20-1 貴族令嬢まどりんと見境無いおっさん - だし - (挿絵あり
「かわいそうに外でよっぽど恐い目に遭ったんだな……。安心しろ、このバーニィお兄さんが守ってやる。ああとにかくよ、俺たちはお前さんを歓迎するぜ、マドリちゃん」
「いえあの、僕、いえ、私……あ、ありがとうございます……」
おやさしいことですねバーニィ。
うさんくさいほど男らしく、彼はやさしい言葉をマドリお嬢様に投げかけてゆきます。
「ああ種族のことなら気にすんな、ここじゃそんな野暮ったいこと言うヤツはいねぇ。ここに住むんだろ、なら俺たちは仲間だ、細かいこたぁ気にするな」
「仲間……私を、受け入れてくれるんですか……?」
そのときのリード少年の心中が、複雑であったことは容易に想像が付きます。
心というのは困ったもので、簡単に複数の感情が入り交じる。
それが混乱や、落ち着かない気持ちを人に抱かせるのです。
しかしそれと同時に、マドリお嬢様はバーニィのやさしさに信頼を覚えかけているようにも見えました。
早く肩から手を離してもらいたいようでもありましがたね……。
「止めたまえバーニィくん、お嬢さんが嫌がってるではないか」
「ぁ……」
「あってめっ」
助け船を出すか、それともなま暖かく見守るか選びかねていると、騎士アルストロメリアがそこに割って入りました。
端的に言えば、バーニィからマドリを奪い、絵本の王子様のように自分の胸に抱き寄せたのです。
「大丈夫だったかい、そこのオヤジはデリカシーがなくてね、いつもこうなんだ。このボクに免じてどうか許してやってくれ……」
「えと、あの……あ、貴方は……?」
女の子が喜びそうな光景です。当然ながら声が上がりました。
男装の騎士アルスは美形でしたし、マドリが気弱なお姫様タイプでしたので、なおさら絵になりました。
「ボクはパナギウム王国の元騎士アルストロメリアさ。一応そこのおっさんもなんだけどね……」
「汚ねぇぞてめぇアルスッ! 俺をだしにしてマドリちゃんに抱きついたな! かぁーずるいっ、ずるいやつだなお前はッ!」
「見苦しい……」
リックの言葉に同意しましょう。
シスター・クークルスの様子をふとうかがえば、作業の手を止めてニコニコとやり取りを眺めておりました。
シスター、もう少しバーニィの女好きっぷりに失望してくれても良いと思いますよ、わたしは。
しかしクークルスは、恥じらい戸惑うマドリの姿の方が面白いようです。終始ニコニコしておりました。
「見るに見かねただけさ、スキンシップを装って、女の子の肩をベタベタと触るキミの行いをね」
「ぐっ……人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよっ、ただ俺は励ましてやろうって思っただけだっての! 下心なんてないって、神に誓って言えるぜ!」
バーニィの難点と言えばこの軽薄さですね。
あなたに神へのまともな信心があったなんて、わたし初めて知りましたよ。
「あの、2人とも……私のことでケンカだなんて、止めて下さい……」
しかしバーニィとアルスのこの反応、変装の仕上がりは上々のようです。
というよりこの2人は女性に対する性質が結構似ていますからね、節操無しという部分でも特に。
「だいじょーぶ、まどりん。バニーたんとなー、あるたんは、いつもこんなだ」
「ああ……巻き込まれると、これが結構困る。そうだろ、クークルス」
「あらー、私は賑やかで楽しいと思いますよ~♪」
見たところマドリの正体を悟っているのは、リックとクレイ、ジョグだけです。いいえ例外が1人いました。
「ん……」
リセリ。彼女は場では一番遠くに腰掛けています。
不思議そうにその黒いまゆをひそめ、瞳を閉ざしたままマドリの気配を慎重に読んでいました。
盲目であるリセリに女装なんて効きません。
それもあって香水を付けさせたのですが、やはりどうもダメくさい様子です。
「ちょっと待て、バニー、その方は……。あ、いや……やはり何でもない……」
「2人ともあきれた女ったらしにゃー」
物わかりの良い方ですし、予定通りリセリを抱き込みましょう。
彼女からすればジョグとの共通の秘密を持てるのです。それは応援もかねた一石二鳥となるでしょう。
「それよりみんなーっ、パティアがいったとーり、まどりんかわいいでしょー!」
パティアの言葉に、女の子たちの大半がはしゃいで口々に賛同しました。
それだけ元公爵リードの姿は他の誰よりも女の子らしく見えたのです。
それを契機に皆が口々に言いたいことをしゃべりだし、食堂に騒がしい喧噪が訪れました。
「まあそういうことですので、マドリさんは里の住民となりました。どうか皆さん、まだ慣れない彼女に親切にしてあげて下さい」
わたしが締めに入ることにして声を上げると、たくさんの同意が返ってきます。
誰もがマドリという新しい住民に好意を持ち、仲良くなろうとしているようでした。
「では初仕事をお願いしましょう。リ――マドリさん、これを」
危ないところでした、ついついリードと呼びかけたのを飲み込んで、あの分厚い説話集を彼女に渡します。
オススメのページを開いた状態で、マドリお嬢様に受け取らせました。
「まさかその子、えーと、マドリだっけ、お前魔界の本読めるのかよ! それって古い言葉なんだろ、お前さ、すげぇんだなっ!」
