痕跡を探せ 四~六
※アリバイ表等があるため、押絵表示ありにして下さい。
四.
『亡くなっている』、その言葉を聞いたアキラと管理人、そしてヒカリは声が出せなかった。
佐伯は医大生だからだろうか、冷静に管理人に指示を出した。
「警察、それから念のため、救急車を呼んで下さい」
「はい!」管理人は慌てて食堂から飛び出して行った。まるでその場から逃げだすような早さである。
「僕達も出ましょう」佐伯が提案する。「九条さんに知らせないと」
「ちょっと待って」ヒカリが制止する。「これなんだろう?」
時田の死体の近くには、大きめ装置が無造作に置き去りにされていた。装置には弓のようなものが取り付けられていた。実物など見たことがない。しかし、アキラにはフィクションの知識によって、それが何なのか思い至ることができた。
「ボーガン……じゃない? これ」アキラの考えをヒカリが口に出した。
「ヒカリさん」佐伯が言う。「詳しい事はリビングで……」
三人は警察に通報した管理人を交え、九条姉妹を呼びに行った。
佐伯の提案で、全員がリビングに集ることになる。皆で一階に降りていった。
リビングのソファに、佐伯、九条姉妹、そしてヒカリが腰をかけた。アキラは何か落ち着かず、座っていられなかった。殺人が起きたからだけではない。何か別の、嫌な予感がアキラにはした。
「ここは山中ですので、警察が来るまでもう少し時間がかかると思います」管理人が言った。
空気が重苦しい。九条姉妹は顔を青ざめてうつむいてしまっている。
「警察が来たら」佐伯が静寂を破った。「色々と聴取をされるのでしょうが、とにかく今晩中には、このペンションから離れることになりそうですね」
「ああ、それなら」ようやく舞衣が口を開いた。「荷物、まとめたほうがいいですか?」
「検査とかされるとは思うけど」ヒカリが答える。「どのみち、まとめといた方がいいかもね」
全員が舞衣の提案を受け、荷物をまとめる為、一時解散となった。
その時、ヒカリは佐伯に声をかけた。
「佐伯さん。時田さんの死因なんですけど」
佐伯は声を潜めて答える。
「ボーガンが気になりますか?」
「何か分かること、ありましたか?」
「時田さんは亡くなってから、そんなに時間は経っていないと思います」佐伯が説明する。「せいぜい一時間以内、といったところだと思いますが、僕にはそれ以上のことは……」
その会話を聞きながら、アリバイなどを詳しく警察に聴取されるのだろうか、とアキラは考えた。ドラマなどで観る、取調室のイメージが頭に浮かぶ。
「ボーガンでお腹を撃たれたら、すぐ死んじゃうんですか?」ヒカリが尋ねる。
「いえ、急所は外していたようですし、失血死でもないみたいなんです」佐伯が眼鏡を指先で持ち上げ、言う。「毒矢……だったんじゃないかと思います」
「毒矢……」ヒカリが呟いた。
「まあ、僕には詳しい事はわかりませんけれど」
佐伯はそう言うと、会釈をして去っていった。
佐伯を見送った後、ヒカリはアキラに呼びかける。
「ねえ、アキラ。今のうちにリビングもう一回見てみようよ」
とんでもないことを言いだしたな、この女。アキラは思った。
「おバカ? おバカなの? 知ってるけど」アキラはヒカリを制止しようと努めた。「現場保存って言うだろ。黙って荷造りしておけ」
「ああ、駄目だなあ、アキラ」ヒカリが天を仰いだ。「そんな守りの姿勢だから駄目なんだよ、アキラは」
「お前の攻めの姿勢の方が駄目だ」
そういうのを暴走と言うんだ。アキラがそう言ったのを無視し、ヒカリはリビングの方角へと歩き始めた。
「おい」アキラがヒカリを追いかける。
食堂では、変わらずに時田の死体が転がっていた。椅子から転げ落ちた格好で、仰向けに倒れている。腹部に刺さっているのはボーガンの矢だろう。アキラは呼吸を止めて、机の近くにいるヒカリに近づいた。
「時田さん、何か書いていたみたい」ヒカリが机を見ながら言った。
机の上には、一冊のノートが広がっていた。そのページには、ヒカリの言うとおり、何かが書かれたようである。ヒカリはしばらく、そのノートを見つめていたが、突然音読をし始めた。
「『やはり、このペンションは正解。食堂で人を待ちながら酒を飲む。静かで、ただ昆虫や野鳥鳴く声以外、何も聞こえない。こういう時間、風情があっていいなあ』」
