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翡翠荘の殺人  作者: 山葵たこぶつ
第二問「Ωは致命的」
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8/16

Ωは致命的 四~六

※アリバイ表等があるため、押絵表示ありにして下さい。

四.

 アキラは暫く声が出せなかった。開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。


 何故だろうか、管理人が今の常識外れの発言を撤回してくるのだろうと思った。だが、二人の間でしばらく沈黙が続く。


「あの、どういうことですか?」アキラがようやく口を開いた。

「娯楽室で、お客様、佐伯さんが亡くなっていたんです」

「佐伯さんが」アキラは佐伯の顔を思い出した。


 信じられなかった。


 つい数時間前に出会った佐伯。車でここまで連れてきてくれた。さっきも一緒に食事をした。酒を飲み交わした。


 その佐伯が死んだ?


「どう、して」ぽつんとアキラが言う。

「とにかく」と管理人。声にはまだ落ち着きがない。「リビングにお越し下さい。みなさん、集まってらっしゃいます」


 管理人は去っていった。アキラの身体は硬直したままだった。暫く時間を開けて、ゆらりとリビングへと向かっていった。




 リビングには九条姉妹と時田、そして管理人の姿があった。


「ヒカリは?」アキラが尋ねる。

「ヒカリさんは、まだ二階のお部屋にいるみたいです」管理人が答えた。

「そうですか」どうにもヒカリの姿が見えないと落ち着かない。決して淋しいわけではない。ヒカリが何かをしでかすのではないかと心配しているのだ。

「じゃあ、アキラさんにもご説明します」管理人が説明を始めた。


 時刻は九時半。管理人は二階の使用されてない客室、図書室、娯楽室の順で部屋のチェックをしていた。娯楽室のロックを外し、中を見てみると、佐伯が床に倒れていたという。背中には包丁が刺さっており、呼びかけても返事はない。おそるおそる佐伯に近づき、身体を揺するが返事はやはりない。脈も完全に停止していたようであり、呼吸をしている様子もなかった。何より、その負のオーラが佐伯の死を表していたという。その後、管理人は警察と救急車に電話をし、宿泊客をリビングに集めて回ったとのことだった。


 管理人が一通りの説明を終えた後、アキラは妙なことに気が付いた。ヒカリが来ない。いくらなんでも遅すぎるのではないだろうか。


 嫌な予感がした。


「ちょっと、ヒカリを呼びに行ってきます」

 そう言って、アキラは駆け出した。階段を上り、二階へ着く。正面にあるヒカリの部屋『カザリ』の扉をノックした。


「おい、ヒカリ、居るだろ? おい」

 返事はない。


 ふと左側を見た。階段のさらに奥、娯楽室の扉がストッパーで止められ、開きっぱなしになっている。


「アイツ……まさか」嫌な予感はどうやら的中したようである。


 ヒカリの無駄なバイタリティの高さには、いつも驚くを通りこして呆れ果てるレベルである。彼女のことだから、死体を調べにいったとしてもおかしくはない。


 娯楽室の中に入ると、ヒカリが転がる佐伯の前にしゃがんでいた。

 ゆっくりとヒカリに近づく。「何してんだお前」と声をかけた。


 ヒカリが立ちあがり、こちらを振り返る。「あ、アキラ」

「『あ、アキラ』じゃない」アキラはがくっと肩を落とした。「何をしてるんだと聞いてる」

「ねえ、ちょっと見てみてよ」ヒカリが一歩横にずれた。

 今までヒカリの陰に隠れていた佐伯の身体が露呈した。特に、背中に刺さっている包丁に目がいった。生々しい赤い色。アキラは思わず顔をしかめた。本物の死体。管理人の言うとおり、そこには死の独特の雰囲気が存在している。まるで気圧を持っているかのようにアキラを圧倒した。

「アキラ」再びヒカリに呼びかけられる。アキラはヒカリの方に顔を向けた。

「これ」ヒカリが床に指をさす。


 うつぶせに倒れる佐伯。その頭の右上に、ところどころ血が混じった緑色の粉末状の何かで大きな円が書かれているように見える。いや、円では無い。佐伯の死体側、つまり記号の下側がつながっておらず、外側に線が跳ね出している。跳ねた線の先端には、何かを握りしめた血にまみれた佐伯の右手があった。


