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9月22修正済み
翌日。
昨日のカフェの一件から、一夜明けた朝。
いつも通り登校し、教室の扉を開ける。
……なんだか、今日は教室がいつもより騒がしい。
あちこちで、クラスメイト達がスマホを見せ合いながら、ひそひそと話している。
「昨日の駅前」「投げ飛ばした」「彼女さん」
断片的に、そんな言葉が耳に入ってきた。
まあ、ぼっちの俺には縁のない話題だろう。
そう思いながら自分の席へ向かうと、窓際の俺の席のあたりに、見慣れた三人組が集まっていた。
しかも、島崎さんは俺の席に座っている。
またか。
最近、俺が席を離れるたびに占領される。
声をかけるのは気が重い。
少し離れたところで、タイミングを窺っていると——
「ねぇ聞いた!? 昨日、駅前のカフェの前で、ナンパされてた子を助けて、男三人を背負い投げした子がいたんだって!」
身を乗り出しているのは、小林さんだ。
「聞いた聞いた。友達の友達が、その場にいたらしいよ」
そう答えたのは、島崎さん。
「しかも隣にいた男の子、超イケメンだったんだって! 美男美女って感じ!」
小林さんが、目を輝かせて続ける。
「絶対付き合ってるよね〜」
島崎さんが、にやにやしながら言った。
「そういえば美玖、昨日駅前行くって言ってなかった? 見た?」
小林さんが、原田さんに話を振る。
「えっ。い、行ったけど……人が多すぎて、全然気づかなかったなー」
原田さんが、少しだけ目を逸らして答える。
「えー、そうなんだ」
心底残念そうに、小林さんが肩を落とす。
「私だったら、ぜったい見逃さなかったのに」
その言い方が可笑しくて、原田さんが小さく笑った。
すると、小林さんが、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ちなみに美玖ってさ、もし自分がナンパされてて、そんなふうに助けられたらどう思う?」
「な、なんでいきなりそんな話!?」
原田さんが、少し慌てて聞き返す。
「いや、なんとなく」
「……そう、だね」
原田さんは、少し間を置いてから、ぽつりと答えた。
「怖かった気持ちより、助けてくれたことの方が、ずっと大きく残るんじゃないかな。しかも、そんな時に颯爽と現れたら……ちょっと、意識しちゃうかも」
ぽつりと呟いたその横顔は、どこか嬉しそうで、頬もほんのり赤い。
「……あ、私だったら、ってだけの話だけど」
「なにその力説。美玖、いつになく饒舌じゃん」
島崎さんが、面白そうにこっちを見た。
「そ、そんなことないし!」
「それより、男三人を一人で投げるって、普通にやばくない? ……あ、悪い意味じゃなくて! かっこいいって意味で!」
「わかる! いいなー、私もその場にいたかった! そのイケメン君に会ってみたい!」
小林さんが、目を輝かせて拳を握る。
……ん?
