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【第四話】魔導冷蔵庫

 前回のシュレッダー付きゴミ箱でユウイチは念願のゼロクレームを達成した。


 しかも、売れに売れて工房は嬉しい悲鳴を上げていた。


 人は一度でも成功すると成功癖が付くものである。


 ユウイチは成功の勢いに乗じて、予てより考えていた大型の魔導具に挑戦することにしたのである。



「ユウイチさん、今度はクローゼットに自我を持たせるつもりですか?」


 ユウイチが弄くっている背丈ほどもある扉付きの大きな箱を見てリリアが茶化すように尋ねた。


「クローゼットか……

 まぁ、見間違うも仕方がないな。

 だが、これはクローゼットではないのだよ、リリア君」


 今までの発明にはこちらの世界に基になる概念の様なものがあったのが、今回の発明に対するは概念はこちらの世界には存在していないはずである。


 だから、リリアが見当外れの事を言うのも当然のことである。


「ユウイチさん、勿体ぶらないで答えを教えて下さいよ」


 リリアは気持ちが良いほどの潔さで白旗を上げた。


 もし、前世の戦国時代の日本であれば、名のある武将に成れたかもしれないほどの潔さである。


「リリア君、開けてみると自ずと答えが見えてくるかもしれないぞ」


 今回、ユウイチは言葉で説明するのではなくリリアに体験してもらうプレゼン方法で挑むようである。


「是非、その扉を開けてみたいです」


 相変わらず勿体ぶっているユウイチの横をすり抜けてリリアが取っ手に手をかけた。


「ユウイチさん、念のため確認しておきますが、開けるとスライムが飛び出してきたりしませんよね?」


 びっくり箱を警戒するリリアの問い掛けにユウイチは静かに頷いた。


 そして、"臆病風に吹かれていては、名のある武将には成れないぞ"と心の中で呟く。

 

