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勇者が痩せないと、滅ぶ世界  作者: セキムラ
第二章 異界の人間食す
9/16

1.初日の晩御飯

 神崎が立ち去るのを待って、しっかりとカギをかけたあたしは、重い足取りで食堂に戻った。窓際のテーブルには、先ほどと変わらない出で立ちの異世界人が座っており、イセリナは不安げな表情をしていて、おデブはニコニコしていた。


 今更だが、カーテンが閉められていたことは僥倖だった。もし開いていたら、神崎が冬月の周りを調べでもしていた場合、しっかりと甲冑を着込んだおデブを目撃していただろう。


 今ならまだ、謎の二人組脅されていたとでも言えば、刑事に嘘をついた言い訳にはなるかもしれない。とにかく隙を見て、神崎ではない警官に対応してもらうのだ。


「いかがでしたか……?」

 

 力なくテーブルに着くと、イセリナが項垂れたあたしの顔を覗き込むようにして聞いてきた。答えるのも億劫だったが、無視して関係が悪化するのはまずい。あたしは、ため息交じりに答えた。


「刑事だったわ」


「ケイジといいますと?」


「警察よ」


「まあ」

 

 イセリナが両手を口に当て、さも大変といった様子で質問を重ねてきた。


「そ、それで、お姉……アリサ様はどのように……?」


「別に。客はいるけど外人だって言ったら帰って行ったわ」


「そうですか……ありがとうございます」


 イセリナが今度こそ安堵の溜息をついた。どうでもいいけどこの女、今変な呼び方をしそうにならなかっただろうか。しかもおデブ同様、ナチュラルにファーストネームで呼んできたところが少々引っかかったが、あたしの精神的な疲労は極に達していたため、小さな問題は無視することにした。


 気が付けば日もすっかり落ちて、フローリングの床は冷え切っていた。


「……」


 あたしは黙って立ち上がり、バーカウンター横の壁にある床暖房のスイッチを入れた。

 

 そして振り返りざま、あたしの挙動をニコニコしながら目で追っていたおデブに向かって訊ねた。


「あんた、ここへ来るまでに誰かに会った?」


「へ?」


「さっき来た刑事が、この辺で歩く甲冑を見た人がいると言ってた。この寒い中、というか山でそんな恰好してるやつといえば、あんたしかいないでしょ」


 おデブは目を丸く見開いたのち、何かを思い出すように、右斜め上―天上でクルクルと回っているN.Yから取り寄せたファンを見つめていた。そしてあたしに視線を戻して言った。


「ケイジって?」


 あたしは人生で、初めてずっこけた。


「ちょ、アリサ!? 大丈夫!?」


「アリサ様!?」


 二人が立ち上がり、駆け寄って来た。おデブの重量はやはり尋常のものでは無いようで、尻餅をついたあたしはこれまで感じたことがない程の振動に、床板が抜けるのではないかと冷や冷やしていた。


「……大丈夫よ……。自分で起きられるわ」


 助け起こそうとする二人を手で制して、あたしは立ち上がり、尻をポンポンとはたいた。


 もちろん、お客さんがいらっしゃる前に掃除をしておりますから、冬月の食堂には塵一つ落ちていませんからね?今のポンポンは、お約束というやつですよ!


 あたしはすごすごと椅子に戻っていく二人を見ながら嘆息した。法曹界には詳しくないが、甲冑を着て山道を歩いてはいけないという法律はないだろうし、今の段階ではただの不審者である二人を匿ったところで大きな問題にはなるまい。


 そもそも、日本人には公序良俗に反しない限り、基本的な人権が保証されて―って、ちょっと待った。


 あたしは、自分で自分の思考に待ったをかけた。


「ところであんたたち、パスポートって持ってる?」


 あたしは青い顔になって訊ねたが、イセリナは「パスポートですの?」と言い、おデブは「何それおいしいの?」という顔をしていた。


 こいつらは、日本人じゃない。それどころか、自称異世界人だ。異世界か外国か、妄想の世界か知らないが、とにかくパスポートを持っていない異邦人は不法入国者だ。これは立派な法律違反ではないか。


「参ったわ……」


 本日何度目かの参ったちゃんとなったあたしは、食後にコーヒーを楽しむためのコーナーソファーに身を沈め、天上のファンを仰いでため息をついた。


「あの、アリサ様? パスポートというものが無いと、まずいんですの?」


「まずいわね。あんたたちは不法入国、不法滞在、さらに不法侵入の罪に問われることになるわ」


「ええ? 僕たち何もしてな――うわあ!!」


「……器物損壊も追加よ」


 慌てて立ち上がろうとしたおデブは、ついに限界を迎えたらしく、肘掛の付け根から折れた椅子から床に転げ落ちた。きっと、甲冑とこすれて床に傷もつけているに違いない。


 怒る気力も失せたあたしは、もうどうにでもなれと思っていた。考えてみれば、こいつらの滞在予定は二泊三日だ。時計を見れば、もうすぐ六時。一日目は、晩御飯を食べてお風呂に入れば終わったようなものだ。三日目の朝には消えてもらうとすれば、あと一日とちょっとの辛抱ではないか。ひっそりと冬月に籠っていれば、きっと大丈夫だろう。


 色々と面倒なことを考えるのはやめた。あたしはもともと、そういうのが苦手なのだ。


「ああー! 面倒くさくなってきた! とりあえず晩御飯にするわよ!」


 あたしがソファーの上に立ち上がり、高々と宣言すると、イセリナが顔をほころばせ、おデブは折れた肘掛の破片を背中に隠しつつ、小さい声で「イェーイ」と言った。あたしはつかつかとそこに歩み寄り、破片を奪い取っておデブを殴りつけた。ポカンといい音がして、おデブは涙目になり、イセリナはそれを羨ましそうに見ていた。




