第14貸 意思と意志
セフィー達3人が12階層に上がった途端、むせ返るような鉄錆の臭いが鼻を突き刺し、顔をしかめる事になる。
周囲には至る所に壊滅したパーティーの冒険者のものであろう血痕があり、この場で凄惨な事態が起きた事が容易に分かる。
一番最初に12階層へ向かう冒険者と共に救護班が同行した筈なので、魔女に倒された冒険者達は既に運ばれていっただろう。
生死は不明だが、この血の量を見る限りは絶望的な気がする。
「少し場所を移そう。ここはちょっと酷過ぎる……」
ラースはリュクルスと接点は無いが、セフィーにとっては妹の様な存在であり、リューナルにとっては実の愛娘である。
階段付近では、リュクルスが、彼女の意思とは関係無くとも、あの凄惨な現場を作り出したという事実がまざまざと思い起こさせてしまう為、ラースはそれに配慮して場所を移動する事にしたのだ。
セフィーもリューナルもラースの気遣いに心の中で感謝しつつ、少しだけ離れた場所へと移動する。
「それでは、調べますね~」
リューナルが意識を集中させ、12階層を探査する。
12階層は魔女が現れた階層という事で、かなり多くの冒険者が派遣されていた。
そのおかげで熱源が多く、探査に時間が掛かっている様子だった。
「…これは~…違うわねぇ……えっと~こっちは~……」
セフィーとラースは周囲の警戒をしつつ、リューナルの探査結果を待つ。
この階層に多くの冒険者がいようと、今居る場所はモンスターが巣食う塔の中だ。
いくら高レベルといってもリューナルは探査に集中して魔力を相当消費しているし、セフィーは今、リューナルに全てのレベルを貸してレベル1。ラースもレベルを借りていないのでレベル10。
12階層の適正レベルは14なので、もし今モンスターに襲われたらひとたまりも無いだろう。
周囲はある程度見晴らしは良いとはいえ、木々に囲まれているので、何時何処からモンスターが現れるか分からない。
だから警戒を疎かにする事は出来ない。
「……こ、これは~……もしかして見つけたかもしれません~」
「よしっ…と言いたい所だけど、こっちも見つかってしまった」
リューナルが怪しい熱源を発見した直後、木々の間からクロウバットと呼ばれる、蝙蝠の羽を持つ烏の群れが姿を現す。
その数は5体。
「セフィーさん!急いでレベルの受け渡しを!リューナルさんは魔力を温存しておいて下さい!!」
ラースが指示を出しながらクロウバットに向けて空を駆ける。
オーガブレードと彼のスピードがあれば、セフィーがレベルを受け渡しする時間くらいは稼げるはずである。
「リューナルさん!手を!!」
「はい~」
リューナルの差し出した手をセフィーはしっかりと握り、レベルの返却を行う。
レベルが元に戻るのと共に魔力の最大値と現在値も上昇。
ありったけの付与魔法をラースに掛けて支援をする。
続けて自身にも付与魔法を施し、ラースの元へと急ぐ。
「ラースさん!加勢しますので、下まで誘き寄せて下さい!!」
現在ラースとクロウバットは上空に居る為、加勢しようにもこのままではセフィーの攻撃が届かない。
近くにある木を登れば届くかもしれないが、そんな不安定な場所では良い的になってしまう。
「いえ~、そんな必要はありませんよ~。『大地よ。その力を賦活させ、恵みの力を与えよ~。其の声に応え、悪意ある魂を縛り浄化せしめん~』エンタグルバインドぉ~」
リューナルが力ある言葉と共に発した魔法は、周囲の木々に活力を与え、枝が急成長する。
伸びた枝はまるで人の手のように空を飛ぶクロウバットを覆い包み、その動きを封じる。
「今のうちにやっちゃってくださ~い」
「ちょっとリューナルさん!魔力を温存して下さいって言ったじゃないですか!」
ラースはリューナルを嗜めつつ、出来た余裕でセフィーからレベルを借り受ける。
そして一呼吸で枝に絡まれ動けない5体のクロウバットの脇をすり抜けていく。
地面へ降り立ち、オーガブレードを鞘に収める音が鳴ると同時に、5体のクロウバットの身体はほぼ同時に両断される。
セフィーを除外すれば、レベル22とレベル28で平均レベルは25である。
この2人がいれば12階層の敵など瞬殺だった。