 「えっ、冷たい風……」


 ユウイチが余計な事を考えている間に勢いよく取っ手を引いたリリアは臆病風ではなく冷たい風に吹かれたのである。


 この冷気はユウイチが氷魔法と風魔法を組合せて作った魔導冷蔵庫から出てきた冷気である。


「そうだ、これが中に入れた物を冷やしてくれる魔導冷蔵庫というものだよ」


 ドヤ顔のユウイチには見向きもせずにリリアがキョロキョロと魔導冷蔵庫の中を覗き込んでいる。


 それを見てユウイチは暑い夏の日に同じような事をして母に叱られた子供の頃を思い出した。


「リリア君、そこは人が入る場所ではないぞ」


「あははは……

嫌だなユウイチさん、さすがに分かっていますよ」


 これは、子供の頃の自分を基準にしたユウイチの完全な勇み足である。


 いや、しっかり注意しておかなければ、リリアなら本当に中に入って閉じ込められるかもしれないのである。


「ここには食品や飲み物を入れて冷やしておくんだよ。

そうすれば食品が長持ちするし、冷えた飲み物が飲めるようになるぞ」


「あっ、私は冷たいワインが飲みたいです」


 リリアが素直に己の欲望を口に出したが、こちらの世界のワインは超が付く贅沢品である。


 貴族なら未だしも庶民のユウイチではとてもじゃないが手が出せない代物である。


「リリア君、叶わぬ夢は見ないに限る。

 現実的にトマトはどうかな?」


 ユウイチは魔導冷蔵庫の性能テストの為に入れておいたトマトを取り出してリリアに渡した。


 リリアは受け取った冷たいトマトに何の抵抗も見せずに"ガブッ"とかぶりついた。


 それを見たユウイチは"毒味役も介さず口にする胆力は、名のある武将に成れる器だな"と心の中で呟いた。


「美味しですね。

 こんなに冷えたトマトを食べたのは初めてです」


「そうだろう。

 冷やすと美味しくなる食品は他にもたくさんあるんだよ」


 そう言いながらユウイチはトマトを頬張る手が止まらない様子のリリアを微笑ましく見ている。


「それで、規制局の許可は降りたんですか?」


「許可は問題なく降りたよ。

 だから、既に商業ギルドが乗り気になっているんだ」


 ユウイチは右手の親指を立てリリアに向かって突き出す。


「じぁ、今回もビックウェーブが来るんですね?」


「あぁ、断言してもいい。 

 波は必ず来る!」


「ユウイチさん、特別報酬の方は? ……」


「リリア君、期待してくれてもいいぞ!」


 それを聞いたリリアは残りのトマトを頬張って微笑んだ。


 リリアの表情を見て、どうやら今回のプレゼンは無事に成功したようだとユウイチは安堵したのであった。



 魔導冷蔵庫の発売から二週間が経ったある日のこと。


「ユウイチさーん、報告書でーす」


 いつものように報告書を持ってきたリリアの表情が明るい。


 まぁ、リリアが明るいのはいつもの事なので、ユウイチは"いつも以上に明るい"と心の中で訂正した。


 このリリアの表情はユウイチにとって報告書の内容のバロメーターでもある。


 リリアの表情から推察すると、やはり今回もビックウェーブが来ているのは間違いないようである。


「あの、一つ質問があるんですが……

 冷蔵庫のおかげで食品ロスが減ったと書いてあったのですがどういう事なんですか?」


「そうか、リリア君には未だ魔導冷蔵庫に付けた機能を説明していなかったな」


 リリアに肝心な事を伝え忘れたのは、その時に食べた冷めたいトマトの美味しさのせいにしておく。


「実は、この魔導冷蔵庫には食品管理機能が付いているんだよ」


「ユウイチさん、その食品何とか機能って何ですか?」


 初めて聞く言葉に"?マーク"が頭の中に浮かんでいそうなリリアが間髪を容れずにユウイチに質問した。


「簡単に言うと魔導冷蔵庫に食品の魔力を記憶する機能を付けたんだよ」


 ユウイチは事務所に設置した魔導冷蔵庫の扉の出っ張った部分を指差した。


 これは食品を入れる時と取り出す時にタッチすれば出入りを記録して中に残っている在庫を教えてくれる装置で、料理する人が献立を考えるのに一役買ってくれる頼もしい味方である。