昨日。駅前。カフェ。男三人。背負い投げ。
さっき耳に入ってきた断片が、頭の中で繋がった。
嫌な予感がして、足が止まる。
……いや、落ち着け。
昨日の俺は眼鏡を外していた。眼鏡をかけた今の俺と結びつける奴なんて、まずいないだろう。
そもそも、俺がイケメンなわけがない。
……自分で言っていて、地味にダメージを受けた。
ふと、原田さんの方に目が向く。
慌てて上ずった声が、昨日聞いた誰かの声と、一瞬だけ重なった気がした。
……気のせいか。
そんなことより、今は席だ。
覚悟を決めて、島崎さんに近づく。
「……そこ、俺の席なんだけど」
「あ、白金。おはよー」
にこっと笑ってこっちを見る。
動く気配はない。
「どいてほしいんだけど」
「えー、どうしよっかなー」
わざとらしく首を傾げる島崎さん。
「白金がどうしてもって言うなら、考えてあげてもいいけど?」
「……どうしても」
「ふふ、りょーかい」
くすくす笑いながら、島崎さんはやっと立ち上がった。
こっちがそう答えるのを、最初から分かっていたみたいな顔で。
……やっぱり、この人は苦手だ。
ようやく席に着くと、すぐ横では、三人の噂話がまだ続いていた。
「どこの学校の人なんだろうね」
「探したら見つかるかな?」
正体を気づかれる心配はない。
それでも、自分の話を目の前で盛り上げられるのは、どうにも落ち着かない。
……今日は、朝から気の休まらない一日になりそうだ。
◇
昼休み。
「白金ー、今朝、席譲ってあげたじゃん?」
「……元々、俺の席なんだけど」
「でも譲ったじゃん。だからお礼に、購買でメロンパン買ってきてほしいなー」
「意味が分からない」
「いいじゃん、ついでだって。ね?」
にこっと笑って、こっちを見上げてくる。
断られることすら、最初から計算に入れていそうな顔だった。
「……買ってくるだけだからな」
「やった。さすが白金」
「あ、私も! しろー、焼きそばパンお願い!」
小林さんが、元気よく手を挙げる。
「あ、私もカフェオレお願いしてもいい? ……って、三人分は大変だよね。良かったら、私も一緒に行こうか?」
原田さんが、申し訳なさそうに眉を下げる。
……メロンパンに、焼きそばパンに、カフェオレ。
一つ増えるのも二つ増えるのも、もう同じだ。
「……いい。一人で行った方が早いし、ついでだから。カフェオレも買ってくる」
「え、いいの!? ありがと、白金!」
「しろー、ありがと!」
購買を往復して戻ると、隣の席で小林さんがこっちを待ち構えていた。
「あ、しろー! この前借りたやつ、今読んでる途中なんだけど、めっちゃ面白い!」
「……それは、よかった」
「でさ、読み終わったら、続きも貸してくれる? 約束したよね!」
期待に満ちた目で、ずいっと迫ってくる。
「……気が向いたら」
そう言いつつも、続きは鞄に入っていた。
本当は朝のうちに読み進めるつもりだったのに、席に着いた途端にホームルームの予鈴が鳴って、そのまま流れで授業に突入した。
結局、朝からずっとギャル達に振り回されて、まだ一ページも開けていない。
「やった! 絶対だよ!」
小林さんが、嬉しそうに笑った。
◇
放課後。
一日分の疲れを吐き出すみたいにため息をつきながら、校門を出る。
すると——
「遅いっ!」
聞き慣れた声が飛んできた。
門の近くの壁にもたれかかっていた恵理が、腕を組んでこっちを睨んでいる。
「……学校には来るなって言っただろ」
「知らないもん。それより結城」
恵理が、ずいっと近づいてくる。
にこり、と笑顔。
でも、目が笑っていない。
「昨日の夜、何回連絡したか知ってる?」
「……連絡?」
慌ててスマホを取り出す。
……着信、十七件。
LINEの通知は、三十件を超えていた。
全部、恵理からだ。
普段、通知なんてほとんど来ないから、確認する癖がなかった。
「……全然気づかなかった」
「既読すらつかなかった!」
「いや、家に帰ってすぐ寝ちゃって——」
「あんな危ないことしたのに、何の連絡もないんだよ!? あの人たちが仕返しに来て、結城が倒れてたらどうしようって、私——」
腕を、がっちり掴まれた。
「痛い痛い痛い!?」
「これは罰!」
校門前に、俺の悲鳴が響く。
通り過ぎる生徒達が何事かと振り返るが、誰も助けてくれない。
——ふいに、腕を掴む力が緩んだ。
「……ほんとに、心配したんだから」
恵理は、俯いて顔を隠していた。
本気で泣く時の恵理は、絶対に顔を隠す。
——つまり、これは演技じゃない。
「……ごめん」
思わず、口から出ていた。
恵理は何も言わない。
それでも、掴んだ腕は離さなかった。
振りほどく気には、なれなかった。
——今日も俺の平穏な高校生活は、遠そうだった。
続く
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