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Thebes:「車窓」  作者: エンリコリート・ヴァシュタール
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Thebes:「車窓」-第十三回

「車窓」-第13回


無謀だ。と、一言いってやれば良かったのだ。


出来ると思うのか。


少女。お前であるならいざ知らず。

たかだか12、3くらいの町娘に。

町娘ほどの育ちすらできなかった孤児に。


"密航"

 





 槍の雨号は翌朝八刻にはシュヴァイツを発つ。

 であれば搭乗は今晩の内に済ませなければならぬだろう。

 最後の布施を募る作業を共にした後、狸帽は赤い髪の孤児に別れを告げ、孤児院を後にする。


 途中、市場に寄って、日持ちする食糧を少しだけ購入して。


 夕刻前にはシュヴァイツ鉄道駅に到着した。

 そして。



 ──その物々しいまでの警備に、顔をしかめた。



 例の"連続殺人犯"が「槍の雨」に密航しての逃亡を防ぐため、とは聞き及んでいた。

 しかしながら眼前のシュヴァイツ警察──その50を超えるだろう動員に内心で舌打ちした。

 これでは赤い髪の孤児の密航は困難を極めるだろう。


「どうしたんだい?」


 声に。

 我に返り振り仰げば、赤茶髪の傭兵。


「こんなところまで見送りなんて、殊勝なことですね。貴男も明日、発つんでしょう? こんなことしていていいんですか?」

「うー……ん、まぁ、ね」


 狸帽の少女が皮肉の一つも零せば、傭兵は何とも歯切れの悪い返事。

 訝しんで、眉を寄せていると、更に後ろから、声。


「すみません」


 話題を中断して、傭兵と共に振り向く先。

 暗い色のすり切れたコートに中折れ帽。直前に"おおっと"等と咥えていた煙草を足元に落とし、踏み消す。

 警察関係者と思しき、細身ではあるが体幹のしっかりした男。


 少しだけ慌てた様にポケットを探り、取り出した警察手帳をおざなりに見せながら。


「シュヴァイツ警察のクライン・ハークランド警部です。ランス・ザ・レイン号の乗客の方々ですか?」

「「はい」」


 重なる返事に。

 目を丸く、見開いて。

 何度目か、狸帽の少女は自分の隣を振り仰ぐ。


 しかしてそこには、困り顔で頬を掻く、赤茶髪の傭兵。

 狸帽が責めるような目を向ければ


「い、いや、努めて黙っていたわけでは……その、言う機会が、サ」

「乗車したら、他人です。馴れ馴れしくしないでくださいね」


「つれないことを言うなよォ」


 ばつの悪そうに肩をすくめる傭兵に、辟易とした表情でため息をつく少女。

 そんなやり取りに横から咳払い。

 そう言えばシュヴァイツ警察の警部さんに話しかけられたところであった。


「あー、お騒がせしております。既に耳にしているかもしれませんが、先日から街を騒がせている凶悪犯が、これに密航して高跳びを図ろうとしてる、なんてタレコミがありましてね」


 降雪の浅宵。息白く。訪れる客全てに、同様の説明をしているだろう。少し辟易と、面倒そうに、中折れ帽の警部。


「疑ってかかる訳じゃありやせんが、"決め事"でしてね。お二方、乗車券を拝見しても?」


 そんな風に言われ、乗車券を取り出す。

 隣でさも当然のように、同じように懐から乗車券を取り出している傭兵に、憮然とした顔を隠せず、狸帽。


 二人のパスを検めた警部は、その詳細を見るなり、驚愕に目を見開く。


「アンタ等……!」


 警部の態度に、狸帽も、傭兵も一様に"あちゃー"みたいな。警部から反らした目線が奇遇にも虚空で絡み合う。何ならお前たち仲がいいのでは。と、思いたくなる様な同じ顔。

 中折れ帽の警部は苛立ちを隠しもしないで、帽子を取ってがりがりと頭を掻く。


「あー……。 嗚呼ッ! くそ! 嬢ちゃん。いや、"時計猫"! お前さんを今どうこうしている暇はない。これから街を出ようってんなら知ったこっちゃない。どこへでも行っちまいな!」


