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18-12 イヌはネコの手も借りたい - ネコの手は今無い -

一方その頃、隠れ里ニャニッシュでは――


・元魔軍正統派の将ホーリックス


 この隠れ里ニャニッシュに男爵が現れた。

 それも護衛すら付けない単独で、荷物も持たず、ここまで無理に馬を飛ばして飛び込んできた。


 オレはこれから夕飯の準備に入るところだったのに、タイミングの悪いときに来るものだった。

 ここにリセリを呼んで、今日だけ厨房をジアたちに全て任せようかとも迷った。


 いや、結論も出せずに迷っていると、あのクークルスがいきなり来てオレの手を握っていたというのが正しい現実だ。


「行って下さい、ここは私たちに任せて下さいな♪」

「いいのか……?」


「はい、お料理はいい気分転換になりますから」

「そうか。しかし、クークルス、お前は……お前は気配りが、あまりに利き過ぎじゃないか?」


 こんなにも早くオレの状況を悟って、自ら代わりを受け持つと言ってくるとは恐れ入る。

 無骨者のオレから見れば、彼女のやさしさや女性らしさはまぶし過ぎた……。


「そうですかー? 厨房とわたしの仕事部屋は、そんなに遠くありません。それに夕ご飯が楽しみで、貴方のことを考えてたのもあるのかしら?」


 そう。だから仕事に飽きると、クークルスは厨房によく来てくれた。

 いやつまみ食いをしに来ているという面も、多少はある……。


「気恥ずかしいことを、平然と言いのける人だ……クークルス恐るべし、だよ」

「もー!」


「えっ……?」

「いつになったら私のこと、クーちゃんって呼んで下さるんですか~?」


 怒らせたと思ったらそんなことだった。

 騎士アルストロメリアにもよく似たことを言っている。彼女にとって愛称は大事ものなんだろう。


「教官と同じ返答になるが、抵抗がある。オレは無骨者だ、そういうのは、似合う気がしない……」

「そうでしょうか~? 初めて会った頃と比べると……あ、そうだったわ」


「どうした?」

「いえそれが、気づいたんですけど~。そんなことより、早く行かなくていいんでしょうか♪」


 そうだった。彼女と話していると時の流れがゆるやかになる。

 話してるだけで、やらなければならない義務を忘れそうになる人だった。


「ならお願いする。ヘンリー男爵が売り物も持たず現れるなんて、さすがに変だ。あちら側で何かあったと見るべきだ……」

「そうかもしれませんね。私、難しいことはわからないのですが♪」


「クークルス、そこがお前の魅力だ。では頼んだ、メニューはジアと相談して決めてくれ。黒パンならスープは必須だろう」


 ヘンリー男爵はバニーに連れられて城の奥に向かった。今から追いかければ見つかるはずだ。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 2人、いや4人は奥の厩舎に集まっていた。

