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20-2 少し冬眠します、起こさないで下さい - ふかふかはここにある -

 ほんの少し前を思い返しましょう。

 売り物を背負ってレゥムに向かい、そこでエドワード氏についての情報収集と買い出しをした後に、急きょリード・アルマド公爵救出依頼が帰郷したわたしの元に舞い込みました。


 その日のうちにローゼンラインを越えて、その後は魔界深部にある公城に忍び込み、さらにそこからこの地にリードを連れて戻ってきたのです。

 体力もそうですが、さすがに魔力の方を大量に使い過ぎてしまいました。


 ならばやることは単純、回復させましょう。

 そうしないことには次の有事に対応できません。


 そう決めてわたしはパティアをメギドフレイムの暖炉の前に呼びつけて、今日から3日ぶっ続けて眠ることにしたとお伝えしました。


「ねるのかー」

「はい、少しだけ回復に努めようかと」


 寂しがるのではないかと、わたしは内心のところ気が気ではありませんでした。

 帰ってきたのが昨日の夕前。夜は一緒に寝ましたが、それだけで寂しがりの娘が満足するとも思えません。


「いいよー、ねこたんおつかれさま。だいじょうぶだ、パティアさびしくないよ」

「そう返されると安心する反面、わたしの方が何となく寂しい気分になるのですが」


 目を離しているうちに子供が大人になってゆく。

 親ならば誰もが味わうことになる恐ろしい感覚です。


「だってまどりんもきたしー、ふゆはー、みんな、おしろにいるしなー」

「まあ確かに、昨晩は楽しかったですね」


「まどりんに、ねこたんとパティアのえんそう! リセリのうたも、きかせてあげたしなー!」

「フフ……この里に来て良かったと、きっと彼女は感動されたことでしょう。自画自賛というやつですが、違いありませんよ」


 それはそうと数人の子供たちが最近楽器を欲しがる素振りを見せています。

 そこでフルートと竪琴を持たせて、レクチャーをする夜もありました。


 冬が明けたら奮発して、他の楽器を買うのも良いかもしれません。

 それだけ夜のひとときが楽しくなるのですから損はありません。


「あ、それにねー、ねこたんのふかふかは、ここにある。おきなくてもー、ねこたんのふかふかがあれば、へーき」

「わたしは抱き枕かなにかですか」


「ちがうよー。おはなしできなくてもー、ねこたんといっしょ。これ、だいじだ……」

「確かにそうかもしれませんね。まだブチ猫のままで申し訳ありませんが。起きたらクークルスにこれを漂白してもらいましょう」


 娘は変なところが達観しています。

 実の父親を殺されたのです、そうなっても元々おかしくもありませんでした。


「うんっ、パティアはー、ねこたんと、おそろがいい! はやくー、しろいねこたんに、もどってねー」

「これでも昔はクリーム色の毛並みだったんですよ。青い部分も今より目立っていましたし」


「そ、そうなのかー?! そのころのねこたん、みてみたい……いまより、かわいいかもなー!」

「そうですね、否定はしません」


 魔王様にはずいぶんかわいがられました。ネコヒトではなく猫として。


 まあとにかくそういうわけです。

 わたしは娘の許しと笑顔を受けて、いつもの書斎式ベッドではなく、城2階の狭い個室にて深い眠りにつくことにしたのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 さて、ここからはその長き眠りより目覚めた後に知ったことが混じります。

 冬の間は特に退屈でして、ついつい人から話を聞き出さずにはいられませんでした。


 なぜならわたしはリードの後見人、彼が無事に里の生活にとけ込めたかどうか、見守る義務がありました。

 いえ、そのときはぐっすりと眠っていましたがね。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 リード公爵、いえマドリの持ち場は教師ということで正式に決まりました。

