第8話 とっとと消えてください。目障りです
「リノ、油断するな。まだ終わっていない」
「やだなぁ分かっていますって、クーさんは説教臭くて困ります。まるでお母さんのようですね」
「誰がお母さんだ」
トンと軽い音を立てて地面に降り立ちリノと会話を始めたのは、先ほど槍を投合したであろう獣人の女性、クー。
「とは言え、大ピンチに颯爽と現れた美少女の援軍! これは勝利フラグ。間違いないですっ」
「ま、確かに負けるつもりは無いがな……ところで大丈夫だったか、二人とも」
いつの間に回収したのか。手にした槍をくるりと回して構えなおしたクーは、こちらの様子を伺った。
「大丈夫……とは言いがたいな。遅いぞ、二人とも」
突然現れた二人に向かって、満身創痍のダグラスが声を掛ける。
この二人はダグラスの知り合いのようだ。
という事は、この二人がダグラスの仲間か。タイガはそう判断した。
「すまん、入り口がどこかわからなくてな。誰かさんがでっかい穴を空けてくれたからようやく中に入れた」
「地下で爆発魔法を使うなんて、とんだ脳みそクルクルパー野郎もいたものですね。ビンタしたいです」
「仕方ないだろ……圧倒的な格上が相手なんだ。あれが俺の放てる最大威力の攻撃だった。ビンタは勘弁してくれ」
先ほどの一撃の威力に圧倒されていたタイガが、声を絞り出す。
ビンタしたいとか軽く言っているが、地面が揺れるほどの拳を放つ少女の攻撃だ。
タイガが喰らえば頭が吹っ飛ぶ、スプラッタ間違い無し。
正直、勘弁してほしい。
タイガは回復魔法を発動させ、傷を癒す。
ダメージが大きい。復帰するまでに相当な時間が掛かるだろう。
ダグラスの方も回復が必要だ。元々がタイガより頑丈なためか、なんとか立ち上がっている。が、傷自体はダグラスの方が酷い。
「二人とも怪我が酷いな、回復を……あれ、椿は?」
「椿さんならあそこですよ」
リノが空を指差す。
そちらに目をやると、ふよふよと浮かびつつゆっくり降りてくる狐耳少女の姿が眼に入った。
全員が椿を見上げると、椿は巫女服の裾を抑えながらバツが悪そうに叫ぶ。
「ちょいちょい、私はこの高さから飛び降りるとか無理だから。置いていくなっ!」
「ああすまん。だがこれぐらいの高さなら、椿でも飛び降りられると思うぞ?」
「いやいや、怖すぎるから。いくら体が強靭になっても、人の心はそう簡単に変わらないよ」
ある程度の所まで降りてくると、椿と呼ばれた少女は思い切って魔法を解除し地面に降り立……地面に激突する。
手を突いたが落下の勢いを殺しきれず、頭を地面に思いっきりゴチンと打ち付ける椿。
「どおおおおおおおお!? 頭が割れる様に痛いぃぃぃぃぃっっ!!」
椿は苦悶の声を上げて頭を押さえ、地面を転がった。
さんざん転げまわった後、自分に回復魔法を使いなんとか立ち上がる。
「超痛かった……やっぱ無理じゃん、思いっきり頭打ったよ! これ以上馬鹿になったらどうしてくれる!」
「……うん。やっぱり、いきなりチャレンジはよくないな」
「というか今のは、中途半端に怖がって体を丸めたのが良くなかったと思うのですが」
「仲間からの目が冷たいぜ……この超人どもめ」
やけくそ気味に叫んだ椿はそのまま両の手を広げて魔法を発動する。
これは、回復魔法だ。それも超強力な。
「グロリアス・ヒーリング!」
地面に描かれた魔法陣から放たれる光が周囲を照らし、タイガとダグラスを包む。見る見るうちに傷が塞がっていく。
相当高位の回復魔法。おそらくは最高クラスのスキル。
リノとクーも、先程の一撃を見ただけで相当強い事が理解できる。
明らかにタイガを上回る強さ。ダグラスの仲間でもあるし、相当な高レベルなのだろう。
タイガは体を動かし、感蝕を確かめる。
失った体力はそう簡単に戻らないが、怪我はほとんど消え去った。
