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日常日記  作者: まこ
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第四部前編

『目がぐるぐると回る最悪の出来事だった。蛇行しながら細い通りを運転するミニバンがこっちの方へ迫ってくるのが見えた。横並びで歩いていたろかはとばりを歩道の奥の方へと寄せ、二人は来る車と接触しないよう立ち止まっていた。だがミニバンは接近するにつれゆらゆらと加速し、まるで図ったかのように二人のほうへと突っ込んでいった。ろかは大きく突き飛ばされ、とばりは幸い接触していなかった。ミニバンの運転手は二人の様子確認するどころかさらに速度を上げて反対側へと逃げていった。

 私はすぐ二人の近く寄った。とばりがろかの上体を抱え安否を確認ているところだった。

「ろか大丈夫❔怪我は❔」

 とばりが震えた声でそう聞くとろかは言った。

「左脚が動かないの」

 私はろかの左脚を見ると、その脚は大きく折れ曲がっていて、ジーンズ側面を大きな骨が突き破って出てきていた。その周辺は血に染まり、ぼたぼたと滴る血はアスファルトに赤い水溜まりを作っていった。

 私は急いで救急車を呼んだ。とばりはろかの体を強く出きしめながら「大丈夫だから絶対に大丈夫だから」となんとか平静を保ちながら励ましていたが、血溜まりが大きく広がり、とばりの衣服に血が付着し始めるといよいよ動揺を隠せなくなり、「お願い、ろか死なないで」と泣き叫び始めた。

 細い通りには私らの他に誰もいなかった。私はなぜか冷静で、ろかが痛みに悶えながらも逆にとばりを励ましている光景をじっと眺めていた。ろかは強い子だ。いつだって自分の心配よりも他人の心配をする。自分がどれだけ境地に立たされていようと、困っている人がいれば手を差し伸べる。必死に上体を起ころうとするろかの力は徐々になくなっていく。私の目から見ても明らかだった。とばりはそれを肌で感じている。どれほどの絶望なのだろうか。私ははっとし、ろかととばりの側で屈んだ。

「救急車がもうすぐ来るから」

「死んじゃうなんて絶対にいや。だから……」

 ろかの反応は薄かった。ろか自身はこのときわかっていたのだと思う。自分が死に向かっていることを。ろかは最後に何かを言おうとした。わずかに開いた唇でとばりに何を伝え、それから静かに目を閉じていった。とばりはろかの力の抜けた体をだき抱えたまま、何度も叫びながらろかの名を口にし、ろかの目を再び開けさせようと体をゆすりつづけた。

 病院にて、医者が言うには救急車が到着前する前には息を引き取っていたそうだ。検案にかけられたさいの顔はとても穏やかで、まるで家族に見届けられ老衰した人だったかのようと述べた。それから私と特にとばりにはカウンセリングが必要だと言った』

 

『とばりがスーパーへ買い出しに行っている。私はろかと雑談をしていた。二人のことを色々と聞くチャンスだと思い、ろかに聞いた。

「とばりもいないし双子姉妹水入らず。とばりの前だと言いにくい二人のこと教えてよ」

 私は続けて率直に聞いた。

「とばりとのファーストキスどうだった」

 ろかは残念な様子で言った。

「まだしていない。しようとしてもとばが恥ずかしがって顔をそむけちゃう」

「普段は澄ました顔をしているのに、ろかと二人っきりのときは恥ずかしがりやなんだ」そう私が言うと「恥ずかしがりやというか、積極的じゃないというか、なんとう言うか、手は繋いでくれるけれどハグとかはダメで……」ろかは考え込んでいた。

「昔はハグくらいならたくさんしてたのにね」私がそういうとろかは「ほんとにね」とため息を吐いた。

「恋人になってからどこかよそよそしいというか、それまでは普通だったのに」

「そう言うことってよくあるんじゃない。相手が大切だからこそ距離感を気にしちゃってできなくなったり言えなくなったりすることってあるよね」その言葉はまるで自分へ言い聞かせているかのようだった。

「かがりは好きな人とか気になる子とかいないの❔」

 ろかのふいな質問に私は真面目な面持ちですかさず言った。

「ろか、あなたが好き。姉妹だから言えなかったけど、私たちが小学生の頃からそうだったの」

 ろかはきょとんとした顔をし、私がにやっと返すとろかは言った。

「変なこと言ってるとこのマシュマロ口に詰めちゃうよ」

 それはろかの大好きないちご味のマシュマロだった』

 

