8 酸性雨2
「ぶっ壊すって、あんた…鉄工所の精錬所ぶっ壊すより騒ぎになるよ!」
「というか、この頑健な壁をどうやって?ダンジョンから飽和したモンスターの襲撃もあるのよ?本気?」
2人は耳を疑った。
(本気も本気。ここの壁に穴があれば、強い隙間風に乗って煤は出ていく。それで今後も酸性雨の問題は解決する。)
「そりゃそうだけど…魔物の対処と破壊方法は?」
ルイーディアは呆れ交じりに聞いた。
(破壊するのは、俺達じゃない。中央街区の連中だ。ここに穴が開く様に説得する。)
「そんな馬鹿な。一体どうやって説得するんだい?」
(地図を上下逆さまにして見るんだ。飽和した魔物は、要塞都市向けて北からやってくる。まず目に映るのが都市丸ごと覆う要塞の壁だ。)
2人は言われた通り地図を逆さまに、ダンジョンを下にする。
「そりゃね。」
(何もなければ門に向けて、中央街区に最短で来ようとする。だが、穴に見せかけた出城を作り、そこで戦って足止めする。余力のある中央から討って出て、挟み撃ちに出来る。)
「確かに…」
(籠城戦、包囲戦は増援ありきの戦術だ。この街だけで帰結させるなら、打って出られる余地がなければいけない。現状、北の正門ひとつだけで効率が悪い。)
ミランダは声を荒げた。
「貧困街区を囮にするっていうのかい?!」
(有り体に言えば、その通りだ。だが、酸性雨の解決に、壁の穴は確実に必要だ。そうでなければ、あと1年もすれば全員が衰弱死するぞ。)
「モンスターが出城を突破したらどうするつもりだい!?ここが戦場になるんだよ!」
(南側の川に渡し舟の係留所を建てる。南下して川を通って森を抜けて逃げるか、中央街区へ退避する。)
「アンタは街を捨てろっていうのか…!」
(状況が悪くなったら、衛兵たちを見限って避難するだけだ。街と共に死ぬよりマシだろ。帰ってこれれば、また暮らせる。)
「シトリン達を危険には晒す真似に賛成なんて出来ないよ!なら精錬所をぶっ壊す!」
(その精錬所から作られる武器が!より出城を防衛力の高い拠点に変えるんだ!お前が言ったはずだぞ、今じゃ、ドでかいゴーレムだって大砲で外壁に辿り着くことも中々ないとな。)
「…っアンタ…よく覚えてるねそんなこと!」
(更に火力を集中させた出城ともなれば、そう簡単には突破されないはずだ。退避までの時間は十分に取れる。)
「だからって…危険な配置なことには変わりがない。」
(配置がなんであれ真っ先にモンスターと戦うのは、ここの区民じゃないはずだ!じゃあ君の言う通り精錬所をぶっ壊して、大砲が使えなくなったとする!これまで通りの合戦があって、中央の門が突破されたらどうなる!?)
「どうって…」
(中央から逃れて来た連中は住処を失って、こちらに流れ着いてくる。この地域の食い扶持は更に減るし、少しでも贅沢したい嫌味な連中は、向こうから衝突してくるぞ。痩せた貧乏人は追い払うのも簡単だ。)
フェクトは怒気を強めた口調になっていく。
(もう既に、川を通じて西以遠の土壌は死に絶えてる。今後数年は作物は育たん!)
「だからって…」
(中央の行政区側が戦場になってれば、その時には既に政治は麻痺してると言ってもいい。そうなれば、製造単価の高い高級住宅は余計に治すのに時間がかかるぞ。生活水準を下げれる富裕層はキミが思うよりずっと少ないからな。)
ルイーディアはミランダの肩に手を置いた。
「それよりは、こちらが中央街区側に逃げた方が、まだ生活環境はいい。人口の流入で小言や虐待は多くなりそうだけど…向こうの方が、まだ分け前や仕事場がある。」
(言ったはずだ。今あるボロい建物を壊すのにも多額の費用が必要だと。であれば、魔物に勝手に壊して貰って、新しく作る方がいい。)
「いざ突破されたら…ここのみんなが生き残れる保証が…ない。」
(仲のいい人間を死なせたくないのは、どの地域の人間でも同じことだぞ。だけどな、壁の一部の撤去と、酸性雨の解決、それを富裕層の連中を気分よく納得させるのには、これが最善の解だ。)
「私は…嫌だよ…。」
(お前はな。だが、クレアさんはどうか、聞いてみるといい。事前に分かっていれば、準備を進めておけるならば、すぐに行動に移せると知っているならば、この3点が揃ってれば、あの人は絶対に迷わないはずだ…!)
