【第三話】シュレッダー付きゴミ箱
魔法のお陰で科学が発達していないこちらの世界と前世の技術は相性が悪いのではないだろうかとユウイチは仮説を立てた。
何故なら便利であるはずの掃除機と自動ドアは、こちらの世界では上手く機能してくれなかったのが何よりの証拠であると思ったからである。
しかし、ユウイチはこれに懲りずに新たな魔導具を発明したようである。
はてさて、今回はどんな結末になるのやら……
「ユウイチさん、魔導具に餌でもあげているんですか?」
研究所に出社してきたリリアが真剣な面持ちで箱に紙を投入しているユウイチを茶化す様に聞いた。
「おはよう、リリア君。
今、こいつのテストをしているんだよ」
先ほどまで聞こえていた"ザァー"と言う音が止まるのを待って、ユウイチは引き出しを開けて細切れになった紙屑を取り出してリリアに見せた。
「へぇー、先ほど入れた紙がバラバラになってますね。
でも、これに何の意味があるんですか?」
こちらの世界を代表している自覚はないだろうが、リリアは"私には理解できません"オーラを全面に出して質問した。
ユウイチは今回もリリアに対する社内プレゼンを始めることになった。
「誰しも他人に知られたくない情報の一つくらいはあるだろう。
それを記した紙を置いておけば盗まれて悪用される可能性もある。
だから必要がなくなった紙はこうやって細かく裁断すれば情報が漏れることがないと言うわけだ」
いわゆる個人情報の保護と管理である。
前世の日本でもかなり煩く言われるようになったことを思い出したユウイチはシュレッダーを魔導具にすることを思い付いたのである。
「でも、幾ら細かくしても"復元の魔法"を使われたら何の意味もないですよ」
リリアの切れ味の鋭いツッコミと言う言葉の刃がユウイチの胸に"グサッ"と突き刺さった。
前世の日本にはなかった魔法の存在が個人情報の管理に大きな壁となって立ちはだかっている。
しかし、ユウイチは慌てずにリリアが納得できるようにプレゼンを続ける。
「その対策はばっちりしてある。
裁断された紙に"状態固定の魔法"が付与されるようになっているんだよ」
"郷に入っては郷に従え"の言葉通りに魔法には魔法で対抗したのである。
ユウイチがリリアに魔法陣を見せながら魔法の効果など説明をしているが、読者の皆さんにはどういう仕組みかなどの細かい説明は伏せさせて頂く。
何故なら、これは企業秘密という情報の保護と管理を徹底した結果だからである。
「魔法が付与されると言うことは規制局が絡みますが大丈夫でしょうか?」
「リリア君、……恐らく大丈夫だと思う」
聞くところに依ると掃除機と自動ドアで二回もやらかしているので、規制局の目が厳しくなっているらしい。
その事があってか、ユウイチはリリアからそっと目を反らした。
「ユウイチさん、ちゃんと私の目を見て言って下さいよ。
自信満々で売り出した魔導具でもクレームの山だったのに自信がなかったらクレーム確定ですよ」
再びリリアの切れ味鋭い言葉の刃がユウイチの胸を"グサッ"と抉る。
だが、ここでリリアを納得されられなければ二の舞ならぬ三の舞になってしまうかもしれないのである。
「理論は完璧なんだよな……」
「また、目を反らしましたね」
この日、三度の目の刃がユウイチの胸を"ズボッ"と貫いた。
一撃でも鋭い刃を三回も喰らったユウイチのHPは既に尽きかけている。
もし、私がレフェリーなら直ぐにドクターストップをかけていはずである。
「と、取り敢えず商業ギルドから販売してもらうから……」
「……そうですか。
今回は上手くいくと良いですね」
今回のプレゼンは成功とは言い難いのだが、武士の情けを見せたリリアはユウイチに留目を刺さすことなく工房に入っていったのであった。
シュレッダー付きゴミ箱の発売から二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさーん、おはよーございまーす」
猫なで声を出しながらリリアが事務所に入ってきた。
「お、おはよう、リリア君」
ユウイチは挨拶を返しながらも何やら不穏な空気を感じ取っている。
「商業ギルドからの経過報告書ですよ」
「おっ、おー……」
その言葉を聞いたユウイチは防御本能が発動したらしく素早く身構えてしまった。
まるで前世で有名だったブザーが鳴ると涎を垂らしてしまう"パブロフの犬"のようである。
「そ、そうか、報告が来たか……」
"経過報告書"は、ユウイチにとってこちらの世界における聞きたくない言葉のトップスリーに確実に入る言葉である。
ユウイチは"大丈夫だ"と自分に言い聞かせながら恐る恐る報告書に目を通した。
読み進めるうちにいつもと違う文章がユウイチの目に飛び込んできて気持ちが軽くなってくる。
「ユウイチさん、おめでとうございます。
今回のクレームはゼロでしたね」
「ありがとう、リリア君。
正直、ホッとしたよ」
報告書に目を通し終えたユウイチをリリアがニッコリと微笑んで褒め称えている。
「でも、これで安心しても良いんでしょうか?」
ユウイチに飴を与えた後にリリアは直ぐ様、鞭を振るった。
ユウイチに対するリリアの"飴と鞭"の使い方が絶妙である。
「リリア君、理論は完璧だと言っただろう。
これは当然の結果なんだよ」
「はぁ、当然の結果ですか?」
自信を取り戻して急にドヤ顔になったユウイチにリリアは一抹の不安を感じて苦笑いをする。
そう、何事も油断は禁物なのである。
油断をすれば直ぐに鋭い刃に己の身を抉られるのである。
