Episode15
「最近トオルの様子がおかしい気がするんだけど何か知らない?」
洋風の豪邸、客間のソファに腰をかけた金の瞳を持つ少女が尋ねる。
肩までの髪を右に寄せて括った、部屋着というには些か豪奢なドレスを纏う女性は目をパチクリとさせた。
「普通でしょ?」
女性…水の特級ライセンスを持つルカは直近の記憶を掘り起こして感想を述べる。
事務的な態度、少ない口数、正直生意気な年下の少年。全く様子に変わりはない。
「や、態度が事務的と言うか…最低限しか話ししてくれないし…」
ルカの愛犬、クロを撫で回しながら少女はむくれ顔で唸る。
しかしルカが普通と判断した事がマコトにとっては普通ではないのか…仕事以外で関わる事がないが、彼も年相応の少年か……。意外な一面を知った気になる。
よもやあの鉄面皮が笑うのだろうか。いやまさか。
でも笑うとしたら…まるで王子のようでないか。ルカは夢想する。
「ルカはアイツから何か聞いてない?愚痴とかでも」
「……ッ、聞くも何も、私は仕事で組まない限りはトオル君と話さないわよ」
今度はマコトが意外、と言う顔をした。
「ルカ、レイカとタカシは仲良いじゃん。結構交流持ってると思ってた」
「私をコミュ障みたいに言わないでよ。むしろ付き合い悪いのがトオル君よ」
憮然として美しい風態のティーカップに口をつける。
こう見るとルカも間違いなく大人のお嬢様である。
なんとなしに見惚れていると、視線に気づいたルカは何?と首を傾げた。少女は若干の狼狽を見せながら
「やっぱお嬢様だなって思って…」
答えを聞いたルカは窓の外へと飛ばすようなため息を吐いた。
「………羨ましい、って思う?」
「え、んー…私が、としたら、合わないかな」
お姫様を愛でる趣味はあってもなりたいとは思わない。女としてのマコトもそう思う。
「そうね、ならない方がいいわよ」
遠い目をしてルカはティーカップを置いた。外に出ている時の庶民的な服装を思い出す。
「窮屈なだけ。……ああ」
ふと何かに合点がいったようにルカは海色の瞳をマコトへと向けた。
「トオル君のことだけど、心当たりならまだマコトの方があるんじゃない?」
「!?いやいやいや私は何も…!」
言いかけて数点思い当たる。
実在した人間を招き入れた固有結界…多重人格。彼に言われて自覚した破滅願望、そしてごっそり魔力を使い切っていたことに対して詰問したら『この身体だからこそ出来る人間離れした魔法』を使った事を男性人格から情報を得ている。
「……引かれちゃったかな?」
クロを抱きしめながらポツリと零した。客観的に見るまでもなく、自分は距離を置かれる人なのだろう。
「んー…何があったかは聞かないわ。でもきっとそこじゃないでしょ」
何故、とマコトは問う。するとルカは何でもない事のように
「マコトなら『自分がしちゃった事』を一番に思い出すだろうと思って。でもね……あー…言い方は酷いけど特級ライセンス持ちはほぼ間違いなく『相手の異常さには寛容』なのよ。自分が異常だから」
「ど、どこが…!」
自分の異常さ、と言う面に異議を申し立てる。たしかにマコトは生まれから異常とは言えるかもしれないが…他のライセンス持ちはそれ程では…
「今自分はともかく皆は大した事ないって思ったでしょ?皆そう思ってるの。マコトの事なんて…怒らないでよ?生まれも未知数の能力も『そうなっちゃった物は仕方がない』の。研究対象としての興味は尽きないでしょうけどね」
「……じゃあ、何で私に心当たりがあるって…」
「ーー自分が怖いもの、眩しいもの…トラウマから逃げたいから」
ドレスに不相応な頬杖をして、やる気のなさそうな表情が吐露する。
いや、心を殺した結果がその態度なのだろう。
「私の話だけどトラウマという意味では本当にたいした事ないの。私は『間違って悪になるのが怖い』だけなの。そうなるまでの過程は面倒だから聞かないでね」
成る程、とマコトは納得する。ライセンスは正義の証だ。
「…私だったら、正義感の違いで私が悪者になってしまったらもしかしたら…」
心が壊れてしまうかもしれない。なんでもない事のような抑揚だが僅かに手が震えていた。それで当人は大したことない、と言ってしまうのだ。本心から。
おそらく彼女が知る他者のトラウマは想像を絶する物だろう。
「私はルカの味方だよ」
気休めだろうが彼女に言葉をかける。気休めと理解した上でルカは笑顔を返した。
「……トオル君の事に話を戻すけど、識って人付き合いに臆病って言われてるのよ。だから付き合いが悪くても私達はスルーしてるの」
「なんで?」
「識はサイコメトリーやテレパシーも持ちやすいんだけど、人の心が読めちゃうって、読む側も読まれる側も怖いの。嫌われてても、一方的な好意も分かっちゃうから」
そういえば…とマコトは思い出す。触られるのを嫌がっていた識属性達を。
読まれるのが嫌だろうと彼らは言っていたが、当人が読むのを嫌がっていたのか…
「気を付けてたけど嫌なこと読ませちゃったかな…」
「だから分からないってば…あの子普通の識とは違うみたいだし、そもそも人によってその感覚は違うし…」
「普通と違う?」
しまった、口を滑らせた。とルカは唸る。
しばらく考え込んで、一般知識から判る事ならば…と語り出した。
「…瞳の色…識なら普通は灰色なの。もしくは普通に親からの遺伝で…あの髪なら茶色?青は…嶋原博士を見る限り合わないわね…」
「そうなんだ?アイツ、コアみたいな綺麗な色してるよね」
呑気に返事をする。
たしかにみんなが皆一緒ではない。普通ではない、と表現するには足りない。
そこまで彼女が突っ込んで尋ねるならば…噂で知った事を話すか…どちらにせよ協会では有名な噂だ。ライセンスを獲得して協会本部に頻繁に出入りするようになれば知る事だろう。
「他には?」
ああ、やっぱり尋ねるか…。
しかも火がついたように真剣な表情で…まるで初めて会った時の凛々しい表情そのものだ。
興味本位ではない、純粋に友を想っている。裏を返せば憐れなのかもしれない。引き時を知らないと言う事なのだから。
「………私が言ったって言わないでね」
前置きをして脚を組み直す。
「彼の視力の事何か聞いてる?」
「生まれつきだって」
「…………うーん、そうかもしれないけど違うの…かも知れない。異能が…魔力が、人間としての機能を潰すというのは、前例が無いのよね。むしろ強化される方が一般的なの」
「…俺の時代の常識から変わってなかったか……」
一瞬目の前の少女が少年になった気がしたが、なんでもないと続きを促された。
どちらかといえば、少年の方が見慣れているが。恋が彼女を変えたから、女の子になったのだろう。
ふと彼女とタカシの最近の関係が気になりもしたが…何も変わってないだろう。期待するだけ損だ。
「後はね…あの子がライセンスを取ったきっかけかしら……。そりゃ色々あるんでしょうけど、研究する権利が欲しかったらしいのよ。自力での魔力補充方法の研究」
「確かに回復弱いよね。体調不良って言ってるけど」
「君は万物からじゃんじゃん吸えるから法則知らないかも知れないけど、普通なら相殺する属性じゃなければほとんどの魔力は取り込めるの。体の中で変換出来るから。識も全部取り込めるはずなんだけどね…それこそ1年前は戦闘班になったらよく魔力切れ起こしてたわ」
「でも私の魔力受け取れるよ?だるそうな時は私のあげてる」
え、とルカはかすかに頬を紅潮させる。
「あ、ちょ…?そ、そういう関係なの?…最近の高校生って早いのね…」
「…?どういうこと?」
「……ちょ、直接接触しないと魔力譲渡できないでしょ?」
「うん」
風紀が…ルカは顔を覆う。まさか、高校生の方が先にいかがわしい行為を…。
「へ?なんでそんなに真っ赤なの?カグラも平然と…」
「人にそんなに平然と話して貞操観念はどこに行ったのよ!?」
「て、貞操!?」
初めて狼狽える様子を見せたマコトは、ダメだったかなと耳を赤く染める。
「と、友達におでこコツンとか普通しない!?しないの!?」
動揺が過ぎて金の瞳が潤んでいる。
対照的に海の瞳はスーッと熱が冷めていったが……
「……………男の子にはしないわ。付き合ってないならお互いのパーソナルスペースは守らないと」
「うわああああ………」
クロは放り出されて、少女はソファ付属のクッションに顔を埋める。
完全に茹で蛸のそれであるが…ああ、ルカも自分の想像力を悔いていた。一生黙っていよう。
「恥ずかし…」
「避けられてる理由ってそれじゃないの?」
やれやれと頭を振るが、マコトは、でも…と唸る
「だとしたら今更なんだよね…」
熱を持つ瞳はモゴモゴと独り言を漏らす。
魔力譲渡の為の接触は、何度もしている。その度に怒られたり呆れられたりしていたが、そこまでだ。
まさか仏の顔も三度のような何某だろうか…
「…まあ、その件はその件でゴメンしとこう…あれ?」
「今度はどうしたの?」
マコトから遠のいたクロを愛でながらルカは尋ねる。
マコトはしばし考えるそぶりを見せた後
「…いや、識が灰色ならあの人の金はどこから来たんだろうって……」
あの人…薄紫の髪に金の瞳を持つ亡き人だ。
自分の金は5大属性を持つ印でもあり、母からの遺伝でもある。母も5大属性を持っていたようだったが。
ならばシオンは?