「ふふふ~。これでも一時期は19階層まで上り着いたパーティーの1人ですよ~。この程度の支援くらい問題無いわよ~」
「ですが……」
「それよりも戦闘が長引いて~、リュクルスがどこかに行ってしまっては意味がありませんから~」
何かを言おうとしたラースだったが、リューナルの方が正論だったので、自身の言葉を飲み込む。
確かに今回の目的はモンスターを倒す事では無い。
リュクルスを見つけ、助け出す事だ。
それに体力と魔力の現在値は最大値と現在値の割合から算出される事がここ数日の検証で分かっている。
体力や魔力の現在値が最大値の半分だった場合、レベルが高かろうと低かろうと、そのレベルの最大値の半分になるので、魔法を使用する際は高いレベルの時に使用した方が効率が良いのだ。
リューナルは確かに階層探査で相当な魔力を消耗しているが、それでもまだ6割近く残っている。
魔力は時間経過と共に回復するし、最大値が高ければ高い程、その回復時間も早いので、温存しなくても大丈夫と思ったのだった。
「確かにリューナルさんの言う通りですね。折角、戦闘も早く終わったんだし、先を急ぎましょう。早くリュクルスちゃんを助け出してあげないと」
セフィーの言葉にラースとリューナルは頷き、12階層の奥へと進む。
そこで待ち受けているものが何かを確かめる為に。
* * *
火炎魔法の攻撃をなんとか耐え凌いだ剣士だったが、続けて放たれた大地を走る電撃によって身体は痺れ、思うように動けなくなってしまう。
片膝を付くだけで留まったのは背後に守るべき仲間がいるからか、冒険者の意地か。
剣士はキッと正面にいるであろう魔女を睨む。
その姿はぼやけていて人影が分かる程度だが、そこから発せられる膨大な魔力だけは肌で感じ取る事が出来た。
「くそっ、この魔女…いや化物め……」
動く事すらままならない剣士の頭上に冷気が集まっていき、巨大な氷柱が生み出されていく。
あんなものに貫かれたらひとたまりも無いだろうが、彼のパーティーには動く力が残っている者は誰もいない。
なんとか命は取り留めているようだが、自分が死んだ後には、他のメンバーも次々と止めを刺されてしまうだろう。
もし気紛れで魔女が止めを刺さなくても、モンスターの巣窟で戦闘不能状態であれば結果は変わらない。
「ここまで……か……」
地上で待っているであろう婚約者の顔を思い出しながら、生きる事を諦めた剣士の意識は遠退いて行く。
意識が途切れる直前、誰かの叫び声が聞こえた気がするが、彼にはそれを確かめる余力は残っていなかった。
「『大気を巡る赤き流れよ~。我らが前に立ち塞がる熱き壁となり、魔の力を減じる力となれぇ~』フレイムウォ~ルゥ~」
「ラースさん!今のうちにあの人を!!」
剣士に向けて落とされた氷柱をリューナルが炎の壁を生み出して受け止める。
氷と炎が爆ぜ、蒸気が巻き起り、辺りを白く包み込む。
その間にラースが最速で剣士まで向かい、体当たりするように氷柱の射程外まで突き飛ばす。
直後にラースの背後で、炎の壁を突き破った氷柱が地面を穿つ。
ラースが突き飛ばした剣士は壁にもたれてぐったりとしているが、意識を失っているだけのようだ。
突き飛ばしたせいで怪我はしたかもしれないが、命を失う事に比べれば全然軽いといえよう。
「間一髪でしたね」
周囲を見回すと3人程が倒れているのが見える。
まだ息はあるようだが、介抱している余裕はなさそうだ。
「リュクルスちゃん!」
「リュクルス~!」
セフィーとリューナルが人影へ声を掛けている中、ラースは周囲を警戒する。
ここに来る間も魔法による爆発音等が相当響いていたので、モンスターが音に引き寄せられて集まってくるかもしれない。
その前になんとかなれば良いが、どうなるかは分からない。
緊張した面持ちで彼は行く末を見守る。
「……お姉…ちゃん……お母…さん……」
人影からか細い声が聞こえてくる。
それと同時に人影を覆っていた霧のようなものが晴れていく。
そこにはその声の主である少女の姿があった。
あどけないが整った顔。
妖精族であるリューナルから受け継いだ特徴ある耳。
そして左右の耳の上辺りでまとめられた紫色の長く細い髪の毛。