「大丈夫だリリア君、波は来ている。
乗るぞ、このビックウェーブにな!」
手にした報告書を丸めて"バンバン"と机を叩きながら興奮気味にユウイチが叫んでいる。
「これでフラグが立ったかもしれませんね……」
立ち上がって拳を握り締めるユウイチを横目にリリアは不吉な呟きを残して工房に向かって歩いて行ったのであった。
シュレッダー付きゴミ箱の発売から一ヶ月が経ったある日のこと。
「ユウイチさん商業ギルドからの報告書ですよ」
いくらビックウェーブに乗っていても、"報告書ですよ"の言葉に"ビクっ"としてしまう小心者のユウイチである。
だが、ビビッてばかりはいられないと、ユウイチは気を取り直してリリアから書類を受け取った。
すると、報告書とは別に封筒が一通混ざっていた。
「リリア君、この封筒は何だろう?」
「私は中身を確認していないので分かりませんが……」
未開封なのだから当然と言えば当然である。
これに気がつかないほど冷静さを失っている自分を落ち着かせるようにユウイチは"フウーと"大きく息を吐いた。
「一体、誰からの手紙なんでしょうね。
差出人の名前もありませんし、もしかしたら手紙で直接クレームを……」
「ぐうっ」
かなり遅れてやってきた言葉の刃に治りかけた傷を抉られたユウイチから心の声が漏れる。
しかし、読んで見なければ何も始まらないと勇気を出してユウイチは手紙に目を通す。
「リリア君、これは感謝の手紙だそ!」
ユウイチは再び来たビックウェーブにすぐさま飛び乗った。
このフットワークの良さが技術者ユウイチの魅力の一つである。
「ユウイチさん、手紙には何て書いてあるんですか?」
興味津々と言った表情のリリアはユウイチから受け取った手紙に目を通した。
-拝啓、魔導研究所の皆様
私はシュレッダー付きゴミ箱を購入した者です。
先ずは魔導具研究所の皆様に感謝を申し上げます。
この度、手紙を出しましたのは私達の身に起きた不思議な体験を皆様にお知らせするためでございます。
私は一目惚れした騎士様に想いを届けようと手紙をしたためました。
しかし、踏ん切りが付かず書いてはシュレッダーにかけ、また書いてはシュレッダーにかける毎日を繰り返しておりました。
そんな日々に変化が起こったのは数日が経ったある日の朝のことです。
私はシュレッダーにかけたはずの手紙がテーブルの上に置いてあることに気がつきました。
その時は、確かにシュレッダーにかけたのに不思議な事があるものだなと思っただけでございました。
でも、次の日もまた次の日もシュレッダーにかけたはずの手紙は朝になるとテーブルの上に戻ってきました。
それどころか「自信を持って頑張れ」とか「勇気を出せば、きっと想いは届く」など、私の背中を押すような言葉が手紙に書き加えられるようになったのです。
そんなある夜のこと、私はしたためた手紙をシュレッダーにかけ忘れて眠ってしまいました。
朝、起きると不思議な事にテーブルの上に置いていた手紙が失くなっていました。
シュレッダーにかけると戻ってきますのに、シュレッダーにかけずに眠ると失くなっているなんて、私は不思議を通り越して恐怖を覚えました。
誰かに相談する訳にもいかずに悶々としておりますと、その日の午後に手紙を拾ったと親切に届けて下さった方がいらっしゃいました。
どうゆう訳かは分かりませんが、その方が歩いていると手紙がヒラヒラと風に乗って空から降ってきたそうです。
しかし、私はその方の顔を見てびっくりいたしました。
何故なら、私はその方に渡すために毎日手紙をしたためていたのですから……。
でも、これが縁になり私の想いは無事に届きました。
今ではあの手紙のことは魔女か精霊の悪戯だろうとお茶をしながら笑い合っております。
追伸、あのシュレッダー付きゴミ箱は家宝とすべくお嫁入り導具として持っていきます。
グーレース&ロベルトより ー
「へぇー、ユウイチさんて恋のキューピッドなんですね」と手紙を読み終えたリリアは心の中で呟いたのであった。
後日談。
"グレイスの奇跡"と呼ばれて舞台化までされ、王都中の女性をときめかせた話には裏がある。
現実を知ってがっかりしたくない人には、ここで読むのを止めることをと勧めしておく。
先ずシュレッダーにかけたはずの手紙が戻って来た件であるが、実はグレイスの買ったシュレッダー付きゴミ箱には"状態固定の魔法"ではなく"復元の魔法"が付与されていたのである。
恐らくは製作段階の手違いに依るものだと思うのだが、この件に関して真相は闇の中である。
次に手紙がテーブルの上に戻ってきた件であるが、これはグレイスと姉妹の様にして育った一歳上の専属の侍女であるローザンヌの仕業である。
彼女はシュレッダーの不具合のことを一言も告げづに復元された手紙を黙ってテーブルの上に置いていたのである。
これはグレイスの部屋を整える役目の専属の侍女であるローザンヌにしか出来ないことである。
察しの良い人は既に分かっていると思うが、応援メッセージを書いたのも主の想いを知ったローザンヌである。
ここまで来れば手紙が風に乗ってロベルトに届いたのも誰の仕業なのかお分かりであろう。
これが王都中の女性がときめいた、"グレイスの奇跡"の真実である。
恋のキューピッドはユウイチではなく、ローザンヌであったのだ。
余談になるが"グレイスの奇跡"の舞台化以降、シュレッダー付きゴミ箱は女性に飛ぶように売れたらしいのである。
ローザンヌは魔導具研究所にとっては商売繁盛の神様であったのだ。




