20-1 貴族令嬢まどりんと見境無いおっさん - はじめまして - (挿絵あり
前章のあらすじ
里へと帰還すると、ネコヒトは魔界公爵リード・アルマドを魔軍正統派の包囲から救い出しに行くことになった。
しかし茨の長城ローゼンラインを越えるのはそうたやすくない。
そこで彼は己の毛並みをブチ柄に変え、男爵ことヘンリー・グスタフ商会が運ぶネコヒトの剥製に化けた。
無事にローゼン・ラインの突破に成功すると、協力者であるはずのイヌヒトのラブレーらをおいて、彼は単独で魔界深部へと進んだ。
一方、新公爵リード・アルマドとその軍勢は追い詰められ、今は籠城をよぎなくされていた。
ネコヒトは潜伏魔法を使って猫のようにそこへ忍び込み、リード公爵へと接触する。
そこに現れた家臣らへと、リードを外に連れ出して見せると主張すると、デーモン種の重臣と小競り合いになった。
鮮やかにネコヒトは勝利を収め、その重臣が敵である正統派と繋がっていることを言い当てる。
わざと家臣団を煽って、勝てない反乱を起こさせたのだと。
こうして家臣団の信用を得ると、ネコヒトはグライダーを作り出し、自己軽量化魔法と組み合わせてリード公爵と共に魔軍正統派の包囲を受ける城から脱出した。
魔獣バイコーンによる逃避行の果てに、ネコヒトはリード少年を連れてローゼンラインに舞い戻る。
その頃には大地の傷跡を含む辺境の地に、積雪が始まろうとしていた。
粉雪が降る中、ネコは小さな監視塔を制圧する。その最上部より、シーツによるパラシュートを使って巨大な茨の長城を空から越えた。
こうしてネコヒトはリード・アルマドを大地の傷跡へと導いた。ただし公爵のリードとしてではなく、気弱な貴族令嬢マドリとして。
里へと降りると真っ先にパティアが現れた。女装した元公爵リードを少女は大歓迎し、まどりんという実に愛らしいあだ名を付けてくれるのだった。
●◎(ΦωΦ)◎●
――――――――――――――――――――――――――――――
Snow days
マドリお嬢様と百合の騎士アルストロメリア with おっさん
――――――――――――――――――――――――――――――
20-1 貴族令嬢まどりんと見境無いおっさん - はじめまして -
里に戻ってまず最初にしたことがあります。それはもちろん少女マドリの紹介でした。
積雪もあってその日はみんな漏れなく城に籠もっているそうです。
なのでパティアを追って現れたカールとフリージアに頼んで、食堂に集まるよう皆への言づてを頼みました。
それから一足先にわたしたちは食堂に入ります。
夕方前という時間帯もあってか、ちょうど今は人がいませんでした。
「ねこたん、パティアなー、いますっごく! いいこと、おもいついちゃったんだー」
「おや、ではお聞きしましょう。何をたくらんでるのです?」
子供には少しばかし退屈な時間になりました。
わたしとリードは疲れていましたし、テーブルに腰掛けてゆっくりしていたのですがね。
「うん、パティアはたくらんだ……。まどりんなー、とーーってもっ、かわいいからー、かくそう!」
「ぇ……。い、いや、それをいうなら貴女の方が、よっぽど……。あの、その……かわいい、と、そう思うけど……」
「へへへ~、ねこたんきいたー? かわいいこにー、かわいいいって、いわれた! ねこたんっ、パティアかわいいってー!」
白いふかふかのコートの女の子は、嬉しそうに身体を弾ませて座っていたネコヒトにくっつきました。
「良かったですね。ですが一連の理屈を繋げると、かわいいと言われてしまったあなたも、隠さなければいけませんね」
「おお、そうなるのかー。じゃー、いっしょに、かくれるー? まどりん?」
「というかあの……なんで私、隠されなきゃいけないんでしょうか……?」
疲れた足腰をいたわりながら2人をゆっくり眺めていると、ようやく何となくパティアの意図がわかってきました。
マドリを隠す理由。それはきっとかわいいから一度隠しておいて、人が集まった後にドンッとお披露目した方が面白いとか、大方そんなところでしょう。
「ねーねー、まどりーん♪」
「な、なに……パティアさん……?」
「ひざのうえにね、のってもいーかー?」
「そ、それは……それはちょっと、困る……」
「えー、なんでー?」
「だ、だって……ベレトさんの前だし……」
不思議そうにパティアが首をかしげました。
まだ会って間もないというのに馴れ馴れしい我が娘もいたものです。
「別にわたしはかまいませんよ」
「やったー、ねこたんのおゆるしでた! まどりーんっ、のーせーてー! おひざ!」
「ちょっ、ちょっと、それは困ります……っ、パティアさんっ?!」
女性になったわけではありません、あくまでそれは女装です。
気づかれるのではないかと、リード・アルマドだった者はわたしを見て、信じられないとでも言いたそうな顔をしました。
「しかしパティア、マドリを隠すならば早い方が良いのでは」
「あ。わすれてた、それもそうだなー。じゃあまどりんは、こっちー、こっちきてー。ねこたん、あとよろしくね」
膝に乗ろうとするパティアと、弱々しく拒むマドリという、はたから見ていて面白い図を崩しました。
