Ωは致命的 解決篇
※第二問・Ωは致命的の解決篇です。先に問題篇を見て、問について御一考下さい。
七.
全員がアキラの発言に驚愕した。アキラに彼らの視線が完全に集中する。
自分はここまで大胆なことができた人間だっただろうか。どうでもいいことが頭によぎった。今は、自分の考えを全員に聞いてもらうだけだ。
「あの……『それはどうかな』って、どういうことですか?」管理人が尋ねる。
「俺には」思い切って言い放つ。「ダイイングメッセージの意味が解りました。この考えが正しいかは分かりませんが、警察に証言するつもりです」
「本当に?」舞衣が目を見張った。「何なんですか、これは」
「オメガだよ」アキラは即答した。「ラージオメガ」
「ラージオメガ?」舞衣が繰り返した。「オメガなんですか? これ」
「ちょっと待ってよアキラ」ヒカリが割り込んできた。「オメガって見たまんまじゃない。それで、そのオメガにどんな意味があるの?」
「その前に説明しなきゃいけないことがある」アキラは淡々と答えた。
「いいですか。このダイイングメッセージが佐伯さんの考えた暗号であるのなら、それはもう俺達にはどうしようもありません。でも俺の考えは違う。このメッセージは、もっと明確な目的のために残されたのです」アキラは説明を始めた。「まず、佐伯さんですが、背中に包丁を刺され亡くなっていました。詳しい事は分かりませんが、死因はそのダメージによるものであると考えられます。佐伯さんの手にはビリヤードのチョークが握られており、死体のそばに大きくΩの記号が残されていました」
「それは、もう皆、解ってることだろう?」時田が言った。
「まず注目したいのは、ダイイングメッセージの意味ではなく、何故佐伯さんがビリヤードのチョークを使って床にΩを残したかです」アキラは説明を続ける。「問題なのは、佐伯さんがビリヤードについて、何の知識もなかったということです」
「そういえば、そうだよね」とヒカリ。「佐伯さん、『ビリヤードは一ミリも解らない』って食事のときに言ってたっけ」
「そうだ」アキラは頷いた。「ビリヤードについて知識のなかった佐伯さんが、何故ビリヤードのチョークを使うことができたのか? それが大きな問題なのです。ましてや、佐伯さんの手には血液がついていました。背中を刺された人間が、床に文字を書きたいと思ったら、手に付着した血液を使うのが自然です」
「まあ、確かに変な話ですよね」舞衣が同意した。
「そこで俺は考えました」一瞬溜めて、言った。「このダイイングメッセージは、犯人による偽装工作なのではないかと」
八.
「おかしいと思ったんだよ」ヒカリが指を鳴らした。「背中刺されて瀕死の人が、最後に力を振り絞ってチョークに飛びついて、床に文字を残すなんてさ」
「でもどうして犯人は血を使わなかったんだい?」時田が尋ねた。「ダイイングメッセージとくれば、血が定番じゃあないか」
「それは単純に血液の量が足りないとみたのか、佐伯さんの手に付着した血が乾燥して描ける状態じゃなかったかのどちらかでしょう」アキラは淡々と答える。
「定番と言えば、人に罪を擦り付ける為に、他人の名前を書くものだと思うけど」ヒカリが言う。
「それは、現実的には危険な行為だ」アキラが答えた。「罪を着せようとした人物にアリバイがあったらどうする? 一発で偽装工作がバレてしまう」
「あ、そうか」一瞬得心のいったようなヒカリだったが、「いやいや、待ってよアキラ。それじゃあ何の為にダイイングメッセージの偽装なんてしたのさ? 偽装の目的なんて、人に罪を擦り付けるくらいなものでしょ? Ωなんて意味分からないよ」
「それについては、時田さんが説明してくれたじゃないか」アキラは時田の方に顔を向けた。
「ええっ」時田はひどく狼狽している。
「言いましたよね時田さん。『百円玉が三枚あったということは、犯人が二回現場に訪れた証拠である。そして犯人がダイイングメッセージを見逃したことから、二回目に現場に訪れたのは、暗闇の九時以降のことだった』と」
「た、確かに言ったよ?」時田が答えた。
「しかし、犯人がダイイングメッセージを偽装したなら、話は百八十度変わるんです。俺は、あなたがその推理を聞かせてくれたときに、ようやくメッセージを残した理由が解った。犯人が欲しかったのは、『九時以降に現場に行けなかった人物は犯人でない』というアリバイだったんです」
「えっと、待ってね……あ、わかった」とヒカリ。「犯人は、皆に『犯人が九時以降に現場に訪れた』と思わせたかったのね? 百円玉を二枚入れれば、犯人は現場を二回訪れたことになって、さらにダイイングメッセージが残っていれば、二度目に訪れたのが暗闇の時間、九時以降だろうと周囲に推測させられるわけね?」
「そういうことだ」アキラは頷いた。「少々、乱雑な計画だがな」
「じゃあ犯人は」管理人が言う。「逆に九時以降にアリバイがある人なんですか?」
「そんなバカな!」時田は肝を潰したようだった。「そんなこと言ったら、俺か舞衣さんのどっちかが犯人になってしまう!」
「そう」アキラは冷たい声で言った。「そして、犯人を特定する要素があります」
九.
