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異世界シンママ(仮) ~バリキャリ妊婦は熱砂の皇子の仮初め寵姫~  作者: 多摩ゆら
第一部

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8.二人の従者


 ふいに真横から声をかけられて椿は飛びのいた。ぬっと、室内から長身の男が姿を現す。


「イクバール様……! 案内など私にお任せ下されば良いものを」


「時間ができたんでな。それにお前に任せると、離宮(ここ)ではなく外に放り出してきそうな気がしてな。念のための確認だ。ああ、お前は戻っていいぞ」


「一度ご用命いただいたことを(たが)えることはいたしません。それではお言葉に甘えて――。おい女、くれぐれもイクバール様に失礼なことをするなよ!」


 最後までキャンキャン吠えてからサーリフが退出していく。イクバールは小さく肩をすくめると、椿に向かってゆったりと腕を広げた。


「おはよう、寵姫どの。昨夜はよくお眠りだったな。気の抜けた寝顔を堪能させてもらったぞ」


「おはよう……ございます。……どうも」


「なんだ、昨夜のようにくだけてはくれんのか? ……偉そうにしていろ。お前が俺の『お気に入り』だと知らしめるようにな」


 後半だけ声をひそめて耳元で囁かれ、椿はぞっと総毛立った。距離が詰まるとあのムスクの香りに包まれるようで、昨夜の唇の感触がよみがえってわずかに体が引けてしまう。

 そんな椿に片目だけで笑うと、イクバールは先ほどから回廊に控えている二人の方を向く。


「紹介しよう。お前に仕える者たちだ。俺の腹心の部下たちだから安心して過ごせ」


 イクバールに促され、二人が顔を上げる。一人はふくよかな初老の女性だ。髪を布で覆ったその人は、ほっとするような笑みを浮かべて椿に頭を下げる。


「はじめまして、ツバキ様。パリサと申します。……まあまあまあ、お綺麗な方で! お仕えするのが楽しみでございますよ。よろしくお願いいたしますね」


「あ……はい。こちらこそよろしくお願いします。パリサさん」


「あらまっ! いやだ、敬語なんて使わないで下さいまし。お腹に御子様がいらっしゃるのでしょう? どうか安心して、安らかにお過ごし下さいね。誠心誠意お仕えいたします」


「……はい」


 人懐こい笑顔でそう言われ、ちくりと胸が痛んだ。

 ……明るくていい人そうだ。実家の神経質な母とは違い、肝っ玉母さんという感じで頼りがいがある。そんな人に出会い頭から嘘をついているのが、申し訳なかった。


(もう一人は――。……お、おお? 美少年!? いや美少女? どっち!?)


 パリサにうなずいてから隣の人物に視線を移すと、椿は目を見開いた。パリサよりも小柄でうんと細身の――金髪の少年が緊張したように椿を見上げていた。


「同じく、ルムアと申します。……よろしくお願いします」


「あ、は、はい。……よろしくお願いします」


 まだ声変わりしていない声でルムアと名乗った少年は、これまでに見たこちらの人々とは違い、白い肌と暗い金の髪を持つ白人だった。肩下まである髪はサラサラで、グレーの大きな目が長いまつげに縁取られている。


(15歳ぐらい……? えっ本当にどっち?)


 顔だけ見れば美少女だが、その身はすっきりとした男物の衣装に包まれており体格も少年という感じだ。

 初対面で性別を聞くわけにもいかず、内心で「???」を浮かべながらも椿が笑顔でうなずくと、イクバールは二人に立つよう促した。


「パリサには炊事その他の家事全般を、ルムアには小間使いとお前が外に出る際の護衛を頼んである。不便があったら二人を通じて俺に言え」


「えっ。護衛って――」


「俺の妃の座を狙ってる奴はこれでもだいぶ多いんでな。お前の顔は割れてないが、何かあっても寝覚めが悪いんで念のためつけさせてもらう。……まあ、ルムアはこう見えて手練れだ。街中で万一襲われても、お前には指一本触れられんだろうさ」


 イクバールに視線を向けられ、ルムアが胸に手を当てて小さくうなずいた。椿は今さらながらに、大変な人と偽りの関係を結んでしまったことにおののく。

 そんな様子に気付いたのか、パリサがふっくらとした手で椿の手を包み込んだ。


「大丈夫ですとも。危険なことにはあたしたちが絶対に近付けさせませんから! ゆっくりとこの国での生活に慣れていただいて、お腹の御子と健やかにお過ごしいただけるよう、尽力しますわ。お任せ下さいまし、若様! なにせ、初めてお連れ下さった大切なお方ですものね」


