~夏のしらべ~7
続いて研之介が向かったのは日本橋だ。布団屋の与ノ助を訪ねてみようと思ったのだ。与ノ助なら同じ商売人として、入佐吉からもう少し詳しい話を聞いているかもしれない。
しかし、日本橋の伊丹屋を訪ねて研之介は仰天した。
与ノ助は「布団屋」と言っていたが、それは謙遜して言った言葉だった。
伊丹屋は布団から呉服までを取り揃えている大店だったのだ。しかも看板には「御納戸呉服御用達」と記載されている。
夕暮れだというのに、店は大勢の客でにぎわっていた。研之介はのれんの外から中を覗いてみたが、客のほとんどは着飾った女性で、とても自分のなりで入っていく勇気はない。
「まいったな」
研之介は〇に伊の字を染め抜いた大きな日除け暖簾の外で、足踏みした。
そのとき、折よく小僧が店から出てきた。紺色の前掛けをして、手に火口を持っている。入り口の提灯に火をいれにきたらしい。
「小僧さん」
研之介は小僧が仕事を終えるのを待って声をかけた。
「あいすまぬ、与ノ助殿を呼んでもらえぬだろうか?」
「若旦那でございますか?」
小僧は研之介のよれよれの着物を見た。
「そうだ、俺……某は佐々木研之介と申す。名を言ってもらえればわかるはずだ」
この大店にこのなりではゆすりたかりの類と勘ぐられるかもと思い、研之介はあえて胸を張り名を名乗った。
小僧はあからさまに胡散臭そうな顔をしたが、「少々お待ちを」と店に戻っていった。
少々、というのは長すぎる時間だったが、やがてのれんの向こうからふくよかな顔が覗いた。
「ああ、佐々木さま。お待たせして申し訳ありません」
与ノ助は「こちらへ」と手を差し伸べ、そそくさと店を離れた。目の端に店から顔を出す小僧や丁稚の顔が見えた。
「どうも申し訳ございません。小僧が最初に佐々木さまのお名前を言わずにご浪人とだけ申しましたもので、店のものが怖がって引き止められてしまいました」
「いや、仕方がない、このなりではな」
店から十分離れた場所で、与ノ助は改めて頭を下げた。
「もしかして、あの子たちのことでございますか?」
「そうだ。実は今日、入佐吉の店に行ったのだが、会えなかった。入佐吉は子供らは元気でいると言っているのだが」
「さようでございますか」
「そなた、入佐吉から何か聞いているか?」
「それが」
与ノ助は顔を曇らせた。
「入佐吉さんは夏鈴ちゃんを吉原に戻したって言うんですよ」
「なに?」
研之介は驚いた。
「子供を育てるには金がかかると言って……」
「二人とも大切に育てると言っていたではないか」
「入佐吉さんは最初から夏鈴ちゃんを売る気だったのだと思います」
与ノ助はため息をつく。
「確かに子供を引き取らなかったわたしには何か言える立場ではないのですが、入佐吉さんはあんまりにも情がない」
「信吾は? 琴菊の子はどうなった?」
「会えないんですよ」
思わず目の前の肩を揺さぶったが、与ノ助はぷるぷると頬の肉を震わせた。
「あたしは二度、入佐吉さんの店に行ったんですが、二度とも会えませんでした。夏鈴ちゃんのことはその二度目に聞いたんです」
「俺には二人とも元気でいると言った。嘘だったんだな」
「信吾ちゃんはほんとに元気なんでしょうか?」
研之介の胸に、入佐吉の女房の目を見たときの冷えがよみがえる。もしや信吾はつらい目に遭っているのではないだろうか。
「お揃いだな」
低い声がかけられた。研之介と与ノ助は驚いて振り向く。そこに三人目の男が立っていた。
「あ、あなたは」
「紋次……殿」
「よしてくれ、殿なんて柄じゃねえ」
紋次は苦笑して首を振った。そのすぐ背後に若い男が控えている。彼も紋次と同じように目つきが鋭く、着流しの裾を帯に押し込んでいる。
「伊丹屋を訪ねてきたんだが、都合よくお侍もいるとはね」
「うちを?」
与ノ助ははっとして紋次を見返した。
「もしや入佐吉さんのことで?」
「そうだ。野郎、とんだくわせもんだぜ」