紫色の紐のようなものを見たという証言があったが、その正体はこれの事だろうと理解する。
「リュクルスちゃん!私達の事が分かるの!!」
「…セフィー…お姉ちゃん……助け…て…………」
「うん!今すぐ助けてあげ…」
「…とでも言って欲しいのか人の子よ?」
リュクルスの意識がまだあるという事に希望を感じたセフィーだったが、その後の感情の感じられないリュクルスのものとは思えない言葉にセフィーは戦慄を覚える。
「お前達の事はこの娘の記憶を読み取って知っているぞ。セフィーお姉ちゃん。そしてお母さん」
声はリュクルスのものなのにとてもおぞましいものを聞いている気分になる。
「やっぱり~、完全に操られているようね~」
「操るとは異な事を。この娘はこの塔の頂きに到達する為の力を欲し、我を求めたのだ。娘は力を、我は肉体を求め、互いに利を得たに過ぎぬ」
魔導書に限らず、魔力を持つ武具や道具は意思を持つ事があるという。
この理屈はモンスターと同じだ。
モンスターは魔力の籠った人形だという説があり、魔力そのものが意志を持ち、人形たるモンスターを動かしている。
人形であるから血が出る事も無く、人族にとって致命傷となり得る攻撃を受けても体力が残っている限り動き続ける事が出来るとされている。
人族が魔力を体内に溜め込んでも魔力の意思に乗っ取られないのは、膨大な魔力を経験値に置き換えて、レベルアップという魔力の意思に対する抵抗力を身に付けたからだと、地上世界の学者は説明している。
だがその抵抗力が無い、あるいは低いものが膨大な魔力を体内に受け入れてしまったならどうなるか。
それが今現実に目の前で起きている事象だった。
「この娘の願いを聞き届ける事が我に課せられた使命。それを邪魔する者は全て消し去ってくれよう」
リュクルス、いや魔女は歌うように詠唱し、頭の上に巨大な火の玉を生み出す。
その大きさは大人1人を包めるほど大きく、太陽のように眩しい輝きを放っている。
「お母さんとお姉ちゃんは苦しまない様に一瞬で消してあげるから安心していいよ♪フレイムボール!」
魔女の可愛らしくも禍々しい力ある言葉と共に巨大な火球が振り下ろされる。
フレイムボールは火属性の一般魔法の中でも最初期に覚える魔法だ。
普通の場合は拳大の大きさであるが、これ程の大きさと熱量を持つ魔法をフレイムボールと呼んで良いものだろうか。
下手をしたら上位魔法であるフレアボールよりも高い威力に思える。
「リューナルさん!!」
セフィーは咄嗟にリューナルに飛び付き、手を握ってレベルを貸し与える。
リューナルはセフィーが飛び付いた直後からフレイムウォールの詠唱を始め、レベルの上昇が完了すると同時に魔法も完成する。
「フレイムウォ~ル!!」
巨大な火球に対抗する為、魔法拡大で何倍にも拡大させ、更に何層も重ねて炎の壁を展開する。
レベルが上がり魔力量が増えたにも関わらず、ごっそりと魔力が消費される。
フレイムウォールは接触したものの魔力を相殺して攻撃を防ぐ魔法である。
にも関わらず、1層、2層と炎の壁を消滅させているのに火球の威力は衰える気配を見せない。
「くっ!2人とも僕に捕まって!!」
ラースは低空を滑空し、セフィーとリューナルに手を差し出す。
2人が掴んだのを確認すると力の限り、火球から離れる様に飛ぶ。
その直後に最後のフレイムウォールが破られ、フレイムボールが地面で炸裂する。
轟音と熱風が荒れ狂い、周囲の木々を薙ぎ倒す。
直撃は免れたものの、その余波はラース達に襲い掛かり、吹き飛ばされる。
茂みに吹き飛ばされたおかげで軽い怪我で済んだセフィーがいち早く起き上がり、周囲の状況を見回す。
近くにはリューナルが倒れているが、呻き声が聞こえるので意識はありそうだ。
だが左の義足が根元から折れており、これでは杖を支えに立ち上がるだけで精一杯だろう。
「セフィーさんも無事みたい…だね……」
頭上からラースの声が聞こえ、仰ぎ見ると木の枝に絡まれて宙吊りになっているのが見えた。
熱風の余波をまともに受けたのだろう。
背中の翼は焼け焦げて、所々赤く濡れている。
「もう。折角苦しまない様にしてあげようとしたのに避けちゃ駄目じゃない。あっ、そうか苦しい方が好きなんだね」
