死に誘う腕 解決篇
※「死に誘う腕」の解決篇となります。
先に問題篇をお読みになり、問について御一考下さい。
六.
管理人、佐伯、舞衣、優衣の四人が、リビングのソファに座り、立っているアキラとヒカリに注目している。
「話って、一体どうされたんですか?」管理人が二人に尋ねた。
「こういう時は」アキラが答える。「『皆を集めて、さてと言い』、とヒカリが言ったもので」
アキラは真剣な顔つきで言った。
「皆さん。俺の話……いえ、推理を聞いて下さい」
「推理?」佐伯が反応をする。「それって、リストカットを選んだ理由ですか?」
「いえ、違うんです」アキラが首を振る。「とにかく、話を聞いて下さい」
アキラはゆっくりと話し始る。
「まず、この事件で死亡したのは時田淳一さん。自室である、ヤマセミの部屋のバスルームで亡くなっていました。死因は左手首をナイフで深く切ったことによる、出血多量。そうですね? 佐伯さん」
佐伯に確認を取った。佐伯は頷き、肯定した。
アキラは再び話し始める。
「時田さんは、死亡する前にアルコールと睡眠薬を服用したようでした。しかし、俺にはどうも、その痕跡に死体の状態と矛盾する点があると思えるんです」全員を見渡し、アキラは強く言った。「ハッキリ言います。時田さんは自殺ではなく、殺されたんです」
七.
その瞬間、舞衣が息を飲む音が聞こえた。
「ちょっと、待って下さい」優衣が抗議し始めた。「どうして、そうなるんですか? 時田さんは手首を切って死んでいたんですよね? 明らかに自殺じゃないですか。矛盾した点って、どういうことですか?」
「僕も知りたいです」と佐伯。「自殺でない根拠は?」
「説明します」歯切れよくアキラが答える。「まず、俺が最初に違和感を感じたのは、時田さんの部屋のテーブルの上でした。テーブルの上には、ウイスキーのボトル、グラス、そして、ツマミの入った皿が置いてあったのです」
一拍置き、再び説明を始める。
「その並び順が、俺にはどうしても気になりました。時田さんが座っていただろう椅子から向かって、左から順に、ボトル、コップ、皿の順番で並んでいたのです」
黙って聞いていた管理人が、疑問を投げかけた。
「あの、アキラさん。話が全く見えてこないのですが」
「それは、次話すことで繋がりが見えてくるでしょう」とアキラは答えた。
パーマの髪をいじり、アキラは説明を続ける。
「次に気になった点は、バスルームの洗面台です。洗面台の右側に睡眠薬の殻が。そして、左側にはコップがありました」
「それのどこがおかしいんですか?」管理人が尋ねる。「時田さんは睡眠薬を服用されたのでしょう?」
「睡眠薬の殻は問題ではないんです」アキラが首を振る。「あの薬の殻は、犯人が何らかの方法で、時田さんに飲ませた後に洗面台の上にのせた、単なる偽装工作だと思われます」
「まだ、良く分かりませんが」と管理人。
「肝心なのは、コップの方なんです」アキラが人差し指を立てた。「洗面台の上には、他に使用済みの歯ブラシがありました。時田さんは歯を磨いたんです。そしてその後、うがいの為に、コップを使用し、洗面台の左側に置いた」
そう言いながら、人差し指を左に傾けるジェスチャーをした。
再び一拍置き、アキラは言う。
「さっきのテーブルの上の配置、そして洗面台の配置。それを考えると、時田さんは左利きだったことが予想されます」
「左利き?」佐伯の目が見開く。
アキラがうなずいた。
「通常右利きの人なら、箸や障害物でも無い限りは、ツマミの入った皿の右側にボトルやグラスを置きます。その方が飲みやすいし、注ぎやすいですからね。にもかかわらず、テーブルには皿の左側に、ボトルとグラスが置いてあった」
アキラはあくまで、ゆっくりと説明する。
「洗面台のコップの位置も同じことが言えます。洗面台の左側に、しかも、取っ手は左を向いていたんです。以上のことから、時田さんは左利きであった可能性が高いと思われます」
一瞬、沈黙があったが、佐伯がそれを破る。
「左利き? 本当に彼は左利きだったのですか? 確かな証拠は……」佐伯はどうやら、アキラの言わんとしていることに、気が付いたようである。
「ありますよ」アキラが即答する。「ヒカリが今持っているカメラです」
ヒカリが佐伯の方に歩いていき、カメラを手渡した。
「それは時田さんのカメラです」アキラが答える。「高級そうなデジタルカメラですが、一番の特徴は、シャッターが左側に付いているということです」
「そうか!」佐伯が声を上げた。
「通常カメラは右側にシャッターが付いています。左側に付いているのは、特別仕様。それが、時田さんが左利きである根拠です」
「ああ、そういえば」管理人が声を上げた。「そうです、時田さん、受付の時に左手で記名なされていました」
「でもだからって」と優衣が抗議する。「それでどうして、時田さんが殺されたことになるんですか?」
「時田さんは左手首を切っていたんです」佐伯が答えた。
「そう」アキラが続ける。「手首を深く切ろうとすると、必ず利き腕を使うはずなんです。しかし、時田さんは逆の右手を使っていた。これはおかしい。つまり、彼の死の状況は、犯人による偽装工作ではないかと考えられます」
アキラが腕を組み言う。
「以上が、時田さんが自殺ではないと思った理由です」
「そもそも、おかしいんです」ヒカリが付けくわえる。「自殺をする場所も、方法も妙でした。どうしてこのペンションで? どうしてリストカットで自殺しなくてはいけないんです? アキラの推理通り、殺人であると考えれば疑問は解消されます」
そんな、そんな、と優衣がうろたえ出す。
「だって、時田さんが死んだ時間帯。私と、舞衣と、管理人さんしかいなかったんです」優衣は必至の表情だ。「そんなこと言ったら、三人の中に犯人がいるってことじゃないですか!」
「その通りだと、俺は考えています」アキラが静かに言った。「では、時田さんを殺した人物とは誰なのか」
八.
