75 意外なパーティーメンバー②
4日後。
アメジストの大ダンジョン、入り口。
エリック達は疲れた顔でダンジョンから脱出する。
つるはしの音が響く度、アメジストは圧電効果で振動して反響音が響いてうるさい。
入り口はかつての危険なダンジョンの面影はなく、頭にタオルを巻いた石材屋の様な格好の一般人が掘り出したアメジストを運び、見ない顔や装備の冒険者は巨大蜘蛛と巨大な狼の死骸を運んで、リザードマンから奪った武器を持ち帰る。
今まで以上にダンジョンの稼ぎが増えたことで、鉱山の様な扱いだ。
「……どうすっかな…」
エリックがぼやくと、続いた他も苦い顔をして喉を唸らせ、考え込んだ。
収穫は5層の死霊剣士の武器ばかり。そこそこ金になる上等な装備が多く手に入ったが、目的であるレイス系のアクセサリーは全く狩れなかった。
丸一日潜ったが、4層までは初級~中級の冒険者が顔を変えてひっきりなしに往復する。
かつてミランダが行っていた中層入り口の稼ぎは初級冒険者卒業の為の登竜門の様なもの。人間の膂力を超えるリザードマンやスケアリーウルフをパーティーでそつなく倒せて中堅冒険者の仲間入りだ。
稼ぎの取り合いになれば喧嘩も起こる。ヘタすれば対人戦や略奪だって起こりかねない。
エリックのパーティーはミランダとシトリンがいるため上級クラスの扱いだ。
インフェクテッドアーマーの対策法を実証した、『目潰し』の異名は伊達ではなく、赤いバンダナとマスクとシスター服を見た人間は緊張する。
横柄な態度を取ることもできるが、評判を落とす。トラブルは冒険者の内申査定に繋がるため、大ダンジョンで長く活動するならば極力避けるのが基本だ。
一方で、中堅入りたての腕などでは5層へ行くことはない。
ミランダとラケルの提案で魔物の取り合いを避け、死霊剣士の武器を売って、それでレイス系の首飾りを買おうということになった。
その方がお釣りも来るが、すぐには手に入らないのが難点だ。魔法は元よりホワイトランプソードを持つナイトレイス相手に接近して盗んで奪うのはリスクがある。
ペンダントを狙わない冒険者も多い。
一同は帰路についた。稼ぎはあるが、計画が滞るのは良くない。
ラケルは腕を組みながら歩き、ぼやく様に言う。
「浅層に稼ぎが集中しすぎている。去年とは大違いだな。」
「他はその方が犠牲も少なくていいんだろうけどね。」
「まぁ…身の丈にあったことをするのはいいことだ。」
ミランダの意見にもラケルは同意するが、計画の調整をせざるを得ないことには変わりがない。
「5層で稼ぐ人って少ないんだ?」
シトリンは槍を垂直に立てたままリフティングしながら歩き、物足りなさそうな顔をする。
「向こうも魔法を絡め手に使ってくる相手だよ。レイブライト必須なのを抜きにしても対人戦に近いし、安定して戦うには結構敷居が高い。中堅の壁だよね。」
「え~?そっちのが楽じゃない?熊とか狼は深手入れてもしばらく動くじゃん。あっちのがよっぽど怖いよ。」
彼女の言い分に一同は呆れて笑う。
「それは君がいつも姐さんを相手にしてるからだよ…」
「化け物姉妹め…」
魔術師のアナンタにも悪態をつかれてしまう。
「まぁ言いたいことは分からんでもないな。」
対人戦の経験の方が多いラケルも言いたいことは分かる。どれほどの相手でも人型は転倒から組み討ちの即死攻撃が通用する分、武術を磨いている人間にとっては楽に感じる相手だ。
人型のアンデッドは限りなく対人戦に近いが、学習しない。直前に使った技を覚えて対策されることがなく同じ手が何回も通用する特徴がある。
…
冒険者ギルドの酒場にきて、彼女達は計画を練り直す
ミランダとエリックが腕を組んで掲示板を見る。
「エリック、見なよこれ。2と4層のネストで荒稼ぎしようって依頼がある。」
「今は人海戦術がこっちも通じるしね。複数パーティーでの合同か…」
エリックが手に取ろうとすると、横からギルド職員が来て掲示板の焼き板を外した。申し訳なさそうにお辞儀をする。どうやら今しがた満員になったらしい。
「あ~ぁ…」
「参ったなこりゃ。」
後ろからシトリンが2人の間に顔を挟んだ。
「結局は5層でいいんじゃないの?私達の方がレアな武器を持ってるわけだからさ。」
