Thebes:「車窓」-第四回
年中豪雪。
国境の山岳を境に国家全体が雪国。
シルヴェリア自治領。
雪国発、中央行の装甲客車は今にも出発しようかと言うところ。
降車か、相部屋か。
迷うにはあまりにも残された時間は少ない。
だからそんなことに悩まずに、先ずはバナナを探そうと思う。
「信じられない」
「何か、心粗ぶってしまうようなことでも?」
客室探しの途中で見つけたラウンジバー。
カウンターで愚痴をこぼす狸帽の少女に、カイゼル髭が素敵な白髪の老紳士のマスター。バーテンダーの装いをぴしりと着こなし、その体幹は白髪から連想するその年齢と相反する。
少女は先ほど客室で知らされたことを、かいつまんでマスターに愚痴るのであった。
降車か。或いは相部屋に眼を瞑って、半額のキャッシュバックを受けるか。
迷ううちに汽笛が鳴る。
装甲客車「槍の雨」は出発してしまった。
「選択肢……なくなっちゃいましたね」
ヒクついた顔で目を泳がせながら、そんなことを宣う桃髪に
「旅費に余裕ができて助かりますね」
そんな嫌みの一つも零さねばやっていられなかった。
「それは申し訳ありませんでした、お客様」
「うん?」
どういうわけか頭を下げるラウンジバーのマスターに、理由がわからず首をかしげる。
「わが"社"の失態ですので」
「あー」
言葉を重ねるマスターに、少女はやっと納得がいった様子。
つまり社員は一蓮托生。連帯責任で、社員の誰のミスかはわからないが、同僚のミスは自分のミス。という事らしい。
桃髪は嫌味なところもあったが、この老紳士には何の非もない。こう下手に出られては戸惑いもあるというもの。
「え、と。いや、貴男に怒っても仕方のない事ですけど……」
少女はこういう所でまだ子供だ。
ごにょごにょと怒りのやり場を失い、手元のリンゴジュースに口を付ける。
その様子を見てにこりとほほ笑むマスターに。
"黙らされた"
ため息を吐きつつ、少女は自覚した。
「では淑女なお嬢さんに、私からお詫びの一つも」
「え、いや――」
それこそ、彼にそんなことをしてもらういわれはない。
そう言おうとするも、マスターはカウンターの向こうで手際よく何かをを作り、あれよという間に少女の眼前に小皿が置かれる。
カットフルーツの盛り合わせだった。
シルヴェリアでは果物はことごとく育たない。
雪リンゴ、小さい種類のオレンジ、白ブドウ、くらいか。
逆に言えば、少女はそれくらいしか知らない。
セレクトリア帰りの近所の奥さんが"桃"がうまかった。とか言っていたのを聞くくらいで。
どれも一口ずつではあるが、そもそもフルーツというだけで、この国では贅沢品だ。
なので、狸帽の少女はこの時ばかりは年相応の顔で、眼を輝かせて皿を見つめた。
リンゴ……オレンジ……色はずいぶんと濃いが、ブドウ……のようなものはわかる。
ほかにも色々有るが、見たこともない色とりどりの果物に、心躍った。
「何か苦手なモノでも?」
少女がいつまでも手を出さないのを訝しんで、老紳士。
少女ははっとして。しかしながら慌てて皿に手を付けるでもなく。
「あ、あの」
「はい」
「雪国育ちなもので、果物自体詳しくないんですが、この中に……ええと、ばななはありますか?」
「バナナですか? いえ、残念ながら」
「そ、そうですか。 あ、いえ、ありがとうございます。いただきます」
慌てた様に、食器に手を付ける狸帽の少女。
その様子を微笑ましく眺めながら老紳士は髭をさすり
「バナナはずいぶん北の植物ですからな。原産は、ノースポイントより北、カルサレアだと言いますが」
その言を聞き、少女はリンゴに挿しかけたフォークを止めて、顔を上げる。
「……あるんですか? カルサレアなんて」
