【第九話】反省会
私は魔導具研究所で助手として働いているリリア=アレミロードと申します。
こう見えても歴とした貴族家の娘です。
でも、貴族家と言っても王家の直臣ではなくて陪臣なんですけどね。
取り敢えず、私の話しはこれぐらいにしておきます。
もっと聞きたいと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、お母様が"女は謎が多い方が良い"と仰っていましたからね。
それでは、話を本題に戻します。
ある朝、私が研究所に出勤すると所長のユウイチさんが魔導具の設計図とにらめっこしていました。
開発予定だった"補正機能付き鏡"は後回しになったので、恐らく別の魔導具に取り組んでいるのでしょう。
「リリア君、このままではいけないと思うんだよ」とユウイチさんが言ったのが昨日の朝のことでした。
一体、何事だろうと思い私は作業を止めてユウイチさんの言葉に耳を傾けました。
すると、ユウイチさんは「開発予定を変更して反省会をしようではないか!」と言ったのです。
私はお茶会にはよく招かれますが、反省会と言う集まりに参加したことがありませんので、ユウイチさんにどんな準備が必要なのか聞きました。
ユウイチさんが言うには反省会とは過去に販売した魔導具の問題点を洗い出して今後の発明に活かすための集まりだそうで、お茶やお菓子は必要がないみたいです。
「リリア君も自分なりに分析をしてみて欲しい」と、ユウイチさんから問題点を洗い出す課題を与えらました。
でも、私が知っている情報はユウイチさんも既に知っています。
これですと、ユウイチさんが私に意見を求めた意味がなくなってしまいます。
私達が知らない情報を持っている人に話を聞こうと考えた結果、私は商業ギルドのリーネさんを尋ねることにしました。
リーネさんは商業ギルドで魔導具研究所の魔導具の販売を担当されている方です。
そのため購入者からのクレームや相談の窓口として様々な人の声を聞いているはずです。
そのリーネさんの見解を聞かない手はないと私は考えたのです。
私が事情を説明するとリーネさんは忙しい業務の手を止めて、「問題は"魔導具の人格化"と"購入者の暴走"だ」と教えてくれました。
恐らく、リーネさんは常日頃から、顧客情報を集めて色々な角度から分析しているのだと思います。
でも、「それ以上の事は研究所でしか分からないから自分で調べてみなさい」とリーネさんに言われました。
本当はもう少しお話を聞きたかったのですが、その時のリーネさんの目に微かな怒りを感じて怖かったので、それ以上は聞けませんでした。
ですが、帰り際にリーネさんから一枚の紙を渡されました。
そこには、とても有力な情報が書かれていました。
いえ、"有力"と言うよりも"機密"に近いかもしれません。
私は紙を失くさないように、鞄を抱えて研究所に戻リました。
そして、リーネさんから受けた指摘を元に過去の魔導具について自分なりに検証してみることにしました。
先ず、"購入者の暴走"が見られた【マッサージ機】【入浴剤】【自動歯ブラシ】の三つの魔導具の検証から始めました。
この内、マッサージ機は癒しの力に負けた購入者が更なる癒しを求めて自らを過重労働に追い込む"ワーカホリック"を生み出して本末転倒な結果になってしました。
マッサージ機の癒しの力が絶大過ぎて、危うく世界に新たな神が誕生するところでした。
しかし、これは魔導具研究所にとって不可抗力の出来事だと言ってもいいと私は思います。