ヒカリはそこで区切り、これが一番新しく書かれたものみたい、と言った。
どうやら時田はライフログをつけていたようだ、とアキラは考えた。ライフログとは、自分自身の生活を様々な形で記録する行為である。時田は今日の一番最新の記録として、この文章を書いたのだろう。すなわち、これが時田の死の間際の文章だったということになる。アキラは気分が悪くなった。
「おい、もういいだろう。早く出よう」ヒカリに対して催促をする。
「うん……そうだね」ヒカリが了承し、二人は荷物をまとめに、それぞれ自室に戻った。
アキラは早々に自らの荷物を片づけ、二階にあるヒカリの部屋に行くと、彼女も荷造りを終えたのだろう。丁度廊下に出てきたところだった。
そのタイミングで、二人部屋である『コウジロ』の部屋の扉が開いた。九条姉妹である。姉妹はこちらを見ると、どうも、と短く挨拶をしてきた。その様子は、やはりどこか元気が無い。
「大丈夫? 二人とも」ヒカリが二人を心配したように、声をかける。
「あまり、大丈夫じゃないです」優衣が答えた。まだ顔が青ざめている。「誰がこんなこと……」
四人は一緒にリビングに行き、少し落ち着くことにした。二階の階段の前にいったときである。ふと優衣が立ち止まり、あ、と声を上げた。
「どうしたの? 優衣」舞衣が尋ねる。
優衣はしばしためらったようだが、口にすることにしたようである。
「私がお風呂に行くとき、二人で一緒に一階に降りたじゃない? 私、そのとき男の人が娯楽室に入っていくの見たんだ。あれが時田さんって人じゃないかなって……」
「ああ」舞衣が声を上げる。「あのとき? うん、そういえば私も見た……」
「本当?」ヒカリが語尾を高くして尋ねた。「それ、何時頃だった?」
「私がお風呂に出かけたのは、八時四十分ですけど」優衣が答えた。
「そっか、四十分か……」ヒカリが呟いた。
アキラには嫌な予感しかしなかった。先程のように、こういう時、ヒカリは大抵ロクでもないことを考える。
「よし、決めた!」ヒカリは明るめの声を出した。
「ヤクでもキメたのか?」アキラがツッコミを入れた。
「警察が来る前に、色々と皆の行動を調べてみようよ」とヒカリ。「警察の捜査に協力するのは、民間人の義務だよ」
「冗談で言ったつもりだが、やはりキメたのはヤクだったか」アキラが辟易として言った。
「まず、最後に時田さんを見たのが誰で、いつなのか調べよう」
二人はいつもの調子でやりとりをしたが、それが漫才のように映ったらしく、九条姉妹はクスクスと笑う。少し、元気を取り戻した様子だった。
だが、少しでも冷静に考えれば、ヒカリの提案は笑いごとでもなんでもないとアキラは考える。時田を殺した人物は、かなり高い確率でこのペンションにいる。そして、その人物を暴こうというのだから。
五.
管理人室に全員が集まっていた。ヒカリが皆に呼び掛け、集めたのである。
どうやら、時田を最後に見たのは九条姉妹のようだった。管理人は、時田を迎えた以降、彼のことを見ておらず、佐伯とヒカリに至っては時田の姿を一度も見ていなかったという。
全員が管理人室に集まったのは、そこに防犯カメラの記録を観ることができるPCが置いてあるからである。翡翠に唯一設置されている防犯カメラは、受付の右端から階段の左端までを映している。この防犯カメラの記録を確認すれば、全員の事件当時の動向が明らかになるのではないか、というヒカリの提案だった。ヒカリは強引に、適当な言葉で皆を丸めこみ、この部屋のPCの前に引きずり出すことに成功したのだった。
その目的は決まっている。アキラは思った。全員のアリバイを聞き出したいだけだろ。
「では、いつからの映像を見ますか?」管理人がヒカリに尋ねる。「一番古いので十二時間前ですから、時田さんが亡くなった時刻あたりなら、いつでも」
「うーん」唸ったのちヒカリが答えた。「四十分に時田さんが娯楽室に入って行ったわけだから、三十分からの映像をお願いします」
映像は四倍速で映されていた。右上に時間が表示されている。確かに、二十時半からのものだった。
二十時三十九分。管理人が受付側から現れ、二階へと上がっていく。