「遺伝じゃないの?」
「あ、そうか」
変なこと気になっちゃった。と少女は笑う。
ルカは答えてから口には出さずに、確かに。と思う。金なんて5大属性でなければ発現しないものだ。意外と彼の親にあたる人は高レベルかつレアな異能者だったのかもしれない。
「…さて、そろそろ協会に行くわよ。今日はマコトの本試験なんだから遅刻は厳禁」
「うん、緊張してきた」
「靴履いてて、着替えしてくるわ」
ドレスを翻して部屋の外へ消えていく。
マコトは気合を入れ直し広い廊下を通って玄関で靴を履き、先輩を待つ。
今日はマコトが特級ライセンスを手に入れる本試験の日だ。試験開始まで時間があったため、トオルと試験の対策話でもしようかと思ったのだが…「自分でやれ」とそれだけ言い放って離れていってしまった。
まあ確かに平時の彼でも言いそうではあるのだが…突き放されたような痛みを感じた為深くは追えなかった。
なんとなく冷たさを感じるようになったのは悪霊退治のあの件以降だった。
仕事の時は温かみは無くとも指導者としてきっちりと指導してくれた。
しかしオフでは、やはり突き放される。…というよりもただの顔見知りに対して大人の対応をしている、という感じだが。
理由を問うてものらりくらりと躱されていた。
「つまんないな…」
ルカといることが不服ではない。
しかしカグラもなかなか会えぬ身、確かに学校に同い年の友人はいるが彼とは比べるべくもない。
「おまたせ。さ、行くわよ」
健康的なショートパンツとパーカーに着替えたルカが従者を従えて玄関から出てくる。
従者はテレポートを得意とするメイドだ。
「テレポートで行くの?」
「ちょっと距離があるから数回中継するけど大体1分で着くわよ」
メイドが恭しく礼をすると、次の瞬間にはそこは玄関先ではなく何処かのビルの屋上だった。
「おお、初動を感じなかった」
「より快適に、がわたくしめのモットーで御座います」
また場面が変わる。
森、海辺、と来てたどり着いたの大きな建物。
5角形の外壁は上品に白く、さらに大きな自動ドアが鎮座している。ちょっとしたホテルのような風貌だが、いやに物々しい。
周りの風景はよく整備された森だ。よく光が入ってくる。
「…前も思ったんだけどなんでこんな辺鄙なとこに建ってるの?」
「本当は主要都市に建てたかったけどあっちは秋草研究所があったでしょ?まあ、そもそも…異能者に人権を与える機関が都市の真ん中に建ってるってのもねえ…」
言葉を濁すが、つまりは本部を建てる際に色々と揉めたらしい。
あーととりあえず納得したような濁した返事をして、自動ドアのセンサー感知範囲まで近寄り、ドアを開ける。
空調がよく効いたロビー、緑のカーペット、オフィスのようなカウンター。来訪者が待機するソファも完備されている。
来訪者がいるのか、という疑問はさておき。
どーも、とルカは受付に座る女性に挨拶をする。
「あ、ルカさん。今日は任務ですか?」
「ううん、未来の新人のエスコート」
ルカが答えると受付嬢は灰色の瞳をマコトへ向ける。その瞳が内面を見透かすような気がして小さな寒気がする。
しかし…
「この魔力量…噂の……あら?確か指導者はトオルさんでは?」
「喧嘩中だって。微笑ましいわ」
「そういえばあの子に一番年が近いものね」
ふわりと笑顔を見せて、マコトへ仮免許を提示するよう受付嬢は促す。
マコトはポケットから仮免許を取り出し、受付嬢へ提示した。
仮免許をパソコンに取り込み、カタカタとキーボードを打つ。プリンターから一枚の紙が印刷されて受付嬢はそれへハンコをポンポンと押し、マコトへと渡した。
「本試験のスケジュール表です。まずは戦闘力試験ですので“火”エリアにある戦闘訓練の部屋へ向かってください」
「”火“エリア?」
「この建物5角形でしょ?属性に沿っててっぺんから時計回りに火、水、地、木、空ってフロアに名前がついてるの。ちなみにここは地と木の間の辺ね。つまり火エリアは建物の一番奥」
「識無いの?」
「識は建物の中央エリアね。中級以上のライセンス持ちしか入れないわ」
へーと周りを見渡す。仮ライセンスを発行した時は木エリアの会議室で簡単なペーパーテストと精神鑑定を受けただけだった。
「頑張ってね」
受付嬢は柔らかく微笑み、カウンター裏に用意してあった飴をマコトへ手渡す。
素直に喜んでいたマコトの隣でルカが苦笑する。
「子供に飴ってまたおばさんみたいな…」
「ダメねーテレパスやってると精神的に老けちゃって…」
「まだ25でしょ、気をしっかり持ってよ。今度の合コンで彼氏見つけるんでしょ?」
「もちろんその時は若さの皮被っていくわー」
ゆるふわの髪をかきあげながら満面の笑みをこぼす。意外と、癖がありそうだ。
彼女たちを送り届けたメイドと別れて、地のエリア方面へと二人は歩き出した。
「結構歩くけどテレポート装置使う?」
「そんなのあるの?」
「まあ平面用エレベーターみたいなものよ。魔法ベースだから酔うわ」
「……遠慮しとく」
「よね、最近技術班が開発して置いたんだけど不評なの」
技術班、そんな物もあるのか、外周に沿った廊下は外側がガラス張りになっていて陽光がオレンジのカーペットを照らす。
気づいたら地のエリアに入っていたようだ。
「地エリアって何か地らしいことしてるの?たぶん最初に異能登録しろって言われたのここだよね?」
「ううん、地と木は専ら来客用よ。ザ、会社員って感じの事務仕事してる職員も基本この辺。木エリアは保育園みたいなのもあるけど…」
「保育園」
「小さいうちから異能に目覚めた子用のね。あ、その関係で木エリアは異能制御装置が動いてるから気をつけてね。ボーッと飛んでたらそのエリアに入って落ちて怪我するの、新人に多いのよ。」
「………もしかして木エリアで仮試験受けたのって…」
まさか、自分の魔力を警戒してか?
