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ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~  作者: 厳座励主(ごんざれす)
第1章 ダンジョン嫌いニキ、バレる

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最終話 まあ、悪くない

 とある静かな昼下がり。

 都心の外れ、路地裏にひっそりと佇む小さなカフェ。

 客の姿はなく、壁掛けテレビから流れるニュースの音声と、窓を打つ雨音が静かな店内に響いていた。

 俺はソファに腰かけて、ブラックコーヒーを一口啜る。

 爽やかな苦味を感じながら、ぼんやりとテレビの画面を見つめた。


『――()()()()()()した、イグニス社CEOドルヴァノ・イグニスによる殺人未遂事件について、続報です』


 ちょうど、例の男の話題だった。

 映像には、連行されるドルヴァノの姿が一瞬だけ映る。

 カメラを見返すその瞳の奥に、怒りの炎が静かに燃え上がっているのを感じた。


『警察当局はすでに身柄を拘束。現在はインターポールを通じ、各国との連携捜査が進められています。また押収された資料の一部から、複数のダンジョン関連事故との関与が疑われており――』


 肩がずきりと痛む。

 レーザー銃で奴に撃たれた場所だ。

 俺やルクシアに対する殺人未遂……そこから始まった捜査は、過去の違法行為へと広がっていった。

 違法な金銭の取引や密輸、それに事故として処理されていた不審死の数々。

 これまで権力と金で揉み消してきた悪事が、次々と暴かれだしたのだ。


「……ちゃんと、落ちるもんだな」


 小さく呟き、コーヒーを飲み干す。

 そのとき、ポケットの中でスマートフォンが震えた。

 リマインダーの通知だ。

 設定していた時刻になったという報せ。


 そろそろか……と思ったところで、店の扉が開いた。

 ベルの音が小さく鳴る。

 店の扉から入ってきたのは、季節外れの分厚いコートに身を包んだ女だった。

 つばの広いハットを外すと、縦ロールの金髪が現れる。

 サングラスとマスクを外したその顔は見間違えようもない。


「――お待たせしたようですわね」

「いや、時間通りだ」


 女――天城ルクシアは、俺の向かいに腰を下ろした。

 店内を一瞥し、わずかに目を細める。


「静かでいい場所ですわね……貸し切ったんですの?」

「ここは――」


 言いかけて、止めた。

 カウンターの奥から、小走りでやってくる足音が聞こえたからだ。


「――あっ、ルクシアさん! いらっしゃいませ!」


 明るい声が店内に響いた。

 声の主である姫宮は、カウンターを開けて俺たちのテーブルの脇までやって来る。


「あら、貴方のお店でしたの?」

「ただのバイトなんですけど、マスターにお願いして使わせてもらったんです!」


 そう言って、姫宮は少しだけ胸を張る。


「今ケーキをお出ししますね! ルクシアさん、お飲み物は何にしますか?」

「紅茶をお願いしますわ。ストレートで」

「はいっ!」


 姫宮は軽く頭を下げて、奥へと戻っていった。

 俺はそれを見届けると、視線を向かいのルクシアへ戻す。

 今回の会は、ルクシアの呼びかけが発端だった。

 