「ありがとう、もう大丈夫だ。あと、さっきの一撃もサンキューな。助かったよ」
「なに、礼にはおよばん。うちの前衛と一緒に戦ってくれたようだしな」
「お礼はお金でいいですよ。感謝の気持ちはお金に変換でき……あいたっ」
槍の石付きでリノの頭をゴチンと叩くクー。
ずいぶんと気の抜けた会話をしている連中だが、しかし敵が消えた先から視線は逸らしていない。油断はないようだ。
「さて、準備も整った事だし……続きといこうか?」
クーが槍を構える。
槍を向けた先には、崩れた壁を乗り越えこちらに歩み来るアンヘルの姿。
右腕がずたずたになったはずだが、今見ると既に傷が消えている。防御が硬い上に再生力も高い? 冗談みたいな奴だ。
アンヘルはリノとクーを交互に見やり、納得したような顔をした。
「見た顔だな。当代の調律師に、いつぞやの獣人か」
「おや、覚えていてくれてるとは思わなかったよ――確かお前は、最後にこう言ったな。『踊れよ道化。踊り続けねば、一矢報いる事すら叶わん』……だったか? ま、私は一矢報いるぐらいで済ますつもりはないがな」
「ふ……はは。これはいいな、こういう展開は心躍る。ヴィクターには感謝せねばならん」
アンヘルが笑い、両手を広げる。
周辺にあった瓦礫が消し飛んだ。
剣呑な空気の中、アンヘルが宣言する。
「さぁ、掛かって来い。無限の時を生きるこの俺に、恐怖を感じさせてみせろ」
◇◇◇
「敵は神人、かなりの強敵だ。通常の手段では、よほどの威力がないと攻撃が通らない」
クーは、チラリとリノの方を見る。
「つまりは、私の出番という事ですね」
その視線に答え、リノは拳をつき合わせて笑みを浮かべた。
可愛い顔に似合わぬ獰猛な笑み。まるで肉食獣のようだ。
「さっき見た通り、リノは敵の力を無効化にできる。リノがこちらの切り札だ。椿は支援。私とダグラスが攻撃を防ぎ、隙を突いてリノが敵の守りを崩す。そこからが本番だ」
「タイガは、僕達と敵の距離が開いた隙をついて攻撃をしてくれ。おそらく敵の攻撃にカウンターを合わせるような形になるだろう
「わかった」
クーに続いて発言したダグラスの言葉に、タイガは同意する。
この場にいるメンバー全員の戦力を把握しているのはダグラスだけだ。
クー達とタイガの戦力を互いに確認している時間は無い。そのため、ダグラスがタイガの役割を決める事にした。
手早く役割分担を終えたタイガ達は、アンヘルの動きに集中する。
言葉を発する事で攻撃を仕掛けてくる敵。魔力の動きは感じないが、魔法使いに近いタイプだ。
セオリー通りなら、接近戦に弱い可能性が高い。
まず動いたのは、リノ。
予備動作すらほとんど見せない高速移動。軽く地面を蹴ったかと思うと、次の瞬間その姿は幻のように掻き消えていた。
リノが姿を現したのは、アンヘルの背後。
「ッッ!?」
「かかったなマヌケが!」
驚愕の表情を浮かべて振り返ろうとしたアンヘルだが、もう遅い。
切り札宣言していた相手の、まさかの初手突撃である。
意表を突かれたアンヘルは回避できず、すんごい嬉しそうに敵を罵倒するリノの掌底をその背に受けた。
そして、再びその身に纏う障壁が消え去る。
「やはり、俺の力を超えるか……! なんとも因果な再会よな。貴様は確かに俺の天敵だ。俺の道をことごとく塞いでいく」
「スカしてんじゃねーです。鬼のように恐ろしい鬼教官殿にフルボッコにされるといいです」
「だれが鬼だ」
閃光のように鋭い一撃がアンヘルの肩を掠める。リノ同様の神速移動を見せたクーの攻撃。
初撃こそ回避したが、それ以降の攻撃は回避できないと見たのか、右腕・右脚を犠牲にして致命傷を防ぐ。
クーの槍は、アンヘルの右半身を容赦なく貫いていった。
「なめるな餓鬼共!」
アンヘルの怒りと共に、飛び散ったアンヘルの血がまるで鞭のように襲い掛かる。
だが二人は敵が攻撃の気配を見せた瞬間、ダグラスの背後まで退避していた。