「おいヒカリ。これって」アキラが口を開いた。

「ダイイングメッセージ……じゃないかな」初めて見た、とヒカリが間抜けな感想を漏らす。

 アキラは線を凝視した。その形状に見おぼえがあった。

「Ω……Ω記号じゃないか、これ」

「オメガ?」ヒカリがアキラの傍により、もう一度記号を見直した。

「うん確かに」ヒカリが言う。「これ、Ωの記号に見えるね」




 二人は一階のリビングに戻ってきた。全員が心配そうに見つめてくる。


「どうされたんですか、ヒカリさん」管理人が言う。

「あの、管理人さん」ヒカリが管理人に尋ねる。「管理人さんが佐伯さんの死体を発見したとき、床に何か書かれてませんでしたか?」

「ええ、確かに」管理人が答えた。「大きく、円のようなものが書いてありました」

「あれ、佐伯さんのダイイングメッセージみたいなんです」


 全員が驚愕した表情を見せる。


「ダイイングメッセージって……血で?」舞衣が顔をゆがめながら尋ねた。

「いえ、どうやらビリヤードのチョークを使ったみたいなんです。あの粉末はチョークで間違いないと思います」

「あ、チョークなら確かに娯楽室に置いてあります」管理人が頷いた。


 なるほど。佐伯が握りしめていたのはチョークだったのか。何故だろうか、そのことが妙に気になった。

「管理人さん、娯楽室のトイレのそばにも扉がありますよね?」アキラが尋ねた。

「ああ、そちらは普段から閉め切りになっております」管理人が答えた。


 ふうん。と呟き、アキラは考えてることを整理しながら、パーマの髪をいじっていた。




五.

「それで、なんですけど」ヒカリが全員に呼び掛ける。「私達、これから警察に事情聴取とかされますよね? なるべく話を整理したいので、全員でこれまで何してたのかを話合いませんか?」

「ああ、それは名案だ」時田が腕を組み賛同した。「突然警察に色々聞かれて、混乱したらいかんですものね」

「私達も構いませんけど……」優衣は流れに身を任せてるのだろうか。覇気のない声で返事をした。


 アキラはヒカリの頭の上に手を置き、顔を近づけた。

「お前、探偵ごっこでもするつもりじゃないだろうな」小声でヒカリに問いかける。

「そんなことないってば」ヒカリが答える。「できる限りのことを最大限やるのが、佐伯さんへのせめてもの弔いだよ」


 パーな頭をこのまま片手で引き締めてやろうかと思ったが、一理ある。アキラにも気になる点があったので、黙ってヒカリのアリバイ調査を見守ることにした。




 アキラ達は管理人の部屋に集まっていた。管理人のPCから、一階の入り口に設置されている防犯カメラの記録を確認することができるからである。防犯カメラの視界は、右端は受付、左端は階段を捉えている。


 佐伯を最後に見たのは、アキラと時田だった。八時過ぎに解散した、その時である。佐伯の部屋は一階にあるため、二階の娯楽室に行こうとすると、必ず階段を通る必要がある。つまり、防犯カメラの映像によってその時間がいつなのかを割り出そうというわけだ。


 最後に佐伯が目撃された、午後の八時から早送りで映像をチェックすることになった。


「佐伯さんだけじゃなくて、全員の行動も気になるし、気が抜けないね」ヒカリが紙とペンを用意し、メモを取る準備をしている。

「お前の頭のボルトは抜けまくってるけどな」

「ちょっと、ボルトじゃなくてネジでしょ? 頭にボルトってフランケンシュタインじゃない」


 モニタの前で管理人がクスリと笑う気配がした。「では再生しますね」クリック音が響く。


挿絵(By みてみん)


