【第八話】目覚まし時計
ユウイチの持論である"朝の時間は夜の時間の二倍の価値がある"は、こちらの世界では受け入れりなかったようである。
そのために自動歯ブラシブームは"あっ"という間に過ぎ去ってしまったが、これぐらいでへこたれるユウイチではない。
"七転び八起き"の精神で、ユウイチは新しく発明した魔導具を武器に再び忙しい朝に立ち向かうのであった。
「リリア君、前回は無理に時間を作ろうしたことが失敗の原因だったと思うんだよ」
「私もその通りだと思います……」
「だから、今回は早起きして時間を作ることにしたんだよ」
「でも、早起きするのは大変です……」
「いや、そもそも早起きは三文の徳と言う言葉があって」
「ユウイチさん、そんなに話し掛けられたら五月蝿くて眠れません!」
衝立の向こうからユウイチの会話を遮るようにリリアが叫んだ。
これは、ユウイチのお喋りにリリアがキレたわけではなく、新しく発明した魔導具のテストの為にリリアは眠る必要があったのである。
「朝です、起きて下さい。
朝です、起きて下さい」
そんなことをしている間にセットしておいたアラームがリリアが鳴ってしまったようである。
「へぇー、これなら起きれられそうな気がします。
特に朝が弱い人は欲しがると思いますよ」
そう言いいながら、リリアが衝立の上からひょっこりと顔を出した。
どうやら前世の朝の強い味方である目覚まし時計はユウイチの社内プレゼンを待たずしてリリアを納得させたようである。
その心の余裕からだろうか、服の袖のボタンの跡がくっきりと額に付いているリリアをユウイチは微笑ましく見ている。
「アラームのパターンは声やベルなど幾つかあって、好きなパターンを選べるようにしてあるんだよ」
「それなら、私は鶏の鳴き声で起こされたいかなぁー」
こちらの世界の鶏は"コケコッコー"と鳴くのか、"クックァドゥールドゥ"と鳴くのかは、転生者特典で言葉が自動変換されて聞こえるユウイチには分からない。
例え分かったとしても鶏の鳴き声で起こされるのは遠慮したいところである。
「それと"録音の魔方陣"を組み込んでおいたから自分の声で起きる事も可能だぞ」
「魔方陣……、いきなり危険ワードの登場ですね」
「はははは……
前回の自動歯ブラシは問題なかったんだから、今回も大丈夫だと思うんだがな」
自作の魔方陣を危険物扱いされたユウイチは苦笑いをして誤魔化した。
「それに自分の声で起こされるのは、ちょっと微妙な気がしますね」
確かに録音した自分の声は違和感しかない。
だからユウイチは前世の留守電の案内メッセージは内蔵されているものを使っていた。
「自分の好きなパターンのアラームを選べばいいんだから、無理に録音して使う必要はないさ」
「おかしな音を録音する人が続出したりしませんかね?」
特定の音を聞くことで心地よさやゾクゾクする感覚を感じたり、特定の音に強い愛着を持ったりする音フェチは前世で確かに存在した。
「臭いフェチのことがあるから、音フェチ文化が生まれても不思議ではなないが、こればかりは心配しても仕方がないな」
趣味趣向を越えた癖の様なものは人間の持つ性であるとユウイチは思っている。
こちらの世界にも音フェチがいても何ら不思議ではないのである。
「ところでユウイチさん、スライムは使いましたか?」
リリアがユウイチにもう一つの危険ワードの確認をした。
「時計は幾つもの細かな部品を組合せて作られるものなんだよ。
この技術の粋の結晶にスライムの入る余地はないから安心していいぞ」
恐らく数を数えているのだろう、ユウイチの返事を聞いてリリアが親指と人差し指を折っている。
「もしかして、目覚まし時計のメンテナンスに時間がかかるとか?」
「それも大丈夫だ。
アラームをセットするだけでいい」
リリアが更に中指を折った。
どうやら前回の自動歯ブラシのお陰でリリアの中の危険ワードが追加されたようである。
「アラームが鳴ったらグーで叩いて止めてしまいそうですけど壊れたりしませんか?」
「オークが叩いても壊れないように頑丈に作ってあるから大丈夫だ」
リリアが薬指を折った。
これで合計四つ目の確認である。
ユウイチは発明品に対するリリアの信頼が足りていない事を思い知らされた。
そして、この目覚まし時計で挽回することを静かに心に誓うのであった。
「それから、魔方陣を使っているんですから規制局の許可は取っていますか?」
「リリア君、大丈夫だ。
規制局の許可も既に取ってあるぞ」
リリアは、いつもの鉄板ネタを確認して小指を折った。
これで、リリアは片手の指を全て折ったので、合計五つの危険ワードの確認をした。
「あと、確認しておくことは……」
まるで前世で、よく見られた遠足前の我が子の持ち物を確認する母親のようなリリアである。
「リリア君、案ずるより産むが易しだぞ」
「ユウイチさん、後悔先に立たずですよ」
ユウイチが堪らず確認の嵐から逃げよとしたが、しっかりとリリアに釘を刺されてしまった。
この後、更に幾つかの確認を終えて、漸く目覚まし時計が商業ギルドより発売されることになったのである。
目覚まし時計の発売から二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、本当に大丈夫でしたね」