『事件以来、とばりはほとんど口を閉ざしていた。口にすることといえば私が犠牲になれば良かったその一言だった。私はかける言葉がなかった。なにより私も自分の妹が亡くなってしまっている。そんな余裕はどこにもない。それでも小さく丸まって座るとばりに肩を寄せた。今は何も言わなくたっていい。それが一番で時間がきっと私たちを救ってくれる。そう願っていた』

『日に日にとばりの様子は変わっていった。食事をほとんど口にしなくなり、ろかの名さえ呟かなくなっていった。一日中、ベッドの上で過ごし、私が買ってきた栄養食を半分口にする程度だった。水だけはしっかり飲んでいるようで、しかしお手洗いにおくことさえ億劫で大人用オムツを常用する日々になっていった。少しずつ食欲も戻り調子が少し良くってもろかの話をすることだけは絶対に嫌った。ろかの話をするたびにまた悪い状態へと戻り、いつしかろかの話は私たちの中では禁忌となっていった』

『とばりの記憶に異常が始まったのはこの頃からだった。ある日とばりは目を覚ますと昔のように、カーテンを全開にし、目を細めながら「気持ちいい朝だよ」と言った。そのとき私は三人の夢を見ていて、まだ意識はまどろみの中だった。とばりは歯を磨き始め、今まで蓄積していた汚れを落とすかのように十数分かけて丁寧に磨いた。その後お風呂へといきシャワー浴び言えると、外出用の服にさっと着替えた。とばりは私の腕を引っ張り「日課の散歩だよ」と言って私を外へ無理やり連れ出した。

 日課の散歩というのはとばりとろかが行っていたものだった。どうして私を連れ出したのかを問おうにもろかの名を口にするのは禁じている。私は「日課の散歩なんてしてなかった」そういうと、とばりは「何を言ってるのかがり❔今日は手を繋がないの❔」そう言いながら手を寄せてきた。私は繋ぐつもりはなかったが、とばりは頬を赤くしたものだから、抑えきれず指を絡め、ぎゅっと閉ざし、けっして離れないようは私のとばりの手を握り込んだ。

 私はしばらくとばりの言動に付き合ってあげることにした。ひどく汗をかいていたとばりの額を私がハンカチで拭おうとするととばりは嫌がった。「自分でするから」と言って、ポケットから取り出した白いハンカチで額を拭いた。そのハンカチには見覚えがあった。それはとばりとろかが何かの記念に一緒に買った一品だった。とばりは私が手に持った黒いハンカチを見て言った。

「いつものハンカチじゃないよ❔」

「ごめん。無くしちゃってさ」私はとっさに嘘をついた。

「かがりの誕生日にせっかくお揃いのを一緒に買ったのに……」

 私は思い出した。そのハンカチはろかが十六歳の誕生日にとばりと一緒に買った数千円もする代物だった。

 散歩をする中、私らは色んな話をした。そして気づいたことがあった。とばりの中にはもうろかは存在していない。ろかとの思い出はかがりという名で塗りつぶされ、それはとばりが本人を守るための防衛反応なのだろう』


『私とろか、何が違うのだろうか。背丈は私のほうが高く、私の性格はどちらかと内気で、それはとばりも同じ。同じもの同士惹かれ合うというのは間違いで、陽気なろかにとばりは惹かれた。顔は全くと言っていいほど同じ、だから見た目で好きなったわけではなくやはり内面なのか。

 私があれこれと頭を回転させているとろかがやってきた。

「どうしたのかがり難しい顔して❔」

 ろかは私の心の思いはいず知らず、様子はなんとも呑気だった。

「例えばの話だけど、似たような外見の置きものが二つあったとして何を決め手にする❔」

「似たような置ものか。難しい話だけれどちょっとした装飾の違いとかじゃないの❔」

 ろかは視線をやや上に向け、首を傾げながら答えた。

「それなら装飾は少し違うけれどどちらも同じくらい綺麗な置物。それだったらどうする❔」

「それなら歴史じゃないかな。昔気に入ってたものに近かったりとか、好きな色だったりとか、そのものに価値が付与する何かがあったり、でなければ本能的なものだったりかな❔」