「ユウイチさん、まさか魔導冷蔵庫が自我を持ちそうな魔方陣は使っていませんよね」


 この時にユウイチは悪寒がしたのだが、それは魔導冷蔵庫から出た冷気ではなくリリアが放つ冷たい空気である。


「だ、大丈夫だ、リリア君。

 今回は自我を持ったりしないはずだから……」


「ユウイチさん、これに音声機能の魔方陣は付いていますか?」


「付けたけど……」


 近頃、魔導具研究所は"自我を持つ魔導具を発明する研究所"と言われているようである。


 その一番の原因だと目されているユウイチが創造した魔方陣が使われたことに不安を覚えたリリアは危険ワードを並べて問い詰めていく。


 弱点を見逃さずに的確に攻めてくるリリアに、"やはり、名のある武将になれる器だな"とユウイチは強く思った。


「リリア君、心配には及ばないぞ。

 今回の魔方陣は過去の魔方陣を教訓として改善してあるんだよ」


 そう、技術者たる者は改善を重ねてなんぼである。


 前世では"改善"が"カイゼン"になり国境を超えて定着した事実がある。


 今度は異世界の壁を超えて定着することだろうとユウイチは考えている。


「うーん、ユウイチさんにそう言われても不安しかありませんけどね」


 リリアはユウイチの自信を"バッサリ"とぶった斬った。


 名のある武将候補のリリア、恐るべしである。



 魔導冷蔵庫の発売から一ヶ月が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、良かったですね。

 今回もクレームはなかったみたいですよ」


 足取りも軽く事務所に入って来たリリアがユウイチに経過報告書を手渡した。


「そうだろう、そうだろう。

 努力は人を裏切らないんだよ」


 リリアは口から出かかった「たまたまでしょう」の一言を飲み込んで報告書と共に一枚の紙をユウイチに渡した。


「ん、これは王城の厨房からの要請書かぁー……」


 ユウイチが目を通した要請書には"大至急、個人の魔力を識別するセンサーを魔導冷蔵庫の取っ手に取り付けて欲しい"と書いてあったのである。


「王城からのクレームでなくて良かったですね、ユウイチさん」


 からかい勝ちな言葉を残してリリアは工房へ向かって歩いて行ったのであった。



 時は少し戻って魔導具研究所に要請を出す前の王城。


「陛下の御体を考えての事です。

 どうかご理解下さい」


 晩餐が終わろうとした頃に国王であるアルベルト五世から呼び出された料理長が頭を下げている。


「晩餐後のスイーツは余にとって、一日の中で究極のクライマックスであるぞ」


 なんとも大袈裟な言い方ではあるが、大の甘党である国王はスイーツに目がないのである。


 謁見で笑顔を絶やさず、机に向かっては大量の書類と毎日にらめっこをしているは全てスイーツの為だと言っても過言はないほどである。


 前世のとある王妃は"パンがなければケーキを食べればいい"と言ったらしいが、この国王は"スイーツがなければ働かないぞ"と言って憚らない。


「もうよい、下がれ」


 国王に出すスイーツを制限したのは侍従長であり、料理長に文句を言うのはただの八つ当たりである。


 その事は国王も重々承知しているのだが、誰かに愚痴を言わなければ溜飲は下げらないのである。


「まぁ、良い。

 こうなれば奥の手を使うまでだ」


 国王はニヤリと笑って晩餐を終えた。


 深夜、部屋付きの護衛以外が寝静まった頃に国王は慎重かつ速やかにベッドを抜け出した。


 向かった先は己の寝室の最奥である。


 ここには魔力を登録した国王しか通れない自動ドアが設置してある。


「まさか、ここを使うとは誰も思うまい」


 国王は一人でニヤニヤしながら開いた自動ドアを通り抜ける。


 その先の通路は緊急時の秘密の抜け道になっている。


 その抜け道は厨房に繋がっており、更に厨房から城外に出られるようになっている。


 城外に出た後も抜け道は続くが安全上の機密事項なのでこれ以上は触れないでおく。


「ふふふ、誰もおらぬな」


 国王はまんまと真っ暗な厨房に忍び込むことに成功した。


 抜き足差し足忍び足、国王は辺りを警戒しながらも確実にターゲットとの距離を詰めていく。


 もしも庶民に生まれていれば名うての暗殺者になれたかもしれないほどの身のこなし方である。


「ふふふ、あったあった」


 己の背丈ほどあるターゲットを国王は遂に視界に捕えた。


 "スイーツがなければ盗み食いをすればよい"と心の中で呟いたが、勝利が確定する前に気を抜くようなヘマは犯さない。


 取っ手に手を掛けて、音を立てない様にゆっくりと引いた。


 "おぉー、我は遂に宝を発見せり!"と暗殺者からトレジャーハンターに早変わりした国王が心の中で勝鬨を上げた。



 翌朝、王妃城の厨房から"あーでもないこーでもないと"と言い争う声が聞こえてくる。


 原因は消費期限切れのため廃棄するはずであったスイーツが魔導冷蔵庫から無くなっていたからである。


 "自我をもったスイーツが歩いて出ていった"などと、何処かの研究所の魔導具みたいな事を言い出す者もいるが、疑いの目は一人に向けられている。


「お前が最後まで残っていたよな?」


「ああ、だけど帰る前に確かめた時にはスイーツはあったんだよ!」


「あったスイーツをお前が食ったんだろ?」


「馬鹿なことを言うな、俺は無実だ!

真犯人は別にいるはずだ!」


 真っ先に盗み食いを疑われた食材管理担当者が吐き捨てるように言った。


 見かねた料理長が魔導冷蔵庫を開けられる人間を限定できないものかと研究所に要請を出したのであった。



 話しは王城からの要請に魔導具研究所が応えて改良された魔導冷蔵庫が納品された日に進む。


 深夜に再び国王が厨房の魔導冷蔵庫の前に立っている。


 いつものように取っ手を静かに引いた瞬間、手に"ビリッ"と電気が走った。


 それは初心者の雷魔法ほどの威力だが国王を怯ませるには十分な効果があったようである。


「くっ、この国の王を拒絶するとは生意気なやつよ」


 国王は再び取っ手に手を掛けたが、再び"ビリッと"する。


 これを何度か繰り返した結果、遂に国王は魔導冷蔵庫を開けるのを諦めたのである。


「今日の所はこのぐらいにしてやろう」


 前世の新喜劇のような捨て台詞を吐き国王は厨房を後にした。


 しかし国王は諦めず毎晩のように厨房に忍び込み魔導冷蔵庫に挑んだのである。


 この戦いは数ヶ月ほど続いたが遂に国王が冷蔵庫に勝利することはなかったのである。


 そんなある日の諸侯会議の帰り道に国王との謁見を終えた貴族が口を揃えて言う。


「陛下はスッキリとお痩せにならておられましたわね」


「お痩せになってから威厳が増しましたわ」


 これは国王が深夜に抜け道の往復と魔導冷蔵庫との戦いが良い運動になって、図らずもダイエットに成功した結果なのである。


 そして、国王のダイエットが成功したのは魔導冷蔵庫の食品管理機能の賜物だと言う噂が瞬く間に王都中に広まったのである。


 女性がダイエット情報に目敏いのは、こちらの世界でも同じである。


 斯くして魔導冷蔵庫は空前の売れ行きを示したのであった。

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