Thebes:「車窓」-第十二回
「車窓」-第12回
確かに。
赤い髪の孤児は健気である。
しかし心許し過ぎてはいまいか。
今のお前に、そんな余裕があるのか。
なにやらきな臭い。
だけならまだいざ知らず。
──臭い。雄の匂いだ。
赤い髪の孤児が散々鞭を受けたその夜。
明かりもつけずに窓辺に佇む狸帽の少女。
その目線の先に、いそいそと抜け出す、院長の姿。
ああ、くれてやった銀で酒か、女か、買いにでも行ったか。
そして明け方ごろになって帰院した院長とすれ違う。
何か。ひとつ、やり切った様な。満足そうな笑みで。
物のついでかそういう気分であったか、院長の目は少女の顔ではなく、晒した白い脚に向けられた。
再度になるが、少女は十五も未だといった風貌である。
"下衆め、女であれば見境なしか"
お互いの内心は顔には出さず。
「おや、お早いのですね」
「──院長様も、早くからご苦労様です」
院長からは雄の匂いがした。
幸いにして狸帽の少女は、これまでそういった事で食い扶持を稼がねばならぬといったこともなく、身ぎれいなままで来られたが。
では全くの無知かと言えばそうでもなく、それが情事の後の男の匂いだと知っていた。
◇◆◇◆◇
"槍の雨号"停泊三日目。
少なからぬ銀を支払ったこともあり、狸帽の少女は聖教会"貫く信念"信仰の教会付属孤児院に宿泊を続けていた。
「で、傭兵さんは何故まだここに居られますか?」
「い、いやキミとは確かに行きずりだけど、なんか放っておけないというか」
狸帽の少女が疑わし気な目を向ける先。
赤茶髪の傭兵もまた、同孤児院に宿泊を続けていた。
流石に同室、というのはご遠慮いただいたが。
「他人の庇護を必要としていません。……泥酔後のことについては感謝していますが、もう大丈夫です」
「確かに君は大人びているし、大抵の事は一人で何とかしてしまうだろうさ。──でも今、このシュヴァイツは少しややこしいことになっていてね」
まるで言い訳でもするように。困ったように。
頭を掻きながら、傭兵。
「ややこしい、とは?」
「ええと」
少し、迷うような素振りの後。
「ここ数週間、この街を騒がせている"連続殺人犯"については?」
ぴくり、と、狸帽の少女の眉が動く。
「いえ。一昨日この街についたばかりですので。──確かに物騒な話ですが……」
行きずりの、それも年若い、というより幼いという方に是が傾く様な少女に付きまとう理由としてどうか。
暗にそう責める様な視線を向ければ、傭兵はいよいよ言いづらそうに。
「ここまで犠牲になったのは皆、十三歳以下の女性ばかり。先日の中央街のメアリに至ってはまだ十歳だった。いずれも命を奪うとは違う意味で暴行を受けていて、その、"連続殺人犯"は小児性愛者ではないか、と、言われている」
「──私が、狙われるかもしれないと?」
違う意味で暴行、という部分から、嫌悪の感情を隠しもせず顔を歪めて、狸帽の少女。
「犯人は流れの移住者で、散々この街で罪を重ねて、今日明日にも最後の犯行を行って、そして例の"国家間鉄道"に密航して逃亡を図ろうとしている……と、現地警察に目されている、らしい」
「…………」
「キミは女の子で、この街の住人ではないし、その歳で保護者もなしに一人で行動している。なんというか、キミの立場は犯人にとってとても"都合が良い"んだ」
「へぇ」
狸帽の少女は胡乱気な目を崩さないまま、しばし黙り込んで。
「で、一時同伴の好とはいえ、赤の他人に付きまとう理由はそれだけですか?」
そんな心無い台詞。
傭兵はいよいよ苦々しい顔。
根負けした様に溜息を吐き
「こいつが何物か、抜剣きもしないで看破した子供に、興味を持っちゃダメかい?」
そう言って腰の剣帯を指で軽く弾いて見せる。
「魔力知覚のできる者であれば、誰しも似た反応になるかと」
「"神器と呼ぶに等しい"なんて表現をしていた、よね?」
つまり、比較すべき神器に覚えがある、とも取れる。
今度は少女が根負けした様に溜息を吐く。
「──勝手にしてください。どのみち私は明日の朝にはこの街を発ちます。それまでで良ければ」
「奇遇だね。オレも明日の朝には街を出る手はずだよ」
そんな掛け合い。
傭兵が狸帽の無表情に耐えかねたころ、ポツリと。
「では、小児扱いについては不問とすることにします。よかったですね」
「ちょっ……!?」
女扱いには嫌悪を。さりとて子供扱いには不服を。
この年頃は扱いが難しいな、傭兵?