魔女は、楽しそうな笑みを浮かべる。
その笑顔は、まるで新しい玩具を与えられた子供のよう。
「そもそも私達は死ぬ気なんてない!絶対にリュクルスちゃんを助け出すんだからっ!!」
セフィーは力一杯叫ぶ。
絶対に諦めないという意思表示ではあるが、それは同時に虚勢と自身を鼓舞する言葉でもあった。
こうでも言わないと意思とは関係なくこの場から逃げ出してしまいそうだった。
それ程、魔女は全てにおいて圧倒的なのだ。
だが、今の魔女、いやリュクルスの姿を目の当たりにして、見捨てて逃げ出す事などセフィーには出来なかった。
動けないリューナルから貸し出していたレベルを戻してゆっくりと立ち上がり、魔女に顔を向ける。
「威勢だけは良いみたいだけど、お母さんもセフィーお姉ちゃんも、そしてそこの鳥の人もすぐに殺してあげるよ。ううん、さっき言った様にじわじわと苦しめて、最初に殺されていれば良かったって後悔させてあげるよ。楽しみだな~♪」
リュクルスの顔と声でそんな事を言われると怖気が走るが、もうセフィーの心には魔女の言葉は届かない。
彼女の視線はその瞳にしか集中していない。
セフィーは視線を逸らさないまま、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「楽しいと言っているのに、何故あなたは泣いているの?」
「泣いている?誰が泣いているというの?」
「うん、そうだよね。大好きな人を自分の手で傷付けるのは心が痛いよね。泣き出したくなるよね……」
「だから一体何を言っている!誰と話をしているのだぁ!!」
魔女の言葉を無視して言葉を続けるセフィーに苛立ちを感じた魔女が無数の風の刃を周囲に生み出し、セフィーへと放つ。
頬を腕を足を、風が切り裂いていく。
だがセフィーはお構いなしに更に一歩前へと進む。
「自分の頬を触ってみなさい。それが何か、リュクルスちゃんの記憶があるなら、あなたには分かるはずよ」
セフィーに言われて魔女が頬に自身の手を当てる。
そこは濡れていた。
そして今も、瞳から溢れ出るもので濡れ続けている。
「我が…私が……泣いている…だと?」
魔導書によって身も心は操られているかもしれない。
だがリュクルスの意思は今もまだ抗い続けているのだ。
それが分かったからこそ、セフィーも希望を捨てずにここに居る。
「ラースさん、リューナルさん。援護して下さい。リュクルスちゃんを助け出します」
セフィーが静かな口調で背後の2人に声を掛け、更に一歩を踏み出す。
風の刃が肩口を裂き、纏っていたマントローブが外れ、宙に舞う。
マントローブが風に煽られ、そして刃の1つで切り裂かれる。
その奥からオーガブレードを手にラースが飛び出す。
翼の痛みを堪え、無理矢理に羽ばたかせ、魔女へと迫る。
「そのような攻撃など届かない!グランスピア!!」
魔女の正面の地面が盛り上がり、岩で出来た鋭い槍がラースの片翼を貫く。
バランスを崩したラースが魔女の脇をすり抜け、後方の木の幹にぶつかる。
だがラースの行動のおかげでセフィーを襲っていた風の刃は消え失せている。
補助魔法のように効果を発揮している時間が長い魔法と違い、対象を攻撃する攻撃魔法は詠唱の都合上、同時に別々の魔法を使用する事は出来ない。
ラースの特攻に魔女が別の魔法を使用した為、セフィーの動きを妨げていた風魔法が消えたのだ。
即座に魔女に向けて駆け出す。
「来るな来るな来るなぁ~!!!」
強い意志が宿ったセフィーの瞳に見つめられ、魔女は恐怖を感じていた。
無限とも言える魔力を持ち、強大な魔法を繰り出す魔女を相手に何故そんな目が出来るのか。
これまで戦ってきた人族は、皆、この力に恐怖と畏怖を感じ、絶望に打ちひしがれていた。
そして最後には必ず、他の誰かを蹴落としてでも醜く逃げようとするか、自分だけは助けてくれと懇願するかのどちらかだった。
「何故怯えぬ。何故逃げぬ。何故絶望せぬっ!たかが小娘1人の為に何故自らの命を危険に晒す!!」
魔女はリュクルスの口調を真似る事も忘れて叫ぶように言葉を放つ。
同時に無数の氷の矢を周囲に生み出し、セフィー目掛けて撃ち放つ。