 『少し話したいことがある、どこかで会えないか』。

 そのメッセージに俺は快くOKを出したが、互いに顔が売れすぎている。

 人目を避けるために、姫宮のバイト先であるこの店を借りたのだ。

 少しの沈黙のあと、俺はルクシアに気になっていたことを聞いた。


「そういや、家族はどうなったんだ?」


 ルクシアの家族は、ドルヴァノに借金をしたことで彼の監視下にあった。

 その借金を帳消しにしてもらう代わりに、ルクシアはイグニス=ギアでタダ働きをしていたのだが……。


「ドルヴァノの逮捕と同時に、あっさりと解放されましたわ。数々の悪事が明るみに出る前に、一つでも多く証拠を消しておきたかったのでしょう」

「そうか……よかったな」

「ええ。それに伴って、私のスポンサー契約も破棄されましたわ。今は私が自分で仕事を選んでおりますの。……大変ですが、悪くありませんわ」


 ルクシアはそう言って、優しく微笑んだ。

 イグニス=ギアによる縛りが無くなり、彼女は自由に仕事ができるようになったらしい。

 どおりで、最近は以前にも増して、あちこちでその顔を見るようになったわけだ。


「――お待たせしました!」


 そこへ姫宮が戻ってくる。

 トレイで運んだケーキと紅茶を、丁寧にテーブルへ並べた。


「手際がいいじゃないか」

「えへへ……もう働いて一ヶ月になりますから」


 姫宮は少し照れたように笑う。


「あら、最近始めたんですのね? 貴方ほどの人気があれば、配信(ストリーマー)一本でも生活していけるでしょうに」

「そ、そんなこと……なくはないんですが」


 一瞬だけ謙遜しようとして、訂正する姫宮。

 彼女は配信で俺を映したことがきっかけで世間から注目を浴び、そして『ダンジョンの現実を伝える』という大志のもと、勉強系の動画をいくつかアップしている。

 そちらの評判もよく、国内ではそこそこ人気のある配信者(ストリーマー)だった。


「もともと妹の治療費と家族の生活費のために始めた配信で、それが叶った今……ちょっと目標を見失ってるというか」

「なるほどですわね」


 ルクシアは紅茶に口をつけ、嚥下してから息を吐く。


「やりたいことをやり、やりたくないことはやめる。その自由があるというのは、恵まれている証拠ですわ。ゆっくり、時間をかけて考えればいいのですわよ」


 姫宮は小さく頷いた。


「……はい。もう少しだけ、探してみます」


 そう言って頭を下げ、カウンターへ戻っていく。

 その背中を見送ってから、ルクシアがこちらに向き直った。

 カップを皿に戻し、陶器の触れ合うかすかな音が響く。


「さて、本題ですわ」


 その一言で、空気がわずかに引き締まった。


「いよいよか」


 わざわざ呼び出され、世間話だけで終わるはずがない。

 短い沈黙のあと、ルクシアは迷いなく口を開いた。


「――私とパーティを組んでほしいんですの」


 その言葉の意味を測りかね、俺は一瞬だけ沈黙する。


「……ぱ、パーティ?」


 問い返した俺の言葉に、ルクシアは頷きを返す。


「これまで私は、イグニス社に縛られていたこともあって、ずっと一人でやってきましたの。ですが、先日の攻略で理解したのですわ。背を預けられる相手がいることの素晴らしさを」


 その真っすぐな瞳に、あの戦いの光景が俺の脳裏をかすめた。


「黒野さん。貴方になら、私の背を預けられますわ」


 なるほど。

 つまり、ダンジョン攻略や配信活動のパートナーになりましょう、と。

 そういう提案らしい。

 俺はルクシアから視線を逸らさず、最初から決まっていた答えを口にした。


「ありがたい話だけど、断らせてもらうよ」

「……そう言うと思ってましたわ。ダメ元ってやつですの」


 ルクシアは肩をすくめ、あっさりと返事をした。

 俺は背もたれに体を預け、視線を天井に向ける。


「夢を見たんだ」

「夢、ですの?」

「昔の知り合いが出てきてさ、俺の人生を歩めって言われたんだよ」

 

 かなり大雑把な物言いになったが、ルクシアはそれを追及しない。

 「なるほどですわ」と一言だけ言って、ケーキを口に運んだ。


「長く続けてきたことも、一通り終わったしな。しばらくは休もうと思ってるんだ」


 9年間開発を続けてきた、ダンジョン攻略支援用人工知能――アリスは完成した。

 少しずつではあるが、市場に出回りつつある。

 あとはもう、俺が手を出さなくても回っていく。

 そういう段階まで、やっとこさ漕ぎつけた。


「……そうだな。落ち着いたら、また何かやってもいいな」


 はっきりとした形はまだない。

 ただ、止まったままではいないと、漠然とした思いを抱いている。


「素晴らしい選択ですわね」


 ルクシアは目を細め、立ち上がる。


「もう行くのか?」

「今夜の便でフランスですの。魔具(マギア)の新製品の、共同開発の依頼がありますのよ」

「相変わらず、忙しそうだな」


 コートを羽織り、ハットを被って変装を完了するルクシア。


「貴方の席は空けておきますわ。気が向いたら連絡なさいな」


 軽く言い残し、そのまま店を出ていった。

 扉が閉まる音が店内に響く。

 そのとき、ポケットの中でスマートフォンが震えた。

 取り出して画面を開く。


『帰りは何時になりそうっすか? 夕飯作っとくっすね!』


 ()()()()()

 ふっと笑い、俺は返信を打つ。

 一時間くらいで帰る……と。

 送信して画面を閉じる。

 カップにわずかに残ったコーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がった。


「俺も帰るよ。ありがとな、姫宮」

「いえいえ、黒野さんには感謝してもしきれませんから……! こんなことでよければ、いくらでもですよっ」


 変わらない調子の返事に、少しだけ気が緩む。

 俺は軽く手を挙げて、店を出た。


 外に出ると、雨は既に上がっていた。

 湿った空気にアスファルトの匂いが混じっている。

 ポケットの中でスマートフォンがもう一度震えた。


 取り出して画面を見ると、「ビックリ!」と「投げキッス」のスタンプ。

 思わず、わずかに口元が緩む。

 画面を閉じて、スマートフォンをポケットに戻した。


 顔を上げる。

 灰色の雲はまだ残っているが、切れ間からわずかに光が差している。

 濡れた路面が、それをきらきらと反射させていた。



 ――まあ、悪くない。



 心の中でそう呟いて、歩き出す。


 靴底で水を踏む感触を確かめながら、一歩ずつ。

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