ここらでそろそろプロローグの補完をば
「なるほど、そんなことが」
梅乃ちゃんがこんなに長い話を俺にしてくれたのは初めてだった。話疲れてしまったのかこくりと喉を鳴らして、お茶を一杯飲み干したあと、ボフンとベッドに飛び込んだ。
「はい~。私としては、どうしても文学部が活動できる場所は残したいんです。先生からしたらバカみたいな部活だと思うのですが……私にとっては今の、大切な居場所の一つなので……」
う~、と枕に顔をうずめて何事か話しながら、足をばたばたさせている。なにこの生き物。きゃわわ。コホン、失礼取り乱しました。
「でも、その雪歩ちゃん? だっけ? 彼女は学年二位なんでしょ?」
「はい」
「それに、梅乃ちゃんは多分この調子でいけば次の期末考査では、平均九十点も夢じゃないと思うけど」
「え? ほ、ほんとうですか?」
「集中してテストに望めれば、ね」
「う~。今日のことはちゃんと反省しているんです」
今度はベッドに腰かけてボフボフ枕を叩きながら言う。
「はははっ。分かった分かった。もういじわるは言わないから」
「じゃあ、平均九十点いったら先生何してくれますか?」
「な、何って……。う、梅乃ちゃんは俺に何かしてもらうために勉強頑張るの?」
危うくなんでもしてあげる、と言いかけた自分にブレーキをかける。先日不用意な発言で自分の首を絞めたばかりだ。
「うっ。違います。違いますが……。モチベーションの問題です」
「ま、まぁ……本当に九十点以上なら」
「本当ですか!」
「あ、いや、今のは……」
「平均が、ですよね」
「ま、まぁ」
「約束、しましたからね!」
独り言のつもりで発した言葉をひろわれて、引っ込みが効かなくなってしまった。なんというか、こういうところは意外と抜け目ないなぁ……。
「それで、何してくれますか?」
「そ、それは、また今度話そう」
「む……。次回までにちゃんと決めておいてくださいね」
「はい……」
逆に梅乃ちゃんから課題を出されるなんて……。それはそうと、と俺はいい加減話題を変えたかったこともあって、先刻までの会話に引き返す。
「雪歩ちゃん、梅乃ちゃんが百点近く取るかもしれないことを考えると、気になるのは残りの二人の実力だよね。その辺はどうなの?」
「美月は、結構勉強できるはずなんです。でも、あまりテストの結果を見せてくれないんですよね」
「なるほど。じゃあ、あと一人は? 花凛ちゃん、だっけ?」
「はい、花凛は、何というか……」
再び思案顔の梅乃ちゃん。その様子は、彼女が問題を解くとき、すでに出た答えを何度も見直している表情に何故か似ている。
「やればできる子……なのかもしれません」
「…………」
やればできる子、自体が出来ない子を無理に褒める言葉なのに、それでさえあやしい花凛ちゃんって、いったい……。彼女が今いかなる難題を抱えているのかその一言から滲み出ているような気がした。
「ちょっと、隣いいかな」
梅乃ちゃんが頷いたのを見てから、彼女が腰かけているベッドに俺も腰を下ろした。
「その、梅乃ちゃんの点数を上げるためなら俺はなんでも手伝うし、テスト問題の予想とかは、他の子に使ってもらうこともできると思うから、なにか手伝ってほしいことがあれば、何でも言ってね」
そんなふうに、声をかけておくことしかできない。当然、彼女のたち文学部の勝利を願ってはいるが、それは、彼女らが頑張って点数をとるしかない問題なのだ。
すると梅乃ちゃんは一旦自分の膝元に視線を落とした。もぞもぞと両手をすり合わせながら何やら思案顔である。何度も息を吸い込んで、何か言葉を発するのを躊躇っているようだった。俺が無言で待っているとやがて、とうとう彼女は覚悟を決めたようで、真っすぐな視線をこちらへ向けてくる。
「あの、無理を承知でお願いしたいことがあるんです……」
やめて、そんな潤んだ瞳でこちらを見つめられたら、何でも言うこと……。おっと危ない。そう何度も同じ手には乗りませんよ、俺は。再び気を引き締め直す。
「とりあえず聞くから、言うだけ言ってみて」
でも、出来る限りその覚悟は優しく受け止めたいと思う。俺に出来ることであれば。
「あの、テスト前だけでいいので花凛たちの先生もしてもらえないでしょうか?」
「へ? 先生をする?」
「その、花凛や美月にも勉強を教えてあげてほしいんです。それで、テスト前だけ私の授業の回数も少し増やしてもらって……」
「ちょと待って……」
どうにも梅乃ちゃんの困った顔に俺は弱い。だが今回だけは少々無理がありそうだ。俺が逡巡していると、梅乃ちゃんは残念そうに肩を落とした。
「やっぱりダメですよね」
そんな風に言われると、どうしても彼女の頼みをきいてあげたくなってしまう。俺は、鞄からスケジュール帳を取り出し、予定を確認した。やっぱり、厳しいなぁ……。
今の梅乃ちゃんの授業ですら、俺が使える時間はめいいっぱい使っているのだ。
しかし、予定を確認する俺の仕草が、梅乃ちゃんにかすかな希望を抱かせてしまったようで。ここぞとばかりに彼女は自分の想いを打ち明ける。
「……(もっと授業を)してほしいんです先生。だめ、ですか?」
「いや、だって、そんなにしたら俺の身体が持たないよ」
「でも、今のままじゃ(勉強量が)全然足りません」
「……」
「あの、回数を増やすのが難しいなら、(私の授業の回数を減らして)その分、一回一回を濃密に……」
「むりむりむり、今より濃密にしちゃったら、今度は梅乃ちゃんのほうがもたないよ。もしかしたら(眠たくなったりして)意識がとんじゃうかも……」
「いえ、私がんばりますから。先生の(授業)なら我慢できますから」
「いや、でも俺は梅乃ちゃんの先生なわけで」
「この際、(誰の)先生とか(誰の)生徒とか関係ありません」
梅乃ちゃんの想いを聞くと、さらになんとかしてあげたくなる。だが、文学部四人分の家庭教師を全て請け負うのは現実的に不可能だ。だったら、中途半端なことをしていないで今までどおり彼女の勉強を全力で手伝うほうがいいのではないか。
あれ、いや、でも待てよ……。学校も学年も同じで、当然テスト範囲も同じ。ならまだ打つ手はあるんじゃないか……?
俺は覚悟を決めて優しく梅乃ちゃんの肩に両手を乗せた。
「分かった、出来る限りのことはしてみるよ。だけど、俺が四人それぞれの家庭教師をするのは多分無理だ」
「あぅ……そうですよね」
「まあ、そうがっかりしないで、ちょっと提案があるんだけど」
「はい?」
梅乃ちゃんはいつもどおりのかわいらしい仕草で首を傾げる。そんな彼女に俺は自らの策をかみ砕いて説明した。っていうやりとりだからね? プロローグを見て文意を曲解した読者の皆は反省してね?