「確かに。死霊剣士の炎のサーベルとレイス系の首飾り、ニコイチで物々交換もアリかな?お金にしてから買うと1個半ぐらいの値段になるから高いし。」
「アイテムの交換の依頼なんて聞いたこともないけどね。問い合わせてみるか。」
すぽっとシトリンは2人の間から頭を抜いた。エリックがギルドの受付員に問い合わせると、困惑されながらも依頼を了承される。
「とりあえず次も5層になりそうだけど…買い手が付くまでどうしようか?」
エリックの問いかけに少し沈黙した後に、シトリンが手を上げた。
「あ!じゃあ私、西の坑道の小ダンジョン行ってみたい!まだボス討伐されてないらしいし!」
「…ウチも興味あるね。」
「そうだね。気晴らしに知らないダンジョンに行くのもアリだ。じゃあ今日は換金して、また再来週に集まろう。」
一同は分け前を手に入れて、解散して各々の私事に向かい始めた。サクソンは工房へ、アナンタは魔術の練習に、ラケルは宿に帰った。
「んお!また庁舎から新しい依頼が出てる!」
シトリンは今しがた係員が掲示されたばかりの依頼書を見て叫ぶ。エリックとミランダが続いた。
6と7層に出てくる触手のモンスターの捕獲依頼だ。掴んできた時に分泌して肌を溶かしてくる酸の成分が何かを調べるためらしい。
ミランダとシトリンは苦笑いする。
「あの野郎、ついに6層の魔物にも手ぇ出したか…」
「根こそぎ取り尽くしちゃいそうな勢いだね…」
石炭から出る硫酸は産業用に使用用途が多いと言っていた。生物由来の酸がどういったものかはミランダ達には知らないが、フェクトの考えることだ。きっと工業的に重要なもののはずだ。
「取り巻きのコールゴーレムならまだ弱いし、触手の魔物は数も多い。買い取り額次第では稼ぎにいいかもね。」
「5層の戦利品の方が自分でも使えるし効率よくない?」
「まぁね。そこは金額次第かも。」
ミランダは依頼の札を戻した。
「じゃあ、行こうかエリック。」
ミランダは彼を連れてギルドから出ていく。シトリンは何の話か気になって2人の後ろにべったりくっついた。
「え、どこ行くの?もしかしてデート?」
「そんなんじゃねーよ。フェイルへの直談判さ。仕事の話だよ。忙しいね、ったく。」
指で鉄砲の形を作った。
「私も行く!」
「仕方ないね…迷惑かけんじゃないよ?」
・・・
地下アトリエに入ると、既にリカルドがフェイル達と話して待っていた。
「お、来ましたね。明日にしようかと思ってたんですが。」
(シトリンちゃんも来ちゃったか。)
「べんきょーしに来ました!」
元気よく答える彼女にミランダは肩をすくめた。
(つまんない話だぞ。本人がいいならいいけど。)
フェクトは要件を話す。エリックの銃の件だ。
衛兵のボルトアクションライフルやガトリングの弾丸は、全周を銅や鉛を被膜したドングリ型で内側に高硬度の焼き入れ高炭素鋼の鉄芯を用いた、高速徹甲弾を用いている。
電子発火方式でライフリングも製法が先進的すぎるため、極秘中の極秘。冒険者に貸し付けるのは無理だ。
しかし、既存の火縄銃やハイドゥク達に使わせた前装式の銃身交換型ならば、テストと評価次第で、特別な役職に就かせることで許可出来るだろうという。
特に下士官クラスは不足しがちだ。徴用に応じ、また冒険者としてのキャリアを生かして外部から傭兵を独自に雇用して動けるなども出来れば、尚良い。
功績次第ではエンジニアとして登用し、騎士とは違い公的な任命をされた立場ではないが、衛士のエードラーやジェントルマンといった地方地主的な地位に就くことも認めるという。
ハイドゥクのライフルがクリスタルゴーレムを一発で貫通出来る威力かは疑問だが、それでも強力な武器に違いはない。ダメで元々だったエリックにとっては十分すぎる回答だった。
帝国との戦争の時とは違い、今なら開発に納期もない。
ドライゼ銃やシャスポー銃の様に、紙や木の薄皮に火薬と弾丸を巻いた薬莢にして後送単発式などの派生形にも出来るだろう。認可さえ降ろせば火縄銃を個人で改造してもいい
銃に名前を掘り、銃そのものを本人証明として装飾を入れること。それを魔無しの平民への宣伝とする。地位を退きたいときは返還し、戦死したらその銃を回収し、殉職の証としてエリスの下に保管する。