全員が、次のアキラの言葉を黙って聞く姿勢だった。
アキラは喋り疲れ、ふう、と息を付いて、腰に手を当てながら説明を再開した。
「まず、管理人さんは除外されます」管理人に向き直り、アキラは断言した。「時田さんの死亡推定時刻。あなたはずっと一階にいました。それは九条姉妹と防犯カメラの記録で証明できるでしょう」
管理人は安堵したようすだった。
「待って下さい」優衣がまた抗議する。「外部犯。誰かが忍び込んで殺したのかも……」
「防犯カメラの記録を見れば分かることだ」とアキラは言った。「もし、何者かが勝手に侵入していたのなら、いくらでも謝罪します」
「けれど」と申し訳なさそうにヒカリが言う。「外部犯なら、わざわざ自殺に偽装するようなことはしないと思うんだ。残念だけど」
「じゃあ」いよいよ、優衣は泣き出しそうだった。「私達のどっちかが犯人って……?」
「どちらかじゃない」アキラは即答した。「時田さんの死亡推定時刻は、実は更に狭めることができるんです」
三度、アキラは一拍置き、全員を見まわした。
「舞衣さんは、『日の入り前は電気がいらないくらい明るいのに、日の入り後はリビングが暗くなった』と言っていました。それは、二階のヤマセミでも同じことが言えるんです。なぜなら、リビングとヤマセミの窓の向きは同じだからです。そして、ヤマセミの部屋の電気は付いており、カーテンも閉まっていた。このことから、時田さんは日の入り後に死んだということになります」
アキラが『犯人』に向き直り、言った。
「つまり、時田さんを殺せたのは、日の入り後に二階にいた人物」
そういって、アキラは静かに、それでいて力強く。
「お前が犯人なんだろ?」
結論付けた。
「九条舞衣」
九.
姉妹は完全に沈黙していた。ただ黙って、アキラを見つめている。
「最後に俺の推理をまとめます」アキラが話を再開する。「舞衣さんと時田さんが、どういった関係だったかはわかりません。しかし、日の入り後、舞衣さんはヤマセミで時田さんと会っていた。おそらく、それだけでなく、一緒に飲み物を飲んだのでしょう。時田さんのウイスキーは、そのときのものだと思われます。このタイミングで、舞衣さんは多量の睡眠薬を粉末状にしたものを、時田さんに飲ませた。その後、眠った時田さんを、バスルームまで運び、お湯を溜めたのち、左手首を切って殺した。そして、自分がいた形跡を消すなど、一連の偽装工作を行ったのちに部屋から出た」
リビングが静寂に包まれた。それを破ったのはヒカリだった。
「ホントなの? 舞衣さん」
舞衣はうつむいていた。ううっと少し唸ったのち、違う、と小声で否定した。
「間違いです!」優衣が叫ぶ。「そんなの何も証拠がない。時田さんは自殺したんです!」
「確かにそうかも知れない」アキラは冷静に言った。「けど、俺はここで真実を話してほしい。もし、俺の推理が正しいのなら、警察が詳しく調べることで、全てが露呈してしまう」
「もしも、偽装工作をしたのなら」とヒカリ。「手袋をきっと使ったよね? でも、手袋にも『手袋痕』があるの。警察が詳しく調査したら、きっと自殺でないと判断されるよ」
「俺の推理が真実だったら」アキラは諭すように言う。「自首してくれ」
ややあって、舞衣の目から涙こぼれ始める。
「ああああああああああああああああああああ―――」舞衣は、膝から崩れ落ちた。
それは全てを肯定していることを意味した。
優衣もまた泣き、叫び出しそうな顔をしながら、必死にこらえるようにして呟いた。
「どうして……」
全員がうつむくリビングの中、舞衣の長い長い絶叫がこだましていた。
Solution to a crime case 練習問題「死に誘う腕」
解答
一:時田の死は自殺ではない。その根拠を述べよ。
答:左利きの時田が、左手首を切っていた。
二:犯人は誰か。以下の選択肢から選べ。
答:九条舞衣
終.
九条舞衣は、遅れて到着した警察に対し、事情を全て自供した。
アキラには動機などは一切知ることができなかったが、唯一、自身の推理が正しかったことだけが分かった。
アキラ達は、警察から事情を聴くため、パトカーで移動することになった。
「それにしても、アキラ、名推理だったねえ」車内でヒカリが話しかける。「もしかして、すごい名探偵なんじゃない? アキラは」
「それに引き換え、お前はてんでパッパラパーだったな?」厭味な笑顔を浮かべて、アキラは言ってやった。
「うわー、殴りたい」ヒカリは笑顔で半ギレ状態である。
「お前って、アレだよな」とアキラは更に煽る。「推理モノとか心理戦モノとか好きだけど、自分は弱小なタイプだよな」
ヒカリのパンチが飛んできた。シュッシュッ、などと声を出しているが、別に痛くない。
サイレンの音を山中にこだまさせ、パトカーは翡翠を離れていった。
<死に誘う腕 了>
次回・第一問は、次の殺人が起きてから




