第1話 喋りかけるなオーラ
今日も藤原真砂は独りだ。
昼休みに入ってすぐに昼食を食べ終わり、それからずっと、両腕を組んで前方やや上を見つめてた。
視線の先には何もない。ように見える。
いやいや、何かあるんでは? 例えば天井に見応えのあるシミがあるとか?
席が隣の俺は、共通の話題になるかもと探索し、二週間をドブに捨てた。
結論。藤原はただ虚空を眺めてるだけ。
彼女のことがどうしても気になってしまう。
クラスイチの美少女だから? 正直、それはある。
切れ長の大きな目、真っ白い肌、厚めの唇は、モロ俺の好みなんだし。
だけど、ドキドキよりフシギが先に立ってた。
そんなに顔がいいなら、男子も女子も関係なく、ハエのように群がってちやほやしてくるはずだ。
なのに、彼女はそうされるのを拒絶してる。
例えば昨日は、別のクラスの男子がやってきた。
韓流アイドルだと言われたら、騙される女子が出そうなくらいのイケメンだ。
「前に言ってた俺の動画、見てくれた?」
先週、そういうアピールしてた。QRコードが載ってる名刺残して。
イケメンだと、自分を撮った動画に、自信が持てるらしかった。
妬ましい。
そもそも、馴れ馴れしく話しかけられるのは、自分に自信あるからだ。
妬ましい。
「俺の愛犬、めちゃかわいくなかった?」
なんだ、犬の動画か。
ちょっと好感度上がった。
藤原は愛犬家のイケメン無視で、相変わらず虚空を見つめてた。
犬より虚空だ。
「ほら! めちゃかわいいから、見て!」
イケメンが、焦り気味に自分のスマホを藤原の視線の先に出した。
それが悪手だと、過去の例から俺は知ってる。心の中で南無三♪
藤原がやっと相手を見た。
反応があってうれしそうなイケメン。
だがしかし、藤原が向けた視線は、悪鬼を踏み付けてる仏教の守護神より厳しかった。
「お、おう……」
すごすごと引き上げる韓流アイドル風。
ちらっと見えたけど、愛犬は確かにかわいらしかったのに。
こんなふうに、藤原はとにかく喋りかけるなオーラが酷すぎた。
そういう光景を見慣れてるばっかりに、俺は隣の席という幸運を生かしきれないまま日々過ごしてる。
弁当箱をカバンに入れるついでに横を見ると、藤原は頭を大きく上下に振ってた。
眠い時になるやつだけど、ここまで激しいのはある種のバンドのライブでしか見れないはず。ヘドバンだっけ?
机にきれいな顔ぶつけるぞ……と思ったところで、
ガンッ!!
おでこを机に激突させた。
「くうぅぅぅ……」
ちいさい声でうなってるのが、ちょっとかわいい。
クラスメイトがチラチラ見てるけど、声かけようって発想は誰にもなさそうだ。
注目はされてるけど、誰も近付けない。それが藤原。
俺はカバンに『冷え冷えシート』があるのを思い出した。
だからってそれをどうしようっていうんだ?
よけいなことして拒否られたら、負わなくていいダメージ負うのは確実。
顔を起こした藤原は涙目で、いつものオーラが弱ってるように見えた。
かわいそうと、思ってしまう。
これ以上悩むのは面倒だ。
ダメージ覚悟で『冷え冷えシート』を隣の席の上に置く。
「デコ、赤くなってる」
藤原は机の上と俺の顔を、交互に何度も見た。
結果がすぐに出ない状況が、かなりツラい。
「サンキュ」
と、無表情に受け取る。
この選択には正直驚いたが、照れた笑顔とかがないのが藤原らしいとも思った。
さっそくシートをおでこに貼る、キツい目付きの黒髪ストレートロングの美少女。
なんかシュールだ。
笑いそうになるのを我慢しながら、もう藤原のことは忘れたふりして、スマホで動画を眺めて昼休みを過ごした。
そして放課後。
帰る準備してると、藤原が俺の方に身体を向けて立ってた。
見上げたら、間近で美形と見つめ合うという人生初の事態に。
めちゃくちゃ居心地悪いが、目の前のクラスイチの美少女はすぐには口を開かない。
「今日ので三回目」
やっと、ぼそりと言う。
態度はキツいが、声は高めで割とかわいい。
前からそう思ってた。
「へ? 何のこと?」
言ってることに、まったく心当たりがない。
「一回目はグループ学習に誘ってくれたこと」
クラスで四人のグループ作るのに、相手を探そうともしなかったので、声をかけたのだ。
この時も、シカト覚悟だったので、声が裏返ったりみっともないことになってた。
他のメンバーは、うれしいような戸惑うようなそういう反応。
「二回目はスカートめくれてるの教えてくれたこと。『パンツ見えるぞ』とかデリカシーなかったけどね」
なんか目付きが厳しくなった気がする。
今思い出したが、彼女がイスに座った後に、そう言ったことがあった。
指摘しないとマズいが、急に声かけるのは勇気いりすぎる。
結果、テンパりすぎて言葉を選べなかった。
「で、さっきの『冷え冷えシート』。助かった」
そう言いながら、おでこからシートを剥がす。
まだ付けてたのか。
と、机の上に紙切れが置かれた。
「ありがと。これ、お礼」
手に取って見ると、聞いたことないラーメン屋の無料券だった。
「ラーメン?」
藤原のイメージと繋がらなくて聞いたら、本人はもう背中向けて、さっさと教室を出ていった。
三回の親切?のお礼に、常に喋りかけるなオーラを発してる無愛想な美少女から、ラーメン無料券もらった。
状況を受け容れるための、脳の処理がいつまでも終わらない。
そこへクラスメイトがふたり駆け寄ってきた。
「細田、なんだよ今の?」
「藤原が自分から話しかけるの、初めて見たぞ」
こうやって驚くのは、同じクラスで一学期以上過ごした人間の、当然の反応だ。
俺だって例外じゃない。
「なんなんだろうなぁ」
そう応えるしかできなかった。
「まぁいいや。で、細田。今からカラオケ行くの、どうするか決めた?」
「やめとく。用事思い出した」
「そっか、またな」
と、クラスメイト達は二度は誘ってこず、ふたりでカラオケ店に向かった。
我ながら思う。
こうやって付き合い悪いから、入学して二学期になったのに、友達がひとりもいないんだ。
しかもそのことに、じめじめした感情がなんも湧いてこないとはな。
俺もあんま藤原のことは言えない。
では、せっかくもらった無料券を使おうか。
スマホで検索したら、そんなに遠くもなかったし。