ブロンドの愛らしき少女は目的を変えて、今度はマドリを厨房の方へと引っ張り立ち上がらせる。
「はい、お任せを。詳しい説明を受けていない気がしますが、何となくわかりました、アドリブでがんばっておきますよ」
「にへへ……みたか、まどりーん? ねこたんとパティアはなー、ぜんぶ、いわなくてもわかるのだー」
ええそうですね。いったん隠しておけば、食堂に現れた者にいちいちマドリを紹介する手間が省けます。
実に素晴らしいお考えですよパティア。あなたにそこまでの深い考えがあったとは。
●◎(ΦωΦ)◎●
そうこうして約40人近くに及ぶ全ての顔ぶれが食堂に現れました。
しかしクークルスは本当に困ったお方です。
厨房からそっと食堂の集まりをのぞくと、彼女は羊毛の手袋をせっせと作りながらイスに腰掛け作業に没頭していました。
「みんな集まったようです」
「そんな、全員だなんてそんな大げさな……。ぅ、ぅぅ、緊張で私、胸が、痛いです……」
「おむね、パティアがさすってあげるかー?」
「い、いえっ結構ですっっ!!」
「それ、セクハラですよパティアさん」
「むつかしいことばはわかんない……。けどパティア、もしかしてー、バニーたんっぽい?」
言葉ではなく、両手を横に広げて返事をしておきました。
これはいったい何事だろうかと、食堂の方ではわいわいと雑談が盛り上がっています。
これ以上待たせるのも申し訳ないです。
「では参りましょう、後ろに続いて下さいね、まどりんさん」
「どーどーとしてろー? まどりん、かわいいからー、すぐなかよしになれる! まどりんはー、ともだちに、なりたいふいんき、あります!」
「ぅ、ぅぅー……が、がんばります……」
どうも演技ではなさそうです。
元々は公子であり現公爵でもあるのですけど、リードはすっかり対人関係に弱気になっていました。
そのレディの手を紳士的にネコヒトが引きます。
食堂の中央へ、いつもわたしがフルートを奏でる辺りへと導きました。
その間、マドリは注目の的です。その女装がハマり過ぎている可憐さに、特に男の子の視線が熱心に注がれることになりました。
フフフ、プロデュースした身としてはなかなか悪くない気分です。
「皆様ご足労ありがとうございます、ただいま帰りました」
おかえりと、子供たちの半数が口々にわたしの帰郷を喜んでくれました。
もう半数はというと、なぜかエレクトラムさんがブチ柄になって戻ってきたことに、小さく驚いているご様子でした。
「さて。こちらの方が気になっているようですのでご紹介しましょう。彼女はマドリさん、カスケードヒルでたまたま出会いましてね、とても困っていらしたので拾ってきちゃいました」
「あだなはー、まどりんだぞー。パティアがなー、つけたのだ」
「マドリです……よ、よろしくお願いします……」
人々の反応はそれぞれでした。
大半の者はパティア同様、かわいい女の子の登場に喜んでいました。
今は皮のコートを脱いでドレスをあらわにし、きらびやかなサークレットを額に付けているように見えましたしね。
つまりそこに現れたお姫様キャラに、子供たちは興味津々といったところです。
一方のリックは疑いの顔色を見せました。
里に連れ帰るはずのリード・アルマド公爵をいったいどこにやったのだと、厨房の方に目を向けるくらいです。
「え。まさか、教官……」
しかしマドリの顔立ちからすぐに気づいたようです。
額に輝くトパーズ色の宝石といい、元々の姿を知る者からすれば十分な情報が残されていますので。
驚愕に目を見開くリックに、ネコヒトは静かにウィンクを送っておきます。
わかっています、黙っていて下さい、と。
「マドリさんはとある魔界名門のお嬢様なのですが、悪い親族に家を追い出されてしまったそうでして、帰る場所がありません。そこでわたしは、ここでかくまうとお約束したのです」
ジョグとクレイも同じように察してくれました。
リード公爵を救いに行ったネコヒトが、予定にない女の子を連れて帰って来たのですから、想像力を働かせればわかることです。
「まどりんね、こわがってた。きっとね、まちで、こわいことあったんだよ、きっと。パティアにはわかるのだ。まどりん、パティアがまもってあげるぞー」
さすがリセリにイケメンと呼ばれるだけあります。パティアは自分が守ると、皆の前でマドリの手を握って見せました。
この勇ましさが魅力であると共に、わたしを不安にさせるのです。
「そうかい、そりゃ大変だったな。俺はバーニィ、そこのネコヒトの自称右腕だ。もう安心していいぜ、お前さんを脅かす者はここには入ってこれねぇ」
ただし事情を知る者の中で、バーニィだけは例外でした。
そろそろ42にもなるであろう困ったおっさんは、自ら場の中央に歩み寄り、そしてあろうことか、ドレスから露出したマドリの肩を両手でガッチリと触れたのです。
「ひ、ひぅぅっ?!」
善意を装っていましたがね、バーニィの性格を知る者としては、スキンシップに見せかけて露出した肌に触れるのが目当てのようにしか見えません……。
ああ、かわいそうにリード少年だった者は、いきなり肌に触られて敏感にビクリと震えておりました。