次に入浴剤と自動歯ブラシは複数の模倣品業者が市場に参入したために販売競争が起きてしまったことが原因だと思います。
どの業者も購入者の嗜好に合わせようとして新商品を乱発しました。
恐らく、これが購入者の暴走に拍車をかけてしまったのではないかと私は思います。
特に入浴剤に関しては"絶対に開けてはならない扉を開けてしまった"とユウイチさんに言わしめた臭いフェチ文化を生み出してしました。
今まで聞いた事がなかった"臭いフェチ"なる言葉は王都で密かな流行語となったのは記憶に新しいところです。
但し、研究所は臭いフェチを生み出す様な不毛な販売競争には加わらずに静観していたので特に反省すべき点はなかったと思います。
これで分かったのは、新しい発明品に対する模倣品業者や購入者の暴走を予測するのはとても難しいと言うことです。
ですから、次に人格化が見られた魔導具の検証を行いたいと思います。
対象となるのは【掃除機】【自動ドア】【シュレッダー】【冷蔵庫】【目覚まし時計】の五つの魔導具ですが、掃除機の場合は動力源のスライムがゴミの味を覚えてしまったのが原因だったことがクレーム内容から既に分かっています。
そもそも動力源に生物であるスライムを選んだ事が間違いだったと私は思っています。
何故、発売前に指摘できなかったのかと今でも悔やむ毎日です。
まぁ、私が指摘したところでユウイチさんは「大丈夫だ」の一言で片付けていたと思いますけどね。
ですが、これで検証すべき魔導具は四つになりました。
本当はクレームや事件の発端になった魔導具を引き取って原因を調査するのが手っ取り早いのですが、冷蔵庫は王城からストップがかかってしまいました。
それと、自動ドアの設置されているルガーノの店主には"貴族相手の事件を蒸し返す事になりかねない"と断られ、シュレッダーはローザンヌさんに"グレイス様の嫁ぎ先で家宝にする物なので"とやんわりと断られました。
最後に目覚まし時計ですが、王立学院の学生と言うことはわかったのですが、未成年と言うことを理由に接触を断られてしまいました。
これでは四面楚歌の八方塞がりで孤立無援状態です。
そこで私はリーネさんから得た公表するのも憚られる機密情報を基に冷蔵庫の検証をする事にしました。
ある日を境に王城の厨房にある冷蔵庫は魔力登録者以外は開けられなくなりました。
これは、研究所が王城の厨房からの要請に応えた結果なので間違いはありません。
では、どうして登録者以外は扉を開けられないようにしたのでしょうか?
その理由はリーネさんが渡してくれた機密情報にヒントがあります。
その機密情報とは、スイーツ制限を科されたスイーツ好きの陛下が夜な夜な盗み食いをしていたが冷蔵庫に撃退されたと言う噂話です。
恐らく、陛下の盗み食いを阻止する手段として、登録者以外は冷蔵庫を開けられなくしたのでしょう。
そして、王城としてはスイーツを盗み食いする陛下では決まりが悪いので、冷蔵庫が人格を持った話をでっち上げて陛下を被害者にした噂を流したのだと私は睨んでいます。
何故なら、夜中の厨房の冷蔵庫と陛下が重なるシチュエーションは盗み食いしか考えられないからです。
飽くまで仮説の域を出ませんが、大きく外れてはいないと私は思います。
これで残る検証対象の魔導具は三つなりました。
その三つの検証に入るその前に、大前提として私は今まで魔導具が人格を持ったという話を聞いたことがありませんでした。
図書館で魔導具関連の本を漁っても、恐らく何処にも記載されていないと思います。
では、どうして研究所の魔導具だけ人格化が立て続けに起こったのでしょう?