だがセフィーは臆する事も避ける事も考えずただ真っ直ぐに走る。
「させませんわ~!」
リューナルが残った魔力を注ぎ込み、セフィーの周囲にフレイムウォールを展開させ、氷の矢は炎の壁に遮られ次々と蒸発していく。
そして遂にセフィーは魔女の目の前まで詰め寄った。
身体には無数の切り傷が刻まれ、赤く染め上げている。
革の胸当ても固定具が切れ、いつの間にか外れている。
結っていた赤い髪も解け、半ばから切れている。
顔は泥と血で汚れ、誰が見ても満身創痍の様相だ。
だがその瞳だけは力強い意志を宿して、真っ直ぐとその顔を見つめ続ける。
「命を賭けてでも助けたい。ただそう思っただけよ。リュクルスちゃんも、そしてあなたも……」
涙に濡れている魔女の瞳を見据えながら、セフィーはその手を優しく握る。
そして自らの思いを全て注ぎ込みながら語りかける。
「リュクルスちゃん。あなたの夢はただ地上の空を、太陽を見たかっただけ?違うでしょ。自分の力で地上に出て、その目で、その心で、空を、太陽を、あなたが知らない全てを感じる事じゃなかったの?」
言葉と共にセフィーの身体からレベルという名の力が抜けていく。
「約束したじゃない。冒険者になったら一緒に冒険しようって。そして一緒に地上に行こうって」
「……お姉ちゃん……セフィーお姉ちゃん…………私…私は……」
リュクルスのレベルが強制的に上昇していく。
それと同時に彼女の意識も浮上して来る。
「……ごめんなさいごめんなさい……セフィーお姉ちゃん……ごめんなさい……」
泣きじゃくるリュクルスがセフィーの胸に顔を埋めて、ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。
その拍子に懐に仕舞っていた古い魔導書が零れ落ち、地面へと落ちる。
同時に胸の中で泣きじゃくっていたリュクルスの身体が弛緩し、セフィーは慌てて抱き締めて崩れ落ちるのを防ぐ。
そして自身の身体に力が戻ってくるのを感じながら、大きく息を吐く。
「なんとか賭けには勝ったみたい…ね……」
リュクルスの温もりを胸に感じながら、セフィーの意識は途切れていく。
(あっ…皆の怪我を回復させなく…ちゃ……)
最後にラースとリューナルの事を気に掛けながらも、そこでセフィーの意識は闇に閉ざされていった。
* * *
セフィーが目を覚ましたのはセブンスヘブンの治癒院のベッドの上だった。
セフィーが意識を失った後、戦闘の音を聞きつけた他の冒険者によって彼女達は助けられたのだ。
丸1日眠っている間に全ては解決していた。
この戦いで一番軽症であり、冒険者支援協会長のルーナと昔馴染みであるリューナルが色々と動いた結果だった。
幸いな事にアクアミラージュという水の防護壁を張っていたおかげで、その姿が霞み、セフィー達以外で魔女の姿をしっかりと見た者が居なかった為、リュクルスが魔女であったという事は広まっていない。
ルーナには隠さずに話したが、リュクルスが未成年である事、魔導書に操られていた事を考慮して、罪に問われる事は無かった。
その代わりに魔導書の原本は冒険者支援協会の管理の下、厳重に封印される事になった。
不慮の事態が起きない限り、その魔導書は永遠に陽の目を見ることは無いだろう。
「そういえば~、あの時はどうやってリュクルスを助け出したのですか~?」
セフィーが意識を取り戻した翌日。
迷惑を掛けたお詫びとして、リューナルはセフィーとラースを家に招いていた。
リュクルスは大事を取って今日も父親と共に治癒院に泊まっている為、今日は3人だけだ。
そして今、お詫びの1つである夕食を囲みながらリューナルが、あの時の事を尋ねる。
「え~っと、リューナルさんが言ってましたよね。あの魔導書は一般魔法の原本だって。そしてこうも言ってました。レベルが低いと魔導書の魔力で操られるって。それで思ったんです。レベルが高くなればリュクルスちゃんの意識が戻ってくるんじゃないかって。正直に言えば賭けだったんですけど、結果的に上手くいって良かったです」
全く確証が無かったわけではないが、成功するかどうか未知数だったのは事実だ。