その一分後の四十分。時田が階段を上り、二階へと向かって行った。まもなく姉妹が一階へと降りてくる。姉妹はそこで別れ、優衣は受付側、舞衣は階段側へと消えていった。
しかし、その二分後である四十二分。今度は一階から二階に上がる舞衣の姿が映っていた。
更に二分後の四十四分。佐伯が受付側から現れ、二階に上がっていった。
二十時四十九分のことである。時田が二階から降りてきて、右手の受付側に消えていく姿が映っていた。彼は、このタイミングで食堂へ行ったものと思われた。
丁度その一分後、アキラが二階から降りてきた。受付側へと消えていく。
一分後の五十一分。舞衣が二階からバッグを持って一階へ戻ってきた。左手側へと向かって行った。少し急いだ様子であった。
その二分後の五十三分。今度は佐伯が二階から本を持って降りてきた。彼は受付側へ。
一分後の五十四分。ヒカリが荷物を持って一階へと降りてくる。右手の受付側へと消えていった。
しばし間が空き、二十一時四分。管理人が二階から降りてきた。受付側に急いで向かって行った。
その後、しばらく誰も映らなかった。二十一時二十分、優衣が受付側から階段側へと向かうのが映った。それから一分もせずに、九条姉妹が一階から二階へ、階段で移動するのが映っていた。
それ以降、二十一時三十分になるまで、誰もカメラに映ることはなかった。
「よし、メモったよ」ヒカリは言う。
『よし』じゃないだろ。アキラは思った。今の映像を見る限り、時田の死亡推定時刻は、八時五十分から九時半に絞ることはできただろう。しかし、その時間帯、管理人以外の全ての人物に犯行は可能であることに、アキラは気が付いていた。
防犯カメラに映っていた動向について、全員が証言することをヒカリは提案した。警察が来る前に出来る限りのことを云々、適当な言葉を言っていた。
自分が興味本位のくせして……。アキラは呆れたように思う半分、ちょっとした思い付きがあり、ヒカリの取り調べに耳を傾けることにした。
まずはヒカリ本人である。ヒカリは九時になる前、五十四分に、洗濯室へ洗濯のため一階に降りた。約五分後に、洗濯室の隣の客室であるアキラの部屋の扉が開く気配を感じ、廊下に顔を出すと、案の定アキラがそこにいた。数分間、会話をしていると、そこに現れた管理人に誘われ、九時半になるまで管理人室にいたという。このあたりの証言は、アキラも一緒にいたので、間違いはない。
「しかし、お前が洗濯室にいたのは数分間だろ?」とアキラ。「犯行は無理だな」
「甘いよアキラ」ヒカリが反論する。「食堂に入る、時田さんを撃つ、ボーガンを捨てる、食堂を出る。これなら犯行に一分もかからないよ」
「お前、人がせっかく庇ってやってるのに」アキラが頭をかきながら言った。「だいたい『甘い』って何だよ。俺の友達に『天井』って奴がいてだなあ……」
「とにかく」ヒカリは遮り、言う。「ホンの僅かな時間でもアリバイが無い限り、容疑は晴れないからね」
アキラは、はあ、とため息を吐いた。
次はアキラの番である。ヒカリはメモを取る姿勢だ。
アキラは八時五十分になるまで、二階の図書室にいた。四十分までは図書室に舞衣もいたのを覚えている。五十分以降は、自室で本を読むために一階のカギハシへと向かった。九時丁度に、本を読む環境を変えようと部屋を出たところ、ヒカリに出くわした。その後はヒカリの証言どおり、九時半まで管理人室にずっといた。
次に管理人。彼女は、時田や九条姉妹が階段を通る直前に、二階に上がっている。目的は、トイレ掃除と使用されていない部屋のチェックである。それが終わったのち、一階へ戻ると、アキラとヒカリを見かけた。アキラに荷物持ちを手伝ってもらった礼として、ヒカリも一緒に管理人室に誘い、ケーキをごちそうすることにした。解散したのがヒカリ、アキラの言うとおり、九時半であるという。
九条優衣は、八時四十分に一階の風呂場へ向かおうと、自室のコウジロから出てきたところ、図書室から出てきた舞衣とバッタリ出くわした。二人で一階に行こうとしたところ、娯楽室に入っていく時田を見かけた。一階で舞衣と別れた後は二十分まで風呂場にいたという。その後、リビングにいる舞衣を呼びに行き、二人で二階に上がって行ったそうである。これは、防犯カメラの記録と相違ない証言だった。
