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勇者が痩せないと、滅ぶ世界  作者: セキムラ
第二章 異界の人間食す
10/16

2.実食 1

朝ごはん、ちゃんと食べましたか?

余計なお世話ですね? すみません。

 晩御飯(たたかい)の火ぶたは切って落とされた。


 ――先付 白ごま和え、甘海老、雲丹のワサビ和え――


 まずは白ごま和え。


 レンコンは薄く、イチョウの形にカットし、酢水に晒した後に軽く茹でて、再び酢を昆布出汁で割ったものに漬けておく。突き蒟蒻は小さくダイスカットにしてから、サッと茹でたのちに水気を絞り、ナンプラーをほんの少しと、塩で味をつけておく。パルミジャーノチーズはカッターで薄く、スライスしておく。


 炒った白ごまをすり鉢で粗くつぶしたら、水気を絞って裏ごしした木綿豆腐を加えて練り合わせ、前述の材料を加えてさっくりと混ぜる。よく冷やしてから器に盛り、芽ネギを添えて完成である。


 ナンプラーが苦手な人や、塩分、脂質を気にしない人にはもう一工夫あるのだが、そこまでやるともはや酒の肴にしかならないので、今回は封印する。


 樫の木で作られた匙でそれをすくい、イセリナがまず一口食べた。匙はわざと小さいものを出している。もちろん、一口ずつゆっくり食べるためである。白和えのように口どけが柔らかいものはすぐ飲み込みがちになるが、蒟蒻とレンコンを加えたことで噛む回数は必然的に増えるので、小鉢一つでも時間をかけて食べさせる作戦なのだ。


 ヘルシーな料理とは、素材や料理法に気を配るのはもちろんのこと、食べさせ方にまで考察が及んでいなければならない。


「不思議な食感ですわ。ふわりと消えていく白いものの後から、優しい甘さと酸味のあるシャキシャキとした歯触りがとてもいいですわね。さらに独特の香りがあるくにゅくにゅしたものの食感が楽しいですわ、そして、香りを相殺する深いコクを感じます。アリサ様……これはいったい……?」


「白和えですよ。ちょっと工夫してあるだけです」


 あたしが口調だけは丁寧に、しかしどうせ説明してもわかるまいと適当に答えると、何を納得したのか頷いて、イセリナはおデブの方を向いた。


「勇者エルバイン、どうですか? 食べられ――」


 イセリナが子供っぽい顔のエルバインを気遣うように声をかけた。たしかに、予約の電話をかけてきたイセリナの声から判断して、ちょっと大人向けのメニューになってしまったかもしれない。エルバインが子供舌だった場合、ナンプラーやパルミジャーノの香りが苦手と感じる可能性はある。


「ん? これ美味しいよ! お替りくれる?」


 すでに二皿とも空になって、おデブは木の匙を舐めているところだった。


「お替りはいけません。ダイエット中なんでしょ? 次のお料理をお持ちしますけど、イセリナさんはごゆっくりどうぞ」


 あたしは、次の料理を準備するために、キッチンへ向かった。


「ああ、このねっとりとした食感と共に、先ほどとは全く異なる種類の甘さを感じますわ! 噛めば噛むほどに、儚く消えていく旨みの余韻に浸る直前、鼻に抜けるこの清涼な香りと舌を刺すピリリとした辛味が刺激的ですわ――」


 どこかのグルメ漫画の審査員のように、やたらと褒めちぎるイセリナの声が聞こえ、あたしはほくそ笑んだ。


 まずは一勝。


 続いては椀物だ。


 ――椀物 ハマグリとジュンサイのお吸い物――



「これは――! 先ほどの濃厚な二品を味わったにも関わらず、たしかに感じる旨みと、海の香り――! 独特のとろみの中に感じる不思議な歯ごたえの物体がアクセントになっていますわ! まるで浄化されたかのように、舌の感覚が戻って参りました。ああ、なぜでしょう、お酒が飲みたくなってしまいますわ」