 男爵が乗ってきた青鹿毛(くろ)の馬がかなり消耗していたので、それを休ませるついでだろう。

 小さなピッコロの隣に、魔界の大柄な馬が並んでいた。


「よう来たか、来ると思って待ってたぜ。安心しな、話はまだ聞いても進めてもいねぇ」


 バニーは自分だけ人間というこの状況でも、何でもないいつもの調子のままだった。


「男爵閣下が来るなんて、た、ただごとじゃないべ……」

「おみやげのお酒はないそうだにゃ」


 イヌヒト・ヘンリー・グスタフ男爵を正面に、バーニィ、ジョグ、うさんくさいクレイが立っていた。

 オレもそこに加わることにしよう。


「つらがよぉ、足りねぇなぁ……おいてめぇら、あの猫野郎は……?」

「にゃぁ♪」


「クレイ、薄汚ねぇてめぇなんかじゃねぇ! ベレトートルートはいるかって聞いてんだッ!」


「不在ですにゃ」

「タルトの送り迎えだ。それと何かあったらしくてな、マジな顔付きで出てったよ。昨日の話だ」


 彼の目当てはオレたちじゃなくて教官だった。

 不在と遠征の話に、しわ深い男爵の顔付きが不機嫌に染まった。


「チッ、あの野郎、肝心なときにいやがらねぇ! ならヤツはいつ戻って来るっ?!」


 男爵は何かに焦っていた。

 それもそうだろう、そうでなきゃこうして突然現れない。商人が手ぶらで来る時点でおかしいんだ。


「短く見積もって、明日だな。で、ヘンリー・グスタフ男爵さんよ、何かあったのか?」

「にゃぁ~、そうとしか見えないにゃぁ♪ ヤバヤバですかにゃぁ?」

「おいクレイ、これ以上男爵の機嫌さ損ねる必要ねぇべよ!?」


 この場にある全ての顔を睨みつけて、男爵は何かを確認していた。

 しかし期待にそえなかったのかもしれない、イヌヒトの喉が不機嫌にグルルと鳴った。


「ヤツにしか頼めねぇ仕事だ……」

「教官をご指名か」

「な、なぁ男爵様、あっちで、何かあったんだべか……?」


 すると今度はなんだろう、男爵がオレだけを見た。

 もしかしてオレに知られたくない話なのだろうか。邪魔そうな顔付きだ。

 彼はいつだって不機嫌だから正しくはわからない。ただオレたちに背中を向けて、無理をさせてしまった愛馬の首を撫でだした。


「俺は魔王に仕えたという、魔貴族の流れに生まれた。といっても位は低い、ただの男爵家だ」


 魔界では既に貴族制度は崩壊している。

 もう少し家の位が高ければ、有力者の婿を取ることで生き長らえる方法も選べただろう。


「金に困り没落して、家として滅びかけたところを、俺と、親父と、ママン……が商家としてどうにか苦労して盛り返した」

「にゃぁ~、にゃーにはわかってきたにゃ、あっち(・・・)の話だにゃぁ。ごめんね、ホーリックスさん、教えてあげたくても、にゃーは大先輩に口止めされてたにゃ」


 クレイの言い方に少し腹が立ったが、あえて無視を決めた。

 本当は教官がオレに隠し事をしていたことに、腹が立っただけだと気づいたからだ。


「へっ、そこの嬢ちゃんが知ったところで、どうにもならねえ話だ、隠しておいて正解だ」

「おいおい俺には話が読めねぇぜ、人間様にもわかるよう説明してくれや」


 男爵の前で人間であることを強調する必要はない。

 だけどわざとやってるんだ。バニーはそういうやつだと、オレもわかるようになってきた。


「ついこの前だ、魔貴族の最高位アルマド公爵家が、魔軍に反旗をひるがえした」

「な……何だってっ?! いくらなんでも、そんなの、無謀なんてもんじゃないぞ!」


 驚かないわけがない。敵は衰退した公爵家に倒せる相手じゃなかった。

 ただの自殺行為、愚の骨頂、自ら領地と家臣の命を魔軍に差し出すようなものだ。


「人間様のために説明してやるよ、ありがたく思え」

「おう悪ぃな。後で一杯おごるから頼むわ」


「へっ、調子の良い野郎は嫌いだ。嘘吐きが多いからな……」

「まるで自分のことを言われてるようだにゃ、フニャッ?!」


 話が進まないのでクレイの口をふさいだ。

 小柄だから後ろから抱き上げることになったが、体毛がガサガサしていて教官とはまるで違う。

 こんなものではなく、教官のやわらかい毛並みを触りたい。


「魔界中央深部、といった場所があってな、そこが公爵家の領土だ。で、反乱の鎮圧を受け持ったのが、魔軍正統派の長アガレスってクソ野郎だ。ケッ……」

「正統派ってぇと、リックちゃんの古巣か。ああ、だから気を使ってたってわけか。……つーか、今さらなんだけどよ、人間の俺が混じると話しにくいことかね?」


 バニーは信用できる。軽薄だが心根の深いところは真っ直ぐだ。元騎士という経歴にもオレは納得だ。

 しかし男爵が同じ感想を持つとは限らない。なのでオレは沈黙で返事を返すことになった。


 本当はここにいてくれバニーと言いたい。スケベで調子の良いやつだけど、オレにはない要領の良さがあった。


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