【第十七話】吸湿性発熱シャツ
今回は急に冬の話になってしまいました。
何故なら、思い付いた発明品が季節性の強い物だったからです。
ここで、この物語では時系列を無視して急に季節が変わることがあることを断っておきます。
誠に申し訳ないことです。(作者)
それでは、物語をお楽しみ下さい。
近頃、王都も朝晩の冷え込みが厳しくなる日が増えてきた。
バーガー・カテドラルでも冬の季節限定メニューの"コロコログラグラ・バーガー"の販売が始まっている。
断っておくが前世の某ナルドさんの人気メニューを丸パクりした商品ではない。
詳細は例によって企業秘密であるが、"名は体を表す"の通りの見た目で王都の民をほっこりとさせるのに一役かっていることは間違いない。
そんな冬のある日、研究所ではユウイチがリリアに新たな発明品のプレゼンを開始した様である。
「リリア君、この寒い冬を乗り切る強力なアイテムである"吸湿性発熱シャツ"が完成したぞ」
「遂に完成したんですね……
この日が来るのをどんなに待ち望んだことか……」
ユウイチは前世の冬の強い味方であるヒート○○○を参考にこちらの世界の素材で同じような効果を持つ肌着を作ってみた。
ユウイチから手渡された吸湿性発熱シャツにリリアは感極まっている。
リリアの話によると、こちらの世界でも冷え性の女性は多いようで、きっと冬の強い味方となってくれこることであろうとユウイチは思っている。
「ユウイチさん、本当に着ているだけでいいんですよね」
「あぁ、そうだ。
魔法は付与していないが、発熱する機能があるから着ているだけでいいぞ」
"信じる者は藁をもすがる"と言う訳ではないがユウイチの返事もそこそこにリリアは更衣室に駆け込んで行った。
リリアが戻ってくるまで手持ち無沙汰のユウイチは事務所の暖房を切って室温を少し下げておく。
その時にユウイチは、吸湿性発熱シャツが身体にぴったりフィットするように伸縮性が付与されているとリリアに説明し忘れたことを思い出した。
まさかとは思うがリリアがシャツのままで出てきたりはしないだろうかとユウイチは少し不安になってきたのだ。
普通の人なら"まさか"であるがリリアには、その"まさか"がないとは言い切れないのである。
ユウイチは少しだけ期待する下心と不安な親心の間を揺れ動きながらリリアが戻ってくるのを待っている。
「ユウイチさん、凄く暖かいです」
暫く経ってから着替えを終えたリリアが更衣室からひょっこりと顔を出した。
「お、おう……、そうか。
…… そのなんだリリア君、上着を着てもゴワゴワしたりしないか?」
顔だけを出したリリアを見て、ユウイチは妄想した"まさか"が的中したと思い動揺を隠せない様子である。
「大丈夫ですよ、上着を着てもバッチリですね」
「それは良かった。
着心地も大切な要素の一つだからな」
上着を着て更衣室から出てきたリリアを見たユウイチは、"ホッ"としたような"がっかり"したような複雑な感情である。
「ユウイチさん、これがあればお日様の出ている今の時間帯なら外套なしでもいいぐらいですよ」
「女性からの良い意見を聞けば、吸湿性発熱シャツの成功の予感がしてくるよ」
果たしてリリア一人を女性の代表としていいのかどうかの議論はこの際置いておこう。
「でも、この吸湿性発熱シャツは魔法を使っていないのにどうして暖かくなるんですか?」
前世でも初めは半信半疑だったのだから、リリアがそう思うのも当然である。
「実は使っている繊維が身体から出る水蒸気や汗を熱に変換してくれるんだよ」
「へぇー、何か特別な繊維を使ってるんですか?」
リリアが上着の胸元を"グイッ"と引っ張って覗き込んでいる。
それを見たユウイチは、やはりリリア一人を女性の代表とするのは間違っているのではないかと思う。
「そんなに特別な繊維は使っていないぞ。
重要なのは繊維の組み合わせと編み方だな」
使用しているのはスパイダー系魔獣の糸とキャタピラー系魔獣の糸など数種類である。
断っておくが編み方等の詳細は企業秘密である。
そして、吸湿性発熱シャツ専用の編み機の魔導具を工房で使用する三台だけを造ってある。
だから、この吸湿性発熱シャツを模倣するハードルはかなり高くなっている。
いや、ハードルと言うよりも棒高跳びぐらいになっているかもしれない。
「値段もお手頃ですから、吸湿性発熱シャツが売れるの間違いなしですよ」
「是非ともそう願いたいものだな」
恐らく女性を代表しているリリアからのお墨付きをもらってプレゼンは成功した。
今回は魔法陣もスライムも使っていない商品なので、リリアによる危険ワードの確認はないだろうとユウイチはたかを括っていたが、リリアは何かに引っ掛かっている様である。
「ただ、商品名が堅い気がしますね……」
「うーん、機能が分かり易い方がいいと思ったんだがな。
他の商品名となると思い付くのは"ババシャツ"ぐらいかなぁ」
実は○○○テックや○○○ヒートなど、前世の商品名を丸パクりした様な候補は幾つかあったのだが、前世の関係各位に配慮してその候補達をユウイチは没にしていた。
「ユウイチさん、ババシャツなんて名前は駄目です!
