【第十六話】クレープ
王城に"卓上トースター・デラックス"を納品した次の日のこと。
「スイーツに関する情報を至急集めて欲しい」とユウイチさんに頼まれた私は、商業ギルドのリーネさんを訪ねました。
「スイーツを買うのは殆どが女性ね。
でもね、食べるのは女性だけじゃなくて男性も食べているわよ」
リーネさんによると男性はスイーツを買うところを人に見られたくないようです。
お母様が"男性は無駄なところで見栄を張る"と仰っていましたが、どうやら本当のようですね。
「それと、陛下は毎晩寝る前にスイーツを二つ食べているそうよ」
"寝る前のスイーツ"、なんと言う背徳感の高まる言葉でしょうか。
「しかも、一つはチーズケーキと決まっているみたいなの。
侍従長が陛下の健康を気遣ってスイーツを用意しなかった時は、盗み食いをするために秘密の抜け道を使ってまで厨房に行ったそうよ」
依然にリーネさんから教えて頂いた情報を基に私が推理した、冷蔵庫が陛下を撃退した事件の疑惑を裏付けるエピソードが聞けました。
それにしても、商業ギルドの一職員に知られているなんて、陛下の個人情報の管理は少し杜撰なのではないでしょうか。
リーネさんは陛下の噂話を更に続けます。
不敬罪に問われないか心配ですが、私はリーネさんの話に耳を傾けました。
「陛下は"チーズケーキの香り"の入浴剤を愛用さらてるらしいわよ」
リーネさんの話がスイーツから少し脱線しましたが、私は黙って聞くことにします。
「以前、入浴剤の番付表に陛下の愛用する"チーズケーキの香り"が入っていないのは如何なものかと王城の役人から圧力があったのよ」
それを聞いて私は番付表に突如として"審判"が付け加えられたことを思い出しました。
「商業ギルドとしては信用を大切にしているから集計結果を違える訳にはいかない。
でも、上は王城の意向を汲み取れと言ってくるのよ。
あれは苦肉の策だったけど、何とか丸く収まって良かったわ」
リーネさんは番付編成の裏話を教えてくれました。
こんなところでも陛下はやらかしていたみたいです。
良い情報を教えてくれたリーネさんにお礼を言って私は商業ギルドを後にしました。
翌日、リーネさんから得た情報を中心にして纏めたレポートをユウイチさんに提出しました。
「出かしたぞ、リリア君。
これで勝利は我らの手の中だぞ!」
レポートを読んだユウイチさんは、そう叫びました。
スイーツと"勝利"の関係がよく分かりませんが、私は与えられた課題をクリアできたことに満足でした。
そして、私がレポートを提出した三日後にユウイチさんがこう言いました。
「リリア君、諸々の情報を精査した結果"バーガー・カテドラル"の新メニューが決まったぞ」
戦いに挑む騎士の様な眼差しを見て、ユウイチさんの決意のほどが伺えます。
そのユウイチさんに合わせる様に私は神妙な面持ちで次の言葉を待ちました。
「新メニューは"クレープ"だ!」
初めて聞く単語に私の頭の中は"?マーク"で一杯になりました。
「リリア君、クレープとは食べ歩きのできる最強のスイーツだぞ!」
ユウイチさんの言葉で私はクレープが武器ではなく食べ物だと言うことが分かりました。
「これで王族とも戦えるぞ。
リリア君、共に勝利を手にしょうじゃないか!」
ユウイチさんは、まるで革命を起こすために民衆に蜂起を促そうとするリーダーの様に熱く語っています。
どうやら私は王族相手にクレープで戦う革命軍の一員になりそうです。
しかし、今のところ我が軍はユウイチさんと私だけです。
二人だけでは心許ないので、この際"バーガー・カテドラル"のスタッフの皆様にも加わって頂くことにしておきましょう。
そして、クレープの発売から一週間が経ちました。
新作スイーツの噂を聞き付けた王都の女性が大挙して押し寄せ、バーガー・カテドラルは大盛況です。
注文の行列は夕方を過ぎても続き、貴族達も馬車でドライブスルーに行列を作っています。
「リリア君、勝負はこれからだ。
決して気を抜かないようにな」
ユウイチさんは行列を見ながら、そう言いました。
どうやら何かを企んでいるようですが、平和主義の私としては戦いだけは避けたいところです。
王族相手の戦いだけは特に……
そして、クレープ発売から二ヶ月が経ったある日のこと。
私とユウイチさんはバーガー・カテドラルの注文カウンターの中に立っています。
「今日で勝敗が決する」とユウイチさんは朝から気合いが入っていますが、空回りしなければいいなと思いながら私はスタッフのお手伝いをしていました。