「だいじょーぶよ、私もあそこで仮試験受けたわ。まあ多分そういう意図はあると思うけどね」
ヘラヘラとルカは笑う。確かに安全のためだ。協会の対応は何も間違ってはいない。
少々複雑な気持ちではあるが…
「で、この辺りから空エリア。研究系はこの辺に固められてるかしら」
「そういえば職員は皆異能者なの?」
ルカはえーっと、と考えるそぶりを見せる。流石に把握しきれていないのだろう。
「…確かに全人口からの異能者の割合からしたら異能者多いわね。ほとんどが低ランクだけど。でも一般人もいるわよ。所謂公務員だし、安定した所と言えばそうだしね」
「成る程…ん?でも公務員なのに副職やってる人いるね。レイカとか」
「ライセンス持ちは職員とはちょっと違う契約になってるのよ。じゃなけりゃ中学高校生が取れないって」
「あ、そっか」
ライセンスは結局のところ身分保証だ。「異能力はありますが悪いことはしません。正義のために戦います。なので一般人には危害を加えません」そんな所だ。
代わりに協会の命令に従い、依頼や予知に対する調査や戦いに身を投じることになる。
取るにはかなり覚悟がいる資格だろう。
「そろそろ火エリアに入るわよ」
いつのまにかカーペットが空色から赤色に変わっていた。
気のせいか室内の温度が上がったように感じる。
「…空調壊れてるのかしら…それともアイツが来てる?」
ルカが汗をぬぐいながらボソッと言った。暑いのは気のせいでは無いようだ。
「アイツ?」
「火の特級ライセンス。移動する火山よ全く…普段こっちには顔出さないのに」
空調か、彼かの二択だった彼女の脳内はすでに後者で結論は決定したようだった。
確かに空調が壊れたにしては暑い。
「周りが迷惑だから異能制御装置付けなさいって言ってるのに言う事聞きやしないんだから!」
「お、おう…」
何故か勝手にガーッと吠え、ズンズン進んでいく。火の特級ライセンスは問題児なのだろうか…。いや、大人なのか?人物像が分からない。
あまりの感情のむき出し方に若干引きつつも付いていくと、重々しい自動ドアの前にたどり着いた。
ルカがライセンスをドア横のセンサーにかざすと、ドアはスライドして開いていく。
「…と、まあ、ここが試験会場よ。私は観客席にいるから頑張って」
観客席に奴はいないでしょうね…冷却魔法使わなきゃ死んじゃうわ…とブチブチ言いながら去っていった。
色々と突っ込みたいがまず、観客席があるのかと。
中に入ると薄暗い部屋であった。壁の材質はコンクリートに見えるが何か違う。
そして、中二階あたりの高さに部屋を覗けるようなガラスが張り巡らされていた。
成る程、観客席はあそこか…
マコトはこの先に何があるのかと思いながら部屋の中央へ向かっていく。
建物の中でなければどこぞの国のコロッセオが近いのだろうか、所々に像が置かれている。
おそらくここが中央だろう、その位置で足を止めると部屋の電気が点いた。
やはりバトルフィールドとして作られたであろうその部屋は壁一面に謎の文様が描かれている。
「ようこそ、榎本マコト君」
部屋内に放送がかかる。
反射的に音源を探すと、観客席からスーツの男がのぞいていた。年は40〜50だろうか。落ち着いた物腰だ。
隣でルカが手を振っている。
「私は四月一日智則。この協会の所長だ。これからマコト君の特級ライセンス本試験を始めようと思うが、いいかい?」
「勿論」
ワタヌキ所長は頷いて部下がそばにいるのか、マイクの向こうで指示を出す。
するとマコトが入った扉の正反対にあった一際大きな扉が開き、地響きとともに10m級のアイアンゴーレムが入場した。
「このゴーレムを制圧する、これがこの部屋での課題だ」
「制圧…倒すってこと?」
「解釈は任せる」
つまり倒す以外の方法をとってもよいという事か…しかし
「この部屋で魔法使って大丈夫なの?部屋壊れない?」
「それは心配しなくていい。部屋に刻まれた文様は一種の結界で破壊は…ああ、昔一人壊した奴がいたが、ほぼ無理だろうね……」
「あと、このゴーレムは野生?」
「?不思議なことを聞くね。試験用に作ったものだよ」
「ふーん…」
金の瞳はじっとゴーレムを見つめている。
いつの間にか観客席にはルカ以外にも人が集まってきていた。
現状この国で一番の魔力量を持つ5大属性の化け物、未来の仲間とも言えるかもしれないが、協会側の人間としては興味が尽きないのだろう。
「それでは…始め!」
所長の声かけでゴーレムは即座に拳を振り下ろした。
マコトは速やかに飛翔し、宙へと回避する。
成る程、壁の文様のおかげだろうか、ゴーレムが殴った床にはヒビ一つない。
いやしかし、地を揺るがすほどのゴーレムの拳…当たっていたら即死だっただろう。
全力の苦笑を持ってマコトは反撃へと出る。
「【火の精霊よ、汝の力を以って彼の者を貫け:焔矢】!」
無数の燃える矢が宙に出現し、少女の合図で一斉にゴーレムへと降り注ぐ。
頭から火矢を浴びたゴーレムだが、意も介さずその煮えたぎった手で彼女を握りつぶそうと手を伸ばした…!
「あぶね!?」
水の温度を下げた氷に近い障壁を展開し、それに指が触れ水蒸気が噴き出したタイミングで再び距離を取った。
残された障壁は風船を割るが如く、パンッと破裂音をさせて消失する。
「あー…この程度じゃ砕けないのねー…」
「…………ふむ、パワーとスピードタイプか…」
「動きは早めに設定してあるのですが初動を見てから避けますね」
隣で戦闘を見ている所長の部下が率直なコメントをする。
「…私も苦労したわよ、この試験」
さらに隣にいたルカがため息を吐いた。
「ルカさんは確か内部構造を氷漬けにしましたっけ」
所長がコロコロと笑う。対照的にルカはあの時は黒歴史といわんがばかりに
「氷、苦手だけど使えたから良かったわ」
この試験は戦闘力を見るだけではない、戦闘に対する癖を評価する場でもある。
水のルカは苦戦した結果氷漬けにして行動不能にした。
木のレイカは樹木でがんじがらめにした上でゴーレムの心臓とも言えるコアを幾重にも突き刺した。その時のゴーレムは修理不可として廃棄されている。
地のタカシはそもそも鉄は専門の範疇。あっという間に破壊した。
識のトオルはまさに模範解答、ゴーレムに刻まれたemethの文字を見つけ出しeを消してmethとし、倒した。
「なんだ、5大属性だから豪快に戦ってくれると思ったら以外と苦戦してるな」
熱気とともに現れた前髪を掻き上げた赤髪に黒のマント付きの軍服、燃えるような赤い瞳をした長身で筋肉質の青年が現れる。
「出た、ゴーレムと、この部屋を融解させた馬鹿」
「溶かすのが一番早いだろ」
「ハイハイ、最強のホムラ様は考えが違うわ。どうでもいいけど制御装置つけてよ、暑いんだから」
ルカは嫌悪感を丸出しにして、彼へ食ってかかる。
長身の彼はヘラヘラと笑いながら、ルカの頭を撫で回す。ルカは暑いと言ってその手を振り払った。
「ちゃーんと、付けてるぜ?」
「スイッチを入れろってのよ!」
彼の両耳にピアスとして付けられた、赤い宝石が彼の制御装置だ。スイッチが入っていれば青くなるのだが…ルビーのように赤い。
「しょーがねえだろ。スイッチ入れたら力が入らねえんだから」
「力が入らないんじゃなくて今がブーストされてるの」
あー言えばこういう…とルカはため息を吐く。悪いやつではない、善意の塊なのだがいささか彼は自分勝手だ。
お陰で会う度に説教を繰り返している。いや、説教せずにはいられない。
「だいたいアンタはね…」
続けようとしたところで轟音が走る。
観戦者のどよめきに説教を中断して観戦用ガラスへと貼りつく。
何がどうしてそうなったのか、ゴーレムは地に仰向けに倒されていた。
「な、何が起こったの!?」
「………魔法も超能力も使わずにゴーレムを投げ飛ばしたように見えましたが…」
「あらあら、いつの間に合気を覚えたのかしら」
柔らかな微笑みを携えながら前下がりボブの和装の女性が、何故か鉄扇を使って仰ぎながら合流する。
「レイカ、今の見てた?」
「…ええ。赤子の手を捻るように、ゴーレムの腕を捕えるとクルンと」
「つってもまだあの人形動くぞ」
ゴーレムは何事もなかったかのように起き上がろうとする。
揺らす脳も無ければ痛みも感じない。転ばされたぐらいならば制圧にはならないのだ。
「知ってたー!…しかし合気道まで吸収したのこの身体…」
当のマコトは予測通りと、今しがた自分が放った技に頭を抱える。
しかし今はうじうじと悩む気にはならなかった。裏の人格が出しゃばっているのかワクワクしている。
さて、次はどのようなアプローチをしてみようか…
「うん?」
奇妙なことに気づく。ひねり倒したゴーレムの腕にヒビが入っているのだ。
頑丈さでは右に出る者がいない鋼鉄の身体が何故?