 八時五分。時田が受付の方から姿を見せ、二階へと上がっていく。


 八時十分。やはり受付側から現れたアキラが、二階に上がる。


 その僅か五分後、アキラが一階へ戻り、リビングの方へと移動する。


 八時十九分。ヒカリ、九条姉妹が二階へと上がっていく。それと同時に、アキラが階段側から受付側へと消えていった。


 その三分後、八時二十二分。ヒカリが階段から下りてきて、受付側へと向かっていった。


 八時二十八分。管理人が受付側から現れ、二階へ上がる。


 そして、八時三十分。受付側から佐伯が現れた。

「来た。佐伯さんだ」ヒカリが声を上げる。

 佐伯は二階へと上がっていった。この時間に娯楽室へ行ったと思われた。


「もういいですか?」管理人が尋ねる。

「一応、九時半まで見てみましょう」ヒカリが答えた。


 八時四十五分。ヒカリが受付側から現れ、二階へ上っていった。


 その三分後、管理人が二階から降りてきた。受付側に消える。


 八時五十六分、時田が階段で一階に降りていく。受付側へと向かって行った。


 九時十分。舞衣が二階から降りてきて、受付側へ。


 その十分後の九時二十分。舞衣は二階へと上っていった。


 ほぼ同じタイミングで、管理人も二階へとあがる。


 九時半になるまで、これ以上は誰も映像には映っていなかった。

「うーん。じゃあ、佐伯さんの死亡推定時刻は八時半から九時半の間だね」ヒカリが紙を使い、表を作り始めた。


 全員が、死亡推定時刻の間の行動を証言することになった。


 まずはヒカリ。彼女は八時四十五分まで風呂につかるため、ずっと一階にいたという。その後は二階の自室である、『カザリ』で九時半までのんびりしていたとのことだった。


 アキラは八時半から九時半の間はずっと映像に出てきていない。一階の自室『カギハシ』で本をずっと読んでいたのである。


 次に時田。時田は八時五十六分までずっと自室の『ヤマセミ』にいたと証言している。その後、酒を飲み直すために食堂へと向かったとのことだった。九時十分から二十分までの間、九条舞衣が食堂にいたのを目撃していた。


 優衣は八時半から九時半まで、ずっと自室の『コウジロ』にいたという。『コウジロ』は二人部屋であり、舞衣と一緒に泊っているが、舞衣は八時半から五十分までの間、図書室におり、一緒にはいなかったという。五十分からは一緒にコウジロにいたが、九時十分に再び舞衣が出ていったという。十分後の九時二十分までは一人でコウジロにいたとのことだった。


 舞衣は八時半から八時五十分まで図書室にいた。その後二十分はコウジロにいたが、喉が渇き、九時十分に食堂に訪れた。その際、時田がいたことに気が付いていたようである。九時二十分にコウジロに戻り、その後はずっと姉の優衣と一緒にいたと証言している。


 最後に管理人である。彼女は八時四十八分まで二階のトイレ掃除をしていたという。その後、一階の管理人室に戻り、八時二十分までずっといたとのことだった。八時二十分以降は二階に上がり、使われていない部屋と、図書室、娯楽室の順にチェックをし、娯楽室を調べたときに死体を発見したそうである。


「うーん」ヒカリが唸った。「完全なアリバイがあるのは、アキラだけだねえ」

 ヒカリがアリバイ表を完成させ、にらめっこを始めた。


挿絵(By みてみん)




六.

 全員は食堂で警察を待つことにした。山中である上に、雪が降っていることから、到着が遅れているという。


 アキラはあることを思い付き、考え事をしていた。ダイイングメッセージの意味が解らなかったのだ。


「それにしても気になったんですけど」舞衣が身を乗り出して聞いてきた。「結局、ダイイングメッセージって何だったんですか?」

 アキラはヒカリから紙とペンを受け取り、Ωの文字を描いた。

「こんな感じのものだった」アキラが紙を舞衣に渡す。

「うん? なんですかこれ?」と舞衣。「こんな訳のわからないのがダイイングメッセージって……」


「それもそうだが、気になることがあるんだよね」ヒカリが腕を組んだ。「あのダイイングメッセージは、結構大きめのサイズで描かれていたんだ。犯人が見逃す理由がちょっと解らない」

