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一話

BLファンタジーが書きたくなったとさ!

 昔々あるところに、深く、大きな森がありました。


 大陸のほぼ中央に位置するその森は、随一を誇る大きさから”大森林”と、また自身が育む多種多様な生命から”生命の苗床”と呼ばれていました。


 森が育む生命を目当てに多くの人々が森に入り、生き物を捕らえ、植物を採取し、この森でしか手に入らない種々の貴重種をその手にしていましたが、それすらも森の営みの一部でしかありませんでした。


 そんな森に出入りする人々の中で誰しもが彼こそはと名前をあげる狩人がおりました。

 彼が仕留める獣は誰よりも大きく、美しく、彼が採取する花々は誰よりも貴重で効能があり、彼にしか見つけられない稀覯種も数多くありました。


 彼の名はイーハ。


 立派な体躯、しなやかな身のこなし、大きな獣のひと睨みにも負けないほどの胆力と、貴重な植物を見つけ出す観察力、繊細な植物鉱物を傷一つつける事なく採取する器用さ、小さな生き物達に懐かれる穏やかさとを持った偉丈夫でした。彼ほど森の奥深くまで生きてたどり着き、無事に戻れるものはおりません。


 その日もイーハは森におりました。

 いつからあるのか疑問に思うことすら長い時の中で失われてしまったような石畳の上で、イーハは少年を見つけました。

 気を失い横たわる少年をみて、イーハは彼を街に連れて行く事にしました。


 目が覚めた少年は名をコウヘイと名乗りましたが、どこから来たのか、どうやってこの森の深くにたどり着いたのかについては口を閉ざしておりました。

 イーハは少年に深く追求することはなく、森から出て街に向かうこと、自分と行動を共にすること、自分の指示に従うこと、従えなければ命の保証はできないことを伝えました。少年はそれに頷くと、彼の後に続いておとなしく歩き出しました。


 イーハだけなら数日かからず出られる森も、森に慣れていない少年との移動は倍の日数を必要としました。それでも少年は泣き言を言うでもなく恨み言をこぼすでもなく、イーハの言葉に従っておりました。


 移動中は獣を捕らえ、捌き、植物を採取し効能を確かめ、川や泉で身を清め、火をおこして料理し野宿を繰り返しました。

 イーハはそれらの全てを包み隠さず少年に見せ、少年もまた目を逸らすことなく向き合い、一つ一つ学び己のものとしていきました。

 

 一人でもこの森で生きていけるほどの知識と技術を授けられたと思った日が、森を抜けた日で、それはわずか十日にも満たない日々でした。


 森を出て街にたどり着いた時、鎧を着込んだ大勢の騎士達が二人を取り囲みました。王宮近衛騎士と名乗る、立派な身なりの騎士が跪きこう言いました。


「勇者様、お探し申し上げておりました。我々と共に王宮においでください。そしてどうか、闇王を倒してください」


 街の人々が驚きと興奮で見つめる中、戸惑う少年を見下ろし静かにイーハは告げました。


「コウヘイ、君には私の持てる全ての知識と技術を見せた。君ならば闇王を倒せるだろう。どうか勇者よ、この世界を救ってほしい」


 少年を見つけた時から、イーハには分かっておりました。彼こそ百年に一度異界から落ちてきてこの世界を救う勇者であると。

 だからこそイーハは少年をここまで導いてきたのです。ただただ人に流されて死地に赴くことのないように知識を、どんな状況であれ打開できるように技術を授けたのでした。


 初めは混乱していたコウヘイも、最後には納得し、騎士達と共に王宮へ向かいました。

 「必ずあなたに会いに戻ってきます」とイーハに言い残して。


 それからしばらくして、闇王は討伐されたと王宮から発表されました。勇者は王女と結ばれたとの噂付きです。


 会いにくるなんて言っておきながら顔も見せない、結婚の挨拶にも来やしない勇者に、まるで自分の方が会いたがっているようではないか、とイーハはなんだかもやもやしながら過ごしておりましたが、さらにそこから数年立つうちに、あの十日にも満たない日々は幻だったのではないかと思うようになっておりました。


 気づけばあの出会いから八年が立っておりました。

 変わらず森で過ごすイーハもいい年です。髪や髭にちらほらと白いものが混じり、額や目尻に笑い皺がくっきりと刻まれようとも、彼の身体は衰えることを知りません。

 勇者のことなんて忘れて結婚しろよ、と街の人々に囃し立てられ、五月蝿い、そんなんじゃねぇ、と毒づきながらも少年の言い残した言葉に縛られたままのイーハを街の人々は放ってはおけないのでした。


 ある日、かつて勇者と結ばれたと噂された王女が女王として即位したことが王宮から発表されました。しかも彼女は世継ぎをすでに設けており、王配の存在も公式に認められました。


 そうか、あいつは王女様と結婚したわけじゃなかったのか、それなら俺のところに挨拶に来ないのも当然かなどと定宿で新聞を読んでいたイーハに、宿の主人から声がかかりました。お前に客が来ている、と。


 また何か森での依頼でも来たのかとひらけた酒場に降りてきたイーハは客の顔を見たとたん、その場から一歩も動けなくなってしまいました。


 イーハの顔を見るなり満面の笑みで駆け寄ってきた立派な身なりの青年の、この世界の人間には持ち得ない、黒髪と黒い瞳という色彩が、彼が何者かを雄弁に語っていたからです。


「イーハ、やっと、やっと会いにこられました。あなたを想わない日はこの八年間、一日たりともなかった。会いたかった。本当に、会いたかった」


 興味津々の街人達が囲む酒場で、洗練された所作で青年はその場に跪き、イーハの手のひらに口付けた瞬間、人々が息を飲みました。


「イーハ、愛しています。どうか僕と結婚してください」


 イーハが応えるまでもなく、酒場は歓喜の渦に包まれました。

 おめでとう、よかったな、待っていた甲斐があったな、この幸せ者、イーハを泣かせたら承知しないからな、浮気したら許さんからな勇者、俺たちのイーハがとうとう嫁に行く、ともう酒場は収拾がつきません。


 混乱の極地にいるイーハの口からは言葉にならない呻き声が漏れてくるのみです。立ち上がった青年は背伸びをしながらイーハの唇に優しく口付け、左手の薬指にそっと指輪をはめました。


「愛しています、イーハ。あなたの部屋に行きましょう。そして話をしましょう」


 当事者そっちのけで呑み騒ぐ人々を置いて二人はこっそり階段を登って行くのでした。

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