「舞衣さん。その記号について、不思議に思ってることはないかい?」アキラが尋ねた。
「えっ?」突然話を振られ、驚いた表情を見せた舞衣だが、思い当たることがあるのだろう。口を開いた。「私、映画で『オメガの悲劇』観たんですけど、オメガってこんな記号じゃなかったんです」
アキラが紙とペンで新たに記号を書いた。一瞬のことだった。
「舞衣さんが見た記号。それは、これだったんじゃないか?」
アキラが紙を見せる。そこには『ω』という記号が書いてある。
「あっ、そう、それ。私が知ってるオメガはそれです!」舞衣が声を上げた。
「スモールオメガ? 『オメガの悲劇』のこと?」ヒカリが尋ねた。
「そう、犯人はダイイングメッセージを何にするか考えた。そこで、適当に『オメガの悲劇』を模倣して、オメガ記号を書こうと決めたんだ。実は、俺は管理人さん以外の全員と、『オメガの悲劇』について話したんです」アキラはゆっくりと言う。「しかし、そこで犯人は大きな勘違いをした。『オメガの悲劇』のオメガは、ラージオメガではなくてスモールオメガだったんだ」
「じゃ、犯人は本当は『オメガの悲劇』みたいにするつもりが、記号を間違えたってこと?」
「その通り、そしてそれは『オメガの悲劇』映画版を実際に観た舞衣さんには考えられない」一拍置き、強く言った。「お前が犯人なんだろ? 時田淳一」
十.
「ありえない」時田は顔面蒼白だ。「そうっ、勘違いだ。勘違い勘違いっ! アキラ君は何か勘違いをしているっ!」
「今の俺の話で、ダイイングメッセージの謎は説明できます」
「いや、できてない。できてないよアキラ君。何かが決定的に間違ってる」
「確かに、今のは俺の仮説に過ぎません」アキラはハッキリと答えた。
「だろ!?」
「しかし、この仮説はキチンと警察に話します」
「あばっばばばばばばば、馬鹿なことを言うんじゃない!」時田は躍起になっている。「そうだ、これは陰謀だ! 犯人の術中に嵌ってるんだよ!」
「術中?」ヒカリが聞いた。
「そうっ! 犯人は『オメガの悲劇』を知らない人物を陥れる為、知っててわざとラージオメガの記号を書いたんだ。そうに違いない」
「時田さん」アキラが静かに言った。
「何っ!?」時田が乱暴に尋ねる。
「駄目ですよ、それ」アキラはあくまで冷静である。「俺が『オメガの悲劇』を佐伯さんが読んだと教えたのは、あなただけなんです。だから、他の人が『オメガの悲劇』を模倣して佐伯さんを殺すことはありえません」
時田は口をあんぐりさせ、硬直した。
「ダイイングメッセージにΩを選んだのは致命的でしたね。時田さん」アキラが言い放った。
「俺はまだ」時田が膝から崩れ落ちた。「捕まるわけには……」
翡翠にベルが鳴り響く。警察の来訪を知らせる音だった。
Solution to a crime case 第二問「Ωは致命的」
解答
一:残されたダイイングメッセージの目的を述べよ。
答:犯人がアリバイ工作を目的として残した
二:犯人はダイイングメッセージについて勘違いをしている。勘違いとは何か。
答:『オメガの悲劇』のオメガを、ラージオメガと勘違いした。
三:犯人を特定する根拠を述べよ。
答:偽装工作から、犯人は九時以降にアリバイのある人物である。
オメガの勘違いから、犯人は『オメガの悲劇』を知らない人物である。
(犯人は佐伯が『オメガの悲劇』を読んだことを知っている人物である。)
四:犯人は誰か。以下の選択肢から選べ。
答:時田淳一
終.
警察に対し、時田は潔く全てを語った。結局は、アキラの言うとおり、アリバイ工作のために適当にダイイングメッセージを偽装してしまったようだった。
実は佐伯とは元々面識があり、食後に近づいたのはそのためだったという。しかしながら、動機までは時田は語らなかった。
警察へ向かうパトカーの中で、ヒカリはアキラに話しかけた。
「けど、びっくりしたよ。いきなり探偵みたいに推理を披露しはじめるんだもの」
「『出来る限りのことをする。それが佐伯さんへの弔いだ』そう言ったのはお前だ」アキラが答えた。
「ふうん」ヒカリはニヤニヤしながらアキラの顔を見ている。
「何だよ?」
「別に。それにしてもよく気が付いたね。ダイイングメッセージの謎」
「運が良かっただけだ。俺しか知らない情報もあったからな」だからな、とアキラ。「別に自分が何にも解らなかったからって気にする必要ないぞ」
「アキラ。うざい」良い笑顔でヒカリは言った。
「それにしても、佐伯さんと時田さんにはどんな因縁があったんだろうな」アキラが真剣な表情に戻り、呟いた。
「アキラ」ヒカリが目を細める。「人が人を殺す心理なんて、様々だよ。深く考えちゃ駄目。今回のことも、早く忘れてさ。元気出していこうよ」
「……それもそうだな」
その後、パトカーの中で二人の下らない会話が続いた。
じきに事情聴取があるが、この時間だけは忘れていよう。アキラはそう思った。
<Ωは致命的 了>
第三問は前後篇に分かれています。
テーマは密室です。