「本日のお献立でございます」


 接客モードになったあたしは、昨日作っておいた献立表を二人に渡した。角に梅の押し花をあしらい、筆書きで書かれたスペシャルダイエットメニューである。



冬月 二月の 懐石風ダイエットめにう


先付 白ごま和え(ハスと水菜、突き蒟蒻、パルミジャーノレッジャーノ)、甘海老、雲丹のワサビ和え


椀物 ハマグリとジュンサイのお吸い物


向付 ズワイガニ、ホウボウ、赤貝


鉢魚 焼き牡蠣、ズワイガニ甲羅焼き豆乳ソース


強肴 金目鯛しゃぶしゃぶ


止め肴 セロリの浅漬け、野沢菜漬け(醤油、ワサビ)


お食事 信州蕎麦


水菓子 はっさく、キウイ、梅ゼリー


 以上が、初日の晩御飯である。


 一部泉水のメニューをパクってはいるものの、低カロリーかつ旬の食材をできるだけ使用している。


 前菜やお蕎麦が低カロリーなのは当然として、和え物に蒟蒻やレンコンを使用して、食物繊維を豊富に含む食材を最初に食べさせる作戦だ。ただ、二品とも味がしっかりしているので、お吸い物は出汁を濃い目にとり、香りが鮮烈なハマグリを選択した。


 ズワイガニは浜ゆでしたものを直送してもらった。肉厚の足を贅沢に一人三本つけ、余った足と爪の身はほぐして、カニみそと和えた。それを、水分をよく絞った豆腐を裏ごししたものと、食感の違いを楽しむためにユリ根を加え、さっくりと混ぜ合わせて甲羅焼にし、鶏ガラと野菜のスープを煮詰めたところに豆乳、お味噌を加えたソースを添えた。


 これまた脂質が気になる金目鯛は、しゃぶしゃぶにすることで油を落とし、ポン酢でさっぱりと頂く。出汁で煮る野菜は春菊を選択した。少し食感を残したそれと、白髪ねぎをしゃぶしゃぶした金目で巻いて食べるとおいしいのだ。


 このメニュー最大の特徴は、植物油を一切使用していないところにある。ちょっと脂質が気になるホウボウだが、冬人と結婚当初から付き合いのある、築地のおじさんが是非にと勧めてくれた品だ。このくらいは食の楽しみとして許していただきたい。


 ちなみにほうぼうのお刺身には、昆布だしと醤油を合わせたものをフリーズドライにしてもらった粉末を一振りし、ゆずの皮を絞って香りをつける。赤貝にはわさび醤油を刷毛でさっとひと塗り。これらは醤油を過剰に使用させないための一工夫だ。


 〆のお蕎麦は、老舗のお蕎麦屋さんから特別に分けてもらっている十割蕎麦だ。二口ずつに分けてお椀に盛り、片方はワサビとつゆで、片方は数の子をほぐして、海苔と万能ねぎと混ぜた薬味を乗せる。


「……た、楽しみですわ」


 イセリナは目を細めて筆字を見た後、かすかに首を横に振って言った。


「うん! 何が何だかわからないけど! お腹空いたよ僕!」


 甲冑を脱いだおデブに至っては、渡されたメニューを畳んでシャツの胸ポケットに仕舞った。また椅子を壊されてはたまらないと、食事前に甲冑を脱いでくるように指示したのだが、二階の部屋に案内され、着替えて戻って来た勇者が着ていたのは、ベージュのスラックスに白いワイシャツだった。もちろん、ワイシャツのボタンははちきれそうだったが。


 あたしが接客モードでなかったら、二人のリアクションに対して再び青筋立てて怒っていたところだろう。しかしここは、きちんと料理を提供し、ペンションの主としての矜持を保たねばならない。


「もしかして、日本語が読めないのですか?」


「え? ええ、実は特殊な技術で、言語だけはどうにか話せるようになったしてから参りましたが、読み書きとなると……申し訳ございません」


 あたしの問いに答えたのはイセリナだった。特殊な技術ってなんだろうと思ったが、聞いたところでまた変な妄想を言いだすに決まっている。


 おっと、お客様の悪口はいけませんね。


「イセリナさんは異国の方ですから、仕方ないですよね。お料理ごとに説明いたしますので、大丈夫ですよ☆」


「はあ、御高配痛み入りますわ……あの、アリサ様? なぜ急に口調が…?」


「え? だってお二人はお客様ですもの~。先ほどのような口のきき方はできませんよ~」


 冬月では、どちらかというと慇懃な接客はしておりません。できるだけアットホームな雰囲気づくりを心掛けております。


「アリサ……その感じ、気持ち悪――あ痛ぁっ!」


 先ほどの肘掛椅子の破片でおデブの頭をひっぱたき、あたしは鼻歌交じりにキッチンへ向かった。やはり、せっかく用意したスペシャルメニューなのだ。できれば無駄にせず、食べてもらいたい。


 冷蔵庫から前菜を取りだし、胡麻和えは梅をかたどった小鉢に、甘海老は切子の器に一人分ずつ盛って、食卓へ引き返した。


「さあ、召し上がれ!」


「まあ、きれい!」


「なんか……ちょびっとだね……」


 それぞれの感想を述べ、初日の晩御飯が始まった。





筆者、時々趣味で料理を致します。掲載するメニューはできる限り再現可能なものを選択していきます。ただ、あくまで下手の横好きであることをご理解いただきたく思いますのと、酒の肴になりそうなものが多くなりがちになるやもしれません……

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