第18話 イグニス=ギア
「――これ、支社であってるわよね?」
羽生田社長は、車の窓から外を見て呟いた。
「確かに、支社って単語が冗談に思えますね。これだけ広いと」
俺もその意見に同調する。
俺たちが連れてこられたのは、都心の一等地にそびえ立つ、巨大な施設だった。
世界最大の企業、イグニス=ギアの東京支社である。
「そもそも、会社の敷地内を車で移動するって何なのよ……」
「羽生田マギテックとは雲泥の差ですね」
「黒野くぅ~ん、今なぁんて言ったのかなぁ~?」
「おっ、アレがメインの建物ですかね」
「ぐぬぬ……社長を舐めてるな……」
俺は社長の言葉にわざと返事をせず、窓から上方へ視線を向ける。
ガラスと金属で構成されたタワー群が幾何学的に配置され、その中央に、ひときわ高い主塔が空へ突き刺さっている。
外壁には魔力循環用の導線が走り、青白い光が脈動していた。
「――ダンジョン関連の魔具開発、エネルギー制御事業、軍事・医療転用研究など……我が社の事業は多岐に渡ります。その分だけ、人も建物も多いということですよ」
車の運転手――俺たちをここへ拉致した張本人の黒服が、平坦な声で答えた。
イグニス=ギアはダンジョン出現以降に急成長した企業であり、今や国家予算を凌駕する資金力を持つとまで言われている。
まさに、ファーストムーバー理論の体現者だ。
「……事業も多いし、潰した相手も多い、と」
隣に座る俺だけに聞こえる音量で、羽生田社長は呟く。
イグニス=ギアは世界最大の企業でありながら、同時に黒い噂も絶えない企業だ。
危険区域での非公開実験、未承認技術の強行投入、各国政府との裏取引など。
真偽は不明だし、俺も陰謀論だろうとタカをくくっていた。
……しかし、この威容を前にすると、十分あり得ると思えてくる。
「まだ着かないわけ? さっきからあの建物に全然近いてないじゃない」
「もう少々お待ちください。なにぶん、道が複雑なもので……」
会社の正門をくぐってから、すでに10分は走っている。
車の左右では整然と立ち並んだタワーが流れ、空中は小型ドローンが無数に往来している。
ときたますれ違う大型輸送車両は専用レーンを滑るように移動しているし、遠方には何の試験に必要なのか理解不能な巨大ドームも見える。
「……街だな、もはや」
俺は思わず、率直な感想を零す。
「あっ、ねえねえ黒野くん、あそこの搬入口に積んである試作機、ちょっと一台くらいパクってもバレないと思わない?」
「絶対バレますから。やめましょう」
「じ、冗談よ、冗談。そんなマジなトーンで言わないでよっ」
「一企業の代表が、冗談でも『パクる』なんて言わないでください」
羽生田社長は相変わらずの余裕っぷりだ。
訳も分からず拉致された直後とは思えない。
そんな会話をしながら、更に5分ほど車に揺られた。
「……到着です。ここからは徒歩で参ります」
運転手の男に連れられ、メインタワーの内部へ。
床は一枚石のように磨き上げられ、足音が静かに吸い込まれる。
壁面にはホログラム投影された世界地図。
各地のダンジョンに関するデータだろうか?
