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ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~  作者: 厳座励主(ごんざれす)
第1章 ダンジョン嫌いニキ、バレる

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第19話 世界をこの手に

「――お前、この世界をどうするつもりだ……!」


 思わず、そう口走っていた。

 

「黒野くん……!?」


 羽生田社長がこちらへ振り返る。


「……いいだろう、説明しよう」


 ドルヴァノは指先でワイングラスを揺らしながら言った。

 こいつが考えていることは、だいたい察しがついている。

 だが、そんな発想を本気で事業計画に落とし込む人間がいるとは、認めたくなかった。


「現在の世界人口はおよそ80億人。先ほど提示した売上想定は40億機。つまり……人口の半分アリスを有するということだ」

「そんなこと……あり得ないわ。スマホじゃないんだから」


 社長が即座に切り返す。

 ドルヴァノは楽しげに目を細めた。


「スマホか……実に的確な例えだ。今や世界中の人間が所持している。一家に一台の次元ではなく、一人一台だ。……では、なぜ人はスマホを持つのか?」


 わざとらしく間を置いて、再び話始めるドルヴァノ。


「――それが、()()()()()()()()だからだ」

「そんな、貴方に都合が良い世界になるわけないわ……!」

「なるんじゃない。自らの手で()()()()()んだ。『ゲート暴走』を使ってな」


 ゲート暴走。

 それは、ボスを討伐できていないダンジョン――いわゆる『未踏破』のダンジョンが臨界に達し、魔物が現実側(こっちのせかい)へ溢れ出す現象のこと。

 魔具(マギア)開発が進んだ昨今では、もはや起こることもなく、半ば歴史上の出来事へと化してしまっている。


 つまりドルヴァノは、そのゲート暴走を利用することで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「そ、そんなの無理よ! 暴走するゲートを上手く管理するなんて、できるはずないわ!」

「……不可能を可能にするのが、我々魔具(マギア)研究者の使命だ」

「っ……そもそも、暴走が起こるゲートなんて存在しないはずよ」

「反論が苦しくなってきたな。……確かに未踏破のダンジョンは存在しないが、それも()()だろう」


 言い淀む羽生田社長に反し、ドルヴァノは平然と返す。


「君たちも当然知っていると思うが、ゲートは数年に一度、新たに出現する。我々の独自調査によれば……次の出現は、そう遠い未来ではない」


 周期にすると、だいたい2年に1度のペースで新しいダンジョンが出現している。

 前回は2年前、2034年10月のことだ。

 場所はインド、ムンバイ湾岸の再開発地区だった。


 インド軍の攻略部隊が即応投入され、発生から24時間以内にボス個体を討伐。

 暴走の兆候など毛ほども見せず、あっという間に踏破してしまった。

 民間への被害もほぼゼロ。

 「軍所有の戦力で十分対応可能である」という前例が、また一つ積み上がった。

 だからこそ……ドルヴァノの構想は、夢物語でしかない。


 だが……なんだ、コイツのこの余裕は。

 疑いや迷いの一片すらない、まっすぐな瞳は。


「次にゲートが出現したとき……世界はさらにイグニス=ギア(われわれ)を欲するようになる。そこに、君たちも一枚嚙ませてやろう、という誘いだ」


 管理された暴走。

 制御された混乱。

 一般人が、命を守るために魔具(マギア)やアリスを持つ世界。


「……最悪だ」


 俺はぽつりと呟く。

 握った手の中には、じっとりと汗が滲んでいた。


「聞くだけ時間の無駄ね。絵空事だわ」


 羽生田社長は冷たく言い放つ。


「ゲートが現れたって、すぐ各国の軍が踏破するでしょう。貴方の介入する隙は無いはずよ」

「くっくっく……」


 ドルヴァノは肩を揺らす。


「司法、行政、立法、軍隊……そんなもの、私の前では何の意味も成さない」


 そう言いながら、ドルヴァノは右手を前へ出した。

 ゴツゴツと骨ばった、大きな手だ。

 するとプロジェクターが向きを変え、地球の立体映像を移動させた。

 ドルヴァノの掌の上に。


「私が()()()()()()()()()()ということが……未来に起こる出来事の、何よりの保証だ」


 世界最大の企業、イグニス=ギア。

 そのトップが描く絵図は、決して絵にかいた餅にはならない。

 何らかの勝算、何らかの裏付けがある。

 それが何かは明かさないが、俺がそう言っているのだから信じろ。


 ……ドルヴァノは、俺たちにそう伝えたいのだ。


「……はあ、呆れた。もういいわ」


 社長は大きくため息をつき、踵を返す。


「――待て!」


 呼び止めるドルヴァノの声が、ここにきて初めて荒れた。


「いいのか、チャンスを逃しても! 莫大な金が手に入るんだ! 孫やひ孫の代まで遊んで暮らせる金だぞ!! それも社員全員にだ!!」


 その言葉で、社長は足を止めた。

 そしてドルヴァノの方へ振り返り、再び歩みを進める。

 ヒールの音が、コツ、コツ、と室内に響く。

 一直線にドルヴァノの前へ。


「そう、そうだ! 我が社としても、アリスには一目置いている! これは千年に一度のビッグチャンスなんっ……!?」


 社長はドルヴァノの胸倉を掴み、ずいっと距離を詰める。

 そのまま額が触れ合いそうなほど近づいて、ギロリと睨み上げた。


「――金が欲しくてやってんじゃないわよ!!」


 空気が震える。


「世界を守るために、もう二度と()()()()()を起こさないためにやってんの! アンタもいっちょ前に部下の命を預かってんなら、それくらいわかんなさいよ!!」

「なっ……」


 そのあまりの迫力に、ドルヴァノは言葉を失った。

 遠く離れている俺ですら、震えあがってしまいそうになる。

 社長はしばらく間近で睨み続け、やがてその手を離した。

 再び踵を返し、こちらにコツコツと歩いて来る。


「ふんっ。帰りましょ、黒野くん」

「あ……は、はい」


 俺は反射的に頷き、遅れて後を追う。


「後悔するぞ! お前は世界を操作する側に回れる、千載一遇の機会を棒に振ったんだ!」


 部屋の出口へ向かう途中、背後からそんな声が飛んだ。

 社長はもう振り返らず、足を止めることすらせず、冷徹に言い放つ。


「女ひとり意のままに操れない男に、世界を操作できるわけないじゃない」


 社長室の扉が、音もなく閉まった。




------




 無言のまま、運転手の男に先導されてエレベーターへ向かう。

 重い扉が閉まり、下降を始める。

 耳鳴りひとつしない空間の中で、俺は静かに考えていた。


 あの男は、嘘をついていない。


 40億機。

 世界の半分。

 常識で考えれば、荒唐無稽な数字だ。

 だが、あの目は空想を語る目ではなかった。


 勝算がある。

 具体的で、冷徹な算段が。


 俺の胸の奥に沈殿する、説明のつかない違和感。


 それはまだ形を持たない。

 だが確実に、何かが動き始めている予感だけがあった。



 ――そして、その予感が現実として牙を剥くまで、そう時間はかからなった。



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