身体を操られながらも、頑張って抗い続けていたリュクルスの強い意志に気付かなければ、思い付かなかった方法だったし、一般魔法の魔導書だったから、成功したとも言える。
一般魔法はセフィーのような特殊な素質の持ち主で無い限り、基本的にレベル10になるまでの間に覚えることが出来る魔法だ。
だからレベルが10を越えれば抗っていたリュクルスの意志も強くなり、魔導書の意思に打ち勝てるのではないかと期待したのだった。
「もし失敗してたら魔女を強くしてただけに終わっていた可能性もあったんだ……」
「け、結果的に成功したんだからいいじゃない!」
今更になって分の悪い賭けに乗っていた事にラースは大きく溜息を吐く。
セフィーは口を尖らせるが、実際そうなってもおかしくは無かったのだ。
「でも~、その機転のおかげで~リュクルスが助かった訳ですし~。それに誰も死ななくて良かったです~」
「うん。操られてたと言ってもその手で人を殺めてしまっていたら、心に消えない傷が残るもんね」
幸いな事に最初に襲われたパーティーも、セフィー達が助けた剣士のパーティーも命を取り留めていた。
冒険者として復帰できるかは分からないが、命さえ残っていればなんとでもなるだろう。
「2人とも~、改めてありがとうございますね~」
食後、リューナルは改めて2人に頭を下げる。
そして2つの包みを取り出し、それぞれ2人の前に差し出す。
「これは~、私からの感謝の気持ちです~。受け取って下さい~」
リューナルに急かされ、包みを開いた2人は目を瞠る。
「こ、こんなの受け取れません」
「そうです。こんな高価なもの……」
「いいのいいの~。感謝の気持ちって言ったでしょ~?それに~、私が昔使っていたお古で~、売り物には出来ない代物だから、あんまり気にしないで~」
セフィーが渡された包みの中には、ワイン色の上半身を覆うくらいの丈のハーフローブが入っていた。
見た目は年季の入った何の変哲も無い質素なローブだが、内側には隠すかのように魔方陣が描かれているのが分かる。
それは吸魔のローブと言われる魔導具だった。
描かれた魔方陣は周囲に漂う魔力を集めるもので、これを着て歩いているだけで魔力の回復が早くなるという優れものだ。
一方、ラースの方の包みは左腕だけの金属製のガントレットだった。
金属というだけでアンダガイナスでは高価なのに、このガントレットに使われている金属はミスリルと言われる地上世界でも希少な魔法金属で出来ていた。
オーガブレードでも切断出来ない程の硬度を持ち、装備者が力ある言葉を唱えるだけで、魔法の素質が無くてもガントレットの周囲に魔法障壁を発生させることが出来る一品だ。
どちらも送り主に気にするなと言われても、気にしない訳にはいかないほどの代物だ。
「あなた達に受け取って欲しいんです~。私が成し得なかった地上に行くという夢を~、いつかリュクルスと共に歩んでくれるあなた達に託したいんです~」
そう言われては受け取るしかない。
セフィーは苦笑しつつ頷く。
「分かりました。ありがたく使わせて頂きます。そしていつかリュクルスちゃんが冒険者になったら、その時は彼女に渡したいと思います」
セフィーの返答に今度はリューナルの方が苦笑を浮かべる。
暗に預かるだけでいずれ返すと言っているようなものだが、リューナルは笑顔を浮かべただけで何も言わない。
既に上げたものだ。
その後に誰に貸そうが渡そうが自由だ。
例えそれが自分の娘だとしても。
だからリューナルは目の前の若き2人の冒険者に感謝する事しか出来ない。
そしていつかこの2人が塔の頂に登り、地上世界へと到達する事を心から願うのであった。
* * *
こうして彼と彼女の冒険の1つは終わりを告げた。
だが2人の物語はまだ終わらない。
冒険者であり続ける限り、彼と彼女の前には冒険があり、後ろには物語が生まれ続ける。
だから2人の背中を追い続けたいと思う。
それが私の出来る唯一の恩返しだと信じて……。
― 冒険記者 リュクルスの手記より抜粋 ―
今回で第1章は終わりです。
前回の後書き通り、暫くは機兵技師の方に集中します。
更新を再開する際は活動報告の方で告知したいと思っていますので、宜しくお願い致します。




