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はるかの日々  作者:
257/257

第257話 眷属の癒やし

英国対応は佐原に一任してマギの手からは取り敢えず離れた。

だがあちらが取りまとめた機体性能要望を聴き取る初会合の際に、情報漏出元への報復を匂わせ、「次は依頼元へも手が及ぶ」旨を諭した。

既に調査に当たった人員と連絡がつかなくなっていることを彼等は承知していたから、それが脅しではないと理解したことだろう。


トドメはマモルが言ったこの台詞だろう。


「私は日本人だ。日本を舐めない事だ。次やったら君らは全てを失うだろう。こちらとしても躊躇はしない」


そう言い捨てて退室した実に無礼なマモルへ英国の政府高官らは言葉を発することができなかった。


宇宙往還機タンポポのリリースは間近だ。コキーユの劣化版であるモドキなど所詮タンポポにも及ばないただの大気圏内限定機に過ぎない。だがそこに大金を注ぎ込ませる。詐欺みたいなものだが、それを今回のペナルティとするのだ。

タンポポの公開は今回の機体契約締結直後としたのは楓の提案だ。

さすがの性格の悪さである。まぁ、本件への怒りは群を抜いて強い彼女だ。この程度の報復ならば温いものだろう。



◇◇◇



富士へ飛ぶマモルと別れた遥は自宅へ帰ってからバイクに跨り外房の海へと走ってきた。どの乗り物も操る楽しさがあるけれども身体を外気に晒して感覚を研ぎ澄ませて走らせるこの乗り物が一番自分の肌に合うと思っている。


今回の件では自身の温さが身に沁みた。自衛隊ってだけで無条件に信じてよいわけがないのに、何故か身の回りの自衛官は例外なく信用できると“読み取れる”人ばかりだったから組織丸ごと信じてしまっていたのだ。楓がトップにいるのも信頼度向上に一役買っていたし。

そんな訳ないのに。一つの組織の中には幾通りものタイプの人がいる。善人、悪人、無気力、有能、無能、夢想家、現実主義者、男、女、人種、宗教………多種多様な人々を一律に固定化した目線で俯瞰して良いわけがないのに。それは国であったり、地域であったり、学校や、家庭やあれやこれやの全てに当てはまるだろう。


「愚か者め」


砂浜に一人座り込み呟く遥。

割と賢いと思っていた自分が何も分かっていない愚か者だと自覚させられた。そういう意味では良い経験だったと言えるのかも知れない。


「マジ、嫌になる」


裏切りを知った途端に報復しか考えられなくなった自分。実に短絡的だ。結局は楓が代行してくれて、その行為を組織の引き締めに利用した。

楓は怒り狂うが如くの所業を見せ付けておいて後処理は実に理性的であった。人としての格が違うと思い知らされた。それと同時にいかに彼女が自分を大事に思っているのかも良く知れた。今更ではあるが。


「若いのがダメなのか?」


女子高生の時期を過ぎた以上、若さに拘泥する意味はないのだ。だがマモルは未だ若さが表出している。前世での面影は稀に見られるが、やはり今生に於いての人格はマモルが主なのだろう。遥を愛し慕うマモルは何処か幼さを抱えていてそのままの想いを寄せてくる。だから自分でも偶に思う。まるで姉弟のようだと。この上でさらに精神年齢上げたら………母子になってしまわないか?

それはちょっと、ないかな。


「はぁ、情けない」


こうして太平洋を眺めていても自身の小ささが余計に際立つというか………ん? なにか………呼んでる? 『………はるか………たすけて………はるか』これは………


「ヨシコか! どうした? 何を助けて欲しいんだ?」


『子がケガした』


「何処にいる? ………捉えた! 行くぞ」



海岸には遥のバイクと砂浜には形の良い尻の跡だけが残されていた。



◇◇◇



北太平洋の何処か。空は晴れ渡り波は凪いでいる。そして足元には巨大なシャチが。


「ケガしてるのってどの子!?」


遥を乗せたシャチがスルスルと海上を滑るように移動する。群れから離れて周囲を警戒していたのだろう。

直ぐに群れの中心部、大人達に囲まれた5mはある群れの中では小振りとなるシャチの横へと辿り着く。


『この子、噛まれた』


見ると尾に近いところが齧り取られたように欠損していた。実際に齧り取られたのだろう。サメかな?

