6 貧困街のミランダ2
ミランダとフェクトは貧困街へと戻る。
(まだ日没前か。これからやることはあるのか?)
「あぁ。これからシトリンの手伝いをね。なるべくなら、アンタに合わせたくないんだけど。」
(安心しろ、あの子に寄生する気なんかない。俺も守護るからよ。)
「その無性にむかっ腹が立つ言い方、何とかならんかね。アンタに呼ばれるだけでも大事な友達を貶されてる気分だよ。」
(いくら大事な友達でも、それは言い過ぎだ。俺も今カチンと来たぞ。)
「ケッ…なら黙んなよ。」
(何怒ってんだよったくも~。)
しゅるしゅると触手を戻して、ミランダとの接続を外した。彼女は要塞内に入った。西日が差しても相変わらず緑色っぽい空は変わりがない。
(始めて来た時から思ったが……なんだ?この荒れようは。)
出るときと入るときで視点が違い、別角度から見て更に違和感を覚えた。
回りの様子を見ると、木々は枯れて、石は白ずんでいた。思い返せば、検問からすぐ出たぐらいの木々も枯れていた様に思える。
検問を入ってすぐは日当たりがいい場所で、子供がはしゃいでいてもよさそうな適度な広間や、誰かが作った遊具の様な名残があるが人っこひとりいない。
(……なんだろうか。この違和感は。)
ミランダは歩を進めて、教会へ戻った。ドアを開けると、やはり貧困街の病人達が、生気をなくした様な顔で咽ている。
スラムに住む人間達が不健康そうなのは推して知るべしという感じだが、それにしても活気がない。疫病が蔓延しているかの様だ。
「あ!ミランダ!おかえり!」
「あぁ、ただいま。」
ハグを拒絶しようとしたミランダをよそに、シトリンは無理に彼女に抱き着いた。
(!!!!!!!!!!!!!)
フェクトの脳髄に電流が走る。
(ぁ~レヽレヽょ⊇れレよゑカゝレニレヽレヽょもレよゃ、ナレヽ⊇ぅ…)
間に挟まれたフェクトは興奮の余り虹色に発光する。
ミランダは、彼女の背中をぽんぽんと優しく叩いた後、クレアも彼女を引っ張り離した。
(…しかし…これは…かわいい子にハグされて浮ついてる場合じゃないな。)
彼はすぐさま正気を取り戻し、ローブの間からシトリンの顔を見る。先ほど出会った時は、すぐにミランダに隠されてよく見えなかった。
今見ると、シトリンの目元はかなり疲れ切って、頬もこけたえくぼが見える。
フェクトの顔には、彼女の浮き出た肋骨が当たった感触がした。貧乳だとかウエストが細いとかのではない、ガリガリに痩せこけている。
街の雰囲気も含めて、何か異常があると確信できる。
(銀貨1枚が大体食費4日分…。)
普段からミランダは、単身でダンジョン中層まで着て戦利品を売り払い、個人単位で言えばかなり稼いでいる様だ。食費を賄うだけなら、今持っているミランダのポケットマネーだけでも数週間は持つだろう。
その大半の寄付金をクレアに預けているにも関わらず、シトリンは不健康なまでに痩せている。
彼は目を閉じると、触手を伸ばしてミランダの肩をトントンと叩いた。シトリンも触手を見ると1歩下がって、何か察したようだ。
(ミランダ、彼女…。)
(んなこと分かってる。)
苦い顔をして、ミランダはシトリンに詰め寄った。
「シトリン。あんた…また飯食ってないね?」
「えと…あ…うん…。実はまだ食欲が出なくて…」
愛想のいい苦笑いして誤魔化そうとするが、ミランダは迫る。
「無理してでも食わないとダメだって言ってるだろ!」
昼間の彼女の発言は空元気だった様だ。しかし、これほど食欲が失せるとなれば確実に病的なものだ。フェクトは呼び止める。
(待ってくれミランダ。)
「アンタは黙ってな!」
よそを見て、ミランダが1歩下がって急に怒鳴り、シトリンはぎょっとした。本当に胸当てに目玉のある生き物が着いている。クレアはシトリンの肩に手を置き、なるべく近づかない様にと諭す。
(落ち着いてくれ!本当に食欲がないのかもしれない!気になることがある。)
「落ち着いてなんていられるかい!ここのところシトリンが食べてるところなんて全然見てないんだよ!」
(食欲がないのは、クレアさんも同じなんじゃないか?!)
