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「それじゃあ今度の休み、一日だけ私に付き合ってほしいな」
期末テストで学年一位を取った末永さんから、ご褒美が欲しいと言われた俺は、深く考えずに「俺にできることなら」と答えた。
その結果が、このお願いだ。
「付き合って」という言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
だが、末永さんの表情に恥じらっている様子はない。
おそらく、恋人になってほしいという意味ではなく、出かけるのに付き合ってほしいという意味だろう。
自分がどれほど誤解を招く言い方をしているのか、本人はまったく気づいていないらしい。
それでも、休みの日に美少女と二人きりで出かけるとなれば、俺にとっては立派なデートだ。
まさか、末永さんからこんな誘いを受けるとは思わなかった。
正直、驚いたし、嬉しい。
嬉しいけれど――。
「ごめん。そのお願い、少しだけ考えさせてもらってもいいかな?」
俺は、すぐに答えを出すことができなかった。
決して、末永さんと出かけたくないわけではない。
むしろ、行きたい。
けれど、末永さんと二人きりで一日を過ごす自信が、今の俺にはなかった。
「うん、いいよ。急にお願いしたのは私だし」
末永さんは気を悪くした様子もなく、いつものように笑った。
「返事が決まったら教えてね」
「うん。必ず伝えるよ」
こうして俺は、後日あらためて返事をすると約束した。
――バイト先――
「それで、相談ってなに〜? 白金君」
今日はバイトの日だ。
休憩に入った俺は、葵先輩に相談を持ちかけていた。
葵先輩は大学一年生。
明るくて話しかけやすいうえに、困っている人を放っておけない面倒見のいい人だ。
俺よりも人生経験がありそうな葵先輩なら、何かいい答えをくれるかもしれない。
そう考えた俺は、思い切って尋ねた。
「先輩。女の子から、休みの日に二人で出かけようって誘われたら、どうすればいいでしょうか?」
「え〜、なになに? もしかして恋バナ?」
葵先輩の表情が、一気に楽しそうなものへ変わった。
「こ、声が大きいです!」
「あはは、ごめんごめん。白金君がそんな相談してくると思わなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」
「俺だって、好きで悩んでいるわけじゃありません……」
「はいはい。それじゃあ、この葵お姉さんに話してみなさい」
「自分でお姉さんって言うんですか?」
「白金君より年上なんだから、間違ってないでしょ?」
「それはそうですけど……」
「ほらほら、早く話す〜」
葵先輩に促され、俺は末永さんから誘われるまでの経緯を説明した。
もちろん、名前は伏せている。
葵先輩は途中で口を挟むことなく、最後まで話を聞いてくれた。
「なるほどねぇ。それで白金君は、その子のことをどう思ってるの?」
「……好きでした」
「ふ〜ん。『好きでした』ねぇ〜」
葵先輩が、面白そうに俺の顔をのぞき込んでくる。
「その顔で過去形は、ちょっと無理があるんじゃない?」
「以前、告白して振られたんです。だから、今はもう好きじゃないと思うようにしています」
「そっか。一度振られてるから、また期待するのが怖いんだ」
「……はい」
先ほどまでの軽い口調とは違い、葵先輩は優しい声でそう言った。
自分でもうまく説明できなかった気持ちを、あっさり見抜かれてしまった。
「でも、その子は恋人になってほしいって言ったわけじゃないんでしょ?」
「はい。たぶん、出かけるのに付き合ってほしいという意味だと思います」
「だったらさ〜、相手の気持ちまで先回りして難しく考えなくてもいいんじゃない?」
「えっ?」
「白金君は、その子と一緒に出かけたいの?」
「それは……行きたいです」
「ほら〜。ちゃんと答え出てるじゃん」
「でも、二人きりで一日過ごす自信がなくて……」
「ああ、そっちかぁ」
葵先輩は納得したように頷いた。
「誘いが嫌なんじゃなくて、いきなり一日二人きりなのが不安なんだね」