「それなら、犯人が包丁で刺した後にすぐ逃て、その後まだ生きていた佐伯さんが書いたのでは?」と管理人。

「電気が消えてたんじゃないか」時田が発言した。

「電気が消えてた?」アキラが首をかしげる。

「あ、忘れてたよ、そう言えば」ヒカリが声を上げた。「娯楽室って、九時で自動的に電気が消えるんだよね」

「あ、はい。そうです」管理人が答えた。

「初耳だな」アキラが呟いた。

「すみません。アキラさんと佐伯さんには、お伝えするのを忘れてしまいました」管理人が申し訳なさそうに言う。「娯楽室、図書室、多目的室はご利用を九時までとさせて頂いておりまして、九時には自動で電気が消える仕組みになってるんです」

「さっき行ったときは、電気がついていたようですが?」

「はい。私がつけました」管理人が答える。「部屋のチェックのために、電気をつけたら……」


 管理人はそれ以上は言葉にできないようだった。佐伯の死体を思い出したのか、俯いてしまった。


「娯楽室が九時以降、全くの暗闇になるのなら」とアキラ。「このアリバイ表の九時以前が実質的な犯行時刻になりそうだな」


挿絵(By みてみん)


「そういやあ、誰か娯楽室に行った人はいないんですかね?」時田が発言した。


 全員が黙っている。

「あれ?」と管理人が首を傾げた。

「どうしたんです?」と時田。

「いえ、おかしいなと思って」管理人が説明を始めた。「娯楽室には百円玉を入れないと開かないようにロックがされてるんです。今日、百円玉は三枚入っていました。一枚は佐伯さん、もう一枚は……犯人として、残りの一枚は誰が入れたのでしょう」

「昨日の分じゃないですか?」ヒカリが尋ねた。

「それはないです。毎日欠かさず九時以降にチェックしておりますので」管理人が即答する。

「佐伯さんか犯人のどちらかが二回入った」アキラが呟いた。

「私達じゃないんだから、そうだよね」ヒカリが同意する。

「佐伯さんは肘を痛めていた。自分からビリヤードとダーツしかない娯楽室に遊びに行くとは考えづらい」アキラが自分に言い聞かせるようにして喋る。「犯人に待ち合わせ場所として指定されたと考えるのが自然だろう」

「じゃあ、犯人が二回娯楽室に入ったんでしょうな」時田が言った。「一回目は佐伯さんを刺したとき。二回目はそれ以降でしょう。佐伯さんがその後どうなったかを確認しにいったとは考えられませんか」

「それなら、そのときにダイイングメッセージは消されてしまうのではないでしょうか」優衣が発言した。

「訪れたのが九時以降、つまり暗闇の時間なら、ダイイングメッセージを見逃しても不自然じゃない」と時田は言う。「暗闇でも、部屋には懐中電灯が一つ用意されてありましたからな。おおかた、それを持って娯楽室の佐伯さんの様子を見に行った。しかし、懐中電灯の灯りでは、ダイイングメッセージまで見えることはなかった。これでどうです?」

「なるほど、そういうことでしたか」アキラは膝を打った。「それならしっくりきます」

「そうでしょう、そうでしょう」時田は、がははと笑っている。


 しかし、時田にはアキラの本当の真意が理解できていない。


 アキラには真相が見えていた。


「それがホントなら、時田さんは九時以降はずっと一階にいたので、アリバイがありますね」ヒカリはいまいち釈然としないという風だった。

「それなら、舞衣にも同じことが言えます」優衣が声を上げた。「舞衣は九時以降に、一度だけ食堂に行ってますが、そのとき懐中電灯も持っていませんでしたし、お金も私が管理していましたから、百円玉も持てませんでした」

「なら、お二人は犯人じゃないってことですか」管理人が言う。

「それは、どうかな?」アキラは犯人に対し、攻撃をすることにした。


 佐伯さん。仇は討ちますよ。




問.

一:残されたダイイングメッセージの目的を述べよ。

二:犯人はダイイングメッセージについて勘違いをしている。勘違いとは何か。

三:犯人を特定する根拠を述べよ。

四:犯人は誰か。以下の選択肢から選べ。

・藤田明

・日向ヒカリ

・時田淳一

・九条舞衣

・九条優衣


解決篇は数日後

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