絶対に駄目ですからね!」
前世の巣鴨でお年寄りの必需品であった機能重視の肌着を女子高生が"ババシャツ"と呼んで着用していたらしい。
だが、この"ババシャツ"案は説明をする以前の問題の様で、こちらの世界の女性代表のリリアから猛反対を喰らってしまった。
「じゃあ、やはり商品名は吸湿性発熱シャツだな。
どんな商品名になっても機能面は間違いないんだから自信を持って販売しよう」
「分かりました。
では、私はサンプルを持って商業ギルドへ打ち合わせに行ってきます」
そう言ってリリアは外套も着ずに元気よく研究所を飛び出して行った。
吸湿性発熱シャツは商業ギルドの女性スタッフからの圧倒的な支持を得て最速で発売されることになったのである。
吸湿性発熱シャツの発売から二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、予想通りの凄い売れ行きですよ!」
そう言いながら商業ギルドから届けられた報告書を手にしたリリアが事務所に駆け込んでくる。
「リリア君、ありがとう」
ユウイチがリリアから手渡された報告書に目を通すと、次の様な話が書いてあった。
これは王都にある屋台街での会話である。
「ちょっと奥さん、この肌着は着てるだけで暖かくて、この寒い時期に外にいても辛くないのよ」
「あら、最近噂になっている肌着を買われたんですの?」
隣り合う屋台の奥さん同士が客と亭主のいない時間に世間話をしている。
「私も半信半疑だったけど思い切って買っちゃったのよ。
それで実際に着てみたら暖かくてびっくりしましたわ」
「そうなんですの?
そんなに暖かいのなら私も買ってみようかしら」
例年通りに着膨れて仕事をしているもう一人の奥さんが購入に前向きになっている。
「ただね、男性用が販売されていないらしくて寒がりの主人に女性物の大きなサイズを着せていますのよ。
おほほほは……」
これは、ユウイチが女性をターゲットにしたために起きた、ちょっとした弊害である。
「ふふふ、さしずめペアルックと言ったところかしらね。
これでは、暖かいを通り越してお熱いと言ったところかしら」
「あら、これは一本取られてしまいましたわ」
報告書によると、このような暖かくてほのぼのとした遣り取りがいたる所で行われているようである。
最後まで報告書に目を通したユウイチは、好評な言葉が並んでいることに安堵した。
「"案ずるより産むが易し"だな。
結局、商品名など関係ないということだよ」
「確かにそうみたいですね。
でも、数は少ないですが模倣品が出回り始めているみたいですよ」
少し心配していたが、商魂逞しく模倣品業者が市場に参入してきているようである。
「恐らく機能面を完全に模倣するのは無理だろう。
だから、どんな相手でも絶対に負けない自信があるんだ」
「模倣品の価格帯を見ても無理して対抗する必要はありませね」
模倣品が出回るのはヒット商品の宿命であると諦めるが、機能面での優位性は揺らぐことはないだろうと、二人は静観することに決めた様である。
吸湿性発熱シャツの発売から二ヶ月後のある日のこと。
「奥様、こちらが今流行りの暖かさ抜群の肌着でございます」
とある貴族の夫人の部屋で御用商人が二つの商品を並べて説明を始めた。
「奥様、左側が私が自信を持ってお勧めする王都で話題の魔導具研究所の通称"ババシャツ"でこざいます。
これは暖かさと着心地が抜群の商品でございます」
「そう、ババシャツ……」
夫人はババシャツを一瞥してさっと表面を一撫でした。
「それから、右側が王都繊維組合の"エレガンス・ウォーム"と申しまし」
「エレガンス・ウォームで……」
未だ商人が商品説明の途中であるが、夫人は迷うことなく右側を指差して呟いた。
「あのぅ、奥様……
未だ説明の途中ですが……」
「コホン、エレガンス・ウォームで!」
夫人は先ほどよりも語気を強くして答えた。
これは、何も特別な話ではなく王都の貴族の屋敷のいたるところで見られる光景である。