九条舞衣は、図書室を出て優衣と出会い一階に降りたのち、ずっとリビングで本を読んでいたと証言している。ただし、一階に降りてリビングに着いた直後に、本の忘れものに気が付いて自室のコウジロに取りに戻ったという。ありったけの本をカバンに詰めて、リビングに戻ったのが五分ぐらい後だそうである。その後は本をずっと読みふけり、気が付けば九時二十分。優衣に呼ばれて、二人で二階に上がって行ったという。リビングの位置から階段を見ることができるが、読書に没頭するあまり、誰がどう一、二階を移動したかは一切記憶にないとのことだった。
最後に佐伯であるが、彼はずっと自室の『アオミミ』にいたが、八時五十分になる少し前に本を取りに行くために二階の図書室へ上がった。図書室の電気が落ちてしまう数分前、適当に読みたい本を見つくろい、一階へと戻った。その後はアオミミでずっと本を読んでいたが、九時半頃に管理人の悲鳴が聞こえ、食堂へと向かったとの証言だった。
問題なのは、時田の行動だった。彼は八時四十分に娯楽室に入ったのち、十分も経たずに一階へ戻っている。
「時田さんは、九時に娯楽室が閉まることを忘れてたんじゃないかな。遊んでる途中で思い出して、中途半端に部屋を出たとか」舞衣が言った。
おかしい。アキラはそう思った。
六.
ヒカリは、時田を含めた全員のアリバイ表を作っていた。三色のボールペンを使い、八時半から九時半までの間、各人が一階にいたなら赤線、二階にいたなら青線、誰かと一緒にいたなら緑線、というふうに表を作成し、にらめっこしていた。時田の死亡推定時刻は八時四十九分から九時半まで。つまり、その時間に時田と同じく赤線が少しでも引かれている人物は容疑者ということである。
そこでヒカリは、ようやく管理人以外全員に犯行が可能であるということに気が付いたようだった。あまりのヒカリの鈍さに、アキラは眉間を指で押さえたものだった。
「それにしても警察はまだでしょうか」佐伯がため息をつきながら言った。誰が犯人かを暴く、その恐怖から解放されたからだろうか、彼は少し安堵した様子であった。
「もう間もなく来ると思います」管理人も同様の様子である。「皆さんリビングで待ちませんか?」
九条姉妹は、管理人の提案に同意し、管理人室を出て行った。佐伯もそれについていく。ヒカリはアリバイ表を見ながら部屋を出ていった。
確認したいことがあった。アキラは管理人室を出ると、あえてリビングとは逆方向に進んだ。外廊下に用事があったが、自分がそれを確かめに行くところを、なんとなく人には見られたくなかった。あえて遠回りをし、食堂の前、そして風呂場の横の通路を経由して外廊下に移動する。風呂場の正面の扉を開けると、外の冷え込んだ空気が一気に入ってきた。当たり前のことだが、冬の山中はとても寒かった。外廊下の半ばまで歩いた。
廊下の外側を確認したが、床には一切足跡の形跡が無かった。アキラが確認したかったのは、このことである。翡翠の敷地内へは、ペンションの入口を通るしか方法が無い。敷地の中と外はかなり高い柵で隔てられており、侵入はまず難しい。そして、玄関に付けられていた防犯カメラの記録、そしてこの外廊下に足跡が無いことから、外部犯の犯行は限りなくゼロになった。
アキラには、今回の事件の犯人を絞り込むための考えがあった。しかし、まだピースが足りない。
室内に入ろうと、リビング側の扉のドアノブに手をかけた。その瞬間、アキラの右手に静電気が走った。反射的に、手をドアノブから素早く離す。
閃いたのは、まさにそのときだった。
俺は馬鹿だ。どうしてこんな簡単なことに気が付かない。
自分の間抜けぶりに呆かえった。
最後のピースは、もう手の中だ。
「やっぱり、そうだった」アキラが眉間にしわを寄せて呟く。
すぐに……すぐにこの話を聞いてもらわなければならない。
真相を見据えたその眼をさらに鋭くさせ、アキラはリビング側の扉を開いた。
問.
一:犯人を絞り込むための根拠が幾つかある。それらの根拠を述べよ。
二:犯人は誰か。以下の選択肢から選べ。
・藤田明
・日向ヒカリ
・佐伯雄太
・九条舞衣
・九条優衣
アリバイが時刻表のように精密ですが、ポイントさえ押さえれば細かいことは気にせずに大丈夫。
解決篇は犯人が自首したら。