「……。」
ミランダは突如、茫然として顔を上げた。伝染病や風土病なら、クレアにも感染しているかも知れない。考えたくないがあり得る話だ。
(俺には分かる!厳しい母親ってのはな、子供に負い目は絶対に見せん!自分の不調は顔には出さない!)
豪胆なクレアの背中を見て育ってきたミランダに、フェクトの言葉を否定することは出来なかった。クレアと目を合わせ、彼女は恐る恐る聞く。
「おばさん……まさか、クレアおばさんまで…」
彼女はため息をついたあと、頷いた。健康そうに見えていたシトリンも驚き、クレアを見つめた。
「勘のいいヤツだね、そいつ。」
(やはり…)
「いつ!?いつ頃から?!!」
「2か月ぐらい前からだよ。アンタに教えた通り、アタシはメシを無理矢理詰め込んでる。まだいけるさ。」
「なんで…教えてくれなかったのさ…」
絶句する彼女にクレアは申し訳ない気持ちで苦い顔をした。フェクトは落ち着いた口調で話しかけた。
(この体調不良、恐らく貧困街の全ての話だ。来た時から思っていた。ガラの悪そうな連中の一人はいそうなものだが、それすらもいない。礼拝堂が野戦病院みたいじゃないか。誰が見たって異常だ。)
「知った風な口を…じゃあ、アンタならどうすんだい?この状況をさ。」
(まずは病状を調べる。なんの病気なのかを特定しなければ、だ。君たちを含めて教会に来た人達が、どういう不調を訴えたのか聴きたい。)
彼女は、妥当そうな彼の言い分に冷静さを取り戻しクレアを見る。
「クレアおばさん…こいつが話したいって。」
「あぁ…。来な。」
クレアはミランダの肩を叩いて、耳打ちしてついてくるように言う。
教会の懺悔室に入ると、2人だけで話をする。
「そいつはなんて?」
「食欲がないのは、貧困街全体の話じゃないのかって…今まで礼拝堂に来た人達の、具体的な体調不良が知りたいって。」
「…アンタよりは頼りになりそうだね。例の魔女のとこ行ってたんでしょ。そのことも聞いときたい。」
「うん…」
ミランダは霊視したフェクトの事を話す。本当に魔物ではあるが、半端に人間だったと。それでもクレアは訝し気な顔をしたが、話は続く。
体調不良の症状は、食欲の減退、吐き気、嘔吐、節々の痛み、めまい。人によっては止まらない咳、血痰、頭痛や嘔吐、目のかゆみ。
フェクトは目を閉じて、しばらく考えた。長くなりそうだから、シトリンに自分のことを説明しておいてくれと頼むと、ミランダはフェクトを脱いで懺悔室の椅子に置いたまま退室する。
彼はひとり黙して考える。病状は共通して気管支回りの2種類。範囲は貧困街全体だ。
(旧市街区も中央も中々広いが、要塞都市は往来が避けられない人口密集地だ。真菌、ウィルス性の感染症ならば既に中央でも感染爆発が起きているはず。食事や水源に紛れ込む原虫や寄生虫類だとしても違和感がある。街全体を動き回ってるミランダが感染していないのが謎だ。)
彼はダンジョンから脱出した時に見た、街の全体を思い出す。そして風向きは左から右、東から、西方面へだ。
ミランダが戻ってきた。ドアを開けると、風が入ってくる。外気はどこか鉄臭く、粉っぽくて煙っぽい。足音も木製のはずだが、わずかにジャリっとガラス片の様な音が混じる。
(むぅ…ん…?)
貧困街に来た時に見た景色を思い出す。何か緑色っぽく淀んだ空気で、足元が黒っぽく見えた、がらんどうで荒れ果て、一つも開いていない商店街。
ルイーディアの家から帰ってきた時の、西の検問からみた木の枯れよう、石の白ずみ。ダンジョンを出た時の風向き、黒煙を出す5本の煙突。
ミランダの健康状態、病状の差。
(これは…分かったかも知れん。)
ミランダが話しかけると、彼は分かったかも知れないと言う。またクレアを呼んで欲しいと彼は頼んだ。彼はミランダのうなじに触手を張り付ける。
(確認の為に、複数聞きたいことがある。体調不良は2か月前から、それ以前は?)
「わかった。えっと…体調不良が2か月前から。それまでには変わりがなかった?」
「あぁ、みんないつも通り、貧乏暇なしだったよ。」
一同は頷いた。
(じゃあ、もうひとつ。街の中心の工房に、煙突が出来たのは、いつから?)