「タワーディフェンス!」
そして血の鞭は、ダグラスの盾にすべて防がれる。
先ほどまではアンヘルの攻撃を防ぎきれなかったダグラスだが、今は状況が違う。
高位プリーストである椿のフル支援を受けたダグラスは、そのポテンシャルをいかんなく発揮していた。
適切な支援を受ければ、その耐久力は数倍に跳ね上がる。
「ヴァーミリオン!」
そして、タイガの攻撃がアンヘルに迫る。
雷系の最高位魔法。数十にも及ぶ雷がアンヘルの周囲に降り注ぎ、その身を焦がした。
身を屈めてなんとか耐えるアンヘルだが、このままでは押し切られると判断したのだろう。
今までの待ちの姿勢を崩し、タイガ達の周囲を回り込むようにして走りながら、次の攻撃を繰り出そうと手を掲げる。
しかしその行動は、タイガの罠の餌食となった。
「クリエイト・ゴーレム!」
タイガが生み出したのは、小さな腕が一本のみ。
ゴーレムと呼んでいいのか疑問符を浮かべるような初級魔法。
だがこの場では、絶大な効果を発揮する魔法だ。
「ぐおっ!?」
石でできた腕に足を取られ、転倒するアンヘル。
タイガは心の中でガッツポーズを取った。
してやられたアンヘルは、頭の中をグツグツ煮立たせる。
小さなゴーレムを踏み潰しつつ立ち上がろうと、地面に手を突いた。
そこに、タイガの追撃が降り注ぐ。
転倒していたのだ、回避などできようはずもない。
アンヘルは、攻撃ではなく防御にその力を割く事となった。
「盾よ!」
周囲の瓦礫を持ち上げ、魔法を防ぐ盾とする。
アンヘルは歯噛みした。屈辱に身を震わせる。自身の守り、アイギスではなくこのような原始的な守りに頼るなど、許されない事だった。
だが、一度消されたアイギスは即座には復帰できない。十秒もあれば復活するだろうが、戦闘において十秒は致命的な長さだ。その間に決着がついてもおかしくない。
「消し飛べ!」
リノ、クーが接近してくると予想し、アンヘルは周辺を無差別に攻撃する。
周囲を舞っていた瓦礫が、無数の弾丸となって飛び散った。瓦礫が消え去る事で、視界がクリアとなる。
アンヘルの読みは間違ってはいなかった。
たしかに敵は接近してきていたのだ。
ただし、上からだが。
音も無くアンヘルの背後に降り立つクー。
そして、アンヘルの頭の上に降り立つリノ。
「あんだけカッコつけてたのに、すっ転んでオロオロするとか超かっこ悪いですね。笑えます、腹がよじれます。嘲笑していいですか? プギャー!」
リノは全身全霊を掛けてアンヘルを嘲笑した。
相手の冷静さを奪う作戦か、それとも素か。
苛立ちを隠そうともせずリノに攻撃するアンヘル。
だがリノは、単調に過ぎるアンヘルの攻撃を簡単に回避する。
ガキンと音が響いた。
クーの攻撃が、アンヘルの盾に防がれたのだ。
その槍は、アンヘルの首筋をわずかに切り裂いた所で静止していた。
「ぐっ……!」
アンヘルの額に冷や汗が浮かぶ。
あと少しでもアイギスの復活が遅れていたら。あと少しでもクーの槍の威力が上だったら。
今の一撃で、首が落とされていただろう。
「惜しい。――さっきから防戦一方だな? 五人がかりですまんが、このまま押し切らせてもらう」
再びアンヘルの無差別広範囲攻撃。
だが、今の一撃はタイガでも簡単に予想できた。
ダグラスの盾に守られ、タイガ達は誰一人傷を負うことなくアンヘルの攻撃を乗り切る。
アンヘルの猛攻を受けダグラスに掛けられた支援魔法が剥がれ落ちていくが、即座に椿が魔法を掛けなおす。
再びリノの姿が掻き消える。
だが、今度ばかりはアンヘルも即座に対応した。現れたリノに対し回し蹴りを放つ。
リノは身を低くして回避。そして、起き上がりつつアンヘルの腕を取った。
「喰らえ、調律師よ!」
だが、アンヘルの血の刃がリノに襲い掛かる。
これに対し、リノは。
「金剛不動!」