「そんなに火力高いの使ってないぞ」
再び2足で立ち上がったゴーレムはまるで砲丸の様にマコトへと高速体当たりをする。
「なっ…まさか時間経過で行動パターン変えてくんのか!?」
「その通り」
放送で所長はあまりにも軽く答える。
「だー!んじゃ長期戦なんてやってらんねえ!…けど」
少女は砲丸の頭上をふわりと飛び越す。足元を通った瞬間
「その動きは予習済み《薙ぎ払え:烈風》」
手刀をつくって空を大きく薙ぐ。
軌跡は紅い刃となってゴーレムの背中へ叩きつけられる。
砲丸は地面に叩きつけられ、倒れ伏した。刃が直撃した部分が熱せられて赤くなっている。
「おー綺麗な炎出すじゃん!」
「でも倒すには火力が足らないわ」
「…いや、気付いてるぞ、あの嬢ちゃん」
何を…言いかけて、マコトが天に手を掲げて魔力を集中していることに気がつく。
空気中の水分が凍り、頭上に氷の塊が創造される。
それは術者の身長よりも大きく成長し、槍穂の様に鋭く尖っていく。
「いっけえええええ!」
掛け声とともにそれは雷の様にかの物を穿つ
それは物理的な衝撃と同時に、ゴーレムを氷山へと練りこんで行く。紅く熱された鋼鉄は急激な温度変化により背中に大きなヒビを生じさせた。
「ほらな?」
「…っでも、あれじゃ浅いわ!あの程度の氷じゃすぐ抜けられる…!」
もどかしく思いながらルカは観戦用の窓に合わせた手を握りしめる。
「ルカの心配性は健在だな。アレが追撃しない目に見えるかよ」
ホムラは赤い瞳を輝かせながら、最高のおもちゃを見ているかの様にそれを眺めている。
事実、追撃にかかっていた。ヒビの入ったゴーレムの背中へと翔ける。トンっと薄氷越しに鋼鉄の背中に触れた。
一瞬の間の後に、まるでガラスが割れるかの様に軽やかに、氷とともにゴーレムの外装が砕けた。
「っーー!」
空いた手で片耳を塞いでちらっと苦痛のある表情を見せる。
添えた手の下にはゴーレムの内部構造…心臓部の青いコアが覗いていた。ギリギリ手が入るサイズだろうか。
「…なんか、耳が、痛いんだけど」
「そうか?」
ルカは両耳を塞ぐ、耳が痛いというよりも聞こえない筈の音が脳を振動させる様な不快感だ。
隣で涼しい顔をしていたレイカもこめかみをさすって眉を潜める。
「…少し障壁を強めておいた方が良さそうですわ。これは…空気の振動でアレを壊したのでしょう。この後も同じ魔法を使うならわたくしたちにも影響がありますわね」
「……音の対策を考えないといけないね」
「ええ、戦闘に特化した空属性がライセンスをとる日が来る前に」
部下はサラサラと宙にスペルを描いて所長と自身の障壁を強化する。
「しかし、まだ制圧はされていないぞ、マコト君」
頭痛を振り払う様な動作をした後、マコトは再びゴーレムの外装の隙間に手を突っ込む。
瞬間、ゴーレムの体が鳴動するーー
「!?所長、ゴーレムとのリンクが切れました!」
落ち着いた雰囲気が板についている部下が慌てて報告する。
ワタヌキ所長は顔色を変えて周りの人間に指示を出す。
「試験は中止だ!総員彼女の救助を…」
「待て!」
赤い目は観客窓から下を見下ろしながら声を張り上げる。
動き出そうとしたルカやレイカ達は足を止めて彼を見やった。
「勝負は付いてんだから水さすのは惜しい」
彼の視線の先にいるマコトは…かなりの魔力を先の一瞬で使ったのだろう。肩で息をしながらゴーレムから距離をとり、着地した。
ゆっくりと、ゴーレムは剥がれた外装のまま起き上がり、マコトを見下ろす。
固唾を飲んで観客は見守った…
ゆっくりと、鋼鉄の塊は彼女の前にひび割れた腕を下ろす。それはまるで、乗れ、と言っているかの様で。
少女はにっこりと笑ってそれに飛び乗った。
さも、小動物を肩に乗せる様な軽い仕草で、ゴーレムはマコトを肩へと導く。
少女もトントンと肩へ飛び乗り、ゴーレムの頭を大型動物を撫でるかの様にポンポンと叩いた。
そして渾身のドヤ顔を持って観客席へとVサインを送った。
観客席にいる面々は安堵のため息を吐く。
ルカに至っては脱力してヘナヘナと座り込んでしまった。
「ヒヤヒヤさせんじゃないわよ…」
「わたくしの時はもっとヒヤヒヤしましたわ」
春風の様に微笑みながらレイカはフィールドへの通路へとゆっくり歩き出した。
「…まあ、その件については悪かったと思ってるわよ“先輩”」
皮肉で返してルカはレイカを追う。
ただ見物がしたかった観戦者は一人、また一人と解散する中、赤い髪は大股でルカ・レイカの後を追った。
バトルフィールドに彼らが到着するとマコトはひらりと飛び降り、褒めてと飛びつく犬のごとく彼女たちに駆け寄った。
ルカは自然と彼女の頭を撫でてしまう。クロに求められた時と心境は一緒だ。
「ね!?合格っしょ?問題ないでしょ?」
自信満々にマコトはともに降りてきたワタヌキ所長へと向き直る…が、側近の部下の表情を見やってズサっと後ずさった。
端正に整ったクールな顔立ちがまるでオモチャを取り上げられた子供の様にふくれっ面をしていた。しかも殺意のオーラも感じ取れる。
「ちゃ、ちゃんと返しますから!」
所長へタメ語を話していた少女が思わず丁寧に言葉をかける。本能的に口走っていた。
彼の渾身の宝物を盗んでしまったのだからそれは怒るだろう。
「…所有権の乗っ取りは安全性の為に幾重にもプロテクトをかけていたのですが」
「あー…プロテクト……ですよね…」
ゆっくり歩み寄る部下と距離を詰められないようたじたじと後ろに下がりながら少女は歯切れの悪い返答をする。
「プロテクト凄かったです…!えらい複雑な模様組まれてて…はい………」
既にそれは拗ねているのか危ない事をした子供を説教しているのか、面目も保たれていない。
マコトは猛獣に目を合わせぬように、ただボソッと
「………コンセント引っこ抜いて文字を消しただけなんですよねー…」
「………………は?」
魔道具にコンセントというあまりにも合わない単語を放たれ、部下は毒気が抜けたような表情になった。
「ちょっと具体的な手順は企業秘密にさせて…」
まあまあと宥めるポーズをしながらマコトは愛想笑いする。
意味がわかるか?と部下は周囲の人間に目配せをする。
ルカ、レイカは肩をすくめて首を横に振った。
先程から興味深そうにマコトを観察していたホムラは、幼稚園児をそうするかのように抱き上げてじーっと見つめた。
何だこの人、誰?何してるの?となされるがままにされつつも混乱するマコト、側でルカが吠えていたがレイカはまあまあ暫く、と宥める。
「………んー、理屈は分からねえけどこのチビちゃんの魔力量なら上書きぐらいできるだろ」
「チビ…っ!?」
「しっかし綺麗な炎持ってんなー今度バトろうな!」
疑いもなく幼稚園児を扱うかのように、190㎝はあろうかという大男は150㎝もない少女を抱き寄せて、あまりにも気軽に頰に口付けをする。
行為そのものもそうだが、鳥の嘴のような物理的な熱にマコトは大きく体を跳ねさせた。
「熱っ!?」
「やっぱり子供は可愛いなー」
「このロリコンがー!」
抑えていた沸点が突破したルカが全くの遠慮なしに文字通り水をぶっかける。
しかしあろうことかゲリラ豪雨よりも多量の水量を持ったそれは、赤髪の男に届くこともなく、熱されたフライパンに一滴の水を落としたように簡単に蒸発、霧散してしまった。
当然のように室内がサウナと化す。温度湿度センサーの付いた空調が全力で回り始めた。
「なんだよー。別に小学生可愛がったって良いだろ?ちっちゃくて可愛いんだから」
あ、この人やましい気持ちなど無く純粋に小さいものを愛でているだけだ、甥や姪を可愛がるそれだ、マコトは悟った。
しかし致命的に間違っていることがある。
「高校生!」
「へ?」
「マコトは高校1年生!」
マジ?ホムラは金の瞳を覗く。マコトは全力で首を縦に振った。
するとホムラはゆっくりと少女を床に下ろし、数歩離れてあまりにも鮮やかに両膝を床について両手を合わせて頭を下げる。
「セクハラで訴えられても仕方ない…っ!」
「何なのこの人ー!」
正直試験よりその後の下りの方が混乱する要素が多彩すぎる。
馬鹿なのか、彼は!?