 里の雑務を手伝いながら蒼化病の子供たちとせっして、労働力になりながら彼らに何が必要なのか見定めて、授業の計画を立てて欲しい。


 深い休眠状態に入る前に、わたしがリードら女の子の部屋を訪ねてそう依頼しました。

 どうでもいいですが、男の子が女の子をふりをして一緒に生活するのは間違いなく大変でしょうね。


「わかりました。しかし皆さんの肌が蒼いせいでしょうか、思ったより抵抗がありません」

「それは言えますね。あの容姿はどちらかというと、わたしたちの側に近くもあります。ですがそれは口にはしない方がいいでしょう」


「わかっています。それといつ死んでもおかしくない、悲惨な境遇だったとリセリさんから聞きました……こんなの酷いです」


 リセリとも仲良くやれてるようです。

 父であるレアルも、リードのことを良い子だとわたしに賞賛してました。


「ええ、今思い返すとゾッとしますよ。あと少し到着が遅ければ、リセリをのぞく他の子供たちは虐殺されていました」

「そんなことが……。人間はなんて、愚かなことをするんでしょうか……。みんなに罪なんてないのに……」


 貴族ゆえに同情せずにはいられないようです。

 弱者を守り民を導く。それが本来あるべき王侯貴族の役割です。


「ええ、ですから今度はあなたが、彼らに与えるのです、教養を。ああそうでした、彼女にも言い含めておきませんとね……」


「彼女? 彼女とは誰のことですか?」

「リセリです。残念ながらあなたが女性ではないことに、彼女はもう深いところまで感づいていますよ」


「え……えっ、えええええええーーっっ?!!」

「ほらダメですよ、あなたは気弱なお嬢様マドリ、ちゃんとなりきって下さい」


「そ、そうは言ってもっ、そんな、嘘でしょ……」


 リードからすれば、女装をする変態男だと思われてるかもしれない大変な危機です。

 リセリはそんな子ではないとわたしは彼を慰めて、これから事情を説明しに行くと伝えて小心者の公爵様と別れました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 リセリはクークルスの隣で手袋を作っていました。

 コートの作成は間に合ったのですが、手袋はまだ行き届いていません。積雪に耐えうるブーツもまだでした。


 わたしは彼女を空き部屋に連れ込み、すぐに用件を述べます。


「ということでして、聡明なあなたならばもう察しがついているかとは思いますが、リセリさん」

「はい、エレクトラムさんの言いたいことはわかってます。マドリちゃんのことですね」


「フフフ……やはり恐ろしい人ですね、あなたは」

「ごめんなさい。私見えない分、色々と別のものが、見えてしまって……」


 話を始めると、やはり完全に感づいていることがわかりました。

 この能力がなければ、魔界辺境の森で彼女らが生き抜くことはできなかったでしょう。


「はい、すみませんが陰から彼の秘密を守ってあげては下さいませんか」

「やっぱり……()、なんですね」


「ええ、本名はリード・アルマド。素性がバレると困る人物でして、別人に変える必要がありました。あの気弱な性格は半分ほどが演技です」


 もう半分は素でもあったでしょう。

 彼は全てを失い、今は自信を喪失しています。

 教師としてそれを健全な形で取り戻せるといいのですが……。


「足音とか、息づかい、それと雰囲気で何となく、そうなんじゃないかって思ってました。確証がなかっただけで」

「そうですか。ところで――いえ、やっぱりそっちは止めておきます」


「そっち?」

「いえ何でもありません」


 こっちがそうなら、ハルシオン姫の変装はどうでしょう。

 リセリに見破られているのかどうなのか、無性に気になりました。


 まああの麗しの姫様の場合、あまりに挙動が王子様を地で行きハマり過ぎているというのも、多々あるかもしれません。

 似合いすぎるのですよ、魂の色までアルストロメリアという名の男装が。


「リードはわたしの友人の息子でしてね、不幸にさせたくないのです。でないと地獄でレアルに苦言を言われてしまいますからね」

「それはないです。エレクトラムさんには私たち、いつだって感謝してます。貴方は絶対天国に行けます」


 どうでしょうね。人間に逆恨みして、殺戮派に属していた事実は消えません。

 それにこれはわたしの勝手な持論ですが、天国地獄などというものは、為政者が民を操るために作り出した虚構に過ぎません。


「ではわたしは寝ます。もしパティアが寂しがったら、代わりに慰めてあげて下さいね」

「言われなくてもそうします。パティアちゃんは一番のお友達だから」


 パティアはあなたと出会って少し変わりました。

 空虚な復讐心に飲み込まれかねなかったあの子の前に、守るべき対象が生まれたのです。


 昔のわたしならば、思いやりで結ばれたこの関係を冷笑したことでしょう。


「娘とリードをよろしくお願いします」

「はい、任せて下さい」


「それとジョグも事情を知っておりますので、上手くだしにして下さいね」

「だし、ですか……?」


 言葉の意味を理解しかねたようです。

 聡明ではありましたけれどリセリもまだ若い。特に男女の関係についてとてもウブです。


「共通の秘密というものは、男女の関係を進展させるそうですよ。マドリのことで相談があると、ジョグに持ちかけたらどうでしょう」

「い、いいんですかっ、そういうの……っ?!」


「フフフ、眠りの底からお二人の進展を祈っておりますよ」


 リセリとは話が付きました。

 こうしてわたしは昼食を皆と共にして、たっぷりと栄養を腹に収めました。


 さらには休眠先の小部屋にて作り置きのアユーンフィッシュの薫製をバリバリとかみ砕き、幸せのまま眠りについたのです。

 太陽が3度昇り魔界の暗雲に迫るまでの永き眠りに。


 わたしは冬眠しました、しばらく目を覚ましません。


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