「ちょっとカールッ、あんたがしゃべるとまとまらないんだから黙ってなさいよ! あと普通に言い方失礼だから!」
皆のマドリに対する見る目が少し変わりました。
庇護の対象だったものが、尊敬や期待へと変わったのです。
「まどりんすごーい。ねこたんじゃないと、よめない、ごほん、よめちゃうのかぁー、すごいなー、まどりん。パティアなー、あたまあんまり、よくないからなー。しょーじき、そんけいだ……パティア、かしこい、おとなになりたい……」
親バカと言われるかもしれませんが、あなたは知能そのものは高い方だと思いますよ。
ただ個性的な感性と、性格が色々と邪魔をしているだだけで。
「おわーっ?! な、なにをするー、ばにーたんっ?!」
「はははっ、バカの方が案外よ、人生楽しいかもしんねーぜ。ほーれっ」
何を考えたのかは定かではありません。
突然バーニィがパティアの方に反転し、幼子をあやすように高く抱き上げました。
「おわーっ、おわぁぁーーっ?! おろせバニーたーんっ、わっ、た、たかいぃぃぃ!?」
年少組の子供たちとラブレーがそれを羨ましそうに見つめています。
パティアが下ろされると、バーニィの前にラブレーが寄ってきて尻尾を振るところまでわたしは見届けました。
「では、初仕事です。その話を読んで下さい、鷹の王と少年の物語を」
●◎(ΦωΦ)◎●
マドリの声は美しく、現存する魔界貴族で一番の名門の生まれだけあって若いが教養深い。
それは最初こそ緊張にたどたどしいものでしたが、やがて落ち着き、完璧な朗読となってゆきました。
「ブラボー、ネコヒトくんのニヒルな言葉回しも悪くないが、君の美しい声で物語が奏でられると、それはもう音楽の域だ……。100万ガルドのバイオリンより、キミの声には価値がある……」
ただの朗読にこれだけの拍手が向けられるのもあまりない光景です。
今日まで右肩下がり続きのリードの心に、それは喜びや、新しい居場所の象徴として感じられたことでしょう。
誰もが居場所を追われてここにやってきました。いえまあクレイとバーニィという変わり種を抜きにして。
だからこそ彼らはやさしいのです、同じ境遇にある追放者に。
「アルスよぉ、お前さんのその歯の浮く美辞麗句はどっからわき出して来るんかね。悔しいが同意だ、今日からネコヒトと交代で決まりだな!」
「うふふー、私もそう思うわ。じゃあマドリちゃんは、これからは、この里の小さな先生ね」
シスター・クークルスののんきな言葉に、わたしはうかつにも納得させられました。
なるほど彼を先生役にですか……。リードの若さに気を取られるあまり、その発想には至りませんでした。
「えっ……私が先生……? でも私、まだ14だし、そんな大それた仕事なんて、とてもできませんよ……」
「向いていると思いますよ。あなたは教養深い魔界貴族のお嬢様、私たちの中では一番文化的な存在でしょう。……ということで里の先生になって下さい」
元々はシスター・クークルスとわたし、バーニィが分担していた仕事でした。
ですけどお察しの通り大人は忙しい。バーニィもクークルスもがんばり過ぎです。
「それいいねっ、じゃあこれからはマドリ先生って呼んじゃう!?」
「先生って言うほど歳離れてねーけどな、ま、いいんじゃね」
ジアとカールが声を上げると、他の子供たちまで盛り上がりました。
歳の近い先生。それは子供心でなくともちょっとワクワクしてくるような試みです。
「まどりんせんせいかー! それならパティアも、おべんきょー、がんばれるかも……。まどりん、パティアにも、おしえてー!」
事実ちょっと目を離していたら、マドリが子供たちに囲まれていました。
「それにしてもネコヒトよ、人が悪いぜお前さん」
「はて、急に何の話でしょう」
わたしの方にはバーニィがくっついてきました。
耳元に口を寄せて、馴れ馴れしく密談を始めたのです。
「例の魔界公爵アルマド家の跡取りがよ、こんなかわいい女の子だったとはなぁ……。お前さんもったいぶって俺に隠してやがったな!」
わたしは呆れました。それはもう深く。
当初の計画通りに騙されてくれましたがね、彼に呆れずにはいられません。
「リード・アルマドは男爵のところに預けてきました、彼女はただの貴族令嬢マドリですよ」
「わかってるわかってる、俺に任せとけ。ははは、今年は楽しい冬になりそうだな、今から夜の朗読が楽しみだわ!」
「……ですがまだ14ですよ?」
「んー、それがどうかしたか? マドリちゃんには色気と気品がある、年齢は問題じゃねぇだろ」
そういえばこの男、若い頃のタルトに手を出したこともあったんでしたっけ……。
もう言葉もありません。
「いや、何で黙り込むよ?」
「呆れているからです」
「ははは、俺ぁ自分に正直になるって決めたんだ」
パティアいわく、みさかいない。
バーニィは14歳の女の子のマドリに気に入られるべく、その後も頼りになるお兄さんをしつこいほどに演じるのでした。
「バニーたん、みさかいないなー」
「そういうお前さんもな、見境無く気に入った相手に引っ付くところが見境無いぜ。ほーれ」
「お、おわぁぁぁーっ、きゅうに、だっこは、やめろぉ、バニーたぁぁんっ?!」
パティアは父性をアピールするためのだしにされたようです。