「一言で言うならバーサーカーよ、近寄らない方がいいわ」
間に入ってルカはマコトを彼から遠ざける。
「そういえばルカが入った時もホムラさん、ルカを子供扱いしてお父様に怒られてましたっけ」
「…あの時は俺もどうかしていた…」
「そういうところって言ってんのー!」
笑うしか無い。マコトは苦笑しながらルカに落ち着く様促そうとしたところで…
「【声紋認証:制御強制執行】」
所長の文言でホムラの赤いピアスが青に変色して発光する。
「げっ!?」
「…本当にうちの放蕩息子が申し訳ない」
柔らかい物腰は崩さぬまま、ワタヌキ所長はホムラの襟首を捕まえて無理やり立たせる。
まず息子、という単語が出たことに驚きを隠せないマコトだが、何をするでもなく自体はどんどん進んでいく。赤髪の大男が紳士的な父親に引きずられていくだけなのだが…
「お、おい!ちゃんと歩くから離してくれ親父!」
「まーだサイコキノの方は負けませんよ。そろそろ女性を見る目は養ってください。何か起こしそうです」
どこいくの?と先程から黙っていた部下に尋ねる。
「所長室で説教でしょうね…それでは、マコトさん、後でじっくり話し合いましょう」
こちらもニッコリと笑ってゴーレムと共に大きな方のドアから出て行った。
反射的に背筋を伸ばして敬礼で対応するあたり、マコトの中で順位付けが完了したか…
自動ドアが閉まって、ようやっとへたりと姿勢を崩す。
「……部下さんは、何をそんなに怒ってらっしゃった…?」
「ホムラさんが部屋を壊した時も、わたくしがゴーレムさんの心臓を串刺しにした時もあーんな感じでしたわ」
部屋に花が咲き誇りそうなトーンでえげつない台詞を吐いた気がするがマコトもルカも全力で無視を決め込んだ。
「安全性、に凄い力を入れてるのよ」
「へー…」
それならばゴーレムの制圧よりもプロテクト破壊に力を入れたことに対して怒ったのだろうか。しかし思いついた制圧方法がプロテクト破りなしには難しかったのだが…
「それから、親子だったの?えーっと、火の特級ライセンス…」
「所長さんは、あれだけ攻撃性の強いホムラさんに社会的地位を与えるために登ってきたと行っても過言ではありませんわね」
「だと言うのにあの馬鹿は…」
やはり不機嫌にブツブツと不満を垂れ流している。
その姿を見てマコトは思わず
「ルカ、好きなの?ホムラの事」
聞いた瞬間にルカの周りの空気中の水分が結晶化した。何かしらの精神的動揺を与えたのは間違い無く…
無言の圧力を持ってマコトの両肩に手を置いたルカは据わった目で
「私ね、インテリ系が好みなの!!」
全力の返答におう…と応じる。
どうもこの建物内の特級ライセンス所持者は外で見る彼らより“濃く”感じる。
どうしたものかと視線を泳がせる、と、中二階の観戦窓に人影が見えた。
少女は弾ける様に飛び上がったが、覗き見る頃には姿は無かった。
「ね、こっちの方どうやっていくの!?」
興奮した様子でマコトは下にいるルカとレイカに尋ねる。
どうかしたのか尋ね返すルカ、はいはいとレイカは観戦席からこちらにきたときに使用した通用口を指した。
「トオル、多分今のトオル!」
通用口を目視するなりサッと飛び去って行った。
置いてけぼりを食らった女性陣は顔を見合わせて苦笑し、あとを追った。
再び観戦席に戻ると、キョロキョロと彼を探して、廊下の角に人影を見つけたマコトが凄まじいスピードで飛び去っていく。
「トオル…!」
保護者とも言えるルカとレイカが彼らの姿を捉えた瞬間、パシッと甲高い音が響く。
伸ばした手を叩いたらしい。ヒヤリとした肌、青の瞳はまるで敵でも見るかのように彼女を睨みつけている。
少女はその反応に怖気付く
「……ッ、私が何かしたなら謝るから…」
「別にお前は何もしていないし、俺も怒っているわけではない。気にするな」
会話を切ってまた歩き出そうとする。
駄目だ、取りつく島もない…がマコトも頑ななのは誰もが知っている。
その腕にこれでもかというほどしがみついて彼の足を止める。
「〜〜〜ッ、分かってる!こんな距離感だからウザいの理解したから!これはこれで謝るけど…!」
「…………………」
振り払おうか、怒鳴ろうか、はたまた魔法でも使うか、迷って唸る。
彼女が必死なのは超能力を使わずとも判る。しかも普段なら必要以上に読めぬよう自衛しているというのに現在彼女の頭からそれがすっぽ抜けているらしい。
グチャグチャと情報が体内に入ってきて気分が悪い。
「もう何処から言ったらいいか分かんないけど、魔力無いじゃん!」
「止めろ!」
無理やり自分の魔力を押し込もうとするマコトを振り払い距離を取る。それは先の拒絶とは別の焦り、動揺だった。
トオルの青白い顔色に冷汗が伝う。
「ちょっと、そんな態度…じゃないわ。バイタルが弱まるレベルまで魔力が枯渇してるじゃない。意地張ってないで魔力貰って医務室に…!」
「…ッ、意地の問題じゃ……、痛ッ……!」
青の瞳を押さえ、苦痛に表情を歪める。
その表情を見てマコトは本能的に後退さる。これは自分が恐怖心を抱いているアレに似ている。
レイカは事態を察したようでマコトとの間に入り、二人との距離を取らせた。
「いけませんわ。今の彼によってマコトさんは強すぎます。ルカ、医務室に走ってドクターを」
「了解!」
この建物の構造を知り、一番機動力のあるルカへと指示を飛ばす。ルカも速やかに走り出そうとした…が
「…ん、やはり乗り心地は最悪だな」
テレポート装置の蓋が開き、気怠そうな低めの声の女がこれまた気怠そうに彼らの元へと歩いてくる。
「…ドクター?」
ルカの足が止まる。目的の人物が既に現れていることに驚きを隠せない様子だった。
首が伸びきったタンクトップに、洗濯物の山の中から適当に引っ張り出したであろう皺だらけのタイトなスカート、寝癖をそのままにしたような背までの栗色の髪を適当に束ね、隈を背負う灰を通り越した銀の瞳。
零れてしまいそうな乳をかろうじて隠しているの皺のある白衣。
だらしなさの権化であるような女はマコトを一瞥し、ふむと唸る。あくまで自分のペースは崩さずにトオルの前に仁王立ちした。
「何故治療を受けに来なかった。まさか自分の特性を忘れたわけではあるまい?」
「…煩い……」
激痛が走る眼でその女を睨み付ける。手負いの狼か何かの様だ。
ふーっと女は溜息を吐き、少年の眼前に掌をかざした。
「寝ておけ」
その一言でガクッと彼は膝を付き、床に倒れ伏す。
白衣の女はそれを眺め
「あー…何だったかな。その、新人」
マコトを見ながらそう呼ぶ。ワンテンポ遅れてマコトは自分を指さして私か?と尋ねた。
女は頷いて足元に倒れている彼を指さす。
「ぼーやを医務室まで運んでほしい」
「私が、触って大丈夫なの?」
「今苦痛は感じないはずだ。だが、臓器不全のリスクがあるから意識的な魔力供給はするんじゃない」
かなり恐ろしい釘を刺された様に思う。
しかし重要な任務だ。薄く感じていた恐怖心も何故か消えていた。
彼の元へ走り寄り、サイコキノの力を使って助け起こす。
じっとりと冷え切ったその肌はまるで…
「木と、水だったかな?そっちのお嬢ちゃん達の同行は遠慮願いたい」
