12 小悪魔な弟には、かないません!!
エリカちゃん十七歳。三年生になったよ。
なんとあのアンジェラに、婿がきて、めでたく結婚したんだよ。
二年、三年と挽回の機会もなく、定期的にわたしに絡んでは、恥を晒し、孤立したままだったのに、よくぞ縁談が来たものだなと思っていた……。
あれ? ちょっと待って。
そのお相手さん、わたしの保護者会のメンバーなんだけどっ!!
「これでエリカ様の本当のお兄様になれますねぇ」ってネッチョリと、囁かれて、しまったよ!!
結婚後も、シレっと隔週のミニ公演には参戦しているし、撲手会では毎回熱い眼差しで「もっと、激しくお願いしますっ!」って強請ってくる、そんな重ためなタイプのお兄様なんだけど……。
「高潔なあなたには、周囲のレベルに合わせた会話は難しいのだろう。面倒事の多い社交は、わたしに任せて、己の道を貫いてくだされば、良いのです。あなたの価値はわたしが一番理解していますから」
伝え聞くに、そんなプロポーズをしたらしいのだが、これって「コミュ症のお前は社交すんな、お前の価値はエリカの姉って所だけ」とも感じ取れない?
ねえ、これって偏見かな……?
そんな風に、ねちっこい彼だが、お顔立ちは涼しげで整っている。
文武両道。元風紀委員長。インテリ眼鏡のイケ眼鏡。
見かけだけは、爽やか好青年って感じの方なんだ。
これ絶対に、アンジェラはその本性を、知らないよね?
わたしからリークすることも、絶対にできないし。
学園内でお会いする保護者会の皆様は、基本的に穏やかで気持ちのいい方ばかりなので、こちらも穏やかな気分で、接することが出来ている。
この湿度の高い侯爵家の三男坊様は、三歳上で在学期間が全く被らなかったので、わたしもよく知らなかった方なんだよ……。
むしろ、ずっと知らないままで、いたかった。
隠したままで、騙したままで、いて欲しかった。
厄介な信者さんに、たまたま遭遇しなかった、これまでが、運が良かっただけなのかも知れないけど、異母姉の夫がこんなのとか、本当に本気で無理ですから!!
御実家はかなり力のある一門だし、視野の狭いアンジェラには、優しく頼りがいのあるスパダリ系のお婿様としか、映っていないようだ。
彼女の理解者として地位を固められ、アンジェラは、メロメロのデロッデロだよ。
夢見る乙女というか、アイツ、すっかりメスの顔してやがる……。
残酷過ぎる真実なんか告げられないし、こんな男のいる伯爵家の別館にも戻れなかったので、三年になってからは、また訓練所に住み込むことにした。
実を言うと、わたしにも、それなりに縁談が来ていたんだけど、全部婿殿に握りつぶされてたんだよ。
アンジェラも、わたしが有力貴族に嫁ぐのを、認めなかったと思うので、利害の一致もあったんだろうけど……。
なんかもう、明らかにおかしいよね。
セイガ人気の一時的なブーストがあろうと、微魔力なわたしでは、良い所のおうちへ嫁いでも、苦労することになりそうだから、結果的には、その選択で、間違いはないよ。
だけど、了承もなく勝手に断るなんて、普通にあり得ないから。
わたしはアンジェラとは籍の上からも別なのだから、決定権は、わたしと、うちの両親にあるんだからね!!