何かしらの情報が、リアルタイムでぴこぴこ更新されている。
「あ、黒野くん。お友達だよ」
「お友達……?」
「ホラ、あそこ」
社長が指さした方を見る。
するとその壁に、世界一の配信者・天城ルクシアの肖像画が飾られていた。
確か彼女の専属スポンサーが、イグニス=ギアだったはずだ。
「むしろ敵ですね。襲われたんで」
「おっ、珍しく根に持ってる」
社長の悪戯っぽい笑みをスルーし、運転手の後を追う。
そのままドデカいエレベータの手前まで来て、歩みを止めた。
「さあ、お乗りください」
タワー中央部のエレベーターに乗り、上へ。
もちろんコレも最新鋭の設備なのだろう。
静かな加速で、小さな耳鳴り一つ起こらない。
やがて上昇が止まり、扉が開く。
「こちらが、社長室でございます」
男に促されるまま、俺と羽生田社長は部屋に入る。
瞬間、思わず息を呑んだ。
「っ……!」
全面ガラス張りの壁からは、東京の夜景が一望できる。
部屋の中央には漆黒のデスク。
脇にはワインセラー。
壁にかけられた芸術品と、並んだ最先端端末が違和感なく同居している。
その奥に、一人の男が佇んでいた。
「――よく来たな。私がこの城の主……『ドルヴァノ・イグニス』だ」
白髪交じりの銀髪を後ろへ撫でつけた、年齢不詳の男――ドルヴァノ。
肉厚な長身を、仕立ての良いスーツで包んでいる。
指先まで気迫に満ち溢れたようなその男は、深緑の瞳でこちらを射抜いた。
「少々強引に呼びつけてしまってすまない。手荒な真似はされなかったか?」
流暢な日本語だ。
奴の言葉には、返事一つするのにも覚悟がいる。
俺が答えあぐねていると、社長が即座に割って入った。
「急ブレーキ踏まされたことを手荒と言わないのであれば、ありませんね」
社長は毅然とした態度で返す。
ドルヴァノは興味深そうに目を細めた。
「ふっ……申し訳ない。我が社のモットーは『時は金なり』でな。許せ」
まったく悪びれる様子もなく、ドルヴァノはにやりと口角を上げて言った。
「御託は結構よ。わざわざ私たちを捕まえてここに呼んだ理由は?」
「……心当たりが無いか?」
社長は少しだけ首を傾げた。
「生憎、うちは零細なの。世界一の大企業とは何の接点も無いわね」
「零細、ね……ことダンジョン研究においては、我が社より君たちの方が古株だろう?」
ドルヴァノの視線が、いっそう鋭くなる。
「――政府直属ダンジョン専門特殊攻略部隊……元・総指揮官と、英雄くん」
「っ!」
それは、今から10年前。
まだ16歳の高校生だった俺と、自衛隊に所属していた32歳の羽生田社長。
二人の、懐かしい肩書きだった。
「どこでそれを……」
「私に入手できない情報はない。……もっとも、徹底して記録を抹消されていたかつての英雄たちのデータを入手するのは、少々骨が折れたがな」
ドルヴァノは余裕の表情でワインをあおる。
「人の過去を漁るなんて悪趣味ね……で? 目的は何なの?」
「《《提携》》だよ。君たちの開発した、アリス……だったか。ぜひ、我々に技術提供をしていただけないかと思ってね」
「……何を言い出すかと思えば、仕事の話? たったそれだけのために、私たちの過去を探ったっていうの?」
「提携先を調査するのは、当然だと思うがね」
薄く笑うドルヴァノ。
こいつの思惑が読めない。
社長の言う通り、提携話を持ち掛けるためだけに、ここまで周到な用意をするとは思えなかった。
「……アリスは」
社長は短く呟き、そこで一拍置く。
「うちの社員が必死に作り上げたものよ。提携するにしても、慎重に考えさせてもらうわ」
「ふむ……ならば、こういうオマケ付きならいかがかな?」
ドルヴァノが指を鳴らすと、部屋の上下の隅が青白く発光する。
どうやらプロジェクタを起動させたらしい。
部屋の中央、ドルヴァノが立つ場所のやや奥に、地球の3D映像が投影された。
「我々と提携を組めば――」
ドルヴァノの言葉に合わせ、地球は中空でゆっくりと回転をする。
そして、世界各地にポツポツと赤い点が浮かび上がり始めた。
赤の浸食はどんどんと進み……。
やがて、地球の半分が赤く染まったところで、ようやく停止した。
「――40億機の売り上げを約束しよう」
ドルヴァノは真っすぐこちらを見据えて言った。
社長は一瞬だけ言葉に詰まりつつ、すぐにかぶりを振った。
「……馬鹿げてる。ダンジョン攻略者は、世界全部を合わせても数100万人。それを40億機なんて、無理に決まっているでしょう」
「まったくもって、その通りだ」
ドルヴァノは静かに頷く。
「世界がこのままであれば、だが」
「……どういう意味よ」
沈黙。
社長の言葉に返そうとしない。
普通に考えれば、まったくもってあり得ない話だ。
しかし、目の前の男は、決して誇張や嘘を言っているようには見えなかった。
40億。
世界人口の半数。
つまり、ダンジョン攻略者ではない者まで、アリスを所持する前提。
一般人が、アリスを必要とする状況。
……そんな状況は、一つしかない。
俺の脳裏に、最悪の想定が浮かび上がった。