「はい……」
「白金君って、本当に真面目だよね。何でも全部受けるか、全部断るかで考えなくてもいいのに」
「ほかに方法があるんですか?」
「一緒にいる時間を短くするとか、誰かにもいてもらうとか。白金君が無理しなくて済む形を、代わりに提案すればいいじゃん」
「代わりの形……」
「その子だって、白金君を困らせたいわけじゃないんでしょ? だったら、ちゃんと話せば分かってくれるって」
葵先輩はそう言うと、励ますように俺の肩を軽く叩いた。
「白金君はちょっと考えすぎ。もう少し肩の力を抜きなって」
「そう簡単に言われても……」
「大丈夫、大丈夫。失敗したって、それで人生が終わるわけじゃないんだから」
「ずいぶん軽いですね……」
「こういうのは、少しくらい軽く考えた方がいいの。それに、悩んでる後輩の背中を押すのも、先輩の役目でしょ?」
葵先輩は、いたずらっぽく笑った。
そのとき、休憩時間の終わりを知らせる時計の音が鳴った。
「おっと、もう戻らないと。それじゃあ白金君、あとは自分で考えてみな」
「相談に乗ってくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。うまくいったら、お姉さんにもちゃんと報告してね〜」
「まだ、うまくいくと決まったわけじゃありませんよ」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
最後まで楽しそうに笑いながら、葵先輩は休憩室を出ていった。
少し軽い気もするが、不思議と先ほどまでより心が楽になっていた。
末永さんのお願いを、そのまま受けるか断るか。
選択肢は、その二つだけではない。
俺が無理をせずに末永さんをお祝いできる、別の形を提案すればいいのだ。
一日中出かけるのではなく、もっと短い時間にする。
さらに、二人きりでなければ、俺も必要以上に意識せずに済む。
そう考えた俺は、一つの答えを出した。
――翌日――
放課後、俺は末永さんを人通りの少ない場所へ呼び出した。
「あの、末永さん。昨日の返事なんだけど……」
「うん」
末永さんが、まっすぐ俺を見つめる。
「ごめん。二人きりで一日出かけるのは、今の俺にはまだ少し難しいんだ」
「……そっか」
末永さんは、残念そうに目を伏せた。
その表情を見た瞬間、胸が痛んだ。
「でも、末永さんと一緒に過ごしたくないわけじゃない」
「えっ?」
末永さんが顔を上げる。
「夏木も一緒でよかったら、今度、俺の家でご飯を食べない?」
「白金君の家で?」
「うん。学年一位のお祝いに、俺が料理を作るよ」
一日二人きりで出かけるのは自信がない。
けれど、家には夏木もいる。
それなら変に緊張せず、末永さんの学年一位をお祝いできるはずだ。
冷静に考えれば、女の子を自宅へ招く方が大ごとなのかもしれない。
けれど、このときの俺はそこまで気づいていなかった。
「どうかな、末永さん?」
「白金君の手料理、食べてみたい!」
「それじゃあ……」
「うん。私、ご褒美はそれがいい!」
末永さんは、先ほどまでの寂しそうな表情が嘘だったかのように、満面の笑みを浮かべた。
どうやら、俺が考えていたよりもあっさりと受け入れてくれたらしい。
末永さんにとっては、どこへ出かけるかより、誰かと一緒に過ごすことの方が大切だったのかもしれない。
こうして俺は、末永さんを自宅へ招待することになった。
お互いの予定を確認したところ、都合が合ったのは夏休みの下旬だった。
まだ少し先の話だ。
とはいえ、末永さんを家へ招く以上、それなりのおもてなしをしなければならない。
普段の食事は夏木が作ってくれることが多いが、俺だって料理や掃除といった一通りの家事はできる。
まずは夏木に事情を説明し、当日の料理を考える。
それから、玄関やリビングもきれいにしておかなければならない。
そして、最大の問題は――。
忙しさを言い訳にして、ずっと片づけを後回しにしてきた自分の部屋だ。
……夏休みの下旬までに、人を招ける状態にできるだろうか。
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