「中央街の煙突がいつできたか?」
そんなことを聞いてどうするんだと、ミランダは首を傾げた。
「いつかは…知らないねぇ。でも最近の話だよ。半年前じゃないか?」
クレアは腕を組んで答えた。
「フェクト、それなら私の方が詳しい。クレアおばさんの言う通り、鉄工所の精錬炉が完成したのは5カ月前だ。でもなんでそんなことを?」
ミランダは自分の胸を見て話しかけた。数秒フェクトは目を閉じた後、目を開いてミランダに声を伝えた。
(棒読みでいい、俺の言うことをオウム返しで2人に喋ってくれ。)
「あ、あぁ。分かった。」
『えっと…、これは、さんせいう。よわい、さんのあめ、だとおもう。ひんこんがい、かぜとおしがわるい。くうきもよどんでいる。ここは、まちのちゅうしんからかざしも。』
クレアはまじまじと聞き入った。ミランダは続ける。
『せきたんのけむり、ゆうどく。おおくはないが、まいにちでつづけている。あめにとけて、ふってくる。のむと、すこしずつぐあいが悪くなる!?水は、どこのを飲んでんの?!』
ミランダにも言っている意味が通じると、彼女も焦り出した。
「要塞の北側、教会の向かいにある井戸だよ…、だけど、雨水も使うことがある。しかし、なんでアンタそんなことが…」
『にしのけんもんまえの、くさき、ひざしいいのに、かれてて、いわがとけている。ひろばで、こども、だれもあそんでない。もんばんも、げんきがない。たぶん、やられている。みずはふっとうさせても、むだ。せいぶん、そのものがどく。』
シトリンとクレアは目を丸くして顔を見合わせた。
『じめんにおちて、かわいたあとも、またススが、まいあがる。こきゅうですいこむのもよくない。にしのけんもん、いりぐちちかくのじゅうにんだけが、せきをする。のどを、やられてる。』
「ミランダが平気なのって、マスクをつけてるから…?」
『それもあるし、ひんこんがいに、ふだんいない。かりゅうのみずものんでない。タイチョウにばらつきがあるのは、シトリンちゃんが、まだ、すこしはきれいなイドのみず、のめてるから。それでもアメはイドにハイル。ながくはもたない。』
ミランダは居ても立ってもいられず、椅子から立ち上がった。
「あの工房だ!確かに、煙突が出来てからだ!止めさせないと!」
(待てミランダ!貧困街の人間に耳は貸さないはずだ!領主やギルドとかあるんだろ!多額の金が動いてる産業はそんな簡単には止められないぞ!)
「ぶっ壊せばいい!原因はアレなんだろ!?」
(ダメだ、短絡的すぎる!それでは絶対にツケが回ってくるぞ!)
「なんだいツケって!これ以上虐げられてて黙っていられるか!」
(お前ら冒険者の武器だって、あそこで作られてるんだろ!お前にも実害が出る!破壊活動がお前だとバレたら、それこそ難癖つけてクレアおばさんもみんな殺されちまうぞ!)
「じゃあどうしろってんだい!このまま衰弱死しろっていうのか!?有毒物質は貧困街にだけ溜まってるんだろう!?町長の連中は苦しんでる私達をみて、ほくそ笑んでるに違いないさ!」
(奴らも石炭の煙が有害なのは知らないだけだ!大丈夫だ!解決策はいくつかある!)
「解決策が…あるだって?」
彼女がボヤくと、クレアとシトリンの顔は驚きに変わった。
(あぁ。放置できない問題だが、時間がないわけではない。情報が欲しい。頼りになりそうなのは、ルイーディアだ。彼女は頭がいい。明日また会いに行こう。)
「…分かった。明日、あさイチでルーイのところに行く。」
(それと、クレアおばさんも、いざという時に頼りになりそうだ。貧困街のみんなには、煙突より風上の水源を使うのと、マスクの着用を薦める様に、シトリンちゃんと2人で進めてくれ。それでいくらかマシになるはずだ。)
ミランダは言われた通りにクレアに伝える。
「わかった。マスクと、水源だね?」
「私は明日、街のみんなに伝えてきます。」
フェクトは何とか説得が通じて、落ち着いた。ミランダに更に付け加えて言わせる。
「なるべく、騒ぎにならない様にするんだ。中央街で住んでる連中の耳に入ると、パニックになって水源を独占されて足りなくなるって、フェクトが言ってる。」
2人は頷いた。窓を閉め切って、就寝する。
(街に入って初日でこれか…前途は多難そうだ。)
フェクトも目を閉じる。