真正面から受けて立つ事にした。
かなりのダメージを負ったが、スキルにより大幅に増した耐久力で強引に防ぐ。
「捕まえた」
リノが拳を構えた。
腕を掴まれたままのアンヘルは、逃げようが無い。
「神打・八卦掌!」
吹き飛ぶ事もできず、その身に連打を受けるアンヘル。
悲鳴を上げる事もできず、肺の中の空気をすべて吐き出した。
アンヘルを中心に、地面が陥没していく。打撃の衝撃だけでこの結果。地盤が既に崩壊しているためか、それともリノの攻撃の威力が強すぎるためか。
だが、アンヘルの目はまだ力を失っていない。
その身に破壊の一撃を受け続けようとも、次の攻撃を放つために集中する。
さすがに連続で攻撃を受けるわけにはいかない。リノはアンヘルを解放し、その場を離れた。
しかし。
アンヘルが放った攻撃は、今までと規模が違った。
大地が隆起する。そのすべて槍へと変えて、タイガ達に襲い掛かる。
「――ッ!? クリエイト・サンド!」
慌ててタイガが魔法を使う。大地を砂に変える魔法。落とし穴を掘る際に使用する魔法だ。槍が迫る前に砂に変えて、攻撃を防ぐ。
しかし、いくらタイガといえども数十メートルに及ぶ範囲を全て砂に変える事はできない。守れたのは、仲間のいる周辺数メートルの範囲のみ。
タイガ達は、まっすぐ上方に突き上げられた岩の槍に囲まれた。
そして、次の瞬間。
それらの槍は急遽として方向を変え、タイガ達へと襲い掛かる。
三割ほどがタイガ達の行動を制限するように。そしての残りのすべてが、リノへと襲い掛かる。
広範囲の攻撃だったが、最初から狙いはリノ一人だったのだ。
さすがのリノといえども、全方位から襲い来る槍を全てを回避することは不可能だ。ほとんどを回避したが、とうとうリノは脚を貫かれた。
更には、周囲を覆うように展開した槍がリノの行動を阻む。
「脚を失ったな! これで貴様は終わりだ!」
リノは既に負傷している。
次の攻撃を喰らえば致命的。
邪魔な他の連中とリノの間には、岩の槍で出来た格子を作った。すぐには救援には向かえない。
そして、切り札たるリノがいなければ、アンヘルの勝利は揺るがない。
アンヘルは勝利を確信した。
そして、敗北の決め手となる攻撃をその身に受けた。
「グン――」
アンヘルの体を貫いたのは、光の奔流。
致命的な一撃。全てを貫く、神の槍だ。
「――グニル」
それは、岩でできた槍など物ともせず突き進んだ。
光が消え去った後に残ったのは、体の半分以上を失ったアンヘルの姿。。
防御を失い、体中にダメージを追い、更には攻撃に全ての力を注ぎ込んだ所でのカウンターだ。
致命傷。どんな生物だろうと、この状況からそう簡単に復活するなどありえない。
だが、こいつは別だ。
何もしなければ、この程度の傷はすぐさま再生してしまうのだろう。
何も、しなければ。
「コキュートス!」
タイガの放った、氷結系最強呪文。
全てを凍結させる氷の棺が、アンヘルの時間を静止させる。
血の流れすら止まり、細胞の活動が停止。アンヘルの再生能力は氷に阻まれた。
「は……はは。こうなるか。まさかここまで一方的とはな。最強の名が聞いて呆れる」
こんな状況になってもアンヘルは嗤う。
氷の支えがなければ、もはや立つ事すらできない。脚を失っているからだ。
「だが、まぁいい……どうせ不滅の身だ。死を経験するのも、悪くはなかろうよ」
「うるさい。魔王みたいな事言って無いで、とっとと消えてください。目障りです」
少しふらつきながらも接近したリノの拳が、氷ごとアンヘルの体を打ち抜く。
衝撃の後、ひび割れ砕けていく氷。それが地面に到達する頃には魔法の効果が消え、氷が消えていく。
そして、アンヘルの姿も風に溶けるように薄まる。
残されたのは、白い砂の塊。
それは、あんな凶悪な化け物の残照とは思えないほど綺麗だった。