◇◆◇◆◇
「院を、出ようと思うの」
「──……」
今日も今日とて、布施を募る。
赤い髪の孤児は双子と組であるが、双子は昨日の鞭を理由に、起き上がれないと泣きごとを言った。
故に、今日は狸帽と二人で布施を募る。
向かいのベンチに赤茶髪の傭兵。少し、所在なさげに肩を抱いて震える。
嗚呼、今日も、雪だ。
赤い髪の孤児の言に、僅かに目を見開いて、狸帽の少女。
院を出てどう生き行くのか。表情だけで問う。
「わからない。でも私、貴女に勇気をもらったの。ルコちゃんはあたしと変わらないような歳で、一人で生きてる」
「それは……」
自分が相当に特殊なケースであることを、どう伝えたものか。
狸帽の少女が言葉を組み立てるうちにも、赤い髪の孤児は話を進めてしまう。
「院長様が、何か悪いことしてるんだってのは、なんとなく知ってる。でも布施のお金に手をつけたり、些事を許さない神様であればそも崇めるに値しない、とか私ひとりじゃ考えもしなかった」
「マリエル……」
「でも貴女を見ていて思ったの。もっと、自分で決めていいんだって。その、やけっぱちに聞こえるかもしれないけど……」
狸帽は内心で葛藤した。
自分の振る舞いが、他人をそうさせてしまったのかと。
「院を出て、行く当ては有るの? どこへ行って、何をするの?」
「停泊中の国家間鉄道に、"密航"しようと、思ってる」
流石の狸帽も目を見開いて、絶句。
赤い髪の孤児は少し苦い顔をして、つづけた。
「どこかでバレるとは思う。でも走り出してしまえば途中で投げ出されはしないと思う。報いは受ける。償って、それでも別の街へ行って、仕事を探す」
「……本気?」
実のところ、密航がバレたとして、次北の都市アレンフォートまで滞在が許されれば良い。しかしながら燃料以外にほぼ何もない補給中継点や寒村にたたき出されれば、その後の運命は推して知るべし、だ。
だが、孤児の決意は固いようだった。
「結果的に野垂れ死ぬことになるのかもしれない。でも私、今を変えたい」
「ルコちゃんはあれに乗って、北へ行くんでしょう? 手引きして、とは言わない。でも、もし車内で私を見かけても、黙っていてほしい。それだけでいいの」
狸帽は歯噛みした。
歯噛みして
「……わかった」
「怒らないんだね」
「否定も、肯定も、私にはできない。それは、貴女が、決めることだから」
「そんな風に言うと、思った」
少し寂しそうに、赤い髪の孤児は笑った。
Thebes:「車窓」エピソード
第12回
キャスト
狸帽の少女 ルコ・クロケット
赤茶髪の傭兵 リトア・ディフェンド
孤児院長 ラストン・ボゥウェイン
赤い髪の孤児 マリエル
茶髪の孤児 トマシュ
同じ顔のもう一人の孤児 ラヴィク
語り手 オレ
いいのか。少女。
雪国に降る雨号の乗車権はともすれば金貨に及ぶ。
孤児の密航がバレた時。"償うことを許されれば"良いが。




