惚れ薬と精霊
魔女の言葉にオスカーの記憶が過去に飛ぶ。
今と同じような森の中、二人は歩いていた。
「どうされましたか、騎士様。」
「稀代の巫女様が私に様づけなど不要です。」
オスカーが鬱蒼と茂る草を長い剣で切りつける。
「公爵様のご子息とも思えない言葉ですね。」
「次男ですし、今は護衛騎士ですので。」
道なき道を、文句も言わずに巫女はオスカーの後をついて歩く。
本来巫女姫であれば、神殿で祈りをささげることが仕事のはずなのに、力があるけれど権力に疎い姫巫女は権力にまみれた神官たちにいいように使われていた。
「少し待っていただけませんか。」
気がつくと歩幅が大きくなっており、なんの訓練もしていない姫巫女は息を切らせていた。
「申し訳ありません。」
そういって足を止め、持ってきていた水を差し出す。
「姫巫女の仕事ではありませんね。」
オスカーは失言をしてしまったと思わず唇をかんだ。
巫女達とは普段から接する機会もあったはずなのに、この巫女は能力に反して人間味にあふれていた。
「力があるものが働くのは当然です。」
姫巫女は文句も言わず水を飲む。
「さあ参りましょう。」
もう少し休憩をしたほうがいいのではないかとオスカーが声をかけるが、巫女姫は立ち上がり歩き出す。
枯れた木が二人の足の下で音を立てて割れる。
生きた草が二人の行く手を阻む。
そして・・・獣の声。
「きたか。隠れてろ。」
そうオスカーは言うと長い剣を引き抜く。
狼が数匹聖女とオスカーにむかって牙をむく。
オスカーは狼の動きを交わしながら、一匹、一匹しとめていく。
「きゃ。」
後ろで聖女の声がした。
オスカーを襲うよりも、倒しやすく、そして柔らかそうな相手に狼は標的をかえる。
オスカー一瞬聖女のほうを見た瞬間、オスカーの腕に痛みが走る。
「くそ。」
オスカーは自分の腕に暗い付いた狼の目に容赦なく剣をさし、そして剣を聖女に向かった狼に投げつけた。
見事に狼に剣は刺さった。
けれども、オスカーが狼をしとめるより先に緑色の光が聖女を包み込んでいた。
「懐かしい香りだな。」
それは普通の人間では目にすることができない精霊の姿だった。
聖女も力のあまりに強い精霊の存在に動けない様子だった。
「精霊様。」
「よく似ている。」
そういって精霊は人型をとる。
「何をしにきた。」
「森で迷い人ができぬよう奥の神殿で祈りをささげよと。」
聖女が穏やかに言葉を返した。
「愚かなことを、ただこの森に眠る精霊石が取りたいだけの理由であろうに。」
「精霊様が入るのを拒まれているのに、本当に申し訳ございません。」
そういって聖女が頭を下げた。
「欲にまみれた神官どもか、神官が来ればおもしろ味もあるのにな。」
そういって人型をとった精霊は頭に直接響く声で笑った。
「いいことを思いついた。」
そう言って不思議な言葉をささやいた。
「それは真名?」
聖女が凍りつく。
「真名?」
オスカーも声をあげた。精霊が真名を告げる、それは人と契約を結ぶ証。
「そう私の力を、お前の生がある限りお前にささげよう。」
きまぐれな精霊が真名をつげ、そして『生』のある限りと期限を区切って力を与える、下位の精霊でも滅多にとらない行動に聖女の顔がこわばる。
「どうして。」
「惚れたから。必要になれば私の名前を呼びなさい。」
そう言って精霊は消えた。
森は静寂が訪れる。