その時でした、店の前を二頭の白馬に引かれた王家の紋章の入った馬車がゆっくりと進んで行きます。
「来たか!」
ユウイチさんは言葉少なに言いました。
また、シェリル姫がドライブスルーを利用されるのでしょうと私は思っていました。
しかし、馬車は店を少し通り過ぎてから止まりました。
それから、御者の手で馬車の扉がゆっくりと開けられました。
すると、あろうことか馬車から陛下が降りてきたのです。
予想だにしていなかった陛下の登場に注文の行列がざわつきます。
「さすがに譲らないと駄目だろ」とか「それより、本当に国王か」と人々が言い合っているのが聞こえました。
「お待ちの皆さん、決して列を乱さないで下さい」
突然、ユウイチさんが陛下にまで届くような大声で叫びました。
これは陛下に対する不敬罪に問われても仕方がない行為です。
隣にいた私は肝を冷やしました。
「誰だ。
今、叫んだのは?」
案の定、護衛の騎士がこちらに睨みを効かせます。
しかし、ユウイチさんは物怖じすることなく「私です」と陛下の前に進み出ました。
何故か、私もユウイチさんに続いて陛下の前に進み出ました。
それを見た護衛の騎士が剣に手を掛けた時は、"斬られる"と思い再び肝を冷やしました。
「良い。
其方は控えておれ」
陛下が"サッ"と右手を上げて護衛騎士を制しました。
どうやら私達は命拾いをしたようで、"ホッ"と胸を撫で下ろしました。
「その方が、何かと王都を騒がしておるユウイチか?」
陛下の問いかけにユウイチさんは頭を垂れて「はい」とだけ答えました。
「そうか、余も楽しましてもらっておるぞ。
今後とも励むように」
陛下の言葉にユウイチさんは「御言葉、恐悦至極にございます」と答えました。
「そなたが、噂のリリアか?」
ユウイチさんの真似をして頭を垂れて気配を消していたにも関わらず、私は陛下から声を掛けられました。
「ふぁい」
陛下に直に話し掛けられるなどと思ってもいなかった私の声は緊張のせいで裏返ってしまいました。
「はははは、アレの手綱をしっかり握っておけ!」
緊張する私にそう言い残して陛下は、素直に行列の最後尾に並びました。
ユウイチさんは頭を垂れたまま「勝ったぞ」と私に向かって右手の親指を立てて突き出しました。
陛下の来店を事前に予測していた様なユウイチさんに私は理由を尋ねました。
「クレープは目の前でクルクル巻いてもらうのがいいと噂を流したんだ。
それを聞けばスイーツ好きの王様ならかならず出向いて来ると踏んだんだよ」
ユウイチさんは悪びれずに、そう答えました。
続けて私は陛下が素直に行列の最後尾に並んだ理由も尋ねました。
「ここは"カテドラル"、大司教が座す椅子がある教会だからだよ」
それだけでは説明不足だと私が言うとユウイチさんは更に言いました。
「"バーガー・カテドラル"のロゴマークは王様の姉君の大司教がモデルなんだよ。
ついでにロゴの下に“この店の行列を乱すべからず”って一文を添えておいたのさ」
そう言ってユウイチさんは悪戯っぽく笑っていますが、そんなことでこの国の最高位の方が従うでしょうか。
「実は王様は姉君の大司教には、昔から頭が上がらないらしいぞ」
そう言ってユウイチさんは更に笑っていました。
ユウイチさんが何処からそんな情報を得たのかは分かりませんが、なんだか"ホッ"とした私も釣られて笑っていました。
陛下が来店して自ら行列に並んだことが、貴族の意識にどんな影響を及ぼすのかは定かではありません。
それに、これが何の戦いで何で勝ったことになるのかも分かりませんが、我が軍の勝利で終戦した様です。
後日談。
余はこの国の王である。
常日頃から国を愛し民を愛し、そしてスイーツのことを愛している。
ある夜、余が眠りに落ちかけたところに教会の大司教である姉上から神託が降りたと連絡があった。
その神託は「創造神様が異世界から遣わされた御方が我が国に転生される」と言うものであった。
正に寝耳に水とはこのことであろう。
「この件は誰にも知られてはなりません。
貴方が知っていることがその御方に知られてもなりませんよ」
余は情報管理と口の堅さには自信がある。
斯様なことは一国の王である余には造作もないことである。
しかし、その神の遣いは何かと王都を騒がせよる。
この国の者なら罰を与えることもできようが、神の遣いに余が手を出すわけにもいかぬのが歯痒いところよ。