答えはユウイチさんが作った魔導具だからと言うことになります。
そこで私は過去に作られた多くの魔導具に使われていないが、ユウイチさんの作った残り三つの魔導具に共通して使用されている物を探す事にしました。
数日かけて図書館に通い多くの魔導具関連の資料を調べた結果、私は一つの結論に達したのです。
その結論とは、怪しいのはユウイチさんが創造した魔法陣だと言うことです。
先ず、自動ドアには魔力に反応する魔法陣と音声機能の魔法陣が使われています。
更にシュレッダーには状態固定の魔法陣が使われていて、目覚まし時計には録音機能の魔法陣が使われています。
この三つはユウイチさんが創造した魔法陣で間違いありません。
普通の人は既存の魔法陣をペンで紙に書いたり布に刺繍したりしますが、ユウイチさんは固有スキルを使って創造した魔法陣を、そのまま魔導具に付与しているらしのです。
この辺りに真実が隠されていそうな気がしますが、そこから先は固有スキルを持っていない私には検証できません。
ですから、私はここまでの検証結果をレポートとにしてユウイチさんに提出しました。
頑張った甲斐があったのでしょう、「リリア君、良くできたレポートだったよ」とユウイチさんに褒めてもらえました。
私が課題を提出して数日が過ぎたある日の朝。
ユウイチさんが新たな魔導具と共に私を待っていました。
これは、ユウイチさん自身で分析した結果に私が提出したレポートの内容を加味して発明した魔導具のようです。
私のレポートが非常に役に立ったと改めて感謝されました。
そんなユウイチさんが新しく発明したのは"魔導具発明機"と言う名の魔導具でした。
ネーミングからしてトラブルの匂いが"プンプン"してきますが、その場では敢えてツッコミを入れることは控えておきました。
これは騎士の情けというやつです。
ユウイチさんに依ると魔導具発明機は発明したい魔導具のデータを用紙に書いて挿入すると、そのデータを解析して最適な魔導具の設計図を作成してくるらしいのです。
もし本当なら前代未聞の発明と言うことになります。
私に説明を終えたユウイチさんは「今、俺に必要な魔導具」と題して様々なデータを書き込んだ用紙を魔導具発明機に挿入しました。
"ウォンウォン"と音を立てて猛烈な勢いで解析を始めた魔導具発明機に私は期待せずにいられなくなりました。
しかし数分後に私の期待は大きく裏切られました。
何故なら、魔導具発明機が作成した新たな魔導具の設計図には「新・魔導具発明機」と書かれていたからです。
魔導具発明機は今のユウイチさんには新たな魔導具発明機が必要だと判断したようです。
ユウイチさんは「これは、何かの間違いだ」と頭を抱えていましたが、私はピンと来ました。
もし、新・魔導具発明機を設計図通りに作ってデータを挿入すれば、恐らく新々・魔導具発明機の設計図が出てくることでしょう。
私はユウイチさんに「私がレポート作成に費やした時間は無駄だったと言うことですね?」と率直に聞いてみました。
すると、ユウイチさんは「リリア君、この世の中に無駄な物は一つもないんだよ。今は無駄だと思えてもいつか役に立つ時がくるものだよ」と悪びれることなく答えました。
そして、魔導具発明機を物置部屋に突っ込むと何事もなかったように「よし、補正機能付き鏡の研究開発を再開しよう」と言いました。
その後、魔導具発明機が物置部屋から出ることは二度とありませんでした。
今回、私は新たな魔導具の発明は難しいものだと思いしらされました。
後日談。
私の名はリーネ。
なんの因果か知らないけれど私は魔導具研究所の魔導具の販売を担当されられている。
今日、その魔導具研究所で助手を務めるリリア様が過去の魔導具の問題点を聞きに来たわ。
研究所の魔導具のクレーム対応に追われる毎日を送っている私に意見を聞きに来るとは、はなかなの度胸ね。
でも、これで少しでもクレームが減ればと思い協力してあげたわ。
それで思い出したのだけれど、あの研究所は初めての魔導具からやってくれたわ。
今思うと、あの掃除機の一件で疫病神が私に取り憑いたのかもしれない。
それから、魔導具が貴族や国王を撃退した話を聞いた時には、常に退職届けを引出しに入れていたわ。
特に国王の時は国外逃亡も考えたほどよ。
その後もマッサージ機や入浴剤で、王都の民がおかしなことになってしまったのよね。
でも、最も私を困惑させたのがシュレッダーのクレームね。
「シュレッダーに手紙を入れたら、細かくなってしまったんですけど?」と貴族のご令嬢に言われた時には言葉を失ったわ。
細かくならないならクレームとして成立するのだけれど、細かくなって文句を言われてもね。
きっと、あの舞台の影響が大き過ぎたせいね。
リリア様に依ると、研究所では新しい魔導具を開発している様ですし、私の平穏な日々は暫く帰って来そうにないわね。
私の名はリーネ。
ところで、お母様があんなにもシュレッダー付きゴミ箱を欲しがったのは何故なのかしら……




