【第十話】転生と出会い
「ユウイチさん、おはようございます」と、いつもの様に元気いっぱいに出社してきたリリアの挨拶で俺は目を覚ました。
確か、反省会のために後回しにしていた"補正機能付き鏡"が完成したので、眠気覚ましのコーヒーで祝杯をあげていたはずだった。
だが、若い頃と違って徹夜するだけの体力がなかったのか、ホッとした序でにうとうととしていた様である。
「わぁー、補正機能付きの鏡が完成したんですね」と、リリアは鏡を見つけるや否や前に立ってポーズをとっている。
面白い事に目がないところは、出会った頃と少しも変わっていない。
そんな様子を見て俺は、リリアと出会うまでの稀有な出来事をふと思いだした。
それは、俺がこちらの世界に来ることになった出来事でもある。
前世ではブラック企業の研究員だった俺はいつものように遅くまで残業をしていた。
家に帰ったのは一週間も前の事で、その日も研究所に泊まり込むのは確定的であった。
そんな生活だから、録画した"世紀末に救世主が活躍するアニメシリーズ"は未視聴のままレコーダーに溜まっている。
「水島主任、お先に失礼します」と、部下の一人が挨拶をして帰って行った。
「俺も帰りたい」という言葉を飲み込んで目の前の作業に意識を向けた。
暫く経って「水島君もたまには家に帰ったら」と、呑気な上司が言っていたが作業に没頭した振りをしてガン無視をしてやった。
その呑気な上司も帰宅して一人になった室内はシーンと静まり返っていて眠りを誘ってきた。
俺は、もう一踏んばりするための眠気覚ましのドリンクを一気に流し込んだところまでは覚えている。
そして、次の瞬間には何故か神界の入口に立っていたのである。
なぜ、神界の入口だと分かったかと言うと、"神界の入口"と書いた安っぽい立て札が立てられていたからである。
こんな場所に来たのは、呑気な上司から進捗状況の確認をされた時に「こんなの神託が降りたら一気に解決ですよ」と冗談に混じりに答えたせいでフラグが立ったからだろう思う。
だが、この時点では未だ生きているのか死んでいるのか分からない状態なのだが、"北斗七星の横にある死を司る星"を見たことがないので、恐らく死んではいないだろうと俺はたかをくくっていた。
もし、これがラノベによくある異世界転生であれば、死亡告知をしてくれる神様と名乗る美女か老人がこの辺りで現れるはずである。
どうせなら美女の神様に会いたいなどと不届きなことを考えていたからなのか、目の前に不機嫌そうな顔をした白髪の老人が現れた。
自らを創造神と名乗ったその老人は、「お主は、もう死んでいる」と言ってきた。
それならば、忌野際に発した言葉が"ひでぶ"や"あべし"でないことを祈るばかりである。
そして自称創造神は続けて「第二の人生を送らせてやるから異世界へ行け」と言ってきたのである。
益々、ラノベ的な展開になってきたと思っている俺に、自称創造神は「魔法が科学より進歩した世界」と「科学が魔法より遅れている世界」のふざけた二者択一を迫ってきたのである。
核兵器で荒廃した暴力の支配する世界が入っていないだけ選択肢としてマシな方だが、俺は「どっちも変わらへんやん!」と関西弁でツッコミを入れてやった。
今、思い出してもあれは俺の人生で五本の指に入るほど会心のツッコミだったと思う。
でも、死んでしまっているので人生に入れていいかは分からないところではある。
「フッ、違いの分からぬ奴よのう」と自称創造神は鼻で笑わいやがった。
だから俺は「じゃあ、両方に行ってやるよ」とふざけたノリで言ってやったのだ。
「はははは……、欲張りな奴よのう」と自称創造神は呆れていたが、「お主の様な奴は嫌いではないぞ」と言ってギフトとして"一子相伝の暗殺拳"ではなく"創造"と"付与"のスキルを与えてくれた。