説明を終える頃にはシトリンは半目になって眠たげな顔をしていた。銃の説明を聞いている時は威力だとか射程を興味深く聴いていたが、地位だとか政治の話になった途端目を回しだしていた。
(というわけで、エリック君には銃を持つ第一人者として衛士となれるか、一緒に山賊狩りに来て貰う…ってわけだが…。)
「ウチと兄ちゃんもかい…。」
依頼の内容を聞いて、ミランダとリカルドは考え込む。
「私も忙しくて嫌になってしまいましてねぇ。やはりフェクト先生には分離して働いて欲しいのですよ。エリック君のお願いついでに体をちょろまかそうってわけです。」
フェクトが働くという意味がどれほどの利益を産むかは今更言うまでもない。エリスも喜ぶはずだ。
(しかしだ、リカルド。お前さんは気分のいい仕事じゃないはずだ。当然だが、俺が出る以上は一部の秘匿性を持つ任務になる。)
リカルドは彼に義父の体を奪われている。ハイドゥクも山賊も大差のない存在で、義父を殺したのと同じ仕事に加担しろ、というのは快く思わなくて当然だ。事前に説明するのはフェクトなりの気遣いである。
(…そもそも、正体不明の魔物の俺が表立って公務をするのは結構問題だ。安全になった今、教会側の関係者の出入りも増えてて交流は避けられないだろう。やるとなれば全力で打ち込むが、ハッキリ言って俺は前向きじゃない。)
フェクトの言葉を聞いて彼は少しだけほっとした。冷徹な一面もあるが、考えなしに人間の体を奪う魔物というわけではない。
(実質、影の支配者にそうなってしまったとはいえ、俺は街を裏から支配したいわけじゃない。ミランダ達が外敵を跳ねのけて豊かに暮らして欲しいだけだ。先の戦争は俺が出ないと勝ち目がない、そう判断しただけにすぎない。)
「拾った頃は人間に戻りて~なんて言ってたのにねぇ。」
(そんな時期もあったなぁ。一度体を乗っ取れば終わると思っていたんだが…完全に戻るのも、どうも無理そうだ。受け入れるしかない。)
彼はもうまるっきり諦めてしまったらしい。一緒に活動しにくくなったのは、ミランダからしても少し寂しく感じる。
フェイルは挑戦的な笑みを浮かべて言う。
「さて、私の業務に対するワガママはさておいて…。この依頼や計画はエリック君を含む、魔無しの一般人の出世コースを作る第1歩です。色々な人の救いになるでしょう。」
それもフェクトを知る関係者にしか依頼出来ない内容だ。ミランダとリカルドは、魔法の使えない農奴出身。この依頼を受け、農民や町民に出世の道を作ることには意味がある。
「報酬も色を付けますよ。どうします?乗りますか?」
「俺は乗りますけど、お2人は…」
ミランダとリカルドに顔が向く。
「ウチは良いよ。兄ちゃんは…」
「…俺も他人の事は言えないが…同教の国境にいる山賊だ。彼らの略奪には、きっと何の理由もないはず。」
リカルドは両拳を合わせた。
「確かに火縄銃や野戦なら俺も経験がある。関係者をご指名なわけだしな。俺もついて行こう。」
彼はエリックに手を差し伸べて握手を求めた。フェイルはあくどい笑みを浮かべる。
「決まりですね、先生。」
(…まぁ仕方ない。)
リカルドとエリックはがっちりと握手を交わした。
「改めて、レガリア国の元ハイドゥクのリカルドだ。そこの鎧と出会うまでは団長をやってた。よろしく、エリック君。」
「はい!ありがとうございます!」
2人は握手を交わした。
「って、山賊団の団長だったんですか?!また凄い人ですね?!」
「ふたり揃って、トップクラスの山賊《Bandit》と盗賊《Rouge》の兄妹ですよ。面白いですよね。」
「「好きでなったワケじゃねーよ!」」
(わかる。)
フェイルの失言に機嫌を損ねたミランダとリカルドは待ち合わせ時間と場所を聞いて足早に出て行った。
期間は来月。2週間後の5月の明けからだ。
「怒られてしまいましたねぇ。」
(発言に棘が出る時は疲れてる証拠だ。エリスもそうだったろ、休め。)
「そうさせてもらいます。」
彼も出て行った。
エリックとシトリンは取り残される。
「ねぇフェクト。6層の触手の魔物って何に使うの?酸がどうとかってあったよね。」
シトリンは気になっていたことを直に聞いた。エリックも気になって彼に繋がれているマネキンの指先に触れる。