「若様はよせ、若様は。26にもなって恥ずかしい」


「んまー! パリサにとっては図体ばかり大きくなっただけで、あのお小さかった頃と何も変わっておりませんよ。若様と呼ばれたくなければ、それ相応の頼もしさをお示し下さいませ」


「分かった分かった。やれやれ……」


 にっこりと頼もしい笑みを向けられ、イクバールが苦虫を噛み潰したような顔で頭をかく。パリサには頭が上がらない様子を意外に思う一方で、椿は聞こえた言葉にぽかんとイクバールを見上げた。


「26……? あなた、26歳なの!?」


「うん? ああ、そうだが」


 椿は思わず口を覆った。人種が違うと年齢が分かりづらいとはいえ、まさかの年下だったとは! 目を見開く椿にイクバールは淡々と問いかける。


「そういえばお前はいくつなんだ?」


「…………28、です」


 なんとなく気まずくてぼそっと答えると、イクバールは金の目を小さく見開く。


「なんだ年増か。見た目では分からんものだな」


「若様っ! 女性に対して何ということを! 失礼ですよ」


「そうか。すまん」


 まったく悪いとは思っていない様子でイクバールがあっさりと謝罪する。椿は小さなショックを受けながら内心で項垂れた。


(年増……年増かあ……。28歳で初マタとか社内では早い方なんだけどな……。いやそれよりも年下の男にこんなに振り回されてる私って――)


「なんだ、落ち込んでるのか? 俺は若すぎるのは駄目だが上なら余裕でいけるぞ。2歳の差ぐらいなんの問題もない」


「そういうことじゃないから……」


 沈む椿にイクバールが追い打ちをかける。何を悩んでいるのか分からん、という顔のイクバールは太陽の昇りを見ると椿から離れた。


「そろそろ行く。ツバキ、迷子になるなよ」


「ならないわよ。――あっ、イクバール! ……様」


 呼びかけてから、パリサとルムアが目を見開いたのに気付き慌てて敬称を足した。扉を開こうとしていたイクバールがすたすたと戻ってくる。

 イクバールは椿の耳に唇を寄せると、朝には似つかわしくない低音で囁く。


「初めて俺の名を呼んだな。……今さら敬称などつけるな、姉君」


「……っ」


 からかうような声に、腹が立つと思いながらも耳が赤くなってしまう。はたから見れば恋人同士が睦言を交わしているようにしか見えない光景にパリサとルムアが自然に視線を逸らし、距離を取った。今の椿にはいらぬ気遣いだ。

 椿は顔を引くと、まったく恥ずかしがる様子もないイクバールにため息をつく。


「あのね、朝からそういうのはやめて。……もちろん夜も」


「なるほど、一日いつでも構わんと」


「違うから。揚げ足取らないで。……必要以上のことを、する必要はないでしょう?」


 自分たちは本来、恋人同士でも何でもないのだから。そう言外に含み小声で告げると、イクバールは無言で片目だけを開く。

 椿は姿勢を正すと、その双眸を正面から見上げた。文句タラタラでも、これだけは言っておかないといけないことがある。


「イクバール。あのね――あの……。……ありがとう。ひとまずは、落ち着く先を与えてくれて」


「ん……?」


「これからのことは、また今日から考えるけど……。助かったわ。私一人じゃ、落ち着いて検討する環境も得られなかっただろうから。だから本当に……感謝してる」


 そこについてきた条件には、まだ思うところも多々あるが。椿が所在なく手を組むと、イクバールは珍しいものでも見たという顔で見下ろしてくる。


「……なに?」


「いや……意外でな。お前は人に感謝したりなぞしない女かと思っていたぞ」


「……は? あのね……私はこれでも普通に働いてたのよ? どれだけ傲慢だと思われてるのよ」


「そうは言ってもな――。……まあいい。今は時間がない。殊勝なお前が見られただけで良しとしよう」


「……さりげなく失礼ね」


「はは。……また夜に来る。お前やお前の世界のことを教えろ。良いな」


 そう言い置くと、すい、と首筋に指で触れてイクバールが去っていく。昨夜つけられた痕が残るそこをなぞったのだと気付き、椿は慌てて襟を引き上げた。


「良くないわよ。なんなの――」




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