 あんたは修道女っぽい服を着ているくせに、酒を飲むのかと思ったが、どうせ異世界人と気取っているこいつらに宗教観念などあるまい。それにあたしの料理を食べて「お酒が飲みたい」などと言われて黙っていては、美味しい料理と酒を供することが売りである、ペンション冬月の名折れというものだ。


「イセリナさんは、イケるクチですか?」


「イケる……?」


 ああ、しまった。M星雲の血を騒がすようなことを言ってしまった。早く修正しないと。


「よろしければ、お酒をご用意しましょうか?」


「よろしいんですの?」


 上目づかいに、しかし口元を妖艶にほころばせながら、イセリナがあたしを見ていた。間違いない。こいつはイケるクチだ。


「何か好みはありますか? よろしければ、こちらでお料理に合うものを選ばせていただきますが」


「お任せいたしますわ」


「アリサ、だめだよ。イセリナにお酒を飲ませちゃ……」


 ハマグリを殻ごと噛み砕きながら、おデブが眉を寄せて言った。


 念のため、スプーンとフォークを脇に置いてやったのだが、それは役に立たなかったようだ。


 イセリナは、出汁を飲み干した後に、貝殻を手で摘まんで身だけ食べていた。料理が盛られた食器類を愛でる文化もあるようだが、普段どのようにして食事をしているのかは、想像するしかない。先付に添えたスプーンは何の疑問も抱かず使用していたし、まあなんとかなるだろう。


「……勇者エルバイン、嗜む程度に致しますわ」


「……いつもそう言って、べろべろになるくせに」


 イセリナは、酒癖がよろしくないのだろうか。若干の不安を抱きつつ、あたしは食材とは別に用意してある、酒類保存用冷蔵庫を開けた。


 冬月には、各種スピリッツやバーボン、ウィスキーの類はもちろん、厳選した日本酒、焼酎に加え、地下にワインセラーを設置しております。ぜひ、お料理と一緒にお楽しみください。


 続いてはお刺身だが、今後もお酒を飲み続けるなら、まずはよく冷えたビールで乾杯といこうじゃないか。


 西洋のお高いビールも各種揃えてはいるものの、味が濃すぎて最初の一杯には不向きだとあたしは思う。何より、せっかくお吸い物の優しい味で味蕾が洗われたところだ。お刺身にはスッキリとした辛口の日本酒を供するとして、あたしは国産のドライを選択した。


 見慣れた茶色ビンの詮を抜き、飲み口が極限まで薄くカットされたガラス製のビアグラスに注いでいく。


「次のお料理を準備している間に、一杯どうぞ」


「あれ? 僕の分は?」


「おデブはまだ、未成年でしょう?お酒は二十歳になってからですよ」


 あたしはやさしげに微笑み、道徳を説いたつもりだが、おデブはしかめっ面になって言った。


「ミセイネンてなんだよ。僕はもう十八だぞ? お酒くらい飲めるよ!」


「身体的に飲めるのと、飲んでいいのとは別の問題です。日本では二十歳未満の飲酒は禁止です」


「ぷはっ! これはなんというお酒ですの? 喉を通る刺激と、独特の苦みがたまりませんわ!」


 あたしとおデブの短いやり取りの間に、イセリナがグラスビールを飲み干していた。


「ビールと言います。麦を原料に作るんですよ」


「まあ、麦でお酒を作るとこうなりますの!?」


「美味しいの? ねえ、僕にも飲ませてよ――痛っ!?」


 ビール瓶に伸ばされたおデブの手をピシャリとはたいて、あたしは別のグラスに茶色の液体を注いでやった。お冷しか飲み物を出していなかったことに今更気付き、慌てて煮出した麦茶である。氷で冷やしてあるので美味しいですよ。


「……ビールじゃない」


「原材料は同じ麦ですから、それで我慢してください。ビールを飲み過ぎると太るんですよ?」


「えっ!? それは、困るよ……」


 おデブはその後、黙って麦茶を飲んだ。「美味しい!」と笑顔でいう彼の顔は、かわいいと言えなくもない。そんなあんたが痩せないと滅ぶなんて、どんな妄想の世界に生きているのか知らないが、かわいそうな奴だ。