(あぁ、アレか。恐らく生物由来の酸だから、人間の胃液と同じで、主成分は塩酸だと踏んでる。皮鞣しとか錆落としとか色々用途が多い。言っても、塩酸ってアンモニアがあれば取れるんだよね。あんまし必要もないかな…)
「ふ~ん…ダメそうなの?」
(調べてみる価値はあると思っただけさ。もし硫酸だったら、凄く街の助けになる。硝酸だったら、この街は世界で覇権を取れる。)
「そんなに!」
(そんなに。硝酸を機械的に生み出すには金より希少なプラチナが必要なんだ。俺らは硝石を取る時、糞便をトンネルの壁にへばりつけたりして、土中の微生物に分解して作って貰ってる。触手の魔物がどんな微生物を宿してるかは確かめたいのさ。)
「なるほどぉ。で、ショウサン?は何に使えるの?」
(火薬の原料でもあり、元がウンコオシッコだから肥料でもありさ。実は前の戦争で硝石の全てを弾薬に使ってしまった。今帝国に攻められたら、30分ぐらい弾切れして負けるぐらいにヤバい。)
「えー!?」
(ま、相手は要塞の壁を壊せなくなるほどに攻城兵器をぶっ壊されて、それを使う人も大勢が犠牲になった。兵站もゲチョゲチョに潰してるし、俺達を倒しても奪える火薬がない。もし勝ってもヘロヘロの状態で、次は火縄銃もろくすっぽ使えない状態でロルサーグと王都の重装甲冑騎士と戦うことになる。)
エリックはなるほどといった顔で頷いた。
「例えヴィシュテを落とせても、後を考えると続かないわけですね。」
(そうだ。ただでさえ壊滅的な打撃を受けたのに、次も略奪品に見合わない更なる被害が待ってるし補給線も遠い。だから再侵攻出来るまで向こうは引いた。こちらも出来た時間で、今は必死こいて代替の火薬を作れないか探してるってワケ。)
「…どーせ、あるんだよね?」
「それ俺も思いました。どうなんです?」
「逆になかったら、相手の方が先に攻めれるってことでしょ。一大事じゃん。」
悪い笑顔をしたシトリンに詰められる。頭がよくないと自覚はしているが、話の流れは掴めている。戦いに関しては嗅覚のいい子だ。フェクトは目を逸らして言う。
(秘密だぞ…俺の世界ではカーリットという名の火薬だ。過塩素酸アンモニウムという物質がある。塩酸や塩水に電気を通して出た泡、それが過塩素酸。それにアンモニウムを化合させて作る火薬だ。爆発する。)
シトリンはフェクトの襟元をデコピンで弾いた。
「ほれみろ、やっぱりあるんじゃん。しかもピンポイントで、そのエンサンだし。やることなすこと、な~んかいつも裏があるよね。」
(はは、バレバレだったかな。ただ、撃った後にでる塩素系のガスや煙は有毒で環境汚染も激しい。使用者が煙を絶対に吸わない保証がないから、ハッキリ言って気が進まないのさ。硝酸の方が毒性が少ないから、プラチナさえ手に入っちまったら、今度はそっちが主流になる。)
彼はエリックを見て、肩を叩いた。
(そういう道具の特性は、銃の使用者に絶対覚えておいて貰わなければならないところだ。銃が欲しければ、頑張って覚えろよ。)
「納得いきました。これは僕も、庁舎に通って色々教えて貰わないといけないかな…」
銃所持までは多難がありそうだが、それも自分の為だとエリックは勉強する覚悟を決める。
「フェクトってさ、知識の独占しないよね。なんで?私なら秘密にしちゃうのに。」
ふとした疑問をシトリンは投げかける。彼は少しだけ声のトーンを落として答えた。
(…エリスも俺もいずれは老いて居なくなる。インフェクテッドアーマーの寿命が何年か知らないが、虫はライフサイクルが早い。俺は人間よりずっと早く死ぬかも知れない。)
「あ…」
(だから、早いうちに持てる知識は誰かに教える必要がある。この街を存続させるためにもな。)
「その為の、地主ですか。」
(そういうこと。ひとりに出来ることには限界がある。エリック君にも期待してるぞ。)
「はい!じゃ、戻ろうかシトリンちゃん。」
エリックとシトリンは戻っていった。
「西の坑道のダンジョンの話、どうしよっか?」
帰路でシトリンが聞く。
「ごめんね、やっぱりお流れになっちゃうかなぁ。」
「予定建て直さないとだね。」
予想通りな解答をされると、シトリンはがっかりしてため息をつく。中央街で2人は別れた。
「私は留守かぁ…。」
シトリンはぽつんとひとり、不服そうな顔をして教会へと戻った。