その時に「ギフトを二つも与えたのはお主が初めてじゃ」と恩着せがましく言ってきたので、そこはガン無視しておいた。
それから「お主なら新しい世界でもやっていけるだろう」と言う、自称創造神の言葉を最後に俺は再び意識を失った。
どれくらい意識を失っていたのかは定かではないが、「もしかしたら、貴方が創造神様が遣わした御方ですか?」と問い掛ける声で俺は意識を取り戻した。
目を開けると俺の前には、"黒の革ジャンを着たモヒカン頭の大男"ではなく黒衣に身を包んだ美しい女性が立っていた。
後になって、教会の最高位にある大司教だと神官に聞かされてとても驚いた。
その美しい大司教は自称創造神の神託を聞いて俺を迎えにきたらしいのである。
夢ならいつか覚めるだろうと思っていた俺はここに至って、異世界に転生したことを悟ったのである。
それからの展開は驚くほど早かった。
俺はいつの間にか教会本部の付属施設である魔導具研究室の所長の座に収まっていたのである。
これは、俺が大司教への自己紹介替わりの挨拶で「技術者だ」と言った為である。
もしも、「警察官だ」と嘘を付いていれば警備隊の隊長に任命されていたかもしれない。
それからの俺は、孤独と戦いながら魔導具研究所で自称創造神から与えられた"創造"と"付与"のスキルと向き合う日々を送った。
どちらもラノベで馴染みのあるスキルであるが、実際のところ何ができるのか知りたかったのである。
この国の学生が勉強する魔法書を片手に俺は彼是と試行錯誤を繰り返した。
因みに言葉と文字は転生者特典で自動変換される為、日常生活でも不自由することはなかった。
だが、俺が創造のスキルで創った魔法陣は前世のあらゆる文字(例えば漢字や平仮名、更にはアルファベットやアラビア数字など)を使って記されている為、こちらの世界の人が読むことは不可能であった。
俺が使う分には特に問題がない様なので、この件に付いて深く考えるのは止めることにした。
暫く勉強に励んだお陰で"創造"と"付与"のスキルを使えば魔導具を作り出せることが分かった。
それと同時に、こちらの世界の科学技術は前世の中世ヨーロッパ並みであることもわかったのである。
そこで俺は、前世の技術を応用した魔導具を作って、こちらの世界を便利にすることを思い付いた。
製造から販売を一人でこなす訳にはいかないので、人手が欲しいところである。
俺は「手が足りないので助手が欲しい」と世話役の神官から大司教に言伝てもうと直ぐに二人の女性を紹介された。
一人は魔法理論が得意で王立学院の魔法課を首席で卒業した即戦力タイプの伯爵家令嬢であるミレイ=ファーレン。
もう一人が特筆すべきところはなかったが、とにかく前向きで明るい性格の貴族の令嬢のリリア=アレミロードだった。
俺は採用試験というわけではないが二人に"補正機能を付けた鏡"を作成する課題を出してみた。
するとミレイは期限日に"理論は完璧なのだが全く機能していない鏡"を提出してきた。
一方のリリアは、期限日から二日遅れで、"機能はしたが顔が歪んで見える鏡"を提出してきた。
その時にリリアは「これ面白いですよね。何かに使えないですかね?」とケラケラと笑っていた。
優等生のミレイと自由奔放なリリアなら、俺はリリアの方にかなりの伸び代を感じて正式に助手として採用することにしたのである。
リリアは後に「私よりも、優秀なミレイ様が絶対に採用されると思っていました」と言っていた。
実はミレイにも正式採用を伝えたのだが、「既に魔法規制局に内定しているので辞退します」と断られたことはリリアには内緒にしてある。
その後の展開は皆さんもご存知の通りである。
ブラック企業の研究室で倒れた俺が異世界では明るく楽しい研究所で働いている。
きっと、これは自称創造神の悪戯だろうと思っている。
だから、いつか教会にある自称創造神像に渾身のツッコミを入れに行ってやろうと思っている。