どう言った訳か、ユウイチの"吸湿性発熱シャツ"はいつの間にか通称"ババシャツ"と呼ばれるようになっていた。
その通称"ババシャツ"はネーミングの差で"エレガンス・ウォーム"に勝つことが出来なかったのである。
吸湿性発熱シャツの発売から三ヶ月後のある日の研究所。
「通称"ババシャツ"と"エレガンス・ウォーム"の対決かぁ。
これは負けるべくして負けたな」
そう言ってユウイチは頭を掻きながら苦笑いをする。
実は魔導具研究所の吸湿性発熱シャツが通称ババシャツと呼ばれるようになった理由はリリアにあったのである。
商業ギルドとの打ち合わせの席で、商品名決定の経緯をうっかりリーネに話してしまっていたのだ。
こうしてリリア発の"ババシャツ"は商業ギルド経由でどんどんと広まっていった。
女性同士の情報の拡散スピードは凄まじく、あっと言う間に定着してしまったのである。
そして一度定着した通称を変えることはできなかった。
「ユウイチさん、すみません……」
「リリア君、こんなこともある。
気にすることはないさ」
落ち込むリリアをユウイチは精一杯励ます。
「でも繊維の在庫の山が……」
「そうか、それなら男性用でもつくるか。
商品名は"ダンディー・ウォーム"ならいいだろ」
「あの、ユウイチさん……
それ、もう発売されていますよ」
次回からはネーミングにも拘ろとユウイチは強く思ったのであった。
後日談。
ーリーネの販売計画ー
「リーネさん、新しい商品です」
「商品と言うことは、魔導具ではないようね」
吸湿性発熱シャツのサンプルを持ってリリアが商業ギルドを訪れている。
「はい。
これは特殊な編みかたをした、着るだけで暖かくなるシャツなんです」
「へぇー、魔法を使わずにそんなことができるの?」
魔法を使って暖かくする方法もあるが、それはこちらの世界では勿体ない使い方だと思われている。
「えっと、編み方は企業秘密です。
でも、サンプルを持って来たので、リーネさんも着てみませんか?」
「リリア様は既に着ているようね。
それで効果のほどはどれぐらいかしら?」
"リーネさんも"の言葉一つで、リリアが着用していることをリーネは悟る。
さすがに、商業ギルドでナンバーワンのキレ者と言われるだけのことはある。
「外套なしで、ここまで来れましたよ」
「それは、期待できそうね」
そう言ってリーネは受け取ったサンプルを持って更衣室に消えて行った。
「リリア様、これはいけそうね」
「やっぱり、そう思いますよね」
戻って来たリーネの第一声はリリアをホッさせた。
「それで、何て名前の商品なの?」
「これは吸湿性発熱シャツと言います。
所長は"ババシャツ"なんて言っていましたけど、私が猛反対したんです」
この時、リリアは言わなくてもよい話をリーネにしてしまったことに気付いていなかったのである。
「そうね、とても懸命な判断だわ」
「所長は機能面が優れていれば、ネーミングは関係なんて言っていましたけど、ネーミングは大事ですよね」
この期に及んでもリリアは己の失言に気が付いていない。
「でも、このシャツは身体のラインがくっきりでるわね」
これ以上のババシャツ情報を遠慮するかのようにリーネが話題を変えた。
「その方が発熱し易いそうですよ」
「そう、でもアウターを着れば目立たない様だから必要以上に気にすることもないわね」
そんな話が続いた後に、リリアはリーネから販売計画を立てる約束を取り付けて商業ギルドを後にした。
「これは、いけそうね……」
リリアが帰った部屋で、一人になったリーネが呟いた。
そして、在庫になって処分に困っていた万歩計を吸湿性発熱シャツの横にそっと置いた。
「そうね……
キャッチコピーは、"ウォーキングはダイエット効果抜群"と言ったところかしら」
商業ギルドでナンバーワンのキレ者であるリーネは吸湿性発熱シャツを着用してボディーラインが気になるであろう女性向けにダイエット器具として万歩計を勧める販売計画を立てたのであった。
どの世界でも女性の飽くなき美への追求は、留まることを知らないものである。