いや、今はそんな検証はしなくて良い。

子シャチの背に逆方向に跨って、欠損箇所へ手を当ててスグに治癒魔法を発動した。

おぉ? 魔素が濃い。周囲には見渡す限り島もないのに我が身に溜め込んだ魔力を使わずに周りからいくらでも取り込める。これなら帰りの転移もイケると安堵した。

子シャチのケガは瞬く間に欠損箇所が再建されて、1分後には完治した。まあ失われた体力なんかは食事とかしながら回復しなきゃならないんで、いきなり元気に泳ぎ回れる訳ではないのだけれども。


「ケガは治したよ。でもメシ食わなきゃ体力は戻らないから………あ、獲物いるね………よし、掴んだ!」


魔素探査してどデカいサメを発見。水の大精霊ルサールカの加護に協力を得て水中で水による拘束をしてから海上へと引き出した。


「喰え!」


ヨシコがトドメを刺してから口で抑えて子シャチに食べさせた。

満足したあとから他の子に食べさせて、それから大人達が食べ始める。

ヨシコの優しさが伝わってくる。


食後、群れのシャチ全員から感謝された。ケガしていた子シャチからはチューしてもらった。

人間社会の複雑さや歪みとは無縁なこのコミュニティには癒やしがある。勿論自然の中で生きてゆくことは緩くないだろう。しかし恩には好意を返してくれるストレートな実直さが今の遥にはとても好ましいのだ。

思わず“犬でも飼うか”なんて思いが頭を過ぎるくらいには癒されている。

いやいや、元来ペット否定派なのに、何を考えてるんだか。ヨシオもヨシコも家族や友達なのだ。断じてペットではない。


………まぁ、何にせよだ、しばらくはシャチらと戯れて時を過ごしてからお別れをした。


遥は心なのか魂なのかが通じ合った、謂わば契約者的対象の元へしか転移出来ない。すくなくとも今はそうだ。だから………長野のミシャグジ様の元へと転移した。ヨシオの所は自宅までの帰路がちと遠いし。


『どうした、人の子よ』


「海のど真ん中から帰ってきたんだけど………ゴメンね、ここがうちから一番近いもんで」


『うむ、構わんぞ。それよりもう日が落ちるぞ? 夜の移動は止めてここで夜を明かすが良い』


「うーん、まぁ、急いでも何だし。うん、お願いします」


巨大な蛇であるミシャグジ様は身体を預けても温かくはないのだが、何かから護るように遥をとぐろを巻いた中へと囲い込んで時折舌先でチロチロと舐めたりした。客観的には喰われる2秒前である。

出雲大社の注連縄よりも太く、鋼よりも硬い神経の遥はその安らぎの空間で深い眠りについたのである。


翌朝、ミシャグジ様にお礼を言って山を降りた。道沿いに下ったので検問所へと差し掛かる。そこで警備の自衛官にお願いして駅までクルマで送って貰った。

途中で電波が繋がると着信履歴が大量に? テンツーを開くと山盛りのメッセージが? そしてノームからの無遠慮な呼び掛け。


『遥お姉様! やっと繋がった! なんだよ、何してたんだよ、何処に行ってたんだよ! し、心配したんだぞ!? き、急に居なくなって、追跡出来なくてさ、探しても探しても………ロストするなら一言くらい言ってよね! 皆んな心配したんだから!!』


「ゴメンて。今はクルマに乗せて貰ってるから、後で説明するよ。皆んなにもメッセージ入れておいて。お願い」


『仕方ないなぁもう』


その後直ぐにマモルや翔を筆頭に沢山の人から通話が入った。諏訪駅に着くまでに何人と話したのやら。


結局、迎えのヘリを回して貰うことになって、検問所へと引き返したのだった。

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