50.星の変化
「――太守。側妃どののお迎えと姫君のご誕生、まことにおめでとうございまする」
「ふん。お前に言われると嫌味にしか聞こえんな。また裏があるのかと勘ぐってしまうぞ」
離宮での100日祝いの茶会を途中で辞し、イクバールは少数の護衛と星読みの館までやってきた。
護衛を待たせて一人で館の最深部にある広間――「星読みの間」に足を踏み入れると、この国では珍しい大理石の床に小柄な老爺がぽつんと立っている。
約10か月ぶりに見るそのローブ姿に、イクバールは眉を歪めて笑った。
老爺――大神官ザラムはイクバールの皮肉をものともせず、皺だらけの顔で無表情にイクバールに頭を下げた。
「それで? まさか祝いの言葉を言うために俺を呼び出したわけではあるまい。何か危急かつ内密な用でもあったか」
「――星が。星の軌道が……変わりました」
「うん……?」
淡々と告げられた言葉にイクバールは首を傾げた。しばらく待ってみると、ザラムは星形の高窓を見上げて続ける。
「ちょうど100日前――激しい星の動きがありました。この星に彗星が迫り、燃え尽きたのです」
「スイセイ? 俺にも分かるように話せ。100日前とは……もしかして、ほうき星のことか? 俺も見たぞ。ちょうど娘が産まれた夜のことだ」
イクバールの指摘にザラムは無表情にうなずいた。そして淡々と口を開く。
「それを機に、『禍つ者』の気配が……消えました。いえ、二つに分かれたと言ってもいい。儂らが禍々しさを感じていた気配は、本当はそうではなく、星の瞬きが重なり合いそう見えていただけのこと。分かれてしまえば、それは美しく輝くただの二つの星でございました」
「……と、言うと?」
回りくどい大神官の言葉にイクバールは結論を求めた。
ザラムは冷たい大理石に膝をつくと、深く頭を下げる。政治からは完全に独立した存在である星読みの館の主としては、異例の行動だった。
「ツバキどのは――いや、側妃どのは『禍つ者』にあらず。禍つ気配は完全に消滅いたしました」
「……っ。では、ツバキの子も……いや、俺たちの娘も、『禍つ者』ではないと?」
「しかり。儂の目がなまくらであったばかりに、太守の客人の――今となっては側妃どのと姫君の、なんの穢れもなき命を無為に奪うところでした。儂のこの罪、大神官の座の返上をもってあがなわせていただきたい。それでも足りなければ、このザラムの首をどうぞお取りに――」
「待て待て。勝手に決めるな。ここでお前が死ねば、俺が殺したようなものではないか」
謝罪と己への断罪を一人で進めようとするザラムをとどめ、イクバールは手を振った。
冷たい床に伏した小さな老爺を立たせると、職務に忠実すぎる大神官をじっと見下ろす。
「ザラムよ。前にも言ったが、私心なきお前の働きはこれからもこの国に必要だ。俺はお前を罷免するつもりはないし、この先も民のために役立ってもらう。それで良いか?」
「は。……星と月に誓って」
「まあそれはそれとして、だ。……お前にはもう一つ、働いてもらうぞ。ツバキが『禍つ者』ではないという証明を――帝都に向けた書状を、盛りに盛って書いてもらう。『この女を正妃にしないのは国の損失だ、星の怒りに触れるぞ』……ぐらいは言ってもらおうか」
にや、と悪党のような笑みを浮かべ、年若い太守が年老いた大神官にはったりの片棒を担げと命じる。
一瞬だけ目を見開いたザラムはすぐに元の無表情に戻ると、静かにうなずいた。
「……御意」