 私は本能的ということばに何も言い返せなくなった。とばりは昔からろかのことが大好きだった。そこに確かに理由などなかった。小学校に入り初めて会ったその日から、とばりはろかに付きっきりで給食のときもトイレのときも学校の帰り道でもそれは同様だった。帰り道、曲がり角で反対方向に行かなければならないときも、しばらくとばりはろかの側を離れたがらなかった。その一因には両親が関係していた。仕事で帰りが遅く、とばりが言うには夜はとばりが寝たあとに帰宅し、朝は朝食がポツンと置かれているだけだ。夜食が自分で買いに行かなければならず、そんな事情もあって中学に上がる頃には私らの家に泊まりっぱなしだった。事実上の育児放棄だった』

 

『私らはほぼ恋人同然だった。とばりが私をどこかへ連れて出かけるときは手は繋ぎっぱなしで、私の誕生日にはお揃いのネックレスを送ってくれた。何をするにしてもかがり、かがりと私の名を口にした。ろかのことで私が泣いているときもとばりは理由を聞かずにそっと側にいてくれた。

 私は幾度もろかのことを話そうとした。こんな形での恋愛関係は望んでいなかった。だが、とばりの精神面での気掛かりがあり、とても口にはできなかった。いっそのこと私もがろかのことを記憶から無くしてしまえばいいとさえ思ってしまった。そうすれば本来の状態で私ととばりは恋人でいられる。今の私にとってろかはしがらみ以外のなにものでもなかった』

『その日私はあの日の悪魔をまた見てしまい、叫びながら目を覚ました。隣にいたとばりは私を優しく抱きしめながら一緒に泣いてくれた。何度目なのだろうか。こうして悪夢の呼び起こされ、とばりの抱擁を受けるのは。私はふいに「ろか」と口にした。とばりは「ろかって誰」と私に訪ね、私が言いたくないというと、連日の私のよそよそしい態度に腹を立てていたのか、とばりは激しく言った。

「女か男か知らないけど、そのろかって人のためにあなたは毎日泣いているの❔私という存在がありながら何も言ってくれないし、その私が知らない人のために私も一緒に泣いているの❔」

 私は静かに泣きながら言った。

「あなたはいいよね。ろかのこと、あの日のこと、全部忘れちゃってるんだもん。あなたが本当に好きなの私じゃなくてろかなの……」

 とばりは半ばパニック状態だった。頭を抱えながら目を見開き、「ろかって誰なの、お願いだから教えて」と言った。

 私はノートパソコンを持ってきて、ソファーに座らせていたとばりと一緒にろかのことを振り返った。初めてあった日のこと、中学に上がりとばりがろかに徐々に恋心を募らせていったこと、高校二年の頃とばりは両親を亡くし、そのときからとばりはろかに慰められるのと同時に恋人関係を形成し始めたこと。話終えると私は少し錘が軽くなった気がした。

 とばりはソファーに横になり、肩をふるわせながら泣いた。ろかの名を何度も口にし、あの日代わってあげられなかったことを嘆いていた。

「ごめんかがり。私がろかのことを忘れてから一番辛かったのはかがりなのにさっきはあんなこと言ってしまった」ろかは言った。

「私だって同じ状況になれば同じことを言った。だから自分を責めないで、ろかのことも含め、とばりは何も悪くない」

 悪いのは私だった。とばりのためと思いとろかのことを隠し続け、この期に乗じて意図せずとも恋人関係になり、ろかのことを記憶の隅に置き去りに浮かれていたときもあった。

 とばりは隣に座っていた私を引きずり込み、私はとばりに覆い被さってしまった。とばりは泣きやんだと思えば一変し、深く落ち着いた呼吸をしていた。私を引きずり込んだ力は完全に消え失せ、無防備な姿を見せ、目をおもむろに閉じていった。わざと僅かに開かれたその唇に、私の口は深く吸い込まれていった。

 私は知っていた。このときのとばりはけっして私に特別な感情を抱いていたのではないと。ろかの姿を私にをただ重ねているだけだと。それでも私は抗うことができなかった。

「かがり大好きだよ」

「私もだよとばり」』

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