「…理由は?」
尋ねるがルカは既に引く傾向だ。
既に女の人と成りを知っていての反応だろう。
「プライバシーに関わる。何、ぼーやなら明日の朝飯が食べれれば退院だ。お嬢ちゃんも治療に協力は依頼するが長時間は拘束しない」
「オーケー。何するか知らないけどマコトの方は2時間後に能力試験だからそこだけよろしくね。状況が状況だから大目に見てくれるだろうけど」
ルカはやれやれと手を挙げて彼らを見送る。
テレポート装置へ乗り込み、女がスイッチを押す。
ぐにゃりと空間が歪み、眩暈に襲われるが今は酔っている場合ではない。女の後に続いてテレポート先の正面にある自動ドアをくぐると、3床のベッドに各種医療機器の揃った部屋に入った。
女に促されて彼をベッドへ寝かせる。呼吸をしているか念入りに確認を取っていると、いつの間にか女は注射器を持っており、流れるような手つきで少年の上腕に針を刺し、薬剤を注入する。
針を刺したというのにトオルの表情はピクリとも動かない。
「魔力切れで注射すんの?」
「この薬は一種の鎮静薬…私が魔法で眠らせるのは長続きしない。眠っていて貰わないと魔力回復量より消費量の方が上回るのが始末が悪い」
注射器を黄色いマークが記されたゴミ箱へ捨てて、パソコンと何やら雑誌が乱雑に詰まれたデスクへと向かう。散らかっていなければその一角は病院の診察室の様だ。
女は医者が座る椅子に、マコトは患者が座る椅子に座る。
「冷蔵庫に飲み物がある。コーラと経口補水液しかないが…暫く好きにしていていい」
椅子の背もたれに寄り掛かり、ギイギイと軋む音をさせながら女はパソコンを弄る。
専門用語の英語ばかりでよく分からないが、トオルのカルテらしい。
しかし彼女が指した冷蔵庫、どう見ても薬剤用の冷蔵庫なのだが…。
「あの、治療の協力って何をすればいいの?」
先ほど女は言っていた。マコトに治療の協力を依頼すると。
「ん?ああ…ぼーやの半径5m以内にいてほしい。まだ本人に触るのはNGだ」
「それだけ!?」
「当然だろう?キミに医療行為をさせるわけにもいかない」
眠そうな目で、何を言っているんだ君はとでも言いたげに首をかしげる。
また濃い系か…もはや驚くまい
「…私が傍にいると何の効果があるの?」
恐らくこちらは冷静に聞けば答えてくれるだろう。火の特級ライセンスのように勝手に暴走して勝手に自爆するタイプではなさそうだ。
「ん…ぼーやはキミに教えてないのか…?キミは周りの異能者の良い餌だ。キミがここにいればぼーやも私も恩恵を受けられる。」
「へ?どういうこと?」
「………。パッシブスキル、魔力リジェネレーション、対象範囲は近場の異能者」
ゲームに例えれば分かりやすいと踏んだのか、そう言いかえる。
大変残念なことにとても解りやすかった。だが…
「あ、あのスキルか……トオルも利用するって言ってたけど実感がなかった」
「実際にキミは、容姿の割にモテるだろう?傍にいて癒やされ気力が増すならばそれは恋の疑似体験だ。」
さりげなく失礼な発言が混じったような気がするが、突っ込んだら負けだ。
「…や、モテるかどうかは知らないけど…」
「少なからず釘を刺さざるを得なかったぼーやがそこにいる」
ふふんと笑う女が目で指したのは、まだ青い顔をして眠り続ける彼だった。
一瞬動揺するそぶりを見せたがマコトは「ないない」と手を振って笑い飛ばす。避けられていたのだから。
「…まあね。理論理屈で構築されたぼーやが擬似的に抱いた感情をソレと勘違いはしないだろうが、彼にも思うところがあったのだろう。この様だ。」
「…それは、私を避けたから、倒れた?」
と、受け取れる。女はわざとらしい程のため息をついて
「私は”そういうもの”なのだから利用してやれと言ったのだが…」
この怠惰の権化は人間として必要な物が欠如しているのではなかろうか。此方の代償なしに半径5m以内にいるだけで友人が深刻な魔力枯渇から解放されるのならば、まあ確かにどうぞ好きにお使いください、であるが…
「トオルの気持ち分からなくもない…」
それは他人に依存するということだ。
「良いじゃないか。”恋”をしているのだから」
「偽物じゃん」
「偽やお試しから始まることが往々にあるのだよ。大人の世界はね」
疑いのまなざしを向ける。その表情をみて女はふう、と笑んで見せる。
「……合格だ」
「は?」
あっけにとられていると女は姉のようなほほえみを称え
「万一のことがあってもぼーやを後ろから刺したりはしなさそうだ」
かなり物騒なことを言う。しかし…
「しかし協力者にはなり得ない、な…ふむ…」
「何の?」
「ん?医者としてぼーやの治療を進める協力者、だな」
「それは…魔力回復能力の?」
肯定の仕草をして、当てが外れたか…と女はぼやく。
よく見れば積み上げられた雑誌は…殆ど外国語で書かれているが、一部日本語で書かれた物のタイトルは「ESPのメンタルケア」「魔力拒絶症候群ー投薬の視点からー」「fake~徹底攻略ガイド~」…最後のものは明らかに私物だが…何か彼につながりそうな題名だ。
「体調不良とは言ってたけど病気なの?」
「病気といえばそうだし、体質と言っても差支えは無し」
「そんな……!治らないの?」
「………ここにある論文、治療法の確立を謳ったものは物は一つもない。全部”うまく付き合っていく方法”の研究だ。…うち8割の症例が短命だ。20歳を超えられない事例も…」
女は床に積み上げられた紙の山を蹴とばす。盛大な雪崩が起きるが女は目もくれず外を眺める。
「……だから、利用しておけと言っているんだ…」
絞り出す。なんだ、確かに言いぐさは失礼だが、もう現状道がそれしかないのか。
「私に出来ることはないの?定期的に魔力補充すれば病気は悪くならないの?」
「それは…君に話しても理解できないだろう。……少年の方ならば、何か知っていそうだが」
じーっと真顔で少女を見つめる。知っているのか、何か感じていそうなその目で確認したのか…
ギクリとマコトは肩を跳ねさせる。
「あ、え…ドクターはトオルより強いサイコメトラー?」
「ん?いや、私はテレパスだ。目ではなく耳だな」
「…そっか、そういう区別もあるのか…」
触って知ること故にあまり「見る」と言う実感は薄いが、思念を受け取り「聞こえる」テレパスと並べると確かに目と耳だ。そうなると比べるのはお門違いなのだろうが、それでも隠れているつもりの裏の人格を見つけられるならば相当の手練れだ。
当人ですら存在を意識してみてもお互い背合わせで接地面が溶けているようでいまいち境界が分からないのだから。
「…隠しておけ、と少年にいわれてるんじゃないか?説教の声が聞こえるが」
「………その通り。だけど誤魔化すほど私嘘得意じゃないし…」
出てこいと念じれば彼は後ろへと引っ込んでいく。“自分”の方が大きくなっていく。
再び銀の瞳はじっと深く彼女を見つめた。あまり入りこまれている感覚はないが…
「…真名を隠すと言うことは神代か?だが昔の主人の名が聞こえたぞ、そうだな…■■■■ーー」
何を言ったのか…瞬間目の前が暗くなる。眠りに落ちるかのように、意識が奥へと引き摺り込まれていった…