「行って。帰ってきたと言う者の言では」
老紳士は苦笑した。
「バナナが、何か?」
「母が。"食べたかった"と、言ってました」
過去形に、老紳士は何を察したか。少女の母が亡くなっていることを正しく洞察できたかは定かではないが。
「そうですか」
伏せがちに眼を逸らして、それだけ呟いた。
「──"テーベ"には、そこら中に掃いて捨てるほど実っていると聞きますな」
「それこそ"夢"みたいな話ですね」
二人、申し合わせたように、苦笑した。
「あ、いただきますね」
思い出したように少女は食べ始めた。
「おいしい」
「すっぱい……」
「あまい」
「やわらかい」
「みずみずしい」
「とろける!」
フルーツを口に運ぶ度に、そんな感想を漏らす狸帽の少女。
老紳士は孫でも見るかのような目で、少女を眺めた。
「ごちそうさまでした。 とっても美味しかったです」
「それは良かった、お嬢さん。腹立たしさは少しでもなくなりましたか?」
「――どうでもよくなっちゃいました」
本音を言えば。
少女としては未だに燻るものも無くならぬ問題ではあるが、老紳士の"詫びに免じて"という奴だ。パフォーマンスであるとしても、それくらいは。
其処へ。
なにやら喧しく、気色満面駆けてくる、狸帽と同じ年頃の少女。
どこぞのお嬢であるのか、狸帽の少女とは似ても似つかぬ格好。リボン付きの帽子。フリルの多い、明るい赤のドレス。
はしゃいで、狸帽の少女のすぐ横でカウンターに飛びつき身を乗り出す。
「きゃー! 素敵なバーね! おじ様此処、プディングはあるかしら!? 私、甘い奴がいいわ!」
「やぁ、お嬢ちゃん。 親御さんはどちらかな? プディングは作れるけれども、まずはお母さまに伺いを立てないと」
「えー! おかあさまー!」
あしらわれるように、その時ようやく車両間をこちらへ移動してきたと思しき"お母さま"へと駆け行く、赤いドレスの少女。
狸帽の少女は首を傾げた。
子供じみているとはいえ、赤いドレスの少女と狸帽の少女とでは殆ど年に違いはない様に見える。
しかしながら、老紳士の態度は、"相部屋の件"を抜きにしても、あまりにも違うのだ。
「私の時と――」
「――お嬢さんは大人でしょう。私の眼に狂いが無ければ、報酬を得るにふさわしい"お仕事"をお持ちの様子。その腰の裏のモノであるとか。はたまたスカートの下のモノであるとか。……おおっと」
少女が。老紳士がいとも簡単に言い当てるそれに、驚愕を隠せないでいる間にも。
「これは失礼。私としたことが、淑女にスカートの下のモノなどと」
くっくと、声を殺して笑いながら、にこやかにそんなことを言う老紳士に。
少女は心底辟易とした表情で、リンゴジュースの残りに口を付けるのだった。
"どうなってんだ、この列車の従業員は"
Thebes:「車窓」エピソード
第4回
キャスト
狸帽の少女 ルコ・クロケット
桃髪の客室乗務員 ヴィアーネ・ティセール
ラウンジバーマスター ジョセフィーロ・ラルコ
赤いドレスの少女 メルフィーユ
・ウォーターシール
お母さま セレクトリア領
旧ユリシャ連邦市国群
ウォーターシール伯爵夫人
ミレイユ・ウォーターシール
語り手 "オレ"
まぁ、オレはオレでオレ以外の何物でもないわけで。
それ以上初見さんに説明しようにも、それは結局
"名乗ったところで意味のない名前"ってやつでさ
そんなことよりカルサレアにバナナあるって!
テーベまで行けば掃いて捨てるほどあるって!
……かるされあてどこよ。
えー? 南からシルヴェリア~、ランス~、シュヴァイツ~
アレンフォート~、ヴァルハラ~、エドワーズ~
ノースポイント~~~……の、次だって!?
がっでえむ!! この旅はエドで終わっちまう予定なんだぜ!?




