒、『川村美術』をご贔屓に』

 事務的な挨拶の後、電話口の向こうは静かになった。姫月は雑に「おやすみ」と締め、通話を切った。テーブルの上に目をやれば、プレゼントに隠れた奥に小さな折り鶴が見えていた。これはカカシに貰ったものだ。不思議な模様の折り紙だなと目を凝らせば見知った名前が印刷されており、それによって姫月はカールグスタフの入手先に見当をつけていたのだった。

「……」

 手にしたスマートフォンを戻すことなく、姫月はテーブルの前に突っ立ったままだった。そしてレースに包まれた指で、画面を操作し始める。アドレス帳から目当ての場所の名前を見つけ、躊躇いなく電話を掛けた。三回のコール音の後、相手は電話に出てくれたようだった。

『お誕生日、おめでとうございました』

 真面目な声の無愛想な第一声は、嫌味の言葉だった。姫月は相手に誕生日を教えた覚えはなかったが、大方『ラビット』の少女達が襲撃した際に情報を掴まれたのだろう。別に知られて困るようなものでもない。

「それは当日に言うもんでしょ」

『敵の誕生日を本気で祝うような奴がいますか?』

 相手の顔が見えなくとも、苦い顔をしているのが手に取るようにわかった。姫月は再び髪の毛をくるくると指に巻き付けだした。

「『レッド』側に言っておきたいことがあって」

『わかっていますよ、『次の定例三者会談は『ラビット』は欠席』……でしょう? アジトの修繕に時間がかかりそうですからね』

 流石『レッド』、『ラビット』の情報は全て把握しているらしい。つい先ほど起こったことすら『レッド』には筒抜けのようだ。

「いんや、違う。アジトの修繕に時間が掛かるのは確かにそうだけど、次の三者会談もちゃんと出るつもりだよ」

『それは殊勝ですね……。では、こんな夜更けに何の用事で?』

 今すぐにでも切られそうな敵意に満ちた声は、言外に咎めるように姫月へと尋ねた。

「朱宮の墓……墓参りに行っていい?」

『は?』

「誕生日だから」

 電話口の向こうは、一瞬静かになった。

『いっ……良い訳がないだろう!!? 朱宮さまのお墓に少しでも近づいたら、殺しますからねっ!!?』

 音割れする程の大声が響き、姫月は思わずスマートフォンを耳から遠ざけた。電話越しの怒声の数々は暫く止むことはなかった。地雷を踏んだらしい。「やっぱ無理かあ」という寂し気な呟きは、マイクに拾われることはなかったようだった。

『そもそも誕生日、過ぎてますよね!!?』

 それが最後の叫びだったらしく、後にはぜーはーという荒い息だけが続いた。大声が止むと同時に、姫月はスマートフォンを耳へと戻した。

「あんたの誕生日は、いつなの?」

『……は?』

「うちだけ知られてるのはフェアじゃないじゃん」

 のんびりと姫月が言うと、電話口の向こうは再び沈黙した。手持無沙汰に巻き付けた白髪の中から人差し指を抜くと、髪の束が弧を描いて花のように広がっていった。

『貴女達は本当に何を考えているんだか……。……迷惑電話なら切りますよ』

 真面目な声は、忌々しそうにそう吐き捨てた。

「迷惑電話なら抗争よりよっぽど平和的でいいと思わない? 人を傷つけられないあんたたちでも、口論なら勝ち目があるし」

 ブツッ……、……。

「あっ、切りやがった」

 姫月はスマートフォンを耳から離し、口を尖らせて画面を覗き込んだ。通話終了ボタンが大きく表示されているのを確認し、諦めたようにそれをタップする。ふうとため息を漏らすと、姫月はスマートフォンをテーブルの上へと戻した。『ブルー』へも電話を掛けようかと逡巡したが、下手なことを言えば『レッド』と違って本当に殺してくる可能性が高いため止めた。

「あいつらがいなくても、日常は続いていくんだな……」

 何よりも大切な、けれどもう会えない人達の顔を思い浮かべ、姫月はぼんやりと呟いた。彼女達のいない誕生日を迎えたら世界が終わってしまうような錯覚を抱いていたが、どうやらそんなことはなかったようだ。誕生日が過ぎてしまった今も、大切なものが欠けたまま変わらずに時間は流れていく。残酷に、そして寄り添うように。姫月は隅の写真立てへと焦がれるような視線を向けた。クリームベージュの額縁の中には幸せな時間が閉じ込められていて、時の止まった三人の愛らしい瞳がこちらを笑顔で見つめていた。あの時の心地よさが蘇り、胸に満ちる。会いたいという思いがどうしようもなく募り、姫月は切なげに目を細めた。しかしそれは二度と叶わない。姫月はその写真立てに近づき、そっと手に取った。大事そうに指で縁をなぞる。そして、優しく抱き締めたのだった。

 目が冴えていた姫月は、そのまま眠らずに朝を迎えた。部屋を出て悲惨な姿に変わり果てたアジトに向かえば、いつも通りに『ラビット』の少女達が笑顔でキャプテンを出迎えてくれた。朝日を背にして、たっぷりのフリルを揺らして、楽しそうに話し掛ける姿。それを見て、姫月も柔らかく表情を緩めた。




 兎は寂しいと死んでしまうというけれど。

 姫月は、今日も生きていく。大好きな人達の消えた、ひとりぼっちの世界を。


〈了〉





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