「…くっ…そぅ…!」
何も言い返せなくなったミランダは地図の書かれた薪を投げ捨てる。フェクトは目を閉じて、彼女を元気づける様に言う。
(ミランダ、お前がこの街区にいくら献金してるかは、昨日見た。にもかかわらず、状況は変わらず、悪化していくばかりなんだろう。)
「うるさい…お前に何が分かるんだい…」
(貧困街の全てを直すには足りないが、貧民ひとりが持つには多すぎる額のはずだ。クレアさんは、まだお前から預かった金は銅貨1枚も使っていないはずだぞ。)
「…。」
(ミランダ、あの人は、お前がこの街のリーダーになるのを待ってるんだ。単身でダンジョンに挑む君の言うことなら、区民は動く。復興の元手を預かっているだけにすぎん。)
彼女は涙目になって壁を見上げた。
(これは、その変革の第一歩だ。ルイーディアさん、出城の資料をまとめる。依頼者に提出しよう。壁はすぐには立て崩せない。酸性雨の件は、口頭で直接話すんだ。当然だけど俺の事は伏せてくれ。)
「ミランダ。アンタがいいなら、そうするけど…。」
「……ウチはアンタほど…賢くない。任せる…。」
「そっか…」
―――
…そうしてルイーディアは、依頼者の下へ行く。
貧困街区。旧市街区庁舎。
「…以上が、私から出来る提案です。カイル区長。」
夕日に照らされ、褪せた薄紫色の窓の外を見る老人の区長は重々しい口調で言った。
「酸性雨か、石炭の煙で、西側の郊外がそんなことになっていたとは…」
ルイーディアから受け取った木簡は、酸性雨の報告書ではなく、出城の建設計画だった。口頭で聞いた彼女の話と照らし合わせれば、出城を建設すれば解決する。
「…これは…君が、考えたのかね?」
「…はい、街区の知り合いと一緒に。最初に戦場にするなら貧困街から、という提案ならば、領主殿も納得するはずです。出城も切り崩した石材を流用できる。」
区長は彼女を強い眼差しで見て言った。
「嘘だな。君にこんな案は出せない。」
「…嘘ではありません。一見冷徹に見えますが、誰よりも生活環境を…」
「壁内から住民権を剥奪された君が、か?」
ルイーディアの内情を知る区長は、彼女が、街の人間なんて勝手に魔物に負けて死んでしまえと、そう腹の中で思っていると理解しているはずなのだ。
その間柄の人間に、『原因を調べろ』という依頼に対して、解決策まで考えられた提案で答えるなど、普通はするはずがない。
「君と私の関係を忘れた訳ではあるまい。依頼の期日ギリギリで、放棄されたモノかと思ったが…。」
出て来たのが、解決策として着手出来、尚且つ承認が通りやすい様に気を揉んだ出城の建設計画という形。
明らかにインフラ整備のノウハウを知っていて、しかも上長の説得や扱い方に慣れている。
ルイーディアのキャリアからしてあり得ない知識が無数に入っている。
「…黙秘します。」
彼女は懇願するようにお辞儀をすると、区長は追及をやめた。
「…無論、提案は承認しておく。上は効果的な新兵器の配備に悩んでいたところだ。この出城は即時承認され、明日にでも中央の下見が来るだろう。」
「ありがとう…ございます。」
「それに伴って、城大工や配置される番兵は貧困街を通じての出入りが増える。街道も整備すれば賑わうはずだ。」
「…え?」
「君の所に依頼へ行く時、道中で旧商店街は目を通した。全て閉じていたはずなのにな。」
精錬所から表通りを通って、旧商店街から出城までの経路に食材屋と金物屋だけ、色が塗りつぶされて書かれている。一見すると曲がり角の目印の様に見えるが、貧困街区に今、運営されている店はひとつもない。
計画書を書いた何者かは、商店街の必需品を優先して開店させると、暗に宣言している。
「この地図を描いた者…流通の点を君にもワザと伏せて提案している。面白いヤツだ。そのうち、ぜひ顔を伺いたい。下がってよいぞ。」
ルイーディアは腕を組みながら外に出て、夕日がとっぷり落ち、賑わう街道を見て勘付いた。
(フェクトのヤツ、判ってて伏せてやがったな~…!)
…
テーブルの上に置かれ、シーツを被せられたフェクトは目を閉じて床に就いた。
(ルイーディアには悪いが、全貌は伝えられない。この貧困街とて、元はこの街の一部だ。なのになぜ、崩壊一歩手前までインフラ整備の一切が打ち切られているのか、理由が判らない。)
旧市街区長がどういう人物かよく聞いておけばよかったと、彼は不安を募らせた。
(病気の調査依頼があるなら、救済の意思もある。だが崩壊に追い込む様な真似をして、明らかに矛盾している。単純に衛兵の健康状態の調査かも知れないが…彼がこの区域に思い入れがあるならば伝わるはず…出方を探らなければな。)