事情を知らぬ貴族どもが「何故、あの者は処分されぬのか」などと気軽に口にしておる。
全く、余の気持ちも知らぬ者共のお陰で晩餐後のスイーツの数が増えてしまったわ。
なに増えたと言っても一皿に二個のスイーツは守っておる。
ただ、もう一皿のお代わりを所望しているだけのことである。
見かねた侍従長が厨房に「陛下のスイーツを禁止」せよと通達を出したほどであるがな。
その為に余は秘密の抜け道で厨房へ忍び込む羽目になってしもうた。
まぁ、余の城の厨房なのだから忍んだもへったくれもないものである。
確か、あの時に余を阻んだ"冷蔵庫"なる魔導具も奴の発明したものであったな。
そんなある日のこと、王都で新たなスイーツがブームになっていると耳にした。
従者共は余の耳に入らぬようにスイーツの情報統制を行っておったらしいが、奴らは余の情報収集能力を侮り過ぎておるわ。
先日、余の娘のシェリル姫と王妃が「クレープとはなんて美味しいのでしょう」と話しておるのが聞こえてきよったわ。
余は早速"クレープ"とやらを所望した。
厨房の料理人が再現しようと工夫を重ねたが、どうやら上手くはいかなかったようである。
そこで余は件の店に使いを出してクレープを手に入れた。
確かにクレープは旨かった。
これはチーズケーキに勝るとも劣らぬ旨さだと感激した。
それから余は毎晩のようにクレープを所望し食した。
いや一国の王である余は浮気などせぬ。
その証拠に毎晩のようにチーズケーキの香りの入浴剤を楽しんでおるのだからな。
ん、"入浴剤"も奴の発明であったかのぅ。
まぁ、そんなことはどうでもよい。
余がクレープを楽しんでいると侍女達のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「クレープは目の前でクルクルっと巻いた物を受け取って温かいうちに食べるのがいいそうよ」
侍女どもよ、余の地獄耳を侮るでないわ。
こうして余は労せずしてクレープの新たな情報を得たのである。
しかし、その日から毎晩のように夢の中で「クレープはクルクルっと巻いた出来立てが美味しい」と誰彼となく余に語るのだ。
居ても立ってもいられなくなった余は意を決して件の店に参ることにした。
一国の王である余がクレープを食べに城下に参る訳にはいかぬため、表向きは王都の視察と言う体である。
当然、護衛の近衛騎士団も同行することになる。
御用達の店や、公共施設などの視察もこなさねばならぬ。
一刻も早くクレープと対面したいのだが、王と言うのは誠に自由がないものよ。
姉上が王位継承権をあっさりと放棄した理由が今になって分かったわ。
そんなことを考えている間に馬車が店の前で止まった。
「買って参ります」と言う従者を引き留めて余が馬車から降りると、行列に並ぶ者共がざわつき出した。
同じ王都に住む者同士だが滅多に会うことも無いので当然とえば当然である。
気を利かせた従者が行列の先頭に向かって歩き出した時に「お待ちの皆さん、決して列を乱さないで下さい」と店内から叫んだ者がいた。
その声に余の従者や騎士が色めき立った。
その時、"バーガー・カテドラル"と書いた看板が余の目に入ってきたのである。
"カテドラル"とは大司教である姉上の座す椅子のある教会のことである。
更に店名の下には姉上の顔が描かれ、その下には「この店の行列を乱すべからず」と書いてあった。
それを見て余は幼少の頃に悪戯をして姉上にこっぴどく怒られた事を思い出した。
余は身が縮こまる思いがして従者らを制したのである。
すると店の中からこの国には珍しい黒髪黒目の男が出てきた。
余はピンときた、この者が姉上の言う神の遣いだとな。
しかし、それを悟られぬように余は威厳に満ちた振る舞いで接してやったわ。
奴は深々と頭を垂れておった。
恐らく、あれが奴の生まれた世界の敬意の表し方に違いないと余は思う。
序に隣に居並ぶリリアと申す娘にも声をかけておいた。
寛大な王の態度に更に敬意を表したかったのだろう。
余が行列の最後尾に向かって歩き出すと奴は右手の親指を立てて突きだしておったわ。
あれは最上級の敬意を余に示したに違いない。
これが国王が念願の出来立てクレープを手に入れるまでの話である。
「はははは、今日のクレープは格別に旨かったわ。
やはりクレープは目の前で"クルクル"としてもらうに限るな」
帰りの馬車の中で夕刻を知らせる鐘の音と国王の高笑いがハーモニーを奏でたのであった。




