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Thebes:「車窓」  作者: エンリコリート・ヴァシュタール
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Thebes:「車窓」-第三回


 年中豪雪。

 国境の山岳を境に国家全体が雪国。

 シルヴェリア自治領。

 の、国境の街ランス。


 じゃ、なくなる。

 たぶん。そろそろ。

 装甲客車「雪国に降る雨号」は出発して。

 次の街に向かうだろう。

 次の街にはバナナがあるだろうか。





 客室の戸を閉めた狸帽の少女は、不機嫌さを隠そうともしなかった。

 桃髪の感想ももっともと思えるような、先ほどまでの無表情こそが間違いだったのではと思えるような不機嫌面。

 瞼が震え、視線が定まらない。


 やがて一拍置いて。

 すう、と、大きく息を吸い込み。吐く。


「勝手をしないで」


 狸帽の少女は独り言を言った。

 もちろんそれに反応を返す者はいない。

 桃髪も、既に客室の前から退散しているらしく、引き戸の前にも気配はない。


 少女はというと、実に不服そうに。

 まるですぐ背後にいる誰かを見つめる様に、視線を真横に向けたかと思うと、やがて諦めた様に再びの溜息。


 さて、父親を捜しに、北へ。

 といったところで、当てもない。

 この列車が、終点であるセレクトリア王国領の主都ヴァルハラ市か、或いは商業中心区たるその北の"エド"に到着するまで、一切の停泊をせずに突き進むのか、それとも各町々にて停留所があって、そこで何泊かするのであるか。


 其れすらわかっていない。


 順当に行けばシルヴェリア自治領最北、ランス市から直近はセレクトリアとの国境である山岳、その向こうには"最南端の街"シュヴァイツ。


 極寒のシルヴェリアを差し置いて"最南端"とは。


 シルヴェリア人の少女にとってその通称は、鼻で笑いたくなるようなものであったが、同時、それが中央の人間にとって"シルヴェリアなど人の住む場所ではない"という侮蔑であることもまた、理解している。


 なんにしろシュヴァイツで停泊し、その日数如何によっては同市でも父親探しができるかもしれない。


 会ったら――


 絶対にぶん殴る。

 そう決めている。


 前述のとおり、少女はシルヴェリアで、一人で食い生きていくだけの術は持ち合わせている。

 そのままそれを続けていれば、或いは一端の幸せという奴を手にできたかもしれない。

 むしろこの父親探しを強行したせいで、当面の旅費と列車の乗車券の為に全財産をつぎ込んだ。父が見つかる見つからないはさて置いて、行った先で職にありつけなければ身の破滅だ。


 だから。どうせ破滅するなら。


「テーベの塔……か」


 この大陸の最北。

 セレクトリア、その最北たるノースポイント市を超え、荒れ果てた北の大地を超えた先の砂漠地帯。

 そこに伝説と言われたテーベの民と、その都テーベ市があり、さらに北には人類未踏の遺物、"テーベの塔"があると言われている。


 塔を攻略し、最上階まで踏破した者は、全てが叶う約束の地、落獄にして聖地(サンク・トゥヴェル)へと導かれる。らしい。


「ふふ」


 狸帽の少女は苦笑した。

 言われている。とか、らしい。とか。

 "人類未踏"だと言って置きながらまことしやかに語られるその伝説に。


 すがりたいのだ。


 全て諦めた。

 或いは全てやり終えた。

 そんな人たちが、人生を終える理由を求めて、そこへ向かうのだ。

 だって、十中八九、その遥か手前の荒野を突破できず、行き倒れるだろう。


 それをわかって。

 でも少しでも夢を見ていたくて。

 ヒトは、最後にテーベを目指す。



 簡素な二段ベッド。

 それ自体は飾り気のない化粧台。

 そんな客室に。

 ひとつ。

 大きな丸い窓があった。


 ここに映る景色が、残された自分の"世界"だと。少女は自嘲気味に笑った。

 せいぜい中央に着くその日まで、この窓辺で一人佇んで。それを目に焼き付けよう。



 で。


 黄昏る少女の気持ちも雰囲気もぶった切って

 ノックされる部屋の引き戸。


 感傷をぶち壊されて、いっそ舌打ちすらし、少女は戸口へと向かう。


 しかしてそこに立つのは、先ほど失せたはずの桃髪。


 狸帽の少女は半眼になって


「まだ、なにか……?」


 短く問う。

 対する桃髪は苦虫を噛み潰したような顔。


「ああああああアタシだってあんなの見せられて、さっきのさっきで来たくなかったわよ! でも知らせなきゃいけないこちらの過失があって!」


 どうやら聞き分けが無いというわけでもないらしい。

 それでも来ざるを得なかったという桃髪の客室乗務員に対し、狸帽の少女はするりと表情を消して。つまり冷静になって、という事だろう、彼女にとって。


「つまり業務(・・)の方」

「そ、お仕事(・・・)の方じゃなくてね」


「……で?」

「え、えーと。……申し訳ありませんお客様。こちらの手違いでお部屋の手配が重複してしまいまして」


「……つまりどういうことですか?」

「シュヴァイツから別のお客様と"相部屋"と成りますことをご了承頂きたく……」


「は?」

「お客様には"全額の返金を受けて今すぐ降車"か"半額の返金を受けて相部屋にご協力いただく"かを選んでいただく他ございません」




 この列車のチケットの競争率はとんでもない。

 これを逃せば、次は半年先か、はたまた年をまたぐか。



 降車、というわけには、行かなかった。





Thebes:「車窓」エピソード

 第3回 


 キャスト


      狸帽の少女 ルコ・クロケット

   桃髪の客室乗務員 ヴィアーネ・ティセール

        語り手 "オレ"

 




ばぁちゃん。オレオレ。

オレだよオレ。

マイルドでクリーミーなライトブラウンのアレ。

そうカフェオレ。



そんなことよりバナナの話しようぜ。

スタイリッシュに反り返った奇跡の黄色い棒がだな――


 

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