 あたしはイセリナのグラスにビールを満たしてやって、次なるお刺身を準備するために、再びキッチンへ引っ込んだ。

 

 ――向付 ズワイガニ、ホウボウ、赤貝――


「それぞれにお味を付けてありますからね。そのままお召し上がりください。よろしければ、フォークを使ってくださいね?」


 透明なガラスの角皿に、丁寧に殻をむいたカニ、ホウボウと赤貝のお刺身を盛りつけた。薬味は大葉、シソの実、おろしたてのワサビである。

 

 カニの殻など自分で剥けと言いたいところだが、おデブがまた殻ごと食べてしまう可能性があるので剥き身にした。あたしは、案外やさしいのだ。


「イセリナさんは、こちらをどうぞ」


 クラッシュした氷に半ば沈んでいる切子の徳利には、北海道で有名な獣もイチコロの超辛口な日本酒である。


「まあ、綺麗――」

 

 感嘆の声を上げたイセリナは、すでにビールを手酌で飲み干していた。しかし彼女の顔色はまったく変わっていなかった。


「カニってやつが美味しいなあ! この、オレンジ色の変な奴は何? ……見た目でちょっと苦手かも」


「それは赤貝といって、高タンパクでミネラルも豊富に含んでいる、大変身体に良い食べ物です。残さず食べるように」


 さっきはハマグリを殻ごと食べていたくせにわがままな奴だな、このおデブは。


「これはお魚ですの? 絡みつくような食感と、濃厚なお味なのに、このこげ茶色の粉末の塩分と、先ほどとはまた違った清涼な香りがいたしますわ。そしてまた……このお酒のよく合いますことといったら……」


 ホウボウを一切れほおばったイセリナが、あたしの料理を褒めちぎる。なんだかくすぐったくなってしまうが、間違いなく嬉しい。


 これまた切子の赤い模様が刻まれたお猪口に注がれた、透明の液体を一口すすって陶然としていた。日本酒の楽しみ方が、あたし好みだ。ビールはぐいっといったくせに、日本酒は肴と共にちびちびと。あたしまで飲みたくなってきたわ。


「うーん……なんかこの白いやつも……なんかなぁ……」


 おデブはどうも、お刺身が苦手のようだ。さっきの甘海老を食べているところは見ていなかったが、あれもお口に合わなかったかしら?でもお替りまで要求されたからあれは大丈夫か。


 万人受けする料理なんてないが、十代の若いお客さんにお出しすることを意識していなかったあたしに落ち度があるだろう。


「アリサ様は、お飲みになりませんの?」


 考え事をしつつ、イセリナが日本酒をちびちびやっているのを見ていると、彼女が気づかわしげに声をかけてきた。


「そうですね……じゃあ、ちょっとだけ頂きますね。おデブ、よかったらその、シソの実を一緒に食べてみてね」


「シソノミ?」


「脇に添えてある緑の小いやつがあるでしょう? それの、実だけ取って魚と一緒に食べるの」


「へえ」


 さっきの甘海老には、ワサビの葉の香りを移し、刻んだワサビの茎も入れてあった。おろしワサビは子供には辛いかもしれない。ダイエット料理とはいっても、お残しはよくない。きちんと食べて、夜間空腹にならないようにしてもらわねば。


 あたしは待ってましたとばかりにキッチンへ走り、冷蔵庫から国産の缶ビールを取り出した。ついでに甘海老を二つ口に放り込み、プルトップをプシュッとやって、イセリナの横まで走って戻った。


「それじゃあ、乾杯!」


「「乾杯!」」


 イセリナのお猪口と、おデブのグラス、あたしの缶が合わさった。どうやら乾杯のやり方は、共通らしい。


 あたしは、黄金の液体を喉に流し込み、炭酸の刺激と麦芽の苦み、青い香りを存分に楽しんだ。


 晩御飯も後半戦だ。


 おデブにお刺身の受けが悪かったので、現在のスコアは二勝一敗というところか。


 あたしは気合を入れ直し、キッチンへ向かった。





今日も一日頑張って、夜はプシュッといきましょう!

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