「ユウイチさん、この角度が最高ですよ」と言う、リリアの嬉しそうな声で俺は回想から現実世界に引き戻された。
リリアは俺が回想に浸っている間も、飽もせずに鏡の前でポーズを変えては喜んでいたようでる。
「ユウイチさん、私もこの鏡が欲しいです」と言う、リリアを見ながら俺は冷めかけたコーヒーを口に含む。
リリアは更なる最高点の更新を狙って未だ彼是とポーズを変えている。
だが、俺はリリアには補正機能なんて必要ないと思った。
何故なら、今のままのリリアが最高だと思うからである。
「さぁ、リリア君。
そろそろ仕事に取りかかろうか?」
「あっ、はい。
今日は何をしますか?」
「次は健康になる魔導具だな」
俺はリリアと二人で今日も明るく楽しく仕事をするのであった。
後日談。
ー 補正機能付き鏡 ー
俺はこの世の真実を映し出す鏡。
俺達、鏡はありのまま映し出す宿命を背負って生まれてきた。
俺の座右の銘は"いついかなる時も真実だけをを映す"である。
そんな俺はある高貴な御方の部屋に飾られている。
その御方が、この部屋で初めて俺を覗き込んでから既に二十年以上が経っている。
その間に俺が映し出した御方は笑顔の時もあれば、憂いを帯びている時もあった。
しかし、俺はあの御方のありのままの姿だけを映し出してきた。
諄いようだが、それが俺達が背負った崇高な宿命だからだ。
だが、ある日俺は魔導具研究所とかいう怪しさがプンプン臭う場所に連れていかれた。
理由はあの御方を「より美しく映し出して欲し」と考えた侍女達の声が採用されたからである。
豪華な額から外された俺は抵抗も虚しく背中に幾つもの魔方陣とやらを"ペタペタ"と貼られた。
侍女達の話では、それは何処の馬の骨とも分からぬ奴が発明した"補正機能"とやらが発動する物らしい。
そして俺は、研究所からあの御方の部屋に戻された。
しかし、帰ってきた俺は補正機能の魔方陣のお陰で今までの様にありのままを映し出す事ができなくなっていた。
補正機能などと言う訳の分からない物が俺が背負った崇高で偉大な宿命を奪い去ってしまったのだ。
俺の身体は、あの御方の声に反応してお姿を美しく補正する。
始めは俺も抵抗したが、俺の意志を無視して身体は言うことを聞かずに曲がり凹み凸っ張る。
俺がどう足掻こうが、絶対に止められなかったのである。
ある日から俺は抵抗を止めた。
何故なら俺が映し出したお姿を、あの御方はうっとりして見ている事に気が付いたからだ。
これは決して負け惜しみと言う様なものではない。
俺は宿命を捨てあの御方を喜ばす事に人生を賭けたのである。
あの御方は毎晩の様に俺を覗き込み「もっと美しく」と仰る。
俺は言われたままに精一杯に身体を曲げ凹ませ凸っ張られる。
それで、あの御方が喜ばれるなら俺は満足だった。
ある晩のこと、俺を覗き込んだあの御方はいつものように「もっと美しく」と仰った。
俺は当然の様にあの御方の声に目一杯に応えた。
しかし、あの御方は更に「もっと美しく」と仰った。
俺はいつも以上に曲り凹み凸っ張った。
だが、「もっとよ、もっと……」と更に続けてあの御方は仰った。
俺はあの御方の声に応えるようと死力を尽くした。
その時だった……
限界を越えた俺の身体に"ピキッ"とヒビが入った。
そして"ガシャーン"という音とともに砕け散った。
壁から床に落ちた俺の欠片が、あの御方のありのままの姿を映し出した。
俺の欠片に映った、そのお顔はとても穏やかだった。
それを見た俺は漸く魔方陣から解放され、自分を取り戻したことに安堵した。
俺の人生の最後は鏡としての役目を全うできたようである。
"我が人生に一辺の悔いなし"と叫びたい気持ちであった。
「誰か、復元の魔法をお願いするわ」と言う侍女の声が聞こえるまでは……