 警部の言い草に、傭兵は狸帽に対して"えー、お前何やったの"といった無遠慮なまなざしを向けるが。


「あと、そっちのアンタ。アンタもこの場でどうこうという事はないが、おれは立場上お前さんが此処に居たことをセレクトリア正騎士団に通報(・・)せにゃならん。それはあらかじめ了承してくれ。いいな」

 

 狸帽も狸帽で"通報って何だよ。お前が言えた義理か"というような胡乱気な目で返す。

 警部の心労を語るかのような深いため息だけが、雪にかき消えた。



◇◆◇◆◇



 小一時間ほど後、どういう腐れ縁か、傭兵と狸帽は食堂車のバーカウンターに並んで座る。


「王国騎士団に通報されるような、何したんですか」

「そっちこそ、警察も厄介払いしたいくらいの、何者なのさ」


 お互いに憮然とした表情で、方や安酒を。方や果汁をちびりと舐める。


 バーマスターはマイペースな様子でグラスを磨きながら。


「2日ぶりですかなお嬢さん。シュヴァイツはどうでしたか?」

「ええ、まぁ」


 おやおや、と。

 生返事の少女に肩をすくめ、今度は傭兵を向き直る。


「そちらの御仁ははじめまして。ここ、シュヴァイツからのご乗車ですかな。名のある剣士殿とお見受けします」

「いや、自分はしがない傭兵で──」


「ほぉ、御腰のモノは随分な逸品ですが、知らぬ存ぜぬで持っておられるなら、御仁、食われます(・・・・・)ぞ」


 "どいつもこいつもなんでわかんだよ……"っていうけちょん顔の傭兵。

 と、"くくく、もっと言ってやれ"って顔の狸帽。


「──ですって。"リトア・ディフェンド"さん」

「ぜーったいオレが今巷でなんて呼ばれてるか、もうわかっててわざとそう言ってるよねェ!? "ルコ・クロケット"さん?」


 互いがぴきぴきと青筋たてながら静かに罵り合う二人を見て、バーマスターは何とも穏やかな表情のまま、ふうむ、と顎を撫でる。


「……"雷刃"と"時計猫"でしたか。なるほど合点が行きました。──しかし奇妙な巡りあわせですなァ」


 これには狸帽も傭兵も目を丸く、次いで眉を寄せて顔を見合わせ、同時にバーマスターに向き直ると、苦い顔で鼻先に指を立てた。


 "シーッ!" "内緒! 内緒です!"


 くっくと声を殺して笑いを漏らすバーマスター。


「なに、いたずらに公にして、世を騒がす趣味もございませんよ」


 そう言って背後の酒棚を探り、何やら年季の入った豪奢なボトルを手に取って。


「ところで御仁ほどの剣士殿が雑な蜂蜜酒(ミード)で満ち足りますかな」

「鞘の中身と財布の中身が釣り合っているとも限りませんよ」


 おけらのポーズで傭兵が両の掌を振って見せれば、バーマスターの老紳士は応も待たずにボトルからグラスに琥珀を注ぎ。


「ふふ、せっかくの"雷刃"とのご縁。湯水のようにとはいきませんが、一杯くらいは私が持ちましょう」

「え、いや、なんか、申し訳ないな」


 遠慮の言葉を吐きつつもグラスを引き寄せる傭兵に、狸帽の少女は"ずるい"とばかりに、ジト目を向ける。

 老紳士は狸帽に向き直り


「お嬢さんは酒を嗜んでおられないね? ではシュヴァイツで仕入れた特別糖度の高いオランジェの絞りはどうでしょう?」


 つまりは"とっても甘いオレンジジュース"

 狸帽の少女は目を輝かせ、珍しくも歳相応の顔をした。

 




Thebes:「車窓」エピソード

 第13回 


 キャスト


        狸帽の少女 ルコ・クロケット

       赤茶髪の傭兵 リトア・ディフェンド

      中折れ帽の警部 クライン・ハークランド

   老紳士のバーマスター ジョセフィーロ・ラルコ

          語り手 オレ



少女。


少女少女。


何だあのボトルは。

"戦神の祝勝酒(エル・ヴァッカス)32年物"

とあったぞ。


オレもそっちがいい。

そっちが……なぁ少女?


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