リリアが嬉しそうに経過報告書を手に持って事務所に入ってくる。
バロメーターである表情を見ただけで良好な結果であることがユウイチには分かる。
「リリア君、だから大丈夫だと言っただろう」
ユウイチは「何回も」の言葉を敢えて付けづに答えた。
これでリリアの魔導具に対する信頼を少しは取り戻せたかもしれないとユウイチは思ったのだが、念のために受け取った報告書に目を通すことにした。
予想通り報告書には好評な意見が多く載せられていて、ユウイチを安堵させた。
それとは別にユウイチは目覚まし時計に纏わる次の様な話が伝わってきたのを思い出した。
ーここはとある魔獣討伐の最前線基地。
「おはようございます、ロベルト様。
今日もお務め頑張って下さいませ」
「おはよう、グレイス」
このところロベルトは討伐の最前線にいるとは思えないほど心地のよい朝を迎えている。
「おいロベルト、今の声は例のフィアンセか?」
「あぁ、そうだ。
詳しいことは分からないが、この目覚まし時計は新しく発明された魔導具らしいんだ。
遠征に出る前に彼女からプレゼントされてな」
からかい勝ちに聞いてきた同僚騎士にロベルトは少し照れながら経緯を話した。
「おい、ロベルト。
フィアンセの声なんか聞いたらホームシックになって帰りたくなるんじゃないか?」
「そんなに馬鹿するなよ。
こうして彼女の声を聞くと絶対に生きて王都に戻るんだという気持ちになれるんだよ」
魔獣討伐は死と隣り合わせの危険な任務である。
ロベルトは油断をして命を落とした仲間を数多く見てきたのである。
それ故にグレイスの声を聞いて気を引き締めることができる目覚まし時計は有難い存在なのである。
「なるほどな、王都に帰ったら俺も目覚まし時計に声を録音してもらおうかな」
「それがいい、奥方に頼んで録音してもらえ。
それから、お前の声を録音した目覚まし時計を奥方に渡せば必ず喜ばれるはずだ」
ロベルトが照れもせずに自分のしたことを同僚に勧めている。
「はははは、ロベルト。
いいか結婚の先輩としてアドバイスしてやる。
もし、声を録音してもらうなら妻じゃなくて娘にした方がいいぞ」
若くして結婚した同僚には目に入れても痛くないほど可愛がっている娘がいることをロベルトは忘れていた。
「いいのかそんなことを言って、奥方の耳に入ったら大変だぞ」
「その時は目覚まし時計に"ゴメン、許しておくれ"と録音して渡すよ」
「「ははははは……」」
悪びれずに答えた同僚とロベルトは魔獣討伐の最前線基地とは思えないほどの大声で笑い合うのであった。ー
「恋人の声で起こされるなんて素敵ですよね」と、この話を聞いたリリアがうっとりとしていたことをユウイチは思い出した。
もし、リリアの声で起こされたらうっとりではなくスッキリだろうとユウイチは思う。
そしてユウイチは再び報告書の続きに目を通す。
"朝の弱い息子に主人が声を録音して贈っています"とか、"ペットの鳴き声を録音して朝から癒されています"とか、なんとなく今回は微笑ましい内容が多い。
「報告書を読む限りは大丈夫そうだな」
どうやら問題は起きていないらしいとユウイチは"ホッと"胸を撫で下ろした。
「心配事がなくなったので、これで私も安心して熟睡できそうです」
「もし熟睡して寝過ごしそうになっても目覚まし時計があるから大丈夫だな」
「ユウイチさん、私はなくても大丈夫ですよ」
ユウイチの"大丈夫"のお株を奪ってリリアは悪戯っぽく笑って工房へ歩いて行った。
そして、目覚まし時計の発売から一ヶ月が経ったある日のこと。
王立学院の学生寮の一室で、一人の学生が「この目覚まし時計で本当に起きられるかな」と呟いている。
彼はいつも次の日の朝に時間通りに起きれるか不安でぐっすりと眠れないのである。
そして、ぐっすりと眠れないから起きられない、それを毎日のように繰り返しているのである。
そんな彼に父親から入学祝いにと魔導具研究所の目覚まし時計が届いたのである。
彼は半信半疑ながらも自分の声を録音してみる。
「朝だ、起きろ!
何があっても起きろ!
眠たくても絶対に起きろ!」
そう録音してから目覚まし時計のアラームをセットして眠りに就いた。
その夜、目覚まし時計の効果が早くも現れた。
目覚まし時計が起こしてくれる安心感が、彼の不安を打ち消してくれたのである。
そんな彼は布団の中でウトウトし始め、このままなら眠りにつくのも時間の問題となった頃に異変は起こったのである。
「あのー、明日の朝に時間通りに起こせるか心配なんですけど……」
誰かの声で彼は微睡みから目覚める。
だが、学生寮は一人部屋である。
たから、夢でも見ていたのだろと思い彼は再び眠りに就いた。
「あのー、どうも無理そうなんですけど……」
「先に謝って起きますね。
ごめんなさい……」
彼は"ハッ"として起き上がり声のする方を見る。
どうやら、これは夢ではなく目覚まし時計が喋っているようなのである。
困惑する彼に目覚まし時計が静かに語りかける。
「明日の朝に時間通り起こせるように、もう一つ目覚まし時計を用意して下さい」……と。
ひょっとしたら彼の弱気が録音した声を伝って目覚まし時計に伝染したのかもしれない。
斯くして、"朝の弱い目覚まし時計"の噂は学生寮の七不思議として長く語り継がれることになるのであった。