彼女の身体はぐらりと揺らぎ、倒れる前にどうにか持ち堪えて銀の瞳を睨みつける。赤く燃える瞳で
「一番に人様を道具扱いしやがってーー…!」
怠惰の権化は足を組みなおし、不敵に笑うーー
「ん、まさか正解とは思わなんだ。知恵を貸して欲しい」
「……俺の知識はお前たちが言う神代レベルだぜ?現代の方が進んでいる筈だ」
「科学の前に消された真実……あるとは思わないか?」
「…、まずはそっちの事情からだ」
背筋がぞくりと粟立つ。
やっとーー消された真実が手に入るーーーー
「………ト、マコトー!」
「うひゃっ!?」
素っ頓狂な声を上げて飛び起きる。どうやら椅子に寄り掛かったまま眠ってしまったようだ。重怠い頭を抱えて声の方向へと目を向ける。ルカだった。
「時間だから迎えにきたのよ。もう良いでしょ、ドクター?」
「ん、ぼーやの容態は安定した。君が落ちたら奴が困るから全力を尽くすように」
苦笑し、しかしんーと考え込む。
「……困ってくれるかな?」
現状関わりを絶とうとしている彼だ。合格しようと不合格であろうと望んだリアクションは…難しいように思える。
いや、他に困ることがあった気がする…のだが。妙に頭が重だるい
「…それは、君次第だと思うが」
何か書き物の手を止めることなく、女は投げかける。
そうだな、ともかく仲直りが先だ。
行ってきます、と眠る彼に声をかけて部屋を後にする。
「…ん、しかし…」
チャラっと手元にあった金属の塊を摘まみ上げる。
メビウスの輪が2つ絡まったようなネックレスのトップだ。魔力を見るつもりで見れば、輪にびっしりとルーン文字が刻まれている。
「これを何と言ってぼーやに渡すか…」
目下の悩みはそれである。
「では、先ほどのゴーレムのプロテクト突破方法についてお話ししましょうか」
会議室にありそうな長机を間に挟んで彼は恐ろしいほどの笑顔を向けている。
能力検査…所謂ステータスの確認をしていたはずだったが、どうしてこうなってしまったのだろうか。
一応現在所持属性の分析器が手首に巻かれている。5大属性と分かっていても一通りやらねばならないのだから仕方がない。全ての属性を持っていると分析されるまでそこそこ時間がかかるとなったとたんこれである。
曖昧に微笑んで返すが、聞くまで帰しませんの姿勢を部下は貫いている。どうしてここまで紳士的な顔や物腰をしていてこれほど戦闘力の高い笑顔を作れるのか。
「まず、”コンセントを引っこ抜いた”とは?」
「ッ………」
すっと目をそらす。説明しても理解できるか問われば、否。
なぜならば”そういうものだ”と裏人格に教わった。だから試してみたかっただけだった。
だが、話さねば解放されないだろう。
うーんと唸って、自分の端末を机に置く
「…端末の外装をゴーレム、中の基盤をゴーレムの中身、バッテリーをコアと見立てて…」
「?」
マコトは端末を囲うようにトントンと机を人差し指で叩いた。
「これでお兄さんのゴーレムよりはずっと弱いけど同じ仕組みのプロテクトがかかったはずです。破ろうとしたときのペナルティは静電気にしたけど」
やはり口調がですます調になってしまうことに内心苦笑する。
部下は確かめようとバッテリーの蓋を開けようとしたところピリッとした静電気に襲われた。プロテクトを解除しようにも静電気が走る。
「初見で模倣できるなんて腹が立つぐらいの天才ですね…」
知識自体はやはり裏からだ。しかしそのようなこと誰が言えようか
「…で、私が何をしたかというと…」
端末を受け取り、バッテリー蓋に指をおいて急速に貯蓄された電力を吸い取った。
液晶が消え、電源が落ちる。
そしてプロテクトをゆっくりを剥ぎ取り、今度は電力を注入した。
端末の液晶に再起動中の映像が表示される。
「こういうことです」
「いや、待ちなさい…!」
異議あり、とでも言いたげに机をコンっと叩いた。
「確かにプロテクト発動の魔力はコア頼りにしていましたが、いくら吸収したところでコアが魔力切れなど…!」
出来るはずがない。言いかけて、黄金の瞳が静かに彼を見据えている事に気付く。
信じる信じないは勝手だが、自分が提示できる他の解は無いと。
「…ダムに流れ込む水を堰き止めないままダムの水を抜くに等しい労力でしょう」
部下はポケットにしまっていた端末に理論上の計算式を打ち込み、収支を求める。
「奪った魔力を全て自分のものに変換したとしても、コアの保有魔力分よりも多い魔力を消費する計算です。コレが出来る、と言うならば破壊する方が容易いでしょうに」
「…大きなコアが入ってない天然モノのゴーレムだったら壊してた、と思う…」
「なぜ?」
「…………、大きなコアを壊すと、何か………」
そう言いかけて、何でもないです。と黙った。
話を終わらせるかのように属性分析が終了し、結果がプリントアウトされたものが排出される。部下はそれを受け取り
「5大属性ですね。やや火と木が強いようです。…識のノイズが大きい…こっちは安定していない…」
「トオルが言ってたのと一緒だ」
「彼はこの部屋の分析機全ての働きが一人で出来ますからね。…そういえば彼、今は医務室にいると聞きましたが…」
「魔力切れだって…倒れる程困ってるなんて知らなかった」
「ここ数ヶ月は小康状態を保っていましたから…ね…」
あ、と何かに気付いたように部下は立ち上がる。
何かとマコトが見上げると、魔力が通った彼の瞳は一瞬緑に揺らいだ。
何かの拍子に色が変わる人もいるのか…マコトが考えていると、端正な顔立ちが優しく微笑んだ。
「そうか…貴女が鍵だったのですね」
「へ?」
いえ、と部下はマコトの体に装着された部品を外して、次の計測機械へと案内する。
「…あの子をよろしくお願いします。ああ見えて、寂しがりやな子ですから…なんて言ったらあの子に殴られてしまうかもしれませんね」
紳士的にエスコートしながら彼は言う。
あの圧力は何処へやら、あまりにも爽やかで穏やかな雰囲気がさらりとした清潔感のある髪、顔立ちとようやっと噛み合う。
「部下さん、トオルと仲良いの?」
「私の事はイツキと、お呼びください。所長の秘書をしておりますのでこれから会う機会も増えましょう」
イツキと名乗った部下は無事新人を送り届けると優雅にその場を去っていった。
質問への答えは無かったが、おそらく肯定はしたのだろう。
「でもまだ合格貰ってないし、下っ端がそう簡単に所長と関わるわけ…」
「あら、指導者からの報告で合否の8割は決まってるのよ。実戦で動けるかどうかが重要だもの。今日の試験は持っている能力が特級で問題ないかの試験だし、ダメでも上級は取れるわ。貴女特級で余裕そうだし、特級なら所長達の入る会議なんかにも招請されるわよ」
次の感応力測定の計器担当の女性職員がさっくりと告げる。
それは知らなかった。知らなかったぞと、宇宙に意識が飛んだ猫のような顔をする。
「貴女ね、あのトオル君からの推薦を貰ったって噂になってるわよ。任務は2人以上が基本だから貴女のペアはきっとトオル君ね。あの子気難しくて中々安定したペアが組めなかったから良かったわー。属性的にも相性良さそうだし」