そういう介入も自体が不快だけど、ネバネバとした執着心の臭いを感じて、本当に怖いんだ……。
前の人の記憶で、糸を引く豆を食べる光景を、見た時以来の衝撃だ。
わたし、料理に詳しくないし、前世知識のチートって向いてないんだよね。
発酵食品はヨーグルトやチーズで、間に合ってるし。
絡みつく系の糸眼鏡とか、姉妹ドンブリみたいな、島国独特の風変わりな食文化の強要は、本当にやめてくれないかな……。
何も知らない彼女は、どう考えても、洗脳中&乗っ取られ中にしか思えない。
両親ともこのヤバイ状況を相談して、二人には彼女の卒業後も、引き続き別館で暮らして貰ってたんだ。
爵位を引き継いだアンジェラ様が、いくら優秀だろうと、さすがに一人で全ての仕事は熟せないし、地雷婿から、無理に引き離そうとするよりも、側に残って、機会を伺うことにしてたんだ。
いくら彼女が頑なだろうと、学園生活のように、孤立させてしまうのだけは、避けようと考えてね。
だけど、蜜月は二人っきりで過ごしたい的なことを、婿殿が囁いたようで、結局追い出されてしまったんだって。
アンジェラって、本当に、追放が好きすぎるよね……。
目障りなヤツは、自分のテリトリーに残したくないんだろうね。
学園と違って、伯爵家はアンジェラを中心に回ってる。
父は形だけの当主代理だったから、いらないと言われたら、それまでだからね。
この五年間の、なんとか寄り添おうとしてきた両親の努力が、全く報われない結果には、何だか複雑な気持ちもあるけど、最後に残った蜘蛛の糸を、立ち切ったのは、彼女自身だからね……。
両親は、これからは父方の実家で、伯父様のお仕事を手伝うことになったんだって。
上に立つほどの器量はなくとも、父も真面目だし、中間管理職的なお仕事なら、たくさんあるから。
両親の追放後も、撲手会参加は皆勤賞で、毎回帰ってコイコイ言ってくる婿殿の姿には、不信感しかない。
ハチャメチャ身の危険を、感じてしまう。
今年の学園卒業と同時に、セイガも卒業しよう。
ここらが潮時だな。
楽しいこともたくさんあったけど、アンジェラに、振り回されてばかりでもあった、この五年。
両親という、わたしにとって、彼女に、握られていた人質も、解放されたことだし、卒業後には、もっと自由に過ごしてみたいな……。
そんなわけで、マー君と一緒に、旅に出ることにしたんだよ。
学園生活や、セイガ活動を終えた男爵令嬢が、国内のどこに務めようと、上位貴族の伯爵様に逆らうなんて、大変そうだからね。
どんなに距離を置こうとしても、アンジェラも婿殿も、それぞれ動機は違っていても、執念深く、どこまでも、わたしを追ってきそうだもん……。
いい加減にして欲しいよ。
監禁エンドだけは、本当に、勘弁してほしい。
そんなわけで、逃げるが勝ちさ。
貴族令嬢が、旅なんて絶対に反対されると思ってたんだけど、マー君の力のお陰か、マメに手紙を書くことを約束させられただけで、送別会まで開いて貰えることになったよ。
やったね!ご馳走、楽しみだ。
またフライに、たっくさんソースを、塗ったくろうね!!
「お姉さん、卒業おめでとう!!」
「マー君も卒業おめでとう! ずっと応援ありがとうね!」
そんな感じで、慌ただしくも、無事三年生を修了して、卒業式&卒業公演の日を終えることが出来た。
聖女になんて、なれなかったけど、精一杯活動してきた。
わたしはセンターになれるタイプでもなかったけど、この努力は本物だよ。
誰かの成果を、強請り奪ったものじゃない。
異母姉に振り回された先でのこととはいえ、ちゃんと、ここで居場所を作って、わたしの力が認められた。
それは、掛け替えのない自信と経験に、なってくれたんだ。
駄女神には贔屓されなかったけど、マー君が側にいてくれたから、アンジェラや変態に振り回されても、こうして、やってこれたんだと思う。
本当にありがとうね。
終幕後の物語の舞台から、逃げ出す道も選べたのも、マー君がいてくれたからだよ。
だから、今度は、絶対に奪われない。
誰かに振り回されることのない、わたしたちのための旅を、始めよう。
『欲しがり妹』じゃない、立派なお姉さんに、少しはなれたかな?
まだまだ成り上がれるよう、頑張るぞー!
◇◇◇◇
こうして、わたしとマー君と旅に出ることになりました。
結局追放オチかよ、なんて言わないで。
旅に出るにはお金が必要。わたしは安全を買ったんだよ。フフン。
アイドルグッズの販売で儲けた、マー君のお金がたんまりあるので、旅費もたんとあるんだから。
マー君は、いろんな国の宝物やオカネが欲しいんだって。
二人だけの宝探しの旅って素敵だね。
わたしも誰かのためになる仕事、人を楽しませるような仕事がまたしてみたいので、この旅で、ゆっくり考えてみようかな……。
「お姉さんは欲しいものないの?もっと自分の欲望に素直になってよ」
「お、お姉さんは……、お姉さんにとってはマー君が一番の宝物だよ!大好きなマー君と一緒にいられるのが一番嬉しいんだからねっ!」
「うーん、おバカで欲しがり屋のお姉さんらしい答えだね……。この僕を望むなんて、お姉さんも本当に欲張りさんだね!」
「えへへ。うん、お姉さん……、マー君とずっと一緒にいたいな……」
「いいよ。お姉さんが欲張りさんでいる限り、僕はお姉さんを大事にしてあげる。だから、もっともっと僕を欲しがってね。僕、お姉さんの恥じらいと、罪悪感の混じった欲望がだーい好きなんだ」
だからマー君、穢れたお姉さんの耳には、違うニュアンスにしか聞こえない言葉を、囁くのはやめてー!耳に甘い息吹き込むのもやめてー!
まったくもう、本当に悪い小悪魔ちゃんなんだからっ!!
おしまい。
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