喋りなさる喋りなさる。
相槌に疲れが見え始めた頃、ようやっと解析の終わりをつける機械音が鳴った。
常夜灯の下、薄暗い部屋で目を覚ます。
数ヶ月世話になっていなかったが、それでも懐かしいこのベッドの感触。
おもだるい身体を起こして、走るような頭痛に襲われる。
ふと時間が気になり、ポケットに入れていた端末で時間を確認する。午前2時。しかし日付が変わったばかりだ。思ったよりは早く目覚めたか…
「…クソ、アイツに会わなければ家までは保ったのに…」
彼女の突撃により無駄な精神力を使ってしまった…。などと責任を転嫁するが、万一帰り道で何か小さなトラブルがあればこうなっていただろう。何方にせよ、こんな醜態見せたく無かった。
ふと、布団の上に小さな重みがあることに気づく。
ストレスの元が、ベッドに伏せって寝息を立てていた。まさかこんな時間までいるとは思わず、心に細波が立って彼女の頭に手を伸ばす。
…が、突如走る眼痛に手を引っ込める。伸ばした手は小さく震えていた。
「起きたか?」
気怠そうな低めの女性声が響く。
すでに聞き飽きた声は、デスクでスタンドライトの下で携帯ゲーム機を操作していた。
適当なところでゲームを切り上げ、ツカツカと彼の元へと近づく。
「平時の5倍の速度で回復、しかし全回復はしない。6割で打ち止めか…」
「…コレは実験か?」
敵意を剥き出して唸る。
しかしドクターは眉一つ動かさず
「ん、臨床実験だ。」
「お前な…そう言うところが……」
「自覚はある。だが少女は快く承諾したぞ。ぼーやが早く元気になるなら、とな」
「………ッ、こいつも大概だ。これだけ冷たくされておいて…」
「喜べ。それでも大切な友達、だそうだ」
面会用の椅子を引き寄せて、どかっと座る。
女の希望が叶いつつあって機嫌が良いのだろう。隈を拵え、あきらかに寝不足の顔はドヤ顔よろしく笑みをたたえている。
女はピンッとコイントスの容量でネックレスのトップを彼に投げて寄越した。
反射的に受け取ったトオルは怪訝な顔をしてソレを観察し、数秒後に猛烈に後悔する。
「なんだコレは!?」
「この新人…正確には少年の方だな。愛の印だそうだ」
ぞわりと悪寒に襲われる。茶化されているが刻まれたルーンは同調…互いの魔力をシェアする効果がある。
お互いの現状を省みるとシェアとは名ばかり、完全にトオルが貰い続ける側だ。しかもご丁寧に“呪われている”
捨てたとしても気づけば手許に戻ってくるだろう
「…ルーン文字は初めて見たが凄いな。今の科学では出来ない術式をここまでコンパクトに、しかもコアも無く出来る。何故ロストしてしまったのか…」
「……ッ、おいマコト!」
話にならないと瞬時に察し、たまらず眠っている彼女を叩き起こす。
びくりと身体を跳ねさせ飛び起きた彼女は、声の元が何か理解すると盛大に喜び、抱きつこうとして、おっとと手を引っ込めた。
「…危ない危ない。コレが駄目なんだよね。どうしたの血相変えて」
「この契約を破棄しろ」
マコトはキョトンとして一見指輪に見えるそれを眺め、暫くして納得がいったように頷いた。
「さっき俺から聞いたやつだ。でもソレ、契約者は私じゃなくて俺だから無理。しかし俺もいいセンスしてるって言うか…似合うよ多分」
「コレがある限りお前の魔力は俺に吸われるんだぞ…!」
「いいよ、問題無い。私の回復量の方が上回るし」
あまりにもさらりと言い放ち、しかし困ったようにマコトはため息をついた。
「……自分で言うのもアレだけど俺も頭が回るというか…私が死ぬほどの無茶したらトオルに影響出るぞって事だよね。人質取るほどこの前のこと怒ってるってことかー…
「あのなあ…そんな危ないものを」
「大丈夫。こんな状態なら無茶はしないし、命をかけざるを得ない状況になったら一番にパスを切らせる。それぐらいの状況じゃないと俺を従わせられないし」
「だから、他人のお前がそこまでする必要が…!」
「あるよ」
なんでもないことの様に真っ直ぐ青の瞳を見つめて答える。
その穏やかな黄金の瞳は心象世界の彼女に似ていて、トオルは言葉を詰まらせる。
「私が異能に目覚めて独りぼっちだった時も、研究所で生きる気力が削がれた時も、この前悪霊に取り憑かれて死にかけた時も、なんだったら母さんの死の真相を知った時も…側にいてくれたのはトオルだから、恩返しとしてもこの程度安いよ」
「……バ、カだろう…お前…」
「今更何を言ってるんだか」
すっかりトーンダウンしたトオル、穏やかに感謝を語るマコトを俯瞰して見ていて、ドクターはようやっと突然彼女を避け始めた理由を察する。
なる程、魅了などという勘違いではなかったか。2人ではなく3人として考える必要があったか、と。
「…話は済んだか?ならもう若い者は寝るんだ。お嬢さんは空いてるベッドを好きに使っていい」
女は席を立ち、デスクへと戻り、先程までやっていたゲームを起動する。
「…ドクターの勤務形態どうなってんの?」
マコトは苦笑する。昼間から真夜中までぶっ通しで医務室にいるではないか。
「ん?今は非番だ。当直は仮眠室にいるが」
「え」
意見を求めようとトオルへ向き直るが、彼は顔を伏せたまま頭を抱えて
「こいつは医務室の妖怪とでも思っておいていい…」
「実の姉を妖怪呼ばわりとは随分だな、ぼーや」
んん?少女は首を傾げる。もはや脳の許容量の限界だ。脳が理解を拒絶する。
「二人目のお姉さん?」
「……ああ、前にアレと会った時はマトモな格好していたか。あの妖怪が、髪を梳いて、隈を消して、着替えればアレになる」
「はい?」
「嶋原透子、トーコでいいぞ、新人」
「…今日はいろいろ濃すぎた。幻聴が聞こえるから寝ます」
拒絶したまま隣のベッドに潜り込む。あの超絶美人がこの怠惰の権化であってたまるか。
まあ、信じないだろうな。とトオルも諦め、カーテンを引いて横になる。
「あのさ、トオルとイツキさんは何か特別な関係?」
「イツキ…ああ、榛名師匠か。体術の師匠だ。相変わらず名字嫌ってるな…何かあったか?」
「いや、コレでお父さんとか言われたら発狂してただけ。あの華奢な体で体術かー…まだショックは小さいな…」
あの人を父親にするには若すぎるのだが…あえてツッコミはしないが。
その後は声を掛けなくなったので寝たのだろう。
トオルは握っていた金属の輪を常夜灯に照らして眺める。
現状これから逃れる術は無い、強固な呪いだ。こんな物を作れるあの男を、一体何処から連れてきたというのか…
そしてあの男はどうしてマコトはともかく自分にまで世話を焼くのか…
彼女に見つめられた顔が熱を持つ。
感情を揺さぶられた彼女とマコトは似て非なるものだと理屈では分かっているというのに、混乱してしまう。混乱の末、恐らく自分を蝕む病の核である眼痛が囁く。
お前に愛される資格は無い
分かっている。そもそも純粋な彼女にはもう会えないのだから、似た人間に会う度に囁くのはやめてほしい。求めるつもりも無い。比べたくも無い。だから…
「…………」
ゲームの液晶の光に照らされた銀の瞳がベッドを見つめている。
「……女を見る目がないのは血筋か…